『夢見たチップは誰のもの？』

桃簾（la0911）＆磐堂 瑛士（la2663）

●
　磐堂 瑛士(la2663)はウィングカラーのシャツに蝶ネクタイ、スーツと言う出でだちでテーブルに座っていた。目の前にはルーレットの回転盤。そしてチップの山。
　彼が今いる場所はカジノ。もちろん、個人的な遊びではなく、仕事だ。潜入調査である。
　背も高く体格の良い瑛士は、正装でちょっとした貫禄が出る。少年特有の、すこしのあどけなさも相まって、放蕩息子を演じるのにぴったりの役者だったと言えるだろう。
　独特の勝負勘を持つ瑛士は、カジノの客役としてもまた適任だった。連続で負けたかと思えば、一発当てる。潜入では目立たないのが一番と言えばそうなのだが、その遊び方は自然体で楽しんでいるようにも見えたため、疑いの目を逸らすには充分だった。
（どうせ俺の懐が痛むわけでもなし）
　SALFから経費で落ちる。あまり負けてくれるな、とオペレーターからは言われているが、解決すれば有耶無耶になるだろう。
　瑛士は少し思案すると、肩を竦めてチップをシートに乗せた。ノーモアベットがかかり、ボールが止まるまで待つ。
　どうせ俺の懐が痛むわけでもなし。その気負いのなさが、貫禄に信憑性を添えていた。あの少年は、随分と余裕が見える。当たれば喜び、外れても困った様に笑って「残念だなぁ」と言うだけだ。
　その様子を、少し離れたテーブルでブラックジャックのディーラーをしているバニーガールがちら、と見た。鴇色をしたロングヘア、伸びた背筋、金色の瞳、そして前髪から少し覗いている紅の紋様。瑛士の近隣住民にして放浪者のライセンサー、桃簾(la0911)である。
（瑛士、なかなかやりますね）
　その目がそう告げていた。
　コスプレ映えする抜群のスタイルを持つ桃簾は、バニーガールの衣装を着てもやはり映えた。普段露出をしない彼女の、白くてなめらかなデコルテにはラメ入りボディパウダーがはたかれており、カジノの煌びやかな照明を受けてきらきらと輝いている。色んな意味で眩しい。
　なおかつ、胸から肩に布のない衣装は、惜しげもなく胸元を晒した。柔らかな膨らみとその谷間の陰影。肌が白い分、そのコントラストがくっきりと浮かび上がって、尚更形の良さが見える。
（桃ちゃんほんとに綺麗だなぁ……）
　許されるならずっと見ていたい。テーブルに落ちそうになる髪の毛を、細い指先で耳に掛ける仕草のなんと優雅なことか。しかし、そう言う訳にもいかない。
（なんかフィーバーしたら景品で桃ちゃんもらえたりしないかなー）
　なんて思ったりもしたけど、今はお仕事である。泣く泣く視線を桃簾から引きはがし、瑛士は回転盤のボールを見守ったのであった。

