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『So, I hope this pure feeling never ends.』
劉 厳靖ka4574)&ユリアン・クレティエka1664


「……寒っ!」
「厳靖さん、ここは……」
 身を縮込ませる劉 厳靖(ka4574)の横で頭を押さえたユリアン・クレティエ(ka1664)が呻くように問う。
「年代は分からんが……ザールバッハ……だろうな」
 最後に「多分」と付け加える辺りに一抹の不安を覚えなくもないが、やっぱり、と心当たりを覚える程度にはユリアン自身もこの展開を待っていたのだろう。
 フランツ・フォルスター(kz0132)に邪神への対応方針が下った事を報告に行った帰り。「ちょっと付き合え」と厳靖に言われ、向かったのは神霊樹ライブラリだった。
 何を調べるのか聞いても明確な答えを貰えないまま「この辺かな?」という厳靖の独り言の後……気がつけば晩秋の屋外に放り出されていたという形だ。
 紅葉した落ち葉が足元の土を隠した獣道のような山道だが、ユリアンとしては何となく見覚えがある。幹の太い樹に登り周囲を見回す。
「……多分、こっち、かな」
「お。方角分かるのか! さっすがー」
 何度か通って分かったことだが、この地域は殆どが針葉樹であるにも関わらず、山道周辺だけは落葉樹が植えられている。そしてザールバッハの中心であるマインハーゲンと街道が通るブラウヴァルトの町を繋ぐこの山道はマインハーゲン側から紅葉が始まる。
 些細な変化であるため分かりづらいのだが幸いにしてここは小高い丘の上だったこともあり、樹に登って周囲を見回すことで確証を得ることが出来た。
 小一時間山道を歩き続け、眼下にマインハーゲンの町を見下ろした二人は、安堵の余り顔を見合せ早歩きになり、最終的に全力疾走してどちらが先に町へ入るか競ったのだった。

 マインハーゲンの町は外観は殆ど変わりがなかった。むしろ、賑わいはこの時代の方があるような気さえした。
「そういや、腐敗帝時代までは貴族達の避暑地として人気だったとかじーさん言ってたな」
 何もない田舎町ではあるが夏でも涼しいこの地は、外界から切り離された非現実感を感じさせる為、道楽貴族達に人気があり、また町としても外貨を手に入れる手段として歓迎していたらしい。
 食料品を扱う店の前を通った時に流通している硬貨が自分達が持つ金貨と変わらない事を確認した二人は、宿屋へと向かって部屋を借りた。
「ここの領主はいい統治をなさっているようだな」
 宿屋の主に世間話的に厳靖が感想を述べれば、主は嬉しそうに頷いた。
「フォルスター家に派手さはないがね。それでも代々領主となる方が聡明だし、変に余所者が来て掻き回さない分、安定はしているよ」
 笑う主は厳靖に鍵を渡しながら付け加えた。
「何より、現当主のオリヴィア様は美人だしな」
 その名前を聞いた二人は顔を見合わせ、頷き合った。

 翌朝。
「じゃ、ノックするぞ」
 フォルスター家の屋敷前に辿り着いた二人は、宿屋で決めた役割分担通り、やや緊張を伴った顔のままドアノッカーを叩いた。
 小さな小窓から覗いた双眸は老獪な紳士のもの。
「どちら様で?」
「昨日よりこの地に滞在している者ですが、帝都でフランツ様にお世話になっておりまして、突然で申し訳無いのですが、是非奥方様にご挨拶をと思いましてお伺いしました」
 ふんぞり返る厳靖に代わり、丁寧に頭を下げたのはユリアン。
 つまり貴族役の厳靖、その従者役のユリアンである。
「……お名前は?」
「ゲンセー・クレティエです。私は従者のユリアンと申します」
「……暫しお待ちを」
 小窓が閉まり、ユリアンは深い溜息を吐く。
 見た目や立ち居振る舞いはユリアンの方が貴族に近いのは明白だが、そうすると厳靖が従者というのに無理が出る。その為この配役となったのだが、慣れない演技にユリアンは既に肩が凝ってきていた。
 しばらく待っていると、扉が開き老紳士が深々と頭を下げた。
「奥へ。奥様がお会いになります」
 入った屋敷の中は以前、フランツに招かれた時と何一つ変わらないように見えた。
 二人は案内されるままに応接間へと入り、腰を下ろした。
 しばらくするとノック音がして1人の女性が入ってきた。
 2人は立ち上がり、女性へと頭を下げ、そしてその顔を見た。
 美人……と言われると美人なのかも知れない。
 栗色のやわらかそうな髪をアップにまとめ、秋らしくモスