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『60 seconds!』
霜月 愁la0034

『ターゲットの通過まで、あと……60秒!』

 耳元のインカムからオペレーターの緊迫した声が聞こえる。穏やかな午後の陽射しとは裏腹に、周辺一帯の空気は一刻前とは打って変わって張り詰めたものへとなっていた。

(60秒ですか。長いとも短いとも言えませんが、出来るだけの事をしましょう)

 首元を狙った爪の一撃を手にした大剣で受け止め、霜月 愁(la0034)は息を吐いた。剣の握りをぎゅっと固く絞り込み、脇を締めつつ攻撃を往なす。蹴りをくれて懐深く入り込んだナイトメアを押しやると、その背後から新たな敵の姿が見えた。

 少し、話を戻そう。

 ヨーロッパ某国からの著名な映画スターの来日に合わせ、沿道には一般人が詰めかけていた。日々激しさを増すナイトメアとの戦火の中にあって――いや、だからこそだろうか。人々の娯楽に対する熱意は非常に高い。今月封切りになる新作映画のプロモーション活動としてスターがやってくるとあって、普段は銀幕の上でしか姿を見ることが出来ない俳優の甘いマスクを一目見ようと物見高いファンが集まっているのだ。その熱気や人々の気配を感じたのだろうか、ナイトメアの群れが突如として襲撃してきたのだ。

 幸いにして、元々スターの警備や沿道の混雑緩和の為にライセンサーが配備されていた。それらのライセンサーが中心となって指示を出し、人々の避難はさしたるパニックも無く進められている。愁もそんな任務に割り当てられていたライセンサーの内の一人であった。本来ならば今日は休暇の予定だったのだが、「人手がどうしても足りなくて!」とSALFの職員に泣きつかれて、仕方なしと沿道警備を引き受けたのだった。

 何はともあれ、目の前のナイトメアをどうにかしなければならない。スターの乗った車があと数十秒でここを通過するのである。敵の襲撃方向と周辺の地形、一般人の退避するルートの確保に加えて、多忙を極めるスターのこの後のスケジュール上の都合等など……様々な事情が絡み合った結果、車は進路を変えずに当初の予定進路を進み、高速道路に乗ってこの地を離れることになった。愁から見ればスターの乗った車から更に後方、車列を追うような形でナイトメアはこちらへと向かってきている。その数、四匹。薄汚れた毛並みの野良犬に似た、小型〜中型のナイトメアである。特に指揮をするエルゴマンサーに率いられている訳でもなく、本能のままに人の気配に引き寄せられたのだろう。そんなナイトメアらは、厚い装甲板に守られた映画スターよりも無防備な一般人らを獲物と見定めたようである。唸り声を上げながら、ナイトメアは避難する人々の中へと跳躍した。

「――させませんよ! 皆さんが避難を完了させるまで、この僕がナイトメアの相手をします」

 人々を落ち着かせるよう声を掛けながら、愁はナイトメアへと対峙する。キッチリと着こなしたSALF制服の背中に踊るロゴマーク。それは人々を守り抜くという戦士たちの矜持である。急な襲撃ではあったが、この場には愁を始めとしたライセンサーが既に存在している。そのことが、民衆たちを安堵させた。人々が混乱を納めたことを確認して、愁も改めて現状を把握しなおす。最初の一撃はうまく剣で捌くことができた。反動でシールドが少し削れてはいるが、気になる程度ではない。

 センサーなどの警戒網を掻い潜って来ただけのことはあり、野良犬に似たナイトメアの機動力は非常に高い。一方で、まだ成熟体には至っていないのだろう……耐久力はそこまで高い相手ではないようだ。斬り返した剣に残る手ごたえは浅いものであったが、それでもナイトメアの動きが目に見えて悪くなる。愁はこれまでのナイトメアとの交戦を思い返しながら、目の前の相手の力量を推し量る。このナイトメアは、機動力と複数体での連携、それに回避能力を備えた敵であると感じられた。ナイトメア側も、横合いから割り込んで爪の一撃を止めて見せた愁を、油断ならない脅威と認識したようである。狩りを邪魔する敵を迎え撃つか、無視して一般人の狩りを続けるか、それとも尻尾を巻いて逃げるべきか――ナイトメアも迷っている。その迷いを見逃さず、愁は次の手札を切る。