●
　このカジノはレヴェルが経営しているらしい。どうにも倫理観が、不埒者がサウナに放置したアイスのように溶けてしまっているそうで、負けが込んだ客のツケを「命」で回収しているそうだ。要するに、ナイトメアの餌、と言うわけである。チップはあなたの命、を地で行っていると。
「だとすると、施設内に培養設備、飼育スペースなどがあるかもしれません。エルゴマンサーが関わっている可能性も。瑛士、重々注意するように」
「はいはい。桃ちゃんもね」
　そう言うことで、瑛士は客に、桃簾はスタッフのバニーガールに扮して潜入したというわけである。
　テーブルから離れる桃簾が目配せをした。瑛士は一区切りつけたフリをして席を立つ。合流して、そっと囁いた。
「どうしたの桃ちゃん」
「怪しいドアを見つけました」
「鍵は？　もしかしてパクったの？」
「瑛士、わたくしを誰だと思っているのですか」
　桃簾は瑛士を件のドアに連れて行く。電子ロックだった。
「わたくしに掛かればこの程度の機械、小枝を折るに等しいことです」
　そう言って桃簾が適当なボタンを押すと、ビー！　と一瞬だけ悲鳴を上げてロックは壊れた。にっこり笑って瑛士を見上げる。
「ね？」
　ずい、と近寄られて、バニーの胸が瑛士の身体に当たった。思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。そうだ。桃ちゃんは電化製品デストロイヤーだった。いやしかしこんな都合の良い壊れ方、ある？　普通壊れたら閉まりっぱなしじゃない？　いや、でもあるのだから仕方ない。
　二人は壊れたドアから中に入った。やはり高級な絨毯の引かれた廊下であったが、その行き止まりにある、同じ電子ロックの扉が違和感を与える。桃簾はつかつかと歩み寄ると、やはり適当なボタンを押して錠前を破壊した。無敵だ。
　そんなことを繰り返しながら、二人はどんどん下に向かっていく。やがて、無骨な打ちっ放しコンクリートの廊下に出た。桃簾が形の良い眉を歪める。すん、と鼻を鳴らした。
「瑛士」
「うん……血の匂いがするね」
　それも、今溢れ出たものではない。空気に触れてから少し時間が経って、生臭くなったもの。床にこびりついて変色した、赤黒い血のビジョンが脳裏を過ぎった。
　二人はひっそりとその廊下を進んだ。中程まで進んだところで、遠くから悲鳴を聞く。ドアの向こうだ。
「瑛士！」
「うん！」
　二人は足音高く廊下を駆けた。電子錠は当然の様に桃簾が破壊し、瑛士がドアを開け放つ。
「ブラックジャックで負けていた客ですね！」
　マンティスに追い詰められていた客は、桃簾がディーラーをしているときにしつこく賭けて負けていた客だ。僕が勝ったら君におさわりとかさぁ、良いでしょうえへへへへ、とか自制心の弛緩したことを言っていた。
「ちょっと俺たち、もたついたりしない？」
「何を言っているのですか」
　桃簾は自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。瑛士がぎょっとしていると、彼女はその中からバトルアクターを取り出す。ああ、おっぱいは四次元とか、そう言う夢のある空間に繋がってるんだなぁ。
　その時に谷間が描いた曲線と言ったら……！　柔らかな双丘……ええいまどろっこしい！　おっぱいがぷるんって言ったよ！　桃ちゃん！　今ぷるんて！　それでもバニー衣装はしっかりと両胸をホールドしており、隠されたてっぺんがまろび出なかったのは、良いんだか悪いんだか。いや、良いことなんだ。腰が砕けたかも知れないから。
　それとも何か貼ってるの？　気になる。
　ごくり。
　生唾飲んじゃうのもしょうがないと思うんだ。すごいアドレナリン出てきた気がする！　今ならノースキル白兵武器でも結構威力出せると思うよ俺！
「そこまでです！」
　桃簾が鋭く声を掛けた。マンティスは新たな獲物の登場に振り返る。彼女は利き手にバトルアクターをはめ、
「わたくしたちの目をごまかして悪事を働こうなど言語道断。二度と日の目を見ることは叶わないと知りなさい」
　胸を張る。大丈夫？　桃ちゃん。そのままもっと反ったらぽろりしない？
　瑛士が色んな意味でハラハラしていると、マンティスは姿勢を低くして戦闘態勢を取る。おい、あのマンティスも桃ちゃんのおっぱい見てるぞ！　ドスケベか！
　相手は躊躇わずに桃簾に飛びかかった。
「桃ちゃん！　危ない！」
　反射的に身体が動いていた。マンティスは鋭い動きで跳躍して、鎌を振り上げる。直感的に、流石の桃簾もこれを回避するのは無理だと判断した。だとしたら、自分が身体を張るしかない。桃簾とマンティスの間に割り込もうとして……生乾きの血を踏んだ革靴が滑った。
　瑛士にそんな意図はない、筈であった。けれど、コントロールの利かない姿勢は善悪の別なく物理法則に従う。
　その手が桃簾の胸元に伸び──この現状に不釣り合いなほど柔らかい感触を得た。溢れ出る多幸感。
（ああ──俺、夢見てるのかな）
　まだ視界はスローモーションで、驚いている桃簾の顔、耳に響くナイトメアの雄叫び、落ちて散らばるチップの輝き、そして、桃簾の胸元に触れている自分の手。白い塊が、瑛士の指でたわみ、指の間からこぼれそうにもなっている。
　ゆっくりと、床に倒れていく。瑛士は目を閉じた。今、背中にマンティスの鎌が刺さっても、きっと悔いることはないだろう──。
　身体が完全に横になった。ナイトメアに殺されるのが先か、床に身体を打ち付けるのが先か──。
　遠くで聞き慣れた電子音がした。この音なんだっけ。思い出そうとしたその時、

