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『可愛い竜の子、元気な子。』
ファルス・ティレイラ3733

 ファルス・ティレイラ(3733)が頼まれた本日のお仕事は、ちょっとしたお手伝い。
 それも、別世界から異空間転移してこの東京にまで来た紫色の翼を持つ竜族――と言う素性を活かしてと言うか何と言うか、わかりやすくパワー重視のお仕事、が割り当てられる事になっていた。

 つまり、今回は本性の――竜の姿での活動が求められていた訳である。
 それでも、人間の姿の時と同じだけの器用さを以って事を行えるのが別世界の竜族たるティレイラである。竜の姿自体で驚かせてしまう様な状況、動くのに支障が出る様な狭さの場所でさえ無ければ、この姿でのお仕事もまたティレイラにとって吝かでは無い。

 で。

 肝心のお仕事内容は、魔法液がなみなみと入った樽――樽状の特製容器の運搬である。ティレイラがお手伝いの現場に来てみれば、そんな「樽」がとにかく沢山置かれている光景に出くわした。様々な魔法液が入っているのだろう大樽が、ラベリングされて頑丈な棚に幾つも並べられている。

 ティレイラは頼まれた通りに、いそいそとそれらの運搬を開始した。



 鋭い爪を具えた前肢を器用に用いて、棚から樽をよいしょと持ち上げ確保する。それから、目的の場所にまで静かに移動。確認してゆっくり丁寧に置き直す。……これで一件完了。次の運搬の為に元の場所に戻る。それを何回か続ける――重さ的には一つずつじゃなくても大丈夫かなとも思うが、持ち易さからして一つずつの方が無難だろうなと思える運搬物。……絶対失敗しない様に。注意してし過ぎる事は無い。
 思いつつ、新たな樽を取りに戻る。と――何やら小さな人影が物陰に隠れた様な気がした。おや? と思う――のしのしと歩いて、何かが隠れた気がしたその物陰を覗き込んだ。が――居ない。気のせいだったかなと思い、改めて次に運ぶ為の樽に向き直り、前肢を伸ばす。

 と。

 ひっ、と短い悲鳴が聞こえた。……流石に聞き違いでは無い。と言うか――運搬の為に取ろうとした樽の向こう側、恐らく隠れたつもりだったのだろう――そして別の樽の栓を開けようとしている少女の姿があった。矢印めいた黒い角に尻尾、蝙蝠めいた翼――魔族の子だろうとすぐにわかる。そして同時に、先程何かが隠れた様な気がした、のが気のせいでは無かった事が確定する。

 ばっちり目が合った。

 ……ティレイラは自分以外に運搬の手伝いもしくは関係者の魔族がここに来ているなどとは聞いていない。
 ……この魔族の子はティレイラの姿が戻って来たと思ったら隠れた。
 ……ティレイラに見付かったと思ったら押し殺した短い悲鳴。
 ……何より樽の栓を抜こうとしているのは有り得ないだろう。

 となると、多分。
 正式な手続きを踏まずに樽の中身に御用があるのだと見て、まず間違いない。

 ――曲者っ!

 ティレイラがそう判断するのと、魔族の子が弾かれた様に逃げ出すのが同時。途端、反射的にティレイラは魔族の子の確保に移る――この子を何とかしないと、樽の運搬に支障が出る。いや、そこまで考えていたのは後付けになるかもしれない。ただ、この子を放っておいたらダメだ。直感的にそう思って、待てっ、とばかりに魔族の子を追い掛ける――並ぶ「樽」に被害が出ない様に細心の注意を払いつつ。
 が――そんなティレイラの気遣いなど知った事かとばかりに逃げる魔族の子は闇雲に攻撃魔法を連発。げ、と思い反射的に樽を庇う――が、庇った樽だけは何とかなったにしろそれ以外の樽に攻撃魔法の被害が出た。
 がしゃんどしゃんばしゃん。樽が壊され、中身がぶち撒けられる。ああっ、と思うが、ティレイラにはどうしようも無い――この子捕まえないとホントにヤバい、と改めて思い直す。撒き散らされた魔法液を派手に被りつつも、ティレイラは逃げる魔族の子を追うのを諦めない。が、魔族の子も魔族の子ですばしっこく、ティレイラから伸ばされる前肢を悉く避けていく。
 ティレイラはもう必死である。魔族の子が見えた場所に突進、勢い余って鼻先を突っ込む形になった棚が傾ぐ。樽が落ちる。衝撃で樽が割れる。零れる。液体が魔法で躍り上がる。前肢と翼を振るって力尽くで払う。不吉な破壊音がそこかしこ。ついでに――液体の撥ねたり流れたりする音も相当数追加。……つまり、それだけ運搬するべき品が壊されて色々台無しになっていると言う訳で――ティレイラは更に焦る。自分の全身が魔法液塗れになっていても気にしていない。それどころじゃない捕まえなきゃっ――。

