▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『未来』
白鳥・瑞科8402

「承りましたわ」
 体の線を露わさぬよう分厚く、十二分の余裕をもって仕立てられた純白の修道衣まとう白鳥・瑞科(8402)はそれだけを応え、踵を返した。
 この世ならぬ彼方より顕現した何者かが“教会”の武装審問官を狩り続けている。対処せよ――なにを聞き返す必要もない、シンプルな指令だったからだ。
 わたくしの同胞(はらから)を狙った意図は知れませんし、知るつもりもありませんわ。わたくしが成すべきは、あなたの骸を躙ることで同胞の無念にわずかでも報いること。
 用意された部屋の姿見に決意を映し、瑞科は修道衣を脱ぎ落とした。かくて露わとなったのは、特殊な技術で極々薄く仕立てられた耐電・耐衝撃ラバースーツである。
 その上から軽合金板で防御力をいや増したコルセットをつけ、絞り上げれば、くびれた胴がさらに強調されると同時、下から押し上げられた豊かな双丘がさらに張り出した。もちろんそれは見た目を艶やかにするための機能ではない。激しい動きに胸が障らぬよう抑えるためのものである。
 次いで剥き出されていた両脚をニーソックスで締め、膝までを包むロングブーツで固定。両腕も同じ素材で仕立てられたロンググローブをつけ、指の動きを確かめる。それらは彼女の挙動を支えこそすれわずかにも障るような真似は演じない。
 そして、すべての装備を包み込むのは、脚の動きを阻害せぬよう深く切り込まれたスリットが特徴の修道衣である。先のそれとはちがい、豊麗なるボディラインをそのままに描き出している。鎧いながら、肌感覚を保つ――瑞科からの難題に対して教会装備部が打ち出した、現状での最適解だった。
 修道衣を着終えた彼女は、腰に剣帯をつけて細身の剣を佩き、右の腿にナイフを納めたホルダーベルトを巻きつけて、もう一度挙動を確かめた。すべての関節が引き止められることなくなめらかに動き、筋肉は装備のサポートによってより強く、より迅くその力を発揮する。
「参ります」
 純白のケープで上体を覆い、玲瓏たる面を同じく純白のベールで隠した彼女は、ついに敵へ向けて一歩を踏み出した。


 敵はそこに在った。
 言葉こそ発しなかったが、瑞科には知れる。「お待ちいただいていたようですわね、わたくしを」。
 少し大柄な成人男性ほどの背丈の人型。本体は薄い靄めきの内に隠されているため細部は知れないが、こちらへ向けられた目には確かな憎悪と蔑み、そして期待が写し出されていた。
「人を試さんとする天使あるいは悪魔のごとく、ですわね」
 古書が語る数千年の昔にはそのようなこともめずらしくなかったそうだが、今世に再現する意義はあるまい。だからこそ彼女は告げるのだ。
「ただしここで試すのは、わたくしですわ」
 左に佩いた剣のガードを親指で押し上げ、瑞科は告げた。
 日本刀同様、剣身がすっぽ抜けないよう鞘に鯉口をつけてある。それを切るということは、いつでも抜き打てるということだ。
 人型はそれとほぼ同時、右手に剣を顕現させた。こちらは抜き身だが、言ってみればただそれだけのことで、警戒すべきプレッシャーは感じられなかった。
 しかし、瑞科はこの程度と侮りはしない。結果にはかならずそれを導き出した理由がある。武装審問官がひとりならず屠られただけの理由が、あの人型にはあるのだ。
 瑞科は剣をぶらさげて棒立つ人型へ切っ先を突き込んだ。あくまで探りであり、浅く軽い攻めではあったのだが……内側から思わぬ力で弾かれ、体勢を崩しかける。
 斬り下ろされた人型の剣をサイドステップでかわした瑞科は間合外へ。と、踏みとどまって跳躍。宙を一転して踵を蹴り落とした。完璧な奇襲、そのはずが。
