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『異世界short trip』
マリナ アルフェウスka6934


「ほら、リブ。もっとしっかり咥えないと」
「こ、こうですか?」

 躊躇いがちなリブの唇を、マリナ アルフェウス(ka6934)の指が優しくつつく。
 柔らかな弾力が心地よく、ついぷにぷにつついていると、眼鏡の奥の目許がほんのり上気した。唇には控えめにルージュがひかれている。出会った頃は北田舎の芋娘感が拭えなかったリブだが、お出かけのたびにマリナが服やアクセサリーを見立てたお陰で、今ではすっかり垢抜けた。

(喜ばしいことだが、可愛くなりすぎてしまうのも問題だな。……私の懸念事項が増えるという意味で)

 そんなマリナの心中を知る由もないリブは、口に咥えたそれを言われた通りに少し深く、唇に力を入れて挟み込む。それから恐る恐る吸ってみるも、

「うぅ、上手く吸えません〜」
「落ち着け。噛んでしまっているぞ? 少々強めに吸う必要はあるが、思い切り吸い込むと喉に詰まり危険……、」

 忠告を最後まで聞かず、リブは咥えたストローを全力で吸った。太く半透明なストローの中を、ミルクティーと共にいくつものタピオカが物凄い勢いで駆け上がる! あっと思った時には、リブは頬をパンパンに膨らせ目を白黒。
 マリナは可愛いお馬鹿さんの頭をよしよしと撫でつつ、もう片手で背を優しくさすった。


 マリナとリブは紅界を飛び出し、蒼界の日本を訪れていた。
 以前リゼリオでデートもといお出かけした際、途中強盗と出くわすハプニングがあったため、仕切り直しとばかりに勇んでやってきた蒼界小旅行。
 それなのに、着いて早々タピオカを喉に詰まらせるという大失態を演じてしまったリブは、傍目にも分かるほどしょげかえっていた。

「気にする必要はない。それより、もう大丈夫か?」
「うう、お陰様で。それにしてもモチモチですね〜、これ。マリナさんと初タピ♪」

 タピオカミルクティ片手に、ふたりは賑やかな通りを行く。
 マリナはリブの背中をさすっていた手をさり気なく腰へ回し、ぴたりと身体を寄せる。あまりにもスムースかつスマートな手際に、リブはしばらく気付かずにいた。カップを空にしたところでようやく距離の近さに気付き、真っ赤になって慌てだす。

「い、いつの間にっ」
「ん? 万が一、はぐれてしまっては困る。リブは何かに夢中になると、周りが見えなくなりがちだからな」
「往来でこんな、は、恥ずかしいですっ」

 マリナは意図的に眉を寄せると、切なげにリブを見つめた。

「私と連れ立って歩くのは恥ずかしいか?」
「そんなわけ……! だっ、だからその、マリナさんの綺麗なお顔が間近にあると照れちゃうっていうかっ」

 リブはますます大慌てで頭をぶんぶん振りまくる。
 対して、演算通りに言質を取ったマリナはにっこり。

「それは重畳。では行こう。この先に是非連れていきたい店がある」

 ところが次の瞬間、緊張しすぎたのかリブの足が縺れた。

「危ないっ」

 腰に手を添えていたマリナは、その場で崩れ落ちそうになるリブを掬うように抱き上げた。――所謂お姫様抱っこで。心臓破裂寸前なリブへ、マリナは心配そうに顔を近寄せる。

「今の転び方から、右足首を捻ったものと推察する。痛むか?」
「あわわあのっ、そのっ」
「ふむ。どうもリブはいつもより落ち着きがないように見える。丁度いい、このまま店へ行ってしまおう」
「このままってええぇちょっ、待っ!」

 リブの言葉を最後まで聞かず、マリナはリブを抱きかかえたまま颯爽と歩きだす。細身の少女が同年代の少女を軽々と抱えて歩く様は、大層周囲の人々の目を引いた。それがビスクめく肌の美少女とくれば尚更だ。
 けれどマリナは意に介す風もなく――正確に言えば、向けられる視線の束の中に、リブを狙う不埒な輩のものがないか気にかけてはいたが――歩を進め、リブはただただ頭真っ白顔真っ赤にして、マリナの服をきゅっと握りしめていた。


