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『ましゅまろの旅路――親友とともに』
la1639)&飛鳥 ナツla2131

●小さなバスの中で

 舗装がまるでされていない田舎道を古びたバスが走っていく。
 乗客はたったふたりだけ。この地域で暮らしている杢(la1639)と、その大切な友人たる飛鳥 ナツ(la2131)だ。
 今回は杢がナツの厚意に感謝を示すべく自宅へ招待すると申し出たのだが、バスが進むほどに民家が少なくなり――やがて細い林道に入っていくのがナツの気に掛かった。
「杢さん、このバスで良かったのでしょうか? どうも人気のない方向へ向かっているようなのですけれど」
「んぅ。このバスで間違いないだんずよ。もうじきおらの家に着くだんず。ナツ隊長さん、今日は長ぇこと車上の旅になって申し訳ないだんずねぇ」
 マシュマロほっぺに飴玉を舐らせる杢はポケットから小毬風の飴玉を取り出すと、小さな手でナツの掌にそれをころりと乗せた。
「いいえ、むしろ安心しました。のんびりした旅も楽しいですし……それにしても杢さんのお家は長閑な場所にあるんですねぇ」
「んだず。水も土も綺麗なところだんず!」
 そう言って杢は満面の笑みでナツの額に顎を乗せる。
 一方、今日のナツはいつも以上に綺麗に髪を結い上げ、SALFの制服も見事に着こなしている。これは親愛なる友人の家への初訪問に向けた心の昂ぶりそのもの。
手土産の紅茶の缶と焼き菓子を詰めた箱を脇に置き、ナツは杢の飴を口に転がす。
 からころ。
 色鮮やかな珠から広がる懐かしい素朴な甘み――それに強張った心を解きほぐされ、頬を緩ませると、杢は嬉しそうにナツの頬を両手でぷにと挟んだ。
「うんうん、やっぱりナツさん隊長は笑顔が一番だんずー。作戦を考えている時の真剣な顔もええけど、やっぱり幸せそうなのが一番だんずなぁ」
「っ、杢さんっ……もう、悪戯も全力投球ですか? もう頭に乗せてあげませんよ?」
 まるでぬいぐるみのような体つきの杢を両手で抱き上げると太腿に乗せ、ふわふわの体を抱きしめるナツ。
 すると頭上に乗せている時とは異なる感覚が胸の中に押し寄せてきた。
(……っ、なんでしょう。この不思議な高揚感と幸福感は)
 何しろ頭上に乗っている時とは異なり、杢の頭がナツの胸元でゆらゆら揺れているのだ。目の前で飴玉を弄ぶ小さな指先が見えるのも愛らしくて仕方がない。
「ナツさん隊長ー。おら、これじゃ動きにくくて仕方ないだんずよぅ。やっぱり頭の上に置いてほしいだんずー」
 まるでリスのように飴玉を両の頬に詰めた杢が上を向く。
 その稚さにナツの庇護欲が揺さぶられた瞬間――「〇〇村字……」運転手の渋い声が響いた。
 すると杢がひょいとナツの腕から擦り抜け、床にちょっこりと降り立つ。
「ここだんずよ、おらの家の最寄バス停」
「ここ、ですか……」
 ふたりが降りたのは錆びたトタン屋根が印象的なバス停だけがぽつんと建つ、野放図に草木が生えた山林だった。


