▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『噛み締める、しみじみと』
LUCKla3613)&霜月 愁la0034

 茶屋の店先は綺麗に掃き清められていて、小石ひとつ落ちてはいなかった。
 看板娘ならぬ看板女形の“愁蔵”、いや、霜月 愁(la0034)が給仕仕事の合間、丹念に掃除したからなのだが、なぜこのようなことが必要なのか?
「――父の、仇!」
 帯の裏に挟んでいた小太刀を大げさな挙動で抜き放ち、愁は裾が乱れぬよう小股で駆け出した。
 それを固唾をのんで見守るのは、助太刀に駆けつけた義士ならぬ、その辺りの町人たちである。

 とあるナイトメアとの戦いの中で江戸時代、おそらくは後期にタイムスリップさせられることとなった彼は辻褄合わせのため、修行旅をしてきた女形を称していた。
 ただ、生憎と芝居気の持ち合わせはなく、それでも詐称が知れるのは避けたくて――気づいたのだ。戦闘経験を生かした殺陣なら、かなりいい感じでできるんじゃない?
 そんなわけで彼は、バイト先の茶屋の許可を取って「芝居」を演じることとしたわけだ。

 浅く落とされた腰は見事に重心を据えており、体軸のブレを封じる。これは頭へかぶせた潰し島田の鬘を浮かせない効果を彼にもたらしていたが、それ以上に「仇討ちがため市井に溶け込んだ元武家の娘」としてふさわしい品と、この日のために練り上げてきた(設定の)短刀術に説得力を与えていた。というか小太刀はただの本物、説得力があるのは当然なのだが。

「ふん」
ため息をついてみせたのは仇役の“幸吉”ことLUCK(la3613)である。
 身なりはまさに浪人そのもの。バイザーなしの素面を晒し、向かい来る愁へすがめた目を向けた。
 バイザーをつけていないのは、それを隠す番傘が激しい動きに耐えられないからだ。それを気にして動けず終わるくらいなら、いっそ見えぬほうがいい。
 愁ならなんとでもしてくれるだろうしな。
 その愁同様、LUCKの内に芝居心は存在しない。体が憶えているということもないようだから、記憶を喪う以前にも芝居とは縁のない生活を送っていたのだろう。
 だからこそセリフは削りに削った。大概の客の目当ては愁なので、自分より彼が語るほうがウケることもある。
 俺の仕事は壁だ。週の本気をうまく流し、周りの客に「迫真」を感じさせながらその安全を守るための。
 愁があえて強く鳴らした踏み込みに合わせ、彼もまた抜刀する。

 やっぱりラックは合わせるのがうまいね。
 正確に小太刀の鍔元へ跳ね上がってきたLUCKの剣を上から抑えて支点とし、愁はその身を半回転。LUCKの懐まで潜り込んだ。

 回転に乗せた鋭い突きがLUCKの鳩尾へ迫る。この刃を弾きに行けば、愁はあっさり小太刀を手放し、肘打ちを突き込んでくるだろう。しかし打ち合わせ済みとはいえ、これほど自然に足を踏みに来るのは必ず殺すつもりか。
 まあ、この程度の攻めははどうにかできると信用されているわけだな。ならば。
 LUCKは愁の刃を刃で受け、その守りの脇を抜けてくる肘打ちを、顔を傾げてやり過ごした。ついでに踏まれないよう、足を軽く上げて。
 ある程度はうまくできたつもりだが、愁の技を生かせているかといえば微妙だ。特に足踏みの有用性とその後の展開を、殺陣の中で説明できていないのはよろしくない。
 せめてできることは……
「これしきで仇が討てるつもりか、小娘」