「はー……どれだけ私の寿命を縮めれば気が済むんですか、心臓が持ちませんよ私……」

 マリナがリブを連れやって来たのは、女性客で賑わうオープンテラスのカフェだった。リブにおすすめをと頼まれ、店員に注文を終えたマリナは、向かいの席で首を傾げる。

「私がリブの寿命を? 攻撃対象として捉えたことは、あの日以来一度もないのだが」
「そうではなくてですね……って、それ試合の時のことですか?」

 マリナは目を伏せた。長い睫毛が目元に淡い陰を落とす。
 ふたりが出会ったきっかけは、リブが所属する龍騎士隊が催した演習試合だった。リブはけろりと笑う。

「そんなこともありましたねぇ。マリナさんあの頃から強かったなぁ」

 リブの言葉にマリナはふっと苦笑し――それからくっきりと唇に笑みを刻んだ。日頃あまり表情を動かさないマリナの笑顔に、リブは釘付けになる。

「マリナさんが笑ってるー……」
「……なに、こうしていると幸せでな。最初こそアレだったが……リブと出会えたことが嬉しいのだ」
「私もです。マリナさんの笑顔かわいーい♪」
「こら、茶化すな」

 きゃあきゃあ言い合っていると、注文したものが運ばれてきた。店員がテーブルの中央へ置いたのは、ふたりの顔よりも大きなピッチャーいっぱいの巨大パフェ。

「ふああぁ♪」

 硝子の中で、美しい層を描く旬の果実が宝石めいて煌めき、バニラとチョコの甘い香りが周囲に舞う。ホイップクリームで拵えられた山の中腹には、ケーキやクレープが大胆に配置され、天辺には紅玉のように艶めく苺が。
 女の子の大好きな物がこれでもかと詰まった夢の一品に、リブは魔導スマートフォンを取り出すとすかさずシャッターを切りまくる。

「こんな夢てんこ盛りなスイーツがあって良いんですか!?」
「リブが喜んでくれて何よりだ。が、少し落ち着こうか。な?」

 マリナはすかさず、クリームをいっぱいに掬ったスプーンをリブの口許に差し出す。反射的にはむっと食みついたリブは、夢見心地でもうとろとろ。マリナはその口の端についたクリームを指の腹で拭うと、躊躇わず自らの口へ運び、ぺろりと舐め取って微笑む。リブの寿命が恙無くまた縮んだ。
 挙動不審に陥ったリブが視線を彷徨わせると、やはり巨大なグラスに満たされたクリームソーダが目に留まる。

「随分大きな……あれ? ドリンクひとつで合ってますか?」
「ああ、これは」

 マリナは店員が一緒に持ってきたストローをふたつ挿して見せた。

「こうしてふたりで飲むんだ」
「美味しいものは皆で分け合うのがニホンの風習なんですね。流石"くーるじゃぱん"です!」
(何か違うような……まあ、リブが喜んでいるのだから良いか)

 内心首捻ったマリナだったが、そういう事にしておいた。
 ふたりして一緒にストローを咥えると、グラスの上で額が触れ合いそうになる。ちらりと目線を上げれば視線が交わり、どちらからともなく目を細めた。

「マリナさんは本当に物知りさんですね〜。"でーたべーす"で調べたんですか?」
「RBには以前も来たことがあってな。この飲み方は、以前相方に教わった」
「仲良しさんですねぇ、いいなぁ♪ その時のお話聞いてみたいなぁ」
「ふふ。さて、どうするかな」

 見目華やかなスイーツをお供に、甘い時間が過ぎていく。
 緑の名を持つ世界の少女と、紅界と呼ばれる世界の少女の、蒼き星での小旅行はまだ始まったばかり。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
マリナ アルフェウス(ka6934)/青き翼
ゲストNPC
リブ/少女龍騎士

【ライターより】
お世話になっております。マリナさんとリブの蒼界小旅行のお話、お届けします。
お時間を沢山頂戴してしまい申し訳ございませんでした。
また、本編の物語が閉じたあともリブを気に留めて頂き、とても嬉しかったです。沢山のご縁をありがとうございました。
お気づきの点がありましたら、お気軽にお問い合わせよりお申し付けください。ご用命ありがとうございました。
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2020年07月14日

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