●野山をそぞろ歩いて

「こういう場所にもバス停ってあるんですね。民家も見えないのに……少し意外です」
「んー、たまに地主さんや不動産屋の人が来るだんず。その関係かもしれないだんずね」
 戸惑いを隠せないナツに返答しつつ手慣れた様子で草や枝を掻き分け、前へ前へと進む杢。ナツはそれを追いながら、彼の家がどんなものかを想像していた。
(これだけ木があるなら杢さんのお家は定番のログハウスでしょうか。いや、不動産屋が来るのならもしかしたら古民家があるのかも。ひなびた縁側でのんびりお茶とか、似合いそうな気がしますし……)
 そうして山林を抜けた時――ふたりの目の前に広がるものは小さな集落ではなく、木漏れ日が眩しく輝く原っぱだった。
 しかも原っぱの中心にはコンクリート製の土管が昔の漫画の空き地よろしく積み上げられている。
(……原っぱ?)
 ナツが思わず大きく首を傾げるも、杢は一向に構うことなく土管のひとつに潜り込んでいく。そして調理用のランプと薬缶を取り出し、ナツ手土産の紅茶を淹れた。
 土管にふたり並んで腰を下ろせば、杢はくりくりした目を輝かせてペアマグカップの片方をナツへ渡す。
「まーずまーず、よく来てくれたんずね。この辺りはなんにもないだんず、もしかしたらナツさん隊長には退屈かもしれねけど……」
「いや、僕はこういうの嫌いじゃないですよ。子供の頃、土管や段ボール箱を使って艦船ごっこや秘密基地作りを友人としていました。ここは杢さんの遊び場なんですね? 自然豊かで心が和みます」
「ほー、褒めてもらえるのは嬉しいだんずね。それならさあさ、『あがって』けれー」
「へ? 『あがって』?」
 疑問符だらけになったナツを杢は無邪気に土管を案内する。
1階は生活用品が並ぶ倉庫であり、2階はどうやら居住スペースらしい。ふっくらした寝袋の横に古びたラジオが転がっていた。
「あ、あの……ここの住所ってもしかして?」
「んうぉ? ここがナツさん隊長に教えた通りの場所だんず。ここがおらの家だんずよ。こっちの世界さ来て目の前にあったんず、だから借りてるだんず」
「そ、そうなんですか……」
 そこでナツはふと思いついた。杢は転移者だ、もしかしたらまだ地球では再現の叶わないオーバーテクノロジーがこの土管を立派な住居としたのかもしれないと。
(そういえば昔の冒険漫画にそういう設定の家がありましたね。外から見ると2m四方の箱でも、中は立派なお屋敷という……そういう造りになっているのかも)
 早速彼が「お邪魔します」と2階部分に杢と共に身を乗り出す。
 しかし土管はただの、極めてごく普通の土管。細身のナツにさえその幅は狭く、杢の『すーぱーでふぉるめ』サイズでようやくぴったりという空間だった。
「ずいぶんとまたコンパクトな……って、これって本当にただの土管じゃないですか! 杢さん、今までここでどうやって暮らしてたんです!?」
「んー、この山を南側にまっすぐ降ると小さい町があるだんず。普段はそこで買い物してるだずなぁ。あとちょっとした野菜はほれ、そこに植えてるもんである程度自給自足できてるだんず」
 たしかに原っぱの隅の方に小さな畝があり、青々とした葉を大きく広げている。
得意げな表情の杢にナツは「あの……それじゃインフラは? 水やガス、電気がないと不便でしょう」と頭を抱えながら問うた。
「スマホやラジオの充電は手回し発電機で十分。水は西にぬるい温泉が湧いてるべな、そこで大体事が足りるし……あとこの近くには果樹園の跡地があっから、そこで季節ごとに少しずつ果物をもらってるだんずよ」
 どうやらこの森はかつて果樹園として利用されていたようだ。ということはこの土管は果樹の管理に使われる予定だったものなのだろう。
「つまり杢さんは……ずっとここでスローライフを送っていたんですね?」
「ん。ライセンサーの任務を受けていれば生活費には困らねえし、ここは熊や猪のような暴れん坊もいねえべな。おらにとっては第二の家のようなものだんずよ」
 くふふ、と両頬に手を添えて無邪気に笑う杢。その姿にナツは胸がとくんと高鳴った。
(初めての頃はその可愛らしいお姿に性別を勘違いしてしまいましたし。今でもそのお姿にきゅんとしますし。大人化した姿に凄い不思議なきゅっとした気持ちをもってしまって……これは恋なのではなんて。だからこそ、この環境にどこか違和感を抱いてしまうのでしょうか。ボクは……杢さんご自身はお幸せそうなのに)
 微かな罪悪感を抱きながら杢の柔らかな純白の髪を撫でる。その表情に杢は不思議そうな顔をしたが――やがて小さな手をぽむ、と合わせると大きく破顔した。
「そういえば今は桃の季節だんずね。ナツ隊長さんにももぎたての桃、ご馳走するだんず。今は丁度熟しかけていて一番甘くて美味しい時期だんず。さて、ちょっとけっぱるだんず!」と土管から飛び降りる杢。
しかしナツの胸には別の問題が大きな波紋となっていた。