 人型はするりと下がり、踵をやり過ごしたかと思いきや、剣をフルスイングで横薙いだ。
 ああ、これはかわせませんわね。瑞科はコルセットで固められた腹に力を込めて剣を受け止めた瞬間、力を息に乗せて吹き抜いた。そして次の瞬間にはまた力を込める。骨の守りがない代わり、体の内でもっとも高い柔軟性を持つ腹部を呼吸法で繰る体術。それによって彼女は斬撃をいなし、弾き返したが。
 正直、驚きを隠せなかった。彼女の体術と迅さに追いつける敵はそういない。しかし眼前の敵はやすやすと追いついてみせたのだから。
 見切りですかしら? ともあれ、追いかけっこを演じる必要がありますわね。
 新たな息を体の奥へ落とし込み、瑞科は心を据えた。
「わたくしと踊っていただけますかしら?」
 フェンシングさながらの半身構えをつくり、右手に握った剣は直ぐに人型へ向ける。突くという一手に特化した構えである。
 果たして瑞科は鋭く踏み出した。肩と肘の関節の“伸び”に乗せて剣を繰りだし、反動をもって引き戻す。余計な力が入らぬだけにその突きは迅く、そして間断なく人型へ襲いかかった。
 しかし人型は一歩も退くことなく、押し立てた剣でこれを弾き続けた。始めは小さく、徐々に大きく。
 大きく弾かれれば、人型の斬り返しを守る術なく受けることとなる。瑞科は手首の返しで刃が飛ばされるのを防いでいたが、人型の弾きは強度を増しつつあり、遠からず限界がくることは明白だった。
「ふっ」
 呼気と挙動のタイミングをずらし、瑞科は突きを引き戻した反動を利して刃を横薙いだ。
 どれほどの手練れであれ、ひとつの攻めを繰り返されれば眼も意識もある意味で麻痺するものだ。そこへまったく異なる攻めを打たれれば、まさに虚を突かれて受け損なう。
 しかし人型は当然のごとく瑞科の攻めを弾き、斬り返してきた。
 バックステップで大きく跳びすさって回避した彼女は着地と同時に地を蹴り返し、上体を倒し込みながら人型へ向かう。落下する自重が前進を加速させ、加速がさらに深く倒し込まれた上体を支えてさらに加速、加速、加速。
 果たして繰り出した、速度をすべて吸わせた渾身最速の突き。しかしそれは受け止められるどころかするりとかわされ――行き過ぎた瑞科は地に手をついて一転、人型から十分な距離を取って立ち上がった。
「原理はともかく、現象の理屈はわかりましたわ」
 人型はこちらが攻めを繰り出すわずか前に回避行動を開始している。つまり見切っているわけではないのだ。戦技の類でないなら、考えられることはひとつ。
 未来視ですわね。
 高位存在の内にそのような芸を身につけているものがいることは聞いていた。が、過去からすれば未確定である未来を確定させて視るには莫大な負荷がかかるため、視えたとしても一瞬程度のものであるはず。
 たったそれだけの、決闘くらいでしか役立たない力。わざわざ求めた理由はなんですかしら?
 いや、考えてみるまでもない。
 だって決まっていますものね。わたくしを待ち受けていらした以上は、そう。
「わたくしと闘うために、他の可能性のすべてを棄ててその“眼”を得てくださったのですわね」
 実際の目的は、瑞科を害することであろう。彼女が斃れればこの世界の守護は大きく損なわれ、悪意持つ来訪者が雪崩れ込む。それを導くためにこそ人型は瑞科の前に在るのだ。
「これよりはわたくしを尽くしてお相手いたしましょう。そしてあなたを討ち滅ぼし、命散らした同胞への贖いを」
 瑞科の宣告を聞いてか聞かずか、人型は剣を右手にぶらさげたまま踏み出し、彼女へ押し迫る。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.