▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『2時間ドラマ「怪談蒐集家・桃李 〜雪女〜」』
桃李la3954


 寒い一月のことだった。椿の葉に積もった雪は、徐々に重さを増していき、しまいには滑り落ちる。その下の花を揺らして地に落ちた。小さく音が鳴る。
 そんな雪の住宅街を、一人の金髪の男性が歩いていた。
「うーん、困りましたね。雪で全然景色がわかりません。いや、どっちにしろ、私ここ初めてなのでよくわからないんですけど」
 と、唸っているのは、アメリカからやって来たグスターヴァス(lz0124)と言う男性だった。日本文学を学ぶために来日しているのだが、下宿先に行こうとして道に迷った。日本の雪景色だ! と喜ぶどころではない。
「さ、さむい……」
「何かお困りかな?」
 その時、後ろから声が掛かった。振り返ると、背の高い黒髪の男性が立っている。洋装の上から、目の覚めるような女性用の着物を羽織るという風変わりな出でだち。顔立ちは長い前髪で見えにくいけれど、その間から見える青い眼差しが美しいことはグスターヴァスにもわかった。番傘を差したその人は、まるでこの世のものではないように雪の中で浮かび上がっていた。
「ああ、えっと、道に迷いまして……」
 そう告げると、その人は道案内をしてくれた。彼は桃李(la3954)と名乗り、怪談を蒐集しているのだと言う。
「今日もね、何か面白いことがないかなって」
「あら、それじゃあなんだかお邪魔をしてしまったみたいですね」
「いや、そんなことはないんだ」
 気の向くままに歩いていただけだから、と桃李は笑う。


 下宿先に近づいたのは、もうすっかり暗くなってからだった。通りかかった男性から、暗くなってからうろうろすると、雪女に遭ってしまうぞ、と忠告される。
「ありがとう」
 桃李はにっこり笑って手を振った。
「雪女、とは?」
「雪の日に出る女の人の怪異だよ。行き会った人を殺してしまうとか色々あるけどね」
「そんなのがうろついてるんですか?」
「どう思う?」
 グスターヴァスはそろりと周りを見た。しんしんと降りしきる雪。心許ないランプの灯り。昼間に子供が作ったのだろう雪だるまも、一瞬だけ人待ちの誰かに見える様な、そんな景色だ。
「いや、まさか……」
 その時だった。雪を踏む音が前方から迫ってくる。二人がはっと前を見ると……。

 着物を着た何者かが、長い髪を振り乱してものすごい勢いで走って来ていた。

「ぎゃー!?」
 グスターヴァスは悲鳴を上げて桃李に飛びついた。


 また君か、と駆けつけた警察官は言った。桃李は肩を竦めて、
「偶然って怖いね。俺はこの人を案内していただけだよ」

 何者かは二人の脇を駆け抜けて行った。その人が来た方向へ行ってみると、金持ちの家があった。上を下への大騒ぎになっており、男が飛び出して来る。どうやら下働きらしい。女を見なかったと言われて、
「さっきぶつかりそうになりましたよ」
 グスターヴァスが来た道を指して告げると血相を変えて追い掛ける。
「どうしたんだろうね?」
 不思議に思った桃李が右往左往している別の下働きに事情を尋ねると、相手は真っ青になりながら叫んだ。
 旦那様が……旦那様が雪女に襲われたんです!