●どうしても放っておけなくて

 桃狩りに向けて走りかける杢。それを背中から抱き上げ、ナツは何よりの心配事を問いかけた。
「あ、あのっ。杢さん、この辺りって普通に台風も大雨も直撃しますよね? その時はどうしていたんです!?」
「たしか台風の時ば飛ばされそうになったんず。それ以外は快適だんずよ」
「と、飛ばされそうに……?」
「ほれ、この辺が崩れそうになったんだんず。あの時は必死でけっぱっただずよ……」
 確かに。よくよく観察してみれば土管の間が微妙にずれているし、生活用品も数の欠けた物や傷物が多い。
 それでもこの地で和やかに過ごしてきたのは杢が過去にいた世界がそれだけ過酷だったのか、それとも彼が忍耐強くこの地を愛してきたのか……それはナツにはわからないけれど。それでも『このままでは駄目だ』という衝動がナツの心を突き動かした。
「あの、それっていわゆる『野宿』っていうものじゃないですか」
「んだずな」
「それって……その、あんまり杢さんのためにならないと思うんです」
「?」
「だって……ライセンサーをしていると時折シールドを破られて怪我をすることがあるじゃないですか。そういう時、ここで療養していたら本当に具合が悪くなった時にすぐに助けに来られないと思うんです」
「んだなー。スマホがあるといっても、救急車がここに来るのも大変だずなぁ」
 土管の上にちょこんと座り直し、小さな手を顎にあてて考え込む杢。ナツは頷きながら言葉を続けた。
「それに街にいた方が急な任務にも対応できますし、SALFのサポートも受けやすいはずです。ライセンサーとしての今後の活動を考えると街に降りた方がいいんじゃないかなってボクは思いますよ」
「でもおら、まだ街に住むあてがないだずよ。SALFには寮があると聞いたことはあるけんども……手続きの仕方がわかんないだんず。たしかこの世界では家を借りる時には『ほしょーにん』とかいう人が必要だずよね? そういうの、頼める人がおらにはいないだずよ……」
 そう言ってしょんぼりと大きな頭を前に傾げる杢。家族を異世界に残してひとり地球に跳ばされてしまったのだから寂しさもひとしおだ。
もっとも契約の手続きに関してはSALFに問い合わせればすぐに対応してもらえることなのだけれど。
 だけど――ナツはそんな杢が放っておけなくて。
「だ、だったら杢さん。ボクのアパートに移りませんか? 丁度部屋が一室余っているので……この原っぱよりは手狭ですけど、雨風は凌げますから安心してください」
 その提案に杢はきょとんと黒目がちな瞳を瞬きさせると両手を「わぁい!」と天に向かって広げた。
「それって『るーむしぇあ』ってことだんずよね? それは助かるだんず! 今年も台風が来たらどうしようか悩んでたところだったずから……それにナツさん隊長のお部屋なら作戦考える時らくらくだんず。ひとつ、よろしくお願いするだんず!」
 早速土管の中から必要な生活用品を纏め、畝から特によく実った野菜を紐で結ぶ杢。
「お家賃と生活費はもちろん折半するだんず。ナツさん隊長には迷惑をかけないから安心してけれ、おらしっかり任務も家事もけっぱるだんずよ」
「それはありがたいです。でもあまり気を遣わずに。ボクらはこれからルームメイトになるんですからね」
「わかっただんず! あと、おら……この世界の街で生活するのは初めてだんず。ナツ隊長さんには色々教えて貰うことになるから……」
 野菜の束をナツにそっと差し出す杢。彼なりの心配りなのだろう。それをありがたく受け取ると、ナツはキュウリをカリっと噛んだ。
「……ん、おいしい。杢さん、堅苦しいのはここまで。後は次のバスが来るまでのんびり散策しましょうか」
「んだな、街に行く前にナツさん隊長と一緒にここの良いとこいっぱい見るだんず! 桃も沢山食べるだんずよ!」
 杢はそう張り切るや、ナツの手を取り森の名所を案内し始めた。
 これから始まる友達との生活。それは自然の中での静かな日々より、刺激と希望にあふれているに違いない。
 しかし、その一方でナツは気づく。これから杢とのふたりっきりの生活の意味を。
(もしかして……これって同棲では? いや、別に変な感情とかはないけど。同棲ではなく同居。うん、同居。信頼のおける友達との健全な共同生活。それでいいんですよね、杢さん?)
 杢のふんわりした手に導かれながらナツは心臓の高鳴りの収まりを止められない自分に――思わず赤面した。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
はじめまして、このたびはご発注くださり誠にありがとうございました!
親愛以上恋愛未満という微妙なナツさんの感情と、無邪気な杢さんの思いやりの心。
その微妙なすれ違いと温かみを描くことができてとても幸せです。
これからおふたりがどんな関係を築かれるのか――楽しみに応援させていただきますね。
どうか、どうか、幸せな関係であられますようにと。

また、もし記述に誤りなどございましたらOMCまでご連絡くださいませ。
急いで対応させていただきます。
もし再びご縁がございましたら何卒よろしくお願いします。

ことね桃
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グロリアスドライヴ
2020年07月21日

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