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『女神言霊』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルド(8909)は端から綻んでいく世界を見やり、思った。
 世界の向こう側は、やっぱり虚無なんですね。
 と、ゆっくりしている場合ではない。そこそこの頻度で見るようになったからこそ、この情景が夢であると承知している。が、たとえ夢の中であれ虚無に沈むのは怖かったし、女神という、ある意味でバーチャル存在な自分は夢に食われてしまうかもしれないし。
 ナンバリングが思い出せないのも夢の中だからなのか、とにかく『英雄幻想戦記』のどれかに出てきた高空決戦装備“女神の翼”を召喚して装着、スノーフィアは“綻び”から全速離脱した。
「……予知夢、とかでしょうか?」
 つぶやいてみて、さすがにそれはないでしょうと思いなおす。
 世界が壊れるなんていう一大事が巻き起こるなら、“私”をスノーフィアとして顕現させた神様がなにかしら言ってくるだろう。というか、壊れないよう神様が止めるか。
「そうですよね。神様は絶対ですし!」
 心配事が消えたことだし、目を醒まそうか。心を塞ぐ不安は迎え酒ですっきり洗い流そう。たとえばジンライムの中ジョッキとかで。
 で。せーので目を開けようとしたスノーフィアだったのだが。
 残念ながらあたしじゃ止めらんないのよねー。くたびれたスーツを着込んだ疲れ顔のおっさんに先を遮られ、急停止するはめに。
 だが、危ないじゃないですかとは怒れない。相手が誰か、彼女は正しく認識できていたから。
「ご、ご無沙汰しております……神様」

「今日、でいいんでしょうか? どういったご用件です?」
 神様はチューハイ缶の表面に浮いた汗を指で削ぎ落とし、応えた。おたくがいる世界ね、ターニングポイントに差し掛かろうとしてるわけよ。
 平たく説明すれば、世界は1本の時間軸を過去から未来へ辿りながら進んでおり、その間に無数の選択を強いられるのだという。ただしそれは、世界自体が能動的に選ぶものではなく、そのとき世界が在る状況によって自動選択される。
「ということは、今選ばれるだろう選択肢、すでに確定していることになりますよね。世界の状況が短期間で大きく変わったようなこともありませんし」
 神様はスノーフィアをじっと見つめ、缶を一気に呷った。
 なぜ見られるのかは知れないが、これだけは知れた。今スノーフィアがいるこの世界は、神様にとって好ましくない先へ向かい行くのだと。
 まー、健全っちゃ健全なんだけどね。
「どういうことですか?」
 この世界はリアリティのないすべてのものを排除することを決めた。即ち、超常的存在、神秘的存在、異星生物、異世界存在……その中には当然、ゲーム的存在も含まれる。結果、元々存在していたものだけが生き続けるだけの場となるのだ。
 急に言葉遣いを変えた神様。いや、そうではないのだろう。神様はスノーフィアが馴染みやすい形をとっていると言った。つまり変わったのは、神様に対する彼女自身の印象あるいは認識だ。
 神様が切羽詰まっているから、なのでしょうか?
 自分よりも遙かな高位存在の真意、見て取ることなどできようはずもないが、ともあれだ。
「どうして私にその話を?」
 訊きながら、もう察していた。
 神様もそれを見抜いていたのだろう。彼女が思い描いたそのままの言葉を継げたのだ。
 世界の行方を決めたのがおまえだからだ。

“私”は『英雄幻想戦記』の隠しヒロイン“スノーフィア・スターフィルド”の姿と力を神様から与えられ、この世界へ顕現した。ただただ「生きろ」とだけ告げられて――
 その言葉に従い、生きてはきた。
 結果、与えられた“言霊”の力を封じる結果となったが、惜しいとは思わなかった。心のどこかで、むしろ邪魔だとすら思っていたような気がする。引きこもりに世界を動かす力など要るものか。
 ここで神様が口を挟んだ。むしろ言霊を封じるべく引きこもったのやもしれんが、なんにせよだ。溜めに溜め込まれてきた“動力”はついに溢れ、世界を押し流したのだ。おまえの無意識が赴くままに。
「無意識、ですか」
 別に世界をリアルなだけの場にしたいと思ったことはない。うん、ないはずだ、が、なにか引っかかる。なんだろう、これは……疑い? なにを疑っている? 糸口を掴んでしまったことが運の尽き。スノーフィアは程なく正解へ辿り着く。

 私は、私という存在そのものを疑っている。

 第一、女神転生なんてうますぎる話があるのか?
 そもそも“私”が死んだと思い込んでいるのは“私”だけで、これは昏睡の底、もしくは死にゆく一瞬のただ中で幻(み)ている夢なのではないか?
 結局、神様もスノーフィアも、存在しないものなのではないのか?
 わからない。わからないわからないわからない。
 だから。
 試してみようじゃないか。
 この世界からあらゆる「不思議」を追い出して、それでもなおスノーフィアは存在し続けるのか。
 もし残るなら、これは夢だ。外に死にゆく“私”がいるならば、おとなしく死んでいけ。
 そして弾き出されたなら……言霊を振るって世界を変えてやる。自分を受け容れず、他のものを受け容れるなど赦さない。
「――私の無意識、最悪ですね」
 自己覚知を済ませたスノーフィアがげんなりため息をつけば、神様はそう責めたものではないとしたり顔でうなずいた。曰く、社会という他者評価にすがれぬおまえは、自身の価値をそうして計るよりなかったのだ。
 しかし、だとしたら。
「世界の選択は、もう変わりませんか?」
 スノーフィアは強く紡ぐ。そう、問いの形をした予告を。
 神様は肩をすくめ、それはおまえの意識次第だろう。
 スノーフィアの無意識は、自分という存在への疑念から自身あるいは世界を滅ぼそうと思い違えた。修正できるものがあるとすれば、それはただひとつ。
 スノーフィアの意識だ。
 言い換えるならば――引きこもり生活をこよなく愛し、強制的に彼女を困った状況へ陥れる怪現象や、同じスノーフィアである人々、未だ見たことのない霊や異星人や怪物も悪くないと思っている「“私”と私」の意志。
「でしたら変えてみせましょう、かならず」

 スノーフィアは自らの奥底より湧き上がる意志を音に変え、告げる。
「なにかが滅ばずにいられないバッドエンドなんて望みません」
 望むものは、なにひとつ滅ぶことなく、すべてが続く世界。リアルもファンタジーもSFも、すべてを抱え込む“ゆるさ”だ。
「スノーフィア・スターフィルドが世界へ告げます。これまで通りすべてを受け容れ、ただ直ぐに進んでください」
 スノーフィアの願いは世界の隅々まで拡がりゆき、わずかな抵抗もなく染み入った。そう、世界もまた願っていたのだ。かく在り続けることを――おそらくはスノーフィア以上に。
 スノーフィアは世界へ謝意を示し、そして笑みを向けて、
「この世界在る限り、私もまた多分在り続けるんじゃないかなと思わなくもない感じですので今後ともひとつよろしくお願いしますね」
 最後は締まらなかったが、まあ、そうありたいものだと本当に思う。
 ……気がつけば神様の気配は消えていたが、きっと次の仕事へ向かったのだろう。神はいそがしいものらしいから。
 世界の乗ったレールがかなり強引に進路を切り替えたことを感じながら、スノーフィアはゆっくりと覚醒していく。
 さて、目が醒めたらまずなにをしましょうか。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月20日

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