「相手はこの僕だ。どこにも行かせないよ」

 ぐにゃり。愁を中心に、アスファルトが蕩ける。片側三車線の道幅いっぱい程度の範囲が、昏く泡立つ沼地へと変わる。愁が放ったのはネメシスフォースが得意とするスキルの中の一つ、『死霊沼』。怨嗟の声と共に沼から伸びあがる無数の青白い手が、沼地に脚を取られたナイトメアを更なる深みへ引きずり込もうと蠢いていた。先ほど一撃を受けて動きが鈍っていた一匹は、為す術もなく地の下へと引き込まれていった。他の三匹は咄嗟に飛びのき、攻撃からは逃れたようである。

(何か方法を考えなくちゃ)

 考えをまとめる間も与えてはくれず、ナイトメアが愁へと飛び掛かってくる。一体は先ほど同様に剣で受け止めた。続いて腹を狙っての一撃は、何とか身をよじって致命傷を避ける。鋭い爪が愁の制服を切り裂き、その下の肌に一筋の紅い線を残す。一瞬の攻防。動きを止めたのはわずかな時間であったが、その一秒にも満たない隙間を縫って、最後の一匹が愁の太腿へと牙を突き立てた。シールドを突き抜け、鮮血が吹きあがる。汚れた犬の牙が、愁の血で赤く染まる。

「ぐっ――!」

 身を刺す痛みに思わず愁の顔が苦渋に歪む。脚に噛みついたナイトメアを振りほどき、一旦体勢を立て直すべく距離を取ろうとする愁。一方で、ナイトメアらは好機と見て、一気に畳みかけるように吠えたててこれを追う。

『車両、通過します!』

 通信が入る。そして、映画スターが乗った車を中心とした車列が、戦場へと差し掛かる。出血の所為だろうか、思わず膝を衝いた愁に三匹のナイトメアが躍り掛かった。

「掛かったね。『夢を飾る彩』!」

 愁の手にした大剣が、極彩色に包まれる。透き通った氷の輝きが、プリズムのように陽の光を反射して七色に輝いた。ただならぬ気配を察知して、ナイトメアは咄嗟に愁から離れようとするが、辺り一帯を眩しく包む光の迅さからは到底逃れられぬものではない。断末魔の声を上げる間もなく、ナイトメアらは光の中に塵となって消える。

「悪夢を彩る虚飾は、必要ないですね」

 愁が呟くと同時に、光の中を切り裂いて車列が飛び出してくる。車体には傷ひとつない。眼を晦ませるほどの光に固く目を瞑っていた車中の映画スターは、思わず窓から顔を出して周囲を見渡す。沿道には戦闘の余波を感じさせるものは残っていない。すべては光の中に洗い流されていた。疎らに沿道に残っていた人々が、スターの姿を見て歓声を上げる。その声に我に返ったか、彼もまた、ファンに応えて笑顔を返した。

「沿道の警備と、イベントの成功が依頼でしたね」

 描いた絵が想定通りに仕上がったことを確認して、愁は任務完了の報告をSALFへと入れる。手ごろな布で間に合わせの止血をすると、彼も帰途に就く。覚悟の上で、受けるべくして受けた傷だ。適切な処置を受ければ問題なく治ることだろう。

(……とは言え、休日としてはさすがにハードでしたね)

 この埋め合わせはどうして貰おうか。とりあえず報酬に色を付けてもらおうかなどと考えながら、愁は雑踏の中へと消えていった。

――了――

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
時限式の殲滅スキル、いいものですね。
5ラウンド経過という制限をどうストーリーへ落とし込むか考えた結果、このようなお話になりました。
リテイク等のご要望ございましたら公式フォームよりご連絡ください。

それでは、ご発注ありがとうございました。良いグロドラライフになりますように。
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グロリアスドライヴ
2020年07月21日

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