 ここで煽ってくるかぁ。困ったあげくのことだろうけど、ハードルが上がっちゃったな。
 驚きとおかしさと感心を押し詰め、愁は小太刀の柄を打ち刀のそれさながら両手で握り込んだ。そして切っ先を地と平行になるよう寝かせた崩し正眼を成す。
 いくつか約束事は決めていたが、使う技は互いに自由である。そうしなければ自分たちが唯一実現できるリアリティが失われるからだ。そしてその意図は、真剣勝負以上に真剣でクオリティの高い殺陣により、十二分に為されていた。
 そうであればこそLUCKに煽られた周りの客は、両手を握り締めて愁を見つめている。あの強敵を倒して仇を討ってくれと願っている。
 と。LUCKの剣がじゃらりと解け、多節刃と化した。これこそは竜尾刀「ディモルダクス」が備えたもうひとつの姿である。
「俺の刃が描く守護陣、一歩でも踏み込めば、その柔肌は微塵に裂かれ、散ることになるぞ」
 アドリブだ……って、笑ってる。まったく、これ以上めんどくさい設定増やさなくていいのに。
 愁は思ったものだが、けなげな仇討ち娘の味方である観客は、悪役度をぐいと上げたLUCKへブーイングを飛ばし、愁を応援する。
 お芝居ってやっぱり、ドラマチックじゃないといけないんだなぁ。
 憶えておこうと決めて、愁はLUCKを取り巻く竜尾刀の防衛陣へ目をやり、どう踏み越えていくかを思案する。

 刃の守護陣をリアリティではなくドラマチック優先で採用した「御仏の力」によって打ち破った愁は、直刃に戻した竜尾刀を繰るLUCKを見事に討ち取った、
「この俺が……」
 ぶつりと糸が切れたように倒れ伏すLUCK。その唐突さがまたリアルなわけだが、彼は受け身を一切取らない。愁が石を丹念に取り除いたのには、そうした事情がある。
 と同時、周囲から思い出したようにかけ声が上がった。曰く、さいわい屋!
 倒れかたが芸になるのも不思議だよね。思いつつ、愁は空を刃で斬り、鞘へと収めた。いつか見た古い時代劇を思い出してのものであったが、これもまた江戸っ子には粋に見えるようで――大量のおひねりと共に、くら屋のかけ声が殺到するのだった。


 芝居をかける日は客も多く、給仕へ戻った愁も大いそがしである。とはいえ、大概のことに動じないのが愁の性(さが)なので、見た目は涼しげなものだったが。
「みたらしのお客様、お待たせいたしました」
 裾捌きにも慣れ、美しい所作を見せるようになった彼に、少なくない客がほんのり残念げな顔をしているのは、多分気のせいではないだろう。萌えとは時代や人種を超えて存在するものだから。
 一方のLUCKは一部の客に乞われ、竜尾刀を繰ってみせていた。
 中には当然、同じものを欲しがる好事家もあったのだが、「南蛮の刀鍛治から託された仕込み刀でな。同じものは存在しないし、彼の心を裏切り、誰かへ渡す無粋も演じられない」と語ればおとなしく退いた。仮に力尽くでもと言う輩がいたとて、彼から奪い取るには命を賭けねばなるまいが。

 ようやく今日の仕事を終えた愁がLUCKの座す床几までやってきて、ふわりと腰を下ろした。
 重心を据えて冷静に相手の攻めを受け切り、見切り、切り返すのが愁の真骨頂ながら、こうして重さを感じさせぬ動きもする。
 見事なものだとLUCKが感心する一方、愁は愁でちがうベクトルから同じように思っていたりした。あんなに軽く動けるラックが、腰を落ち着けたらこんなに据わるんだものね、
 そんな思いを胸の内に押しとどめ、愁はLUCKにくいと右手を掲げ、
「今日はちょっと飲んで帰ろっか」
 固く膨らんだ両袖を示す。中に詰まっているものは、客が投げてくれたおひねりの四文銭だ。
「ああ、そうだな」
 別に宵越しの金を持たないつもりはないが、物盗りに襲われるのは面倒だ。その対処がではなく、その後で町方――奉行所の役人。与力や同心――に絡まれることが。
 それにもうじき、彼らはこの世界から消え失せる。残しておいても意味はないし、ならば江戸の経済を少しばかり回してやるのが粋というものだろう。
「なら、急ぐか。江戸は夜が早いからな」