 そうして、警察が来た、と言うわけだ。どうやら桃李とは馴染みの間柄らしい。何故警察官と馴染みになるのか、グスターヴァスにはとんと理解できなかった。
 雪女なんか出るわけないだろう。警察官はそう一蹴する。これは事件だ。犯人がいる、と。
「怨恨かな? 雪女は自分の話をした男の元から去るって言うオチがあったよね」
 それはこれから調べるから君は口を挟まなくて良い。野良猫でも追い返すように、警察官は手を振った。

 桃李は、さもそれが許可であるかのように、グスターヴァスを伴って屋敷に上がり込んだ。二人と行き会った下働きは、先ほどはどうも、と丁寧に挨拶をする。
「いや、大変だったね」
 桃李はにこやかに話を聞いた。グスターヴァスの紹介を交えつつ、桃李は話を聞いた。
「君たちはあの人に見覚えはないの?」
 全くないと言う。
 それからいくつか話を聞いた。どうやら、ここの主人は気むずかしい質らしく、ちょっとでも気に入らない使用人には給金を下げるだとか、遠くまでの使いにやったりだとか、嫌なことを平気でするのだそうだ。
「ふぅん。最近は、そう言う人いたの?」
 数人いたと言う。桃李は礼を述べて屋敷を出た。そして警察官へ、
「ねえ、一つ調べて欲しいんだけど」
 またかよ。何だ、言ってみろ。呆れた顔をしながらも、その警察官は桃李の頼みを聞いた。


 桃李は警察官に頼んで屋敷の人間を全員広間に集めた。警察官は文句を言いながらもその頼みを聞いた。
「犯人が……雪女の正体がわかったよ」
「しかし、屋敷の女性には全員不在証明が……」
 グスターヴァスが言うと、
「いや、女性物の着物を着ていたからと言って本当に女性とは限らないよね」
 桃李の言葉に、場は水を打ったように静まり返った。洋装の上から女性物の着物を羽織った桃李が言うと、とんでもない説得力だ。そう言えば、桃李は件の不審者を一度も「女性」と言わなかった。
「かつらを被れば女性のふりくらいできると思うけど……雪も降ってて暗かったし、すごい勢いだったから相手の性別なんて服以外で吟味する余裕なんかないし」
 そして一人の男性に視線を投げかける。
「君、質屋で着物買ったでしょう。あの時俺たちが見た着物。店主さんがね、覚えていたよ。できるだけ色の薄いのを、と随分注文をつけられたと言って。脱いだ着物は雪の中に隠したんじゃない?」
 もう警察が見つけたけど。桃李がそう告げると、相手は頭を抱えた。

 証拠が見つかっていることで観念したらしい。男は白状した。給金のことで主人と揉めており、ちょっと脅かしてやろうと思ったのだそうである。
 雪の中使いに出されていたから、帰りが遅くなると思われるのを逆手に取って、大急ぎで帰ったのだと言う。

 こうして、雪女事件は解決した。馴染みの警察官は桃李をジト目で見て、これが最後だからな。もう次は聞いてやらないぞ。そう釘を刺して犯人を連行する。
「彼、いつもああ言うんだけど、その次に俺がお願い事すると、ちゃあんと聞いてくれるんだよねぇ」
 桃李はけらりと笑った。
「ねえ、グスターヴァスくん。君、文学を勉強しに来たと言ったよね?」
「言いました」
「だったらさぁ……俺の怪談蒐集、手伝わないかい?」
「え?」
 グスターヴァスはきょとん、として桃李を見る。あの瑠璃色の瞳が誘いかけるようにグスターヴァスの目を見つめていた。催眠術でも掛けられている気分だ。グスターヴァスとしても、この見た目によらず豪胆で奇抜な青年を気に入ってしまっている。怪談蒐集。文学を学ぶ一助にもなるだろう。
「私などで良ければ」
「決まりだね」
 桃李はにっこりと笑って手を差し出す。グスターヴァスはその細い手を握った。見た目によらないのは手も同じで、存外に握力が強い。
「それじゃあ──どうぞよろしく、かな」
 こうして、グスターヴァスは桃李の怪談蒐集に同行することになる。

 そして、行く先々で事件に巻き込まれることになるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
書けば書くほど桃李さんは探偵役が似合うな〜と。顔馴染みでお願いを聞いてくれる警察官はサスペンスあるあるですよね!
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
シングルノベル この商品を注文する
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.