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『命はまるで花火のように』
柞原 典la3876

 柞原 典(la3876)は高校を卒業するまでの十八年間を出身地、というか遺棄されていたのを発見された奈良県で過ごしたが、県北部の盆地は雨が降り難い反面で夏は蒸し蒸しと暑く、冬は底冷えするくらい寒いという寒暖差の激しい地域だった。だが子供の頃から猛暑を経験し続けてきたなら、耐性がつくわけでもなかった。つまり暑いものは暑いし、日中の外の暑さに心底うんざりとしている。なので、任務がない日の昼間は冷房の入った部屋に引き篭もるに限るのだった。が、
「……あーもう煙草切れてるやん」
 途中から、確か台所に水を取りに行った辺りからやけに音がすると思ったが、そういうことだったらしいと、煙草の箱を引っくり返して何度も振ってみるも、最早すかすかの箱内を煙草が動く音すらしないのを見て思う。ただ惰性で吸っているだけでニコチン中毒者ではないが、それだけにストックは全くしていなかった。今すぐは要らないにしても手元になかったらもし吸いたくなったとき困る。気付けば長い日も落ちるところで、これから支度をして出掛ければ丁度いい頃になりそうだ。気持ち的には重い腰を軽く上げて、典は適当に身なりを整えると鍵と財布を手に近所のコンビニに向かう。

