▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『無敗の闘花』
芳乃・綺花8870

 芳乃・綺花(8870)は世に蔓延る魑魅魍魎を屠る退魔士だ。
 女子高生ながら、その腕は界隈ではかなり高い評価を受けていた。彼女が握る愛刀が敵を散らす瞬間、まるで花が散るようだと評する者がいるほどであった。
 
「……さぁ、私にもっと刺激を与えてください」

 綺花は夜の空間で、静かにそう呟いた。
 彼女の視界に移るのは、一体の敵の姿だ。
 今回の敵は巨体であった。全身真っ黒でおそらくは男寄りの、それでも口のみしかその表情は分からぬ、不明瞭な存在である。
 呻くように叫び声をあげるのだが、その叫び声が毒となり、周囲の人々を苦しめる。
 そう言った理由から、現在はこの一帯は包囲網が張られ、そこに送り込まれたのが綺花であった。

「すでに何人かが毒にやられた。一人でいけるか」

「大丈夫です。行かせてください」

 今から三十分ほど前、拠点である退魔社「弥代」にて上司に言われた言葉だ。
 綺花はそれにためらうことなく頷き、依頼を受けた。
 そうして彼女は清楚な女子高生の制服から、少しだけ色気を含む戦闘服である黒のセーラー服に着替えて、現場へと向かったのだ。

『オオオォォーー……!!』

 敵が声を上げた。
 やはり苦しんでいるかのような姿で、直後に紫色の毒粉を吐いている。
 なぜこの場に現れたのかは不明のままだったが、早く片付けてしまわなくてはならない。それ以前に、綺花にとっては『倒すべき敵』以外の何物でもないという絶対的な理由もあり、愛刀を握りながら僅かに思案した。
(先ほどより、少しだけ大きくなりましたね……やはり上から攻める方が確実でしょう)
 彼女は内心でそう言いながら、地を駆けだす。
 毒粉がまた舞っているので左手で口元を覆いつつ、綺花は敵に近づくために廃ビルの外階段を駆け上がった。
 敵は大きくなっている。
 人の生気を吸っているらしく、取り込むたびに体が大きくなっていくのだ。
 包囲網を張る前、幾人かの一般人が残っていたと耳にしているので、そのせいなのだろう。

『――芳乃、もうあまり猶予は無いぞ』

「わかっています。次の攻撃で仕留めます」

 耳元には男の声が届いていた。
 退魔社「弥代」から無線を通して届く、上司の声だ。
 それに応えながらも綺花は階段を上りきり、屋上へと出た。
 その際、短いプリーツスカートが風で舞い上がり、バックライン入りの黒のストッキングが艶めかしく彼女の太腿のラインを現した。
「…………」
 彼女はそれに表情すら変えずに、僅かにスカートの端を押さえつける程度だった。
 そうして軽くほこりを掃ったあと、美しい黒髪をバサリと風に乗せて、敵を睨んだ。
 敵も彼女を認識しているので、僅かにビルの屋上を見上げるようにして顔を上げた。
 その敵の大きさは、すでにビル四階分ほどにまで肥大化している。道路も陥没しかかっているので、これ以上は大きくさせるわけにはいかない。

「では、終わらせましょう」

 綺花は冷静にそう言い切った。
 すると敵が何かを察したのか、大きな右腕を振り上げてきた。
 彼女目がけて飛んでくるその腕は、廃ビルの屋上をいとも容易く崩壊させてしまった。
 綺花はその数秒前に地を蹴り、軽くジャンプをしていたので何事もなかったが、着地場所を失ってしまい、敵を改めて見る。
「なるほど、狙いはこれでしたか」
 彼女は小さくそう言うと、ひらりと宙で身をくねらせ、ビルにめり込んだままだった敵の腕の上に降り立った。
 スカートの裾から垣間見えるランガートが、どこか扇情的であった。
『ガアァァ……ッ!!』
「――そうですね。でも、あなたはもう眠るべきです」
 敵の叫びに対して、綺花は静かにそう言う。まるで叫びから言葉を理解しているかのようであった。
 そうして彼女は、愛刀の柄を握り直して腕を伝うようにして再び駆けだした。
 その速さは、例えようもないものであった。

「はぁっ!」

 綺花の可憐な声が宙で響き渡る。
 その声に釣られるようにして敵は上を向いたが、それ以上の行動は出来なかった。
 元々、肥大化と共に敵の動きは鈍くなっているのも手伝い、彼女の動きを追う事が出来なくなっていたのだ。

 そうして、綺花は敵の頭上を割るようにして愛刀を向け、縦一文字に斬りかかった。
 切っ先が綺麗に敵に入り込み、彼女はそのまま地上まで刀を敵に差し込んだまま降りて見せた。
 当然、敵は真っ二つに斬られて、そのままゆっくりと左右に分かれて地に倒れ込む。

「…………」
 
 彼女はその場で踵を返して、手に掛けた敵の末路を見た。
 すでに物言わぬ躯となっているその姿を目に焼き付け、深いため息を吐きこぼす。
 手ごたえのある敵ではあった。だがそれでも、心を満たすような感情は生まれてはこない。
 魑魅魍魎という存在が現われる限り、綺花は愛刀を握るだろう。
 そうして繰り返し、何度も、屠っていくのだろう。
 躊躇いもなく、戸惑いもなく。
「――任務完了です」
 小さくそう呟いたあと、彼女は刀を一度大きく振ってから鞘へと納めた。
 綺花はそのままゆっくりと体を反転させ、戻るべき場所へと帰るために一歩を進む。

 この先、彼女を上回る敵が現れるかもしれない。
 余裕の表情を崩させ、捕らわれて愛刀すら奪われ、辱めを受けるかもしれない。
「それでも私は……戦うこと選ぶでしょう。負けはしません」
 
 見えない未来に向かい、彼女は静かに言葉を空気に乗せて歩みを続けた。
 言葉通り、綺花はこの先も刀を握り続けるだろう。

 それが彼女にとっての、生き甲斐でもあるのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。この度はありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけますと幸いです。
またの機会がございましたら、よろしくお願い致します。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.