 江戸後期は「居酒致し候」の文言を掲げた居酒屋が普通にある。
 そもそも独り暮らしの男が多く、火事の多さから火の使える時間を厳しく制限されている江戸では実にありがたい店だった。そしてそれは、江戸の規則に慣れぬLUCKと愁にとっても同じことで。
「酒を薄めるのはどうかと思ったものだが、こうしてみると悪くない」
 LUCK曰く、いつの間にか懐に入っていたらしいツーポイントフレームの眼鏡――バイザーと同じ視覚調整機能を持つ――をつけたLUCKが、すっかり顔なじみとなった親父に新たな酒を頼む。
 ちなみにこの酒、原酒に加水し、杉樽で寝かせて杉香をまとわせたもので、アルコール度数は3〜5パーセント程度である。諸々の事情あってのことなわけだが、それにしても酒の出来を見てどれほどの水を足し、香りづけするかは店主の腕次第。つまりこの店の親父は相当に腕がいい。
「お刺身があるほうが驚きだったけど」
 同じ床几へ腰かけるLUCKとの間に置かれた折敷(おしき。縁をつけた角盆)。そこには恭しく乗せられた皿があり、切られた鮪の赤身が並んでいた。
 もちろん、取れたての天然物である。味が悪いはずはないのだが、なんといっても歯応えだ。水っぽさなど微塵もない瑞々しいばかりの「ぶっつり」感。粗野ながら風味の力強い醤油と相まって、実におもしろい。
「そういえばさ、お店で砂糖使わせてもらえることになったから、明日から試作開始するよ」
 江戸の砂糖は希少で、だからこそ高い。お菓子作りの趣味を持つ愁はそうと知りつつあれこれ調べ、結果、がっかりしたものだ。だからなのだろう、笑みがいつもより深いのは。
「愁の腕が認められたか。それで、なにを作る?」
「最初は羊羹かなって思ったんだけど、質のいい寒天がまた高いんだよね。だからベースは無難な団子にしておいて、上に乗せる餡のほうを工夫してみるつもり」
 LUCKはうなずき、そして、
「俺のほうは鶴亀算というものを子らに教えることにした。店や職人の下働きに入る者も多いそうだからな。計算術は大きな助けになるだろう」
 いわゆる丁稚奉公というやつだが、金を扱う術を知っていることは武器になる。ヤットウ(剣術)を教えてくれとせがまれることの多いLUCKだが、子らの未来を思えば剣より筆の振るいかたを学ばせるべきだと思うのだ。
「そのために自分がまず勉強したんでしょう? すごくラックっぽいなあ」
 しみじみうなずいた愁はふと顔を上げ、
「僕たち、意外になんとかなってるよね」
 対してLUCKは平らかに、
「始めから俺はどうとでもなると思っていたがな」
 最初は山野に潜み、狩りで凌ぎつつ帰還の時を待とうとしていたLUCKである。それを思いだした愁は眉根を下げて、
「せめて町で暮らせてよかったよ。……お風呂とか、大変なことも多いけど」
 この時代は銭湯が基本で、それ以外にもまあ、いろいろ大変なのだ。
「それにしてもだ」
 一度言葉を切り、LUCKは江戸の居酒屋における定番中の定番、唐汁(からじる)をすする。なんのことはないおからの味噌汁なのだが、細切りの油揚げや牛蒡のささがき、三つ葉など様々な具が合わせられることで深い滋味を醸し出していた。それをゆっくりと味わって――
「未知の場所で、気の置けん友とふたり必死に生きる。それがやけに楽しい」
 ナイトメアに侵略されつつある異世界へ流れ着いたとき、彼は独りきりであった。しかしこの江戸へ流されたきた今、傍らには愁がいてくれる。
 どちらにせよ全力で世界の理に自らを合わせ、為すべきことを手探りながら進んで行くよりない状況ながら、愁がいてくれるだけで押しつけられた辛苦は越えるべき課題へと姿を変えた。彼と力を合わせて課題を攻略していくことは、それこそゲームへ挑むようなおもしろさがある。
 ……少しばかり不謹慎かとは思うがな。
「こうして乾杯できる相手もいるしね」
 LUCKの思いは誰より理解しているつもりだ。愁もまた家族というかけがえのないものを喪っていて、心に空いた穴がけして塞がらないことを知っているから。だからといって己を尽くし、誰かを救い続けることをやめるつもりはないが、それでもだ。
 友だちがいる、それを確かめられたことはなによりも彼を安堵させた。無意識の内に自らを律し、人との距離を測って正しく振る舞う彼であればこそ、そんなことを考えずとも気持ちを預けてしまえる相手がいることがうれしくて。
 ……僕は思ってなかったんだ。そんな友だちができるなんて。
「乾杯か」
 LUCKがかけがえのない友に猪口を掲げ、
「あと二週間ちょっと、がんばっていこう」
 愁はかけがえのない友の猪口へ自らの猪口を触れ合わせ、
「乾杯」

 二日の後、江戸の空に新月は浮かぶ。
 それはLUCKと愁にとっては折り返しを告げる“黒”であり、そして――


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.