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『やっぱりI need to be with you』
浅黄 小夜ka3062)&藤堂研司ka0569


 その日。藤堂研司(ka0569)は朝から戦場へ赴く戦士の表情をしていた。
 リアルブルーへ帰ってきてからこんなにも真剣な表情を見るのは浅黄 小夜(ka3062)にとっても初めてだった。
「じゃあ、行ってくるよ、小夜さん」
「はい、行ってらっしゃい」
 リアルブルーに帰ってきて、自然な標準語で話すことが多くなった小夜がぐぐっと両拳を握り締めて応援する。
 研司が向かうのは……『年末大感謝抽選会会場』の旗がはためく商店街の抽選会場。

 抽選会は5日間。リアルブルーに帰ってきてこの4年間、毎年動向を確認して来た。
 抽選方法は古式ゆかしきガラガラ。
 毎年の一等当選日は4日目夕方から5日目朝。
 二等当選日は3日目夕方から5日目。
 三等当選日は1日目から排出はある物の今年はまだ未当選。
 つまり、4日目夕方の今日が最も上位当選が多い!
 恐らく時間的に一等の金玉が入れられるのは最も抽選客が少ない14〜15時の間。
 そしてそこからは夕飯の材料を買いに来る人たちでごった返すが、入れた弾数も多いため滅多に一等が出る事は……無いとは言わないが、少ない。

「つまりピーク時から客足が落ち着きつつも十分に玉が混じり合ったこの18時から19時の時間帯! ここが、上位当選確率が最も高い! いざ行かん!!」
 10回分の抽選券を握り締め歩いて行く研司を小夜はニコニコと見送る。
 はちまきを締めた商店街協会の会長さんが「いらっしゃい!」と威勢良く研司を迎えていた。
 最初この話しを聞いたときには「確率調べたんだ……?」とその熱意に気圧された物の、そういう所も研司らしいと受け入れた辺り、小夜の研司に対する評価と信頼は相変わらず高い。
 この5年の間に小夜も大学入学を果たし、エージェント生活の両立に慌ただしい日々を過ごしていたが、こうして研司とのデート時間はしっかりと確保していた。
 今日も研司とお夕飯を作って借りてきた映画を見ながらのんびりして寝て、早朝から海釣りへと出掛ける予定だ。
 ……一応お泊まりだが、それ以上のいかがわしいことはない。そんなことはお父さんが許しません。
 故郷巡りの際の研司と両親のやり取りを思い出して、一人“思い出し照れ”をしていた小夜の前では、研司の雄叫びとガラガラの回る音。一瞬の沈黙の後湧く周囲の歓声、そしてカランコローンというベルの音が鳴り響いたのだった。


「ふぁ……」
「すご……」
 冬晴れの今日。二人はぽかんと口を開けて目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。
 今、小夜と研司は夢の国と称されるアミューズメントパークの煌びやかな門を潜った所だった。

 研司が狙った1位のお米365日分、2位の地元野菜の定期便(1年分)は残念ながら外れ、3位だった遊園地ペアチケットが当たったのだった。
 なお、5位の3000円分の商品券も当たっていたのだからなかなかにいい成績だと思うのだが、1位(と2位)を狙っていた研司のへこみ具合は燃え尽きて灰になった人の画を彷彿とさせるほどだった。
 そんな研司の代わりにチケットを受け取った小夜は目をキラッキラと輝かせ、「お兄さん、遊園地です!」と覗き込み笑った。
 そんな小夜の笑顔を見て、そういえば釣りだとか季節の果物狩りだとかいうデートはしてきたが、こういった“遊びに行く”デートは初めてであることを今更ながら気付いた研司だった。

 ガタンガタンと徐々に高度が上がっていく。目の前の空が徐々に近付いて来て、背中に重力を感じる。
 頂上に着いて、下降するレールが見え……
「〜〜〜〜ッ!!」
「うぉおおおお!」
 一気にレールを駆け下り、上下左右に振られ、トンネル内に突入するとミストの幕を抜けると同時に外の明るさに目が眩む中、更に上下左右に振られ……その間叫びっぱなしだった二人は、ガタンと動きが止まると同時に大きく息を吸い、吐いた。
「面白かったなー!」
「CAMとは、全然違いました……」
「動きとか、CAMの方が激しかった気がするんだけどな。立てる? 小夜さん」
 自然に差し出される手。それが嬉しくて小夜は笑顔でその手を掴んで引き寄せて貰う。
 水仕事で少しだけ荒れて固い肌、短く切られた丸い爪が誠実な研司の為人を表しているようで好きだと思う。
 そのまま手を離さず繋ぎ直す。
 俗に言う“恋人繋ぎ”になってしまって、研司は動揺を隠しつつ「暑くない?」と問う。
「あったかいです」
「……そっか」
 照れくささに顔を背けた研司を見て、小夜は笑みを深める。
 二人は手を繋いだまま、次のアトラクションへと向かって行った。


「鏡の迷宮、ですね」
「合わせ鏡になってる……ほら、色んな小夜さんがいっぱいだ」
 左右前後様々な角度から手を繋いでいる二人が見えて、気恥ずかしくなった小夜は手を離して自分の顔を覆う。
「あ、通路だ。行ってみよう」
 研司が笑いながら先に進む。
「あ、待って……痛っ」
 小夜は慌てて追いかけようとして、鏡に額をぶつけた。蹌踉けた先の鏡はクルリと回転して小夜を別通路へと通してしまった。
「……小夜さん?」
 小さな悲鳴が聞こえた気がして振り返れど、後ろに小夜の姿はなく。
「お兄さん」
 小夜の声は鏡の向こうから聞こえた。
「小夜さん?!」
「ゴメンナサイ、はぐれてしまったみたいで……」
「いや、先に進んだ俺が悪いんであって、小夜さんは悪くないよ。それより大丈夫? 怪我はない?」
 マジックミラー越しに見える研司の困った顔。小夜はふるふると顔を振って「怪我は、ないです」と答える。
「とりあえず、早くここを出よう。……こうなったら、どっちが早くゴール出来るか競争だよ、小夜さん!」
 ほっと一息ついた研司は周囲を見回し……そして、現状を打破すべく握りこぶしを作った。
 そんな研司の発想の転換に、小夜は微笑んで「はい」と頷くと「競争、負けません」と宣言し、二人は出口を捜して動き始める。
 小夜は額をぶつけない為にも鏡に手を付いて歩き始め、一方研司は「己を信じて突き進むべし!!」と真っ向勝負に出たのだった。
 ズンズンと歩き始め、暫く経った頃。向かいの通路を不安げな顔で歩いてくる小夜の姿が見えた。
「小夜さ……ったぁ!?」
 鈍い音を立ててマジックミラーに激突した研司は思わずその場に蹲った。
「お兄さん!?」
 物音に気付いた小夜が壁に手を付いた状態のまま目の前まで近寄ってきた。小夜側からはただの鏡にしか見えないため、ペタペタと壁を触る小夜とは視線が合わない。
「何だコレ……マジックミラーか?」
「大丈夫ですか?」
「あぁうん、大丈夫。小夜さんの姿を見つけたから、油断した」
 いつも見下ろす形で見て居る小夜の顔。それを下から見上げる形になって、改めて小夜の顔立ちが整っている事に研司は気付く。
 「出口で逢おう」と無理矢理笑って研司は歩き始めた。
 『おにいはん』と慕ってくれていた妹分が出逢ってから5年後には自分の恋人となるなど誰が想像しただろうか。それから更に5年。お互いの両親への挨拶も済ませ、休日を共に過ごす日々。
 共生という自分とは違う道を選んだ彼女が、自分の“生き直し”を受け入れ、応援してくれている。
 分かれ道。右と正面で右を選んで歩き出す。
『お兄さん、遊園地です!』
 キラキラと瞳を輝かせ、高揚した表情で喜んだ小夜の顔を思い出す。
 今日だって、チケットが当たらなければ一生来ることは無かったかも知れない。それでも、彼女は今まで不平不満を言わず、自分の生き方に付き合ってくれている。
 それはなんてとても幸福で、幸運で、幸甚なことだろうか。
 行き止まりだと気付き、来た道を戻る。
 先日、職場の先輩が離婚を決めた。離婚理由は価値観の違い、すれ違いが積み重なった結果だと言っていたのを思い出す。
 気がつけば四捨五入で四十路入りという年齢になった自分とまだ学生の彼女。
 もしも、彼女が別の誰かを選ぶ事があったら……

 ――研司はまばゆい出口へ辿り着いた。

 先に辿り着いているだろうと思っていた小夜の姿が見えず、研司は足を止め、周囲を見回す。
 メールが入っているかもしれないとスマホを取り出したその時。
「お兄さん!」
 背後からの声、ジャケットの裾を掴まれる感触に振り返る。
「小夜さん……おでこ大丈夫?」
 ほんのり赤い額を見て研司が問えば、小夜も研司の額に指を這わせ柳眉を下げた。
「お兄さんのおでこも赤い、です」
「あぁ、俺は大丈夫だけど……」
「お揃い、ですね」
 微笑う小夜への言いようのない渇望を自覚した研司は、小夜の手を取ってズンズンと歩き始めた。


「ど、どうしたんですか?」
 無言の研司が向かったのは大観覧車。幸いにして殆ど待ち時間がなく二人は乗り込むと、対面に座って研司は大きく息を吐いた。
「小夜さん」
「はい」
 研司のただならぬ雰囲気に気圧されつつも、小夜はそれでもしゃんと背を伸ばし研司を見る。
「何度か話してきた先輩の離婚が決まった」
「……え? あ、はい」
 話しが見えず、困惑する小夜の手を取って、研司は小夜の双眸を正面から見る。
「原因は双方のすれ違いと価値観の違いを埋められなかった事らしい」
「えぇと……はい」
「俺は小夜さんのエージェントとしての生き方を否定するつもりはないし、むしろ大学にもちゃんと通って両立しようと頑張っているのを知っているから尊敬もしている」
「あ、有り難うございます……」
「でも、俺は俺の生き方を変えられない。覚醒者としてではなく、こうやって人間の持つ可能性を最大限活かして生きていきたい。料理人としていつか店を持って、美味い物を作って人を笑顔にしたい」
「はい」
「その筆頭に小夜さんがいて欲しい」
 いつだって研司の作る物を美味しいと満面の笑みで頬張る小夜がいた。
 東方との交流前のクリムゾンウエストで、何かリアルブルーの故郷にまつわる料理が作れないかと材料を集めを一緒にしたこともあった。
 瑞雨の模擬挙式……試食会という名のお料理コンテストで優勝したときは一緒に喜んでくれた。
 リアルブルーへ帰ってきてからも、つらいとき、悲しいとき、悔しいとき、いつだって小夜の笑顔が自分を支えてくれていたのだと気付いた。
「俺は色々と足りないところがあると思う。今日まで小夜さんと遊園地に来る事も無かったし。だから、小夜さん、何かあるなら遠慮無く言って欲しい。俺とどうしたいかとか、何をしたいとか、何処に行きたいとか、遠慮無く言って欲しい……取り返しがつかなくなる前に」
「……わたしは……」
 小夜は一度言葉を切って、微笑む。
「こうやって、休日を一緒に過ごせることが嬉しいです。他愛ないことをお話ししたり、大きなお魚を釣ったり、沢山の林檎を穫ったり。それを一緒に料理して……この前のアクアパッツァとかアップルパイ、凄く美味しかったし、次は何を作ろうってキラキラしている貴方を見るのが……私は好きです」
 小夜は研司の額に手を伸ばす。
「私の方が全然子どもなのに、ちゃんと対等に接してくれることも。私の生き方を尊重してくれることも。貴方の方がきっともっと大変なのに、休日を私と一緒に過ごしてくれることも、凄く嬉しくて、そんな貴方が大好きです」
 「だから、大丈夫ですよ」と笑う小夜の顔は夕陽に照らされて美しかった。
「小夜さん……」
 立ち上がって小夜へと近付く。
 真剣な研司の顔に一つの予感を感じて小夜は少しだけ身体を硬くすると、研司の接近を待つ。
 頬に研司の手が触れて、小夜は少しだけ研司の方へと顔を向けた。
 観覧車は間もなく頂上へと辿り着く。
 二人の顔が近付きその唇が触れ――

 ――ガツッ

「っ〜〜〜〜!?」
「ったぁ〜〜!?」

 急に止まった観覧車の中で、二人は前歯に受けた衝撃に口元を押さえた。

『観覧車ご乗車中のお客様にご連絡いたします。現在、一時的な停電により、観覧車が緊急停止いたしました。しばらくこのままお待ち下さいますようお願い申し上げます』

「マジか……」
 床にしゃがみ込み、口元を押さえた研司が天井を仰ぐ。
「ふふ……」
 小夜にしては珍しく口元を押さえたまま声を上げて笑い始めた。
 そんな小夜を呆気にとられて見て居た研司も、なんだか馬鹿馬鹿しくなって一緒に笑い始めた。
「中々ないよなぁ、こんな体験!」
「何か、もう、タイミング……!」

 夕焼けに沈む遊園地を見渡す位置で、二人の楽しげな笑い声は響き続けたのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/大学生】
【ka0569/藤堂 研司/料理人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。遊園地なんてもう何年も行っていない葉槻です。
 大変遅くなってしまって申し訳ありません。

 何だかんだとお二人はきっと大丈夫だろうなという確信のもと好き勝手に書かせて頂きました。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年07月20日

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