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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン3 第3話「病める時も健やかなる時も」』
柞原 典la3876


「あ、そうやった。兄さん、結婚しよ」
 唐突に柞原 典(la3876)の口から発せられた言葉に、ヴァージル(lz0103)は危うくコーヒーを吹き出すところだった。どうにか飲み込んでから目を剥き、
「はあ!?」
「間違うた。偽装結婚しよ」
「言い直しても分かんねぇよ!」
 典が言うにはこうだ。レヴェルの関与が疑われる船上パーティ。大西洋を数日間航行するという。性別不問の夫婦限定で、そのため偽の夫婦を演じて欲しいとSALFから依頼された。
「兄さんやったらええよ」
 先日の温泉旅行で、同じ部屋で宿泊する分には問題無いと感じた典は承諾した。ヴァージルには無許可で。
 ヴァージルも断るわけにいかず、大慌てで諸々手配したのであった。

 そして、当日。
 SALFスタッフに送ってもらう車中で、ヴァージルは小さな箱を取り出した。
「おい、左手出せ」
「ん?」
 典が首を傾げながら左手を差し出すと、ヴァージルがその薬指に指輪をはめた。本人の同じ指には、既に指輪がはまっている。
「式、挙げときゃ良かったな」
 その「式」と言うのが、典が花嫁に扮したあの事件の事だとすぐにピンと来た。新郎役にヴァージルが推されたが、本人は狙撃手として潜伏すると言って聞かなかったのだ。
「ほんまや。俺のこと一人にして」
 くすくすと笑う。


 部屋は当然の様にダブルだった。ヴァージルはそれを見た時、
「ほう、やっぱり高い船は違うな。一人でこんなでかいベッド……もう一つは?」
「ちゃうで兄さん……やない、あんた」
 典がしれっと訂正する。
「ダブルや」
「は?」
 ヴァージルがぽかんとしていると、典はその胸にしなだれるようにもたれて、
「忘れたらあかんよ、俺ら夫婦やで」
 な? と、ヴァージルをからかう様な色気のある笑みを浮かべる。何度見てもヴァージルはこの顔に弱くて、息を止めた。


 当然だが、船内にはカップルしかいなかった。地味な老夫婦と夕食の席が近くなり、談笑しながら食事を共にする。
 馴れ初めを尋ねられると、ヴァージルはにっこりと笑って、
「私の方の一目惚れで……ご覧の通り気位の高い人なので、それこそかぐや姫のように御用聞きを」
「人聞き悪いわぁ。あんたが勝手に用意したんやろ」
「すぐこういうことを言うんです。でも私は幸せですよ」
 そう言って本当に幸せそうな顔をするヴァージルに、少々意外な思いをする典である。ご丁寧に、彼は日本で生まれ育っているので人前でのスキンシップが得意ではなく……などと説明している。
 その顔を興味深く眺めていると、その後にひっそりと、あなたも何だかんだで彼の事が好きなのね、と言われて愛想笑いを返すはめになった。
「じゃあ、私たちはこれで。戻ろうか、ダーリン」
 ヴァージルに指の背で頬を撫でられて、典は照れたふりをしてそっぽを向いた。


 典はヴァージルが思うより雑だった。夕食を済ませて、ひとっ風呂浴びると、濡れ髪のまま、部屋着を引っ掛けてノートパソコンを開いた。煙草をくわえながら今日の分の報告書をしたためる。
「典、風邪引くぞ」
「んー」
 適当に返事をしながらキーボードを叩く。煙草が短くなったところで、ヴァージルは見ていられなくなってドライヤーを持ち出した。一本目を灰皿で揉み消し、二本目を出そうとする手を掴む。
「ストップ。乾かすまで待て。灰が飛ぶ」
 典はされるがままだった。画面を見ながら、手探りで何か取ろうとしている。
「これ?」
「ああ、おおきに」
 ヴァージルがタブレットを渡してやると、典はさっさと受け取ってなにやら資料を呼び出している。
(こ、こいつ……)
 ヴァージルは目を瞬かせた。
(雑!!!!! 生活力!!!!!)
 一瞬だけ、本当に形だけでも結婚して面倒を見た方が良いのではと悩むヴァージルであった。
(それにしても……)
 無防備なうなじを見る。
(こいつが背中取らせるって意外だな)
 ヴァージルに対して警戒が要らなくなった、と感じての事だが、ヴァージルは典のそんな心境の変化など知る由もなく、首を傾げながら髪の毛を乾かしてやるのであった。


 なんてことをしつつも、調査そのものはきちんとしていた。典がクルーの気を引いている間にヴァージルがスタッフオンリーに忍び込み、証拠を探す。
「どうやった?」
「一回で見つかるか。いや、でも普通に隠されてそうなところにはなかったな」
「ほぉん。敵さん、よっぽど上手に隠してはるんやねぇ」
 典はヴァージルにもたれかかって、甘える配偶者のふりをしながら思案する。ヴァージルも肩を抱いて考えた。
「……サクラっちゅう手があるな?」
「客に紛れてるってことか」
「せや。いっちゃん目立たん夫婦が怪しい」
 ヴァージルは天井を睨んだ。初日に夕食を共にした、仲睦まじい老夫婦の顔が頭に浮かぶ。極めて自然で、長く寄り添ったような、そんな自然な貫禄の夫婦が。
「思い当たる節が一組」
「俺もや」


 二人の予想は当たった。件の老夫婦の部屋に忍び込んだヴァージルは、この夫婦が主催者側の人間であり、なおかつレヴェルであるという確固たる証拠を見付けた。
 夫婦関係の悩みを、熟年夫婦に相談するふりをして、典が二人を引きつけている所に資料を持って歩み寄る。
「典、もう良いよ」
「やっぱりやったかぁ。堪忍な。俺らライセンサーやねん」
 夫婦の顔を見て、典は屈託なく笑う。外でヘリコプターの音がした。何事かとデッキに出た乗客たちは、SALFのロゴが入った機体を見ただろう。
 ご夫婦でライセンサーなの? そう尋ねられて、典はヴァージルを見た。ヴァージルは肩を竦めて、
「想像に任せる」
 それだけ言った。

「『離婚』は本部着いてからで良いよな。指輪も本部に手配してもらったから」
 迎えのヘリを待ちながらヴァージルが言うと、典はきょとんとして彼を見た。
「離婚せなあかんの?」
「ふぇっ!?」
 典はじーっとヴァージルの顔を見ると、落ちない程度にデッキの手すりへ追い詰めた。ヴァージルが目を白黒させながら意味を成さない言葉をごにょごにょ言っていると、典はやがて相手の胸をぽんと叩き、
「なぁんてな。ええよ。本部まで指輪預かっとくわ」
 左手を見せる。ヴィクトリアと離婚したセオドアの指輪。ヴァージルの方はティファニーと離婚したヴィンセントの指輪をしている。返さないといけない。イニシャルとサイズが一致する指輪を探すのは大変だっただろう。
 典はヴァージルの首に腕を回して、夕陽でオレンジに染まる肩越しの海を眺めていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
オチはめちゃくちゃ迷ったんですけど、「そういう回」ということで(どういうこと)。
ヴァージルは一通り恋愛経験ありそうだから、開き直ると結構いちゃいちゃしそうって思いました。この後ちょっと距離感バグってても面白いかな……など。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月20日

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