 ――と。

 ぴしり、と奇妙な感覚が全身に走る――まるで、これから固まるとでも言う様な。

『えっ!?』

 それは全く予期していなかった事である。……ティレイラにしてみればお姉さまやその友人知人の趣味もあって、自分が魔法的な何かで固まる事自体は残念ながら最早それなりに慣れている。が、この魔法液の場合は――被ってしまってもそんな感じでは無かった。少なくとも一番初めの時は――いや。
 何度も何度も異なる魔法液を被る度に、何か、変わって来ていたのかもしれない。二種類合わせると固まる接着剤みたいな、例えば魔法樹脂の硬化剤と複数の魔法液で何かおかしな作用を起こしたりしたのかも。
 ……そう考えたのもまた、後付けだったかもしれない。
 実際は、えっ、と驚きの声をあげたまま、ティレイラは真っ白な魔法樹脂に覆われて――程無く固まってしまった訳だから。

 即ち、ぴくりとも動かない。



「……」

 魔族の子は、ぴくりとも動かない白化した紫竜に気付き、そぉっと側に近付いて来る。警戒しながら。いつでも逃げられる様に逃げ腰で。それでも、白化した紫竜は動かない。少しずつ大胆になる。手が届く位のすぐ側にまで近付くと、ぺちぺちと顔を叩いて様子を窺ってみた。それでも竜は動かない。
 軽く安堵する。固まっちゃってるし、多分これもう大丈夫だ。思いながらも、今にも何かを掴もうと構えられた前肢の――もし握り込めたなら捕まってしまうだろう位置に、魔族の子は背伸びして体を寄せてみる。きゃー、ころされるー、とこれ見よがしに騒いで見せつつ。ちらりと竜を見上げる。動かない。
 魔族の子は更に大胆になる。固まってしまった竜の鼻先に翼から伝う様にしてよじのぼり、手摺りがてらに角を掴んで頭部を額側に移動。馬に乗る様にしてその鼻先に座り込む――竜の大きな閉じない瞳をじーっと覗き込む。おーい、と呼ぶ。わたしはここだよ捕まえるんじゃなかったのー? アピールがてら声を掛けながら目の前で手をぶんぶん。見えているのか確かめる様な仕草。
 それでも竜は動かない。
 魔族の子の大胆さは更にエスカレート。ホントに見えてないのかなー? と閉じない瞳に触ってみたり、座ってた鼻先からまたよじのぼって、両方の角を掴んで上り鉄棒か何かの様に扱ってみたり。滑り台がてら巨体や翼に尻尾を滑り降りてみたり、本当は怖い物の筈な鋭い牙を興味本位で触ってみたり。
 魔法液をちょっとだけ拝借する為にここに来たのに、気が付けばこの突発アクティビティを満喫している魔族の子。これも樽の中身の効果なんだろうなぁと思いつつ。目の前の“おもちゃ”を放っておく手は、無い。

 ふふふ〜、と満足げな声を上げつつ、魔族の子は何だかんだで白い竜のオブジェから離れない。
 白い竜は――ティレイラは、それでも動かない――動けない。

 さて、この硬質化は――いつまで続く?

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 ファルス・ティレイラ様にはいつも御世話になっております。
 今回は久々御一人様での描写発注、有難う御座いました。そして大変お待たせしました。

 ピンナップから起こしての内容でしたが、初めから竜姿でよかったのかが気になっていたり(読み違えてないかと)、お手伝い先は何でも屋のお仕事だったのかお姉さまの所だったのかで迷ったのでどっちでもありな様な書き方にしてみました。
 如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、残り期間も少なくなってしまいましたが、またの機会が頂ける事がありましたら、その時は……ってお預かりしている分もありましたね、次はそちらで。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年07月20日

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