(うん、まだ大分マシなほうやね)
 家の外まで出ればあのひりひりと肌を刺すような熱は鳴りを潜めていて、典は黙々と道を歩く。男女問わず人目が向く美貌も変にこそこそと変装するより堂々と歩いているほうが、少なくとも声は掛けられずに済み易い。やはりというか相当視線は突き刺さってくるが。美人は三日で飽きるという言葉は真っ赤な嘘だと思った。でなければコンビニ店員があれだけじろじろと見てこないだろう。まあ本人は気付かれていない気らしい。などと思いつつ歩き慣れた通り道を進んでふと、普段より人通りが多いことに気付いた。それもカップルやら子供連れの若い夫婦やらが多い。浴衣を着ているのを見てピンとくるものはあったが、確信を得たのは道端に貼られたポスターが目に入ってからだった。上にでかでかと花火大会の文字が書かれている。
(へぇ。言うてもう、そんな時期なんやな)
 場所を選ばなければ一夏に何度も機会があるとはいえ、クリスマスと同様に少し特別感のあるイベントには違いないので女とはなるべく行かないようにしていて、あまり縁がなかった。ふぅん、と足を止め一通りの情報を眺めたところでもう一度歩き出し、コンビニ内に入ると慣れたもので、レジ前の煙草を取り、いつもはそのまま精算するが、そこで踵を返し、ついでに典は奥の飲み物が並ぶケースから、キンキンに冷えたビールを一つ取り出して、レジへと並んだ。直に前の客は掃けたのだが典の番になると、手間取ったふりで間を持たせ、雑談を試みようとするのが正直いって性質が悪いと、貼り付けた微笑みで躱すとレジ袋は買わずに煙草はズボンのポケットに入れて、缶ビールは片手に持ったまま店を出た。
 トラブル防止の為に積極的に外出はしないが、それなりの土地勘は流石に身に付いた。だからあのポスターに書かれていた会場にも心当たりはある。
「あの辺やったら見えるやろか」
 ぽつりと呟き、ざっくりと当たりをつけると典はその方向に歩き出した。自分の容姿云々を抜きにしても人混みの中見物するだなんて御免蒙りたい。なので見栄えという観点では見劣りしても、なるべく人が少ないだろう場所のほうがいいとぶらりと行く。長身かつ日本人離れした髪の色にこの顔と、目を惹く容姿も木を隠すなら森の中と案外楽に紛れられるが、一人で夏の風物詩を楽しむのも風情がある。
(まぁ、知らんけど)
 などと考えている間に花火大会の会場とは真逆の方向にかれこれ十五分ばかり歩いて辿り着いた典の目的地――ここの行政が管理運営しているホールの中に入る。住民の文化活動の為に何とかかんとかで今の時間帯も解放されているこの建物には実は展望台があるということを知らない人間は多いのではないかと典は思う。かくいう自身も女とデートをした際にこことは別の場所だが、コンサートを見た後で二人きりになれる穴場スポットだと話していたのを覚えていたし、実際に景色がいい割には誰もいないので色々あって家に帰れない際の避難所として活用していた。そうした経験があった為、引っ越してきたときにチェックしておいたのが役に立ったわけだ。アルコールの持ち込み自体も問題ない。
 涼しい建物内を名残惜しくも抜けて、展望台というか屋上に望遠鏡を数台設置しただけという感じの空間に出ればいやに生温い風が頬を掠める。手摺りの前まで歩み寄ったところで丁度ぽんと遠く花火の上がる音が聞こえた。背を丸めつつ肘を乗せて、遠く空を仰いで色とりどりの花火が打ち上がるのをぼんやり眺める。闇の中に溶ける白銀の髪をその色で染めているのかもしれないが、一人なのでそれを確かめる術はないし、興味もなかった。暫し頭を空っぽにして見た後、思い出したようにビールのプルタブに指を引っ掛けて開けば、出来るだけ泡立たないよう気を付けていても開いた口まで泡が盛り上がり、徐々に落ち着く。空へとそれを掲げるでもなく、家にいるときと全く同じように一口目はそこそこ煽った。この苦味をそれなりに美味いと感じられるようになったのは何歳だったか。もしかしたら成人する前かもしれない。悪事を大人に教えられて、なった大人はやはり悪い人間だろうか。それも典にはどうだっていいことだが。
 屋外なので時折風が吹いては典の髪の毛を揺らす。流石に涼しいとまではいかないが、昼間と比べれば遥かにましな夜の空気。風もそういった体感に一役買っているのだろう。遠い分花火が上がる音も煩くなく、上がってはあっという間に少し落ちて消えるそれを肴にビールを飲む。
「何やかんやで、もうすぐライセンサーになって一年になるんやなぁ」
 ふと零れるのは感慨に満ちた言葉だった。やむにやまれず始めたこの仕事ももうそんなになる。というかまだ一年すら経っていないことを信じてもらえないくらいに板についたとそういうことだろうか。まあ三十に手が届かない歳で倒産に次ぐ倒産や女絡みでのゴタゴタで解雇されたりした典なので、一年同じ職場に勤めるというのも中々珍しいことである。誰かと群れることはしないが顔見知りも増えて、最近では気紛れに物騒な約束も増えてきている。墓場まで付き合うどうこうから彼に殺された後の話まで。その為に別の形で死ねないとは奇矯が過ぎるが、相手はエルゴマンサーなので当然といえば当然だろうか。これまでずっと、先の約束はしない主義だった。束縛は好まない。己が執着する程の感情を人にも物にも持てたことがないから。そんなものなんてただ煩わしいだけだ。なのに今はこの様である。
「まぁ、おもろいからええか」
 “兄さん”とする約束が不快ではないのは、結局のところそれが気に入らない死に方ではないからだ。命の使いどころは自分で決めると、そう思ってこの一年弱生き延びてきた。しかし彼に食われるというのはなくはない選択肢で、だから彼の言動に苛立ちこそすれ、約束自体は嫌というわけではないのだ。当然ながら無抵抗に死にに行きはしないが――果たしていつまで食われず生きているだろうかと思い、ふわり笑う。別に生きることに執着はないから――一体いつ終わるか知れない生を歩む。これまでもこの先も。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
こうしてライセンサーの仕事している最中でもなく
女性やそれ関係のトラブルに巻き込まれるでもなく
だらだらと一日を過ごしていると典さんも人間だな、と
ものすごく失礼な感想がちょっと浮かんでしまいました。
日本人離れした見た目の典さんですが逆に浴衣とか
和装も似合いそうなので綺麗な人は本当にずるいですね。
ですが出来れば死装束という形では見るのは嫌だったり、
本人が納得しているのなら仕方ない気もしたり……。
そもそもお相手的に和装系ではないかもしれないですが。
二人の関係が今後どう転んでいくのか気になります。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年07月21日

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