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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン3 第1話「両手に余る星」』
柞原 典la3876


「快気祝い、ねぇ」
 食堂にて、柞原 典(la3876)はもらったチケットを見てほう、と息を吐いた。

 先日、重体どころじゃない大怪我をして手術を受け、意識が戻ってから諸般の事情で病院を脱走した彼は、脱走の無理も祟ってしばらく入院していた。やっと退院したところ、SALFの顔なじみオペレーターから、快気祝い、という事で温泉の招待券をもらったのである。
 問題は枚数だった。二枚ある。ペアなのである。向こうも懸賞か応募で当てた商品なのかもしれない。
「良かったじゃねぇか。湯治だと思って行ってこいよ」
 相方のヴァージル(lz0103)がハンバーガーを囓りながら言う。何しろ、典がした大怪我では原因の一端を担っている。少々彼の怪我に対して後ろめたいところがあるのだ。
 典は少々アンニュイな顔をして、
「ペア券やし、一人でもええけど……宿、何か広すぎて」
 広い部屋というのに慣れていない。高校卒業までは施設、就職してからも一人暮らし。物に大して執着のない典には、広い部屋など必要なかった。
「二人で行きたいのか? 俺、日本の温泉興味あるけど、それって誘ってくれてるのか?」
「は?」
 そこでやっと相方の顔を見ると、灰色の目がきらきらしている。
(こ、これは兄さん……)
 読心術などなくてもわかる。
(便乗する気満々やな……?)
 ドン引きである。
「ええ……」
 いや、典もヴァージルのクリスマスディナーに便乗したから人のことは言えないのだが、いやだってあれはキャンセル料もったいないし。これは別に兄さん来んでも俺は損せぇへんし。

 とはいうものの、ヴァージルがいるとボディガードになるかもしれない……とか色々と得を見出した典は、最終的に彼の同行を承諾した。
「ヤッター!」
「ええ……兄さん子供か?」
「シュノーケルはいるか?」
「いらんわ。温泉はそういうの禁止やで。そんなベッタベタなボケせんといてや。なんもおもんないって」
 別に面白いことを言おうとしているのではなくて割とガチ目にはしゃいでいるらしいことは気付いている。
「やったー! 典と温泉」
「俺と?」
 典と行くことにも価値を見出しているらしい。
(ほんまわからん人やな……)
 とは言え、決まったことだ。典は肩を竦めると、必要なものを検討し出した。最近は宿のアメニティも充実している。出張に行くのとあまり変わらない。仕事の資料がないだけだ。


 そして、当日。
「ばば抜きしようぜ!」
「せんわ」
 アナログゲームを山ほど持ち込んだヴァージルをあしらいながら、典は溜息を吐いた。体力も完全に戻っておらず、道中はほとんど居眠りで費やす。流石にヴァージルも起こさなかった。宿に着くと、ヴァージルは窓からの眺めを見て驚嘆の雄叫びを上げていた。
「うおお! なんかアメリカになさそうな木が生えてる! これが異国情緒って奴か」
「はぁ」
 なんで一気にそんな阿呆になるねん兄さん。しかも木で……。
「そんな溜息ばっかり吐くなよ」
「あのなぁ……」
 なんでそんなテンション高いねん。とは言え、テンションが高くなると他人に構いたくなる性分なのか、荷物を持ってくれたりとなかなか甲斐甲斐しかったので許した。
「お、部屋付き露天風呂や。ええなぁ」
 他人の目を気にせずに入ることができる。


 夕食は大きな川魚が出た。地ビールも瓶で出てくる。ヴァージルが一生懸命身をほぐしているのが面白かったのと、ビールが存外に美味かったので典の機嫌も段々上向きになる。
「まぁ、偶には悪ぅないか」
「楽しい」
「そら良かったわ」
 夕食を終えて、酔いを覚ましてから、典は風呂に入った。ヴァージルは食べ過ぎて苦しいと言って畳の上にひっくり返っている。典以上に旅行を満喫しているようだった。
(静かやなぁ)
 車の音も、混雑のざわめきもしない。後ろから無言で典に触れようとする手もない。外の景色は夜闇に溶けている。けれど、月明かりで葉陰と夜空の輪郭はくっきりと分かたれていた。その輪郭から上では、点々と光の粒が散らばっている。星だ。適当に線を引いて、出鱈目な星座を作れそうなほど出ている。その星座はきっと出鱈目な未来を教えてくれるだろう。
(なんや、ほんま違う世界来たみたいやな)
 最近、怒濤のように日々が駆け抜けていった。ヴァージルがレヴェルにうっかり恋してしまったり、典が花嫁の真似事をしたり、ヴァージルが拉致されたり、典が大怪我したり。
 今こうやってのんびり温泉に浸かっているのが嘘みたいだ。
「つかさぁ」
 外から声が掛かった。ヴァージルだ。
「なんや兄さん」
「俺も入って良い?」
「ええで」
 またつまらないボケで浮き輪でも持って来たら何て言ってやろうかと思ったが、ヴァージルはお風呂セットだけ持ってやって来た。


「おお、すげぇ」
 肩まで浸かる。幸せそうに景色を堪能していたヴァージルだったが、ふと典の方を見て目を瞬かせた。
 先日、典の過去について調べる機会があり、刺されたことがあると言う事は知っていた。
 普段服に隠れて見えない傷が今見えている。美しい顔立ち。それが招いた結果が首から下に刻まれている。
「……」
 知識としては知っていたが……こうやって目の当たりにすると複雑な気分だ。引きつれたような傷の痕。真新しい物がある。この前ヴァージルを庇ってできた傷だ。尚更複雑な気持ちになる。
 視線に気付いたのか、典の頭が動いた。目を細める。頬がほんのり赤くて、濡れた銀髪が一部額に貼り付いているから、何だかどきっとしてしまった。それを見透かすように、典は口角を上げる。
「……そない見て、兄さんのスケベ」
「は!? ち、ちが、違う……そう言うんじゃないから……!」
 その顔で咎められると、ますますいたたまれなくなって、慌てて目を逸らすヴァージルなのであった。


 旅の疲れ、満腹、温泉でくつろぐ。これで眠くならないわけがない。二人は各々布団を敷いて部屋の電気を消した。もう目を閉じたら寝られそう。
 電気を消して、少ししてから、典がヴァージルに声を掛けた。
「少し前、俺のことこそこそ調べとったろ」
「え? あ、いや、あの、あれは……」
 わかりやすく狼狽える相方に、
「……聞けば答えるさかい、直接聞き」
 苦笑の混じる言葉を投げる。ヴァージルが何も言えずにいると、やがて隣の布団から寝息が聞こえる。
「典?」
 身を乗り出して覗き込むと、間違いなく寝ている。
「おやすみ」
 左目に掛かる長い前髪を梳いてから、ヴァージルも布団に戻ってすぐに寝入った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
……典さんが他人と同じ部屋で寝るってすごいことじゃない? と真顔になってしまいましたがなんか全部ヴァージルのテンションに持って行かれた気がします。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月13日

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