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『シスター・イン・ザ・ナイトメア(3)』
白鳥・瑞科8402

 辺りに広がるのは闇。月明かりすらも姿を隠し、周囲を照らしてくれるものは何もない。
 けれど、武闘審問官、白鳥・瑞科(8402)にとってはその程度の事、ハンデにもなっていなかった。
 闇を切り裂いたのは、聖女が振るった剣だ。瑞科の斬撃を受け、闇が揺れる。
 否、闇に紛れた悪魔が咆哮する。あの悪魔こそ、人々を悪夢の中へと誘い、弱った魂を食らう外道――瑞科が討伐すべき、今回の任務のターゲットだ。
 辺りに、人の気配はない。もちろん、瑞科の仲間の姿もなかった。悪魔を相手に、彼女はたった一人で立ち向かっている。されど、聖女が浮かべるのは自信に満ちた笑みであった。
 ここまでは、全て彼女の予想通りなのだ。瑞科はあえて一人になり、この悪魔を誰も巻き込まない場所へと誘い込んでいた。
 戦場を駆ける彼女の姿は、剣舞を舞っているかのように華麗だ。映画の撮影を行っていると言われたら、恐らくほとんどの者が信じてしまう程に。
 彼女の動きに合わせ、羽織っているケープや頭につけたヴェール。そして、魅力的な美脚を晒しているスリットの入った修道服のスカートが揺れた。
 その美しさは悪魔すらも狂わせ、敵はすっかり瑞科に夢中になっている。
 悪魔の本来の獲物であったはずの女子高生達は、今頃瑞科が呼んだ「教会」の医療チームにより適切な治療を受けている事だろう。
 しかし、悪魔は自分が逃した獲物の事などすでに忘れてしまっていた。無理もない。今、悪魔の目の前には極上の獲物があるのだから。
 数多の新鮮な魂を喰らってきた悪魔であっても、瑞科の魂は未だ一度も見た事がない程魅惑的に映った。異形である悪魔と対峙しても揺るがぬ自信と、常に余裕を持って佇むその気高さ。美しい笑みを浮かべ、戦場を華麗に舞うその姿。
 自身が負ける可能性など考えた事もないのであろう……自信に満ち溢れた彼女を打ち負かした時、その魂はとびきりの味がするに違いないと悪魔は思う。
 悪魔は不気味な笑みを浮かべると、奇妙な呪文を唱えた。
 それに呼応するように、周囲の景色が突然歪み始める。まるで水の中に世界ごと落とされてしまったかのように、夜の景色は揺らめいていた。
 この歪んだ世界は、恐らく現実ではない。悪魔は、悪夢の中へと強制的に瑞科を引きずり込んだのだ。
「あら? 舞台を変えますのね?」
 けれど、聖女はまるでそれすらも予見していたかのように、冷静さを失わずに武器を構え直す。そして、目にも留まらぬ速さでその武器を振るった。
 斬撃が、不意打ちをくらわせようとしていた悪魔の攻撃を弾き返す。今の悪魔は自らの姿を消しているため瑞科には視認出来るはずもないというのに、彼女の動きに迷いはなかった。
 悪魔は動揺しながらも、次の一撃を繰り出す。たった一撃を避けられるだけなら、偶然かもしれない。たまたま、瑞科が剣を振るった先に己がいたのかもしれない。
 そんな悪魔の考えは、二撃目、三撃目を正確にしのいだ瑞科の鮮やかな剣技によって否定された。
「姿を消したくらいで、わたくしに攻撃を当てれるわけございませんわよ? さぁ、次はどうきますの? 単調な攻撃ばかりでは、わたくしが退屈してしまいますわ」
 依然として余裕を失わず、挑発するかのように悪魔を聖女は嘲笑った。
 躍起になった悪魔が続けざまに攻撃を放つが、全ては無駄に終わってしまう。
 ここは悪夢の中。悪魔にとっては有利な場所のはずだというのに、闇から振るわれる一撃が瑞科に届く事は決してなかった。
「あなた様、思った以上に弱いですわね。これ以上相手をしていても、時間を無駄にするだけですわ。そろそろ、終わりにさせていただきますわね?」
 期待はずれだと言いたいげに残念そうに肩をすくめた聖女が、その艷やかな唇が紡いだのは悪夢を終わらせる宣告であった。
 しなやかな長い手を構え、瑞科はくすりと悪戯っぽく微笑む。彼女の手から放たれたのは、重力弾だ。
 勢いよくターゲットへ向かい空を駆ける彼女のとっておきの一撃は、しかし悪魔のすぐ横を通り過ぎて行ってしまった。
 やはり、瑞科には悪魔の姿は見えていなかったのだろう。思わず、悪魔は笑みを浮かべる。
「ふふ、ご安心くださいませ。わたくしの重力弾は、ちゃんと当たりますわよ?」
 しかし、次いで紡がれた瑞科の言葉に、何かに気付いた悪魔の表情は瞬く間に絶望へと染まった。
 慌てて自らの後方を確認しようとした悪魔の身体を、瑞科が放った電撃が食い止める。なすすべもなく悪魔は倒れ伏し、虚空に向かって手を伸ばした。
 ちょうど、その時だ。瑞科の放った重力弾が、遥か彼方にいるはずの何かに……悪魔の本体に当たったのは。
 断末魔の絶叫が、遠く聞こえる。主を失ったせいか、悪夢の世界は崩れ、瑞科は現実へと帰される。
 先程瑞科が対峙していた悪魔は、この悪夢を支配している者が作り出した悪夢の一部に過ぎなかったのだ。悪魔の本体は安全な場所に隠れ、この戦いを遠くから見てせせら笑っていたのである。
 もっとも、瑞科はその事にとっくに気付いており、悪夢の世界に引きずり込まれたのも本体を直接倒すための作戦の内だったのだが。
「あなた様にとっても、どうやらこの世界は悪夢だったようですわね」
 聖女の声を聞きながら、悪魔は眠りへとつく。夢を見る事すら叶わない、永遠の眠りへと。
 あるいは無しかないという永遠の悪夢の中へと囚われた悪魔の声は、もうどこにも聞こえないのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月22日

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