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『甘やかな薄片』
LUCKla3613

「受け取りにきた」
 SALFの装備科へ足を踏み入れると同時、LUCK(la3613)はそれだけを告げた。
 瞳と同じ緑をあしらった黒き装甲からは、まさに歴戦の戦士ならではの重い風情が漂い出していたが……その歩はどこか浮わついていて、落ち着かない。
 が、装備科の職員はそれはそうだろうと納得する。放浪者としてSALFへ来たLUCKは今日、数多の戦場を共に渡ってきたのだろう相方と再会するのだから。
 相方の名は竜尾刀「ディモルダクス」。
 こちらの世界でも改良と量産化が進められることとなった、異世界の鍛冶師が鍛えし武具であり、そのオリジナルがついに主の手へと還る。
 LUCKは直刃の竜尾刀の柄を取り、軽く手首を振って感触を確かめた。
「……さすがに少し“ズレ”たか」
 イマジナリードライブを積んだ分、研究機関へ託す前よりバランスがずれ、重さもわずかに増している。
 職員はうなずきながら言葉を返した。できればそのままお返ししたかったんですが、実験の中でどうしてもリジェクションフィールドへの有用性が認められませんでしたので。
 森に顕われたばかりのLUCKはこの刀でマンティスを討ったが、EXISならぬ刃がなぜそれを為せたものか、未だ原因は解明されていないのだ。
「いや、気にしないでくれ。むしろ余計な手間をかけてすまなかった。ありがたく遣わせてもらう」
 応えながら、LUCKは柄に仕込まれたスイッチを押し込んだ。すると直刃はばらりとほどけ、鎖で繋がれた多節刃へと有り様を変える。
 まさに日進月歩のEXIS、この刃が性能という面でトップランクに数えられることはあるまい。しかし、これ以上にLUCKという戦士を体現する得物はなく、彼以上にこの刃を繰ることのできる者もない。
 それに、あの声は竜尾刀が俺の標だと言った。あのときと同じく、俺は愛刀の一閃が導く先を目ざそう。
「使用申請は受理されているだろうか?」
 肯定を受けたLUCKは一礼を残し、装備科に併設されたシミュレーションルームへ向かう。


 仮想の森に再現された敵は、あのときと同じマンティスである。ただし脅威度は高く設定されており、すでに木々の狭間を縫ってLUCKとの間合を詰めつつあった。
 風鳴りに合わせて周囲の枝葉を鳴らすか。正確な位置を特定させんつもりだな。
 マンティスはもっとも数の多い下級ナイトメアだが、それだけに古強者の含有率も高い。データの元となった個体も、その内の1体ということだ。
 が、データがあるということは誰かが遭遇し、討ち果たした個体でもある。後れはとれんな。
 思ってみて、LUCKはすぐに打ち消した。俺は本当に浮わついているな。愛刀を取り戻したことで、柄にもなく高揚しているのか。……当然ではあるんだが。同じように振るえるだろう鞭を含め、様々なEXISを遣ってはみたが、結局はどれも馴染みきらなかった。命を預けるに足る相方は、俺のすべてを知っているこいつだけだ。
 過去にも変わらずこの手にあったのだろう刀。
 たとえなにを語ってくれずとも、振るう中で彼から喪われた記憶の薄片をもたらしてくれるのではないか? そんな期待もあるにはあるのだが、それ以上に、あらためて共に戦えることがうれしくて。
 奮うのはいい。ただし振るうことをおろそかにするなよ。
 自らへ言い聞かせたLUCKはアクリュエーターへ全力機動を命じ、最高速の一歩を踏み出した。

 待ち受けるは得意だ。それもただ身を潜めてではなく、能動的に誘い込むことは。
 下生えをあえて踏み鳴らして自らの位置を告げながら、LUCKは周囲の木々の間隔を測る。生物かは知れぬが、ナイトメアも実体。密集した木々をかき分けて襲い来ることはできず、強襲ルートは絞られる。こうしてLUCKが環境を生かして位置を限定すればなおさらに。
 トップクラスと同じように真っ向から打ち破ることはできんし、するつもりもないのでな。
 かくて彼は、降り落ちてきたマンティスの鎌に対し、上体を倒し込んで振ることで回避。その場に残していた両足で回転を支えて直刃をフルスイングさせた。
 低い体勢からのスイングは、すなわち着地の衝撃で固定されたマンティスの足を刈る。
 足の1本を叩き折られたマンティスは鎌を振りながら跳びすさり、背後の木に背を打ちつけて半ばで落ちた。
 体勢を立てなおすことを優先したのはいい判断だが、ここは森であり、ハンターたるLUCKが選び抜いた戦場である。思うままに動けようはずはない。
 敵がいることを認識し、しかけを施していたのはおまえだけじゃない。
 胸中でうそぶいたLUCKは直刃が木に当たる寸前、ほどく。伸び出した多節刃は激突する代わり木へと巻きつき、主の回転を引き止めた。
 と、慣性力を止められた反動に乗り、LUCKが跳ねた。いくつかの事態を想定して組み立てていた戦術に沿い、これと見定めておいた木の狭間をすり抜け、思った通りの位置に落ちたマンティスへ。
 その中で直刃へ戻して回収した竜尾刀を再び解き、振り込めば、多節刃は木々の幹へ跳ねて、跳ねて、跳ねて。鎌を掲げて受け止めようとしたマンティスの胸元を弾いた。
 装甲を割られてよろめくマンティスだが、それすらもわずか2歩で押しとどめられる。
 地に足をつけるよりも、俺の機動に眼を据えておくべきだったな。
 マンティスの肩口へ降り落ち、両脚を鎌の根元へ巻きつけて動きの自由を奪ったLUCKが、直刃を敵の胸に穿たれた傷口へあてがいそのまま――

 す なが そ さ  れ、   ク。

 ――唐突に乱れた視界を満たしたものは荒野。途切れながらも強く心を鳴らし揺さぶる、声音。
 なんだこれは。俺はいったいなにを思いだしている?
 待て。俺は今、思いだしているのか、喪った過去を!?
 困惑し、手を止めたLUCKはマンティスに振りほどかれ、地へ叩きつけられた。
 鈍い痛みが体を痺れさせ、代わりに思考を澄ませる。とにかく今は条件を満たし、シミュレーションを終わらせなければ。
 あらためて向き合うこととなったマンティスは、幹を蹴りつけながら軌道を変じ、奇襲をしかけてきた。今見たばかりのLUCKの跳刃を応用するとは、さすが強かだ。
 とはいえ、食らってやる義理はないがな。
 切っ先をマンティスへ向けて刃を回し、ほどく。円を描いて伸びゆく多節刃は突き出されたマンティスの鎌を巻き取り、肢を巻き取り、胸の傷へ潜り込んで内を抉った。

 マンティスの討伐をもってシミュレーションは終了した。
 室を出たLUCKはあらためて右手の愛刀を見やる。今、おまえが俺に幻(み)せたあの荒野は、かつて俺が見た情景なのか?
 当然、愛刀が応えてくれるはずはなく、続きを幻せてくれるはずもなかった。わかっている。十二分に、わかってはいるのだが。
「ままならんな。機械ならぬ生身の感情というやつは」
 苛立ちとやるせなさを息と共に吹き抜き、LUCKは竜尾刀を左へ佩いた。その確かな重みが彼を鎮め、落ち着かせてくれる。
 少なくとも俺のどこかには、過去の記憶が在るということだ。
 思うことで冷えた心に熱が灯る。それでまた安堵した。未だ俺が知らん俺の過去は、苦痛ばかりが満ち満ちていたわけではないんだろうからな。
 もどかしさの奥、かすかに匂う甘やかなものを感じ、LUCKは強く、深くうなずいた。


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2020年07月20日

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