　瑛士はベッドから落ちて肩を強かに打った。

　枕元では、目覚まし時計が高い電子音を鳴らしている。当然、伸びた手の先に、バニーガールの桃簾はいない。
「……」
　床の上で目を瞬かせ、
「夢、だったか……」
　残念そうに呟いた。

●
「……という夢だったのさ」
　昼下がりのカフェ。瑛士は夢の話を桃簾に語って聞かせた。聞かされた方は、冷ややかな声で、
「先日と言い、夢ならば許されると思ったら大間違いです」
　目の前の桃簾は、やっぱり全身を覆うような露出の低い服装で、心なしか夢の中より締まっているように見える。ああ、やっぱりあの夢には俺の願望も含まれていたのか……とちょっと残念に思う瑛士だった。いや、現実の桃ちゃんもバニーの格好したら絶対すごいと思うんだけど！
　瑛士はコーヒーカップに口をつけながら目を細める。桃簾は新商品のパフェを食べながら瑛士を睨んだ。高く盛られたバニラアイスと、ほんのり赤く染まっている、カットされた桃。真っ白というわけでなく、若干自然な色味がついたそれらは、夢で見たあの眩しさを想起させるようでもあった。
「何を考えているのですか」
　金色の瞳が威圧する。攻撃力低下。
「すぐにパフェを食べ終えますので戦える場所へ行きましょう。膝を砕いてあげます」
「まあまあ、桃ちゃん落ち着いて」
　瑛士はSNSのアプリを開いた「#アイス教」の検索結果を開くと、
「あ、ほら、アイス教信者から新情報だよ。アフォガードの美味しいお店だって！」
「見せなさい」
　電化製品デストロイヤーの桃簾に変わって、SNSでアイス教の広報をさせられている瑛士。自然、アイス教信者からの情報は瑛士が真っ先に得ることとなる。
　桃簾は身を乗り出した。手はお膝。お行儀良く、優雅な所作で画面を覗き込む。
「決めました。瑛士、次回はここに行きますよ。手配なさい」
「はいはい」
　瑛士は肩を竦める。とりあえずごまかせて良かった。パフェが運ばれてきた時に撮った写真も投稿しておこう。女神様のコメント付きで。
「桃ちゃん、布教に使うからパフェの感想頂戴」
「アイスはミルクが濃厚で美味です。シロップを意識してか、少し甘さ控え目ですね。このパフェはアイスがバランスを取っていると言っても良いでしょう。やはりアイスは偉大です」
「ほい」
　コメント付きで投稿する。すぐにシェアとお気に入りの通知が来た。この人たち、普段から画面に貼り付いているんだろうか。反応が早すぎる。瑛士は画面を落とした。
　アイスの布教と、次なるアイス。桃簾は瑛士の夢の話などすっかり忘れてパフェを堪能している。自らの甘い夢を。

　アイスに首ったけのお姫様。

　細い指先でクッキーを摘まみ、アイスにディップして口に運ぶ様を、瑛士は頬杖を突いて眺めていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
途中からこれで良いのか段々不安になってきたんですけど大丈夫でしたでしょうか（震え声）？
オーダーはおっぱいだったんですが個人的な趣味でお仕事部分もちょっとがっつり目に書かせていただきました。
夢だし……と思って夢パートは好き放題しちゃいました。電子錠破壊する桃簾さんとかカジノで遊ぶ瑛士さん書けて楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。

パーティノベル

三田村　薫

グロリアスドライヴ

2020年07月20日