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『予期せぬ邂逅』
十 音子ka0537

 ――一体、何がどうしてこうなったのだろう。

 十 音子(ka0537)は形容しがたい微妙な顔をしていた。
 いくら考えてもこの状況が飲み込めないのだ。

 新しい依頼を探しに行く為、音子がいつもの通りに家を出ると、見慣れぬ子狐とばったり出くわした。
 こんなところに狐なんて珍しい。親とはぐれたんだろうか?
 そんなことを考えていた彼女の元へ、子狐は一目散にやってきて、足元に飛びついて来てこう言ったのだ。
「音子さん、おひさ〜です! まさかこんなところで会えるなんて」
「は????」
 フリーズする音子。

 ――子狐が、喋った?
 しかもこの声どこかで聞いたことがあるような……。

 経験と本能が鳴らす警鐘。
 ……この声。しかも狐と来たら、音子には思いっきり心当たりがあった。
 そう。音子の友人であり、見た目より遥かに頭のおかしい元憤怒王だ……!
 恐る恐る名を呼んでみる。案の定、子狐はこくこくと頷き返す。

 ――やっぱりかーーー!!
 
 がっくり膝をつく音子。安堵したようにため息をつく子狐をまじまじと見る。
「いやいや、待ってください。貴方消えたはずですよね!?」
「ええ。そうなんですよ。何でこうなってるのか私にもさっぱりでして」
 ――そうなのだ。この元憤怒王は、憤怒王分体と戦った際、開きかけた『邪神の世界に繋がるゲート』を閉じる為に残り、ゲートと共に消滅したのだ。
 その筈なのに、何故あの男が、こんな姿になってここにいるのだろう。
 いくら考えても分からない。
 けれど、1つだけ。音子に思い当たる節があった。

「結局はあなたの『力』を彼に渡せばいいのでしょう? 『存在全て』を吸収するという約束ではないのでは?」
「ええ。確かに。ただ、力を渡すのには吸収が一番手っ取り早いんですけどね」
「だったら『あなた』という存在を残すようにして努力してください」
「……音子さんがどうしてそこに拘るのか理解できないんですが」

 そう。この男が消える前に、彼女は一つお願いをしていた。
 理解は出来ないと言っていたけれど、友人である音子の願いを叶えるべく、努力してくれたのかもしれない。
 ……努力でどうにかなることなのかどうかはちょっと分からないが。
「いやー。でも音子さんに会えて良かったです。この身体だと移動もままならなくて」
「足から火出して飛べてたじゃないですか。またあれやればいいんじゃないですか?」
「それが出来ないんですよ。もう、力すっからかんでして」
「え……?」
 目を見開く音子。
 そう言われてみれば、どんなに隠そうとしても隠しきれなかった膨大な負のマテリアルの気配が一切ない。
 それどころか、マテリアルの力自体が微弱にしか感じられなかった。
 膨大な負のマテリアルを手放した結果、取れる形はこの小さな狐だったのかもしれない。
 子狐は自嘲するように口を歪ませた(ように見えた)。
「……残滓の残滓だなんて、本当にどこまで生き汚いんですかね、私。おかしな存在ですよね」
「あなたケモノなんでしょう? 生き汚くて当然ですし、元々おかしかったんですから今更じゃないですか」
「あははは! これは一本取られましたねえ」
 笑う子狐。音子は深々とため息をつくと、頭の中で予定を立て始める。
 今日は依頼を探しに行くのは中止だ。
 まずこの子狐を回収しないと。
 害がなさそうに見えても、元憤怒王だ。
 何の罪もない一般の人にご迷惑をおかけする訳にはいかない。
「仕方ありませんね。こんなところで正体不明の謎の獣を見つけてしまったからには放っておけません。一緒に家に来てもらいますよ」
「音子さんの家で引きこもり生活ですか。いいですねえ」
「元憤怒王のくせに怠惰ですか? 衣食住は保証しますけど、それ以上はあなた次第ですね」
 早速調子に乗る子狐にピシャリと言い返した音子。
 子狐はでも……と言いながら、彼女を見上げる。
「私、いつ消えるか分かりませんよ? この身体、マテリアル維持できないんで」
「……雑魔を吸収するとかで維持できないんですか?」
「無理ですね。そもそも吸収できなくなってますし」
「大体どれくらい持つとかは分かりますか?」
「さあ……。皆目見当がつきません。まあ、でもどうせ消滅を待つくらいなら、のんびり散歩して世界を見て回ろうかと思いまして」
 まるで明日の天気の話でもするかのように、淡々と言う子狐。
 運命の悪戯か、精霊の気まぐれか――良くは分からないけれど、あんな形で消滅して行ったものが、残滓であれこうしてここにいること自体が奇跡なのだろう。
 そんなに上手い話はないのかと、音子は眉根を寄せる。
 それでも――これだけは言える。
 
 助けたかったのに助けられなかった。
 消えて欲しくなかったのに、手を伸ばすことすら許されなかった。
 あんな別れ方をするより遙かにマシだ。

 音子はふと、隣の子狐に目線を戻す。
「……ねえ。今のあなたなら、花に触れられるかもしれませんよ」
「あ、そういえばそうですね。今の私なら、花に近づいても枯れませんよね」
 思い付きもしなかったのか、ぱあっと表情を明るくした(ように見える)子狐。
 ――歪虚として生まれながら、人と交流し、花の美しさを理解していた元憤怒王。
 あの形ではどんなに望んでも触れられなかったものを、今なら叶えてあげることが出来そうで……。
 この小さな存在の消滅が食い止められるかは分からない。
 それでも……いずれ別れが来るにしても、『何もできなかった』よりははるかにマシだし、心の準備も出来るだろう。
「そうと決まればまずは腹ごしらえです。音子さん、抱っこしてください。この小さいなりで歩くの疲れました」
「うわっ。食事を所望した上に抱っこですか? 本当図々しい狐ですね」
 そんな軽口を叩きつつ、子狐を抱き上げた音子。
 ――今家に何か食材はあっただろうか?
 甘味を買って帰った方がいいかしら……?
 そんなことを考えながら、来た道を引き返し始めた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております。猫又です。

お届けまでお時間を頂戴し、申し訳ありませんでした。
音子さんのおまかせノベル、いかがでしたでしょうか。
今回は某元憤怒王とのお話にしてみました。
少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。

実はこの子狐形状、依頼の結果によってはありえたかもしれない未来でした。
こうして今回、形にしてお届け出来て良かったです。

好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2020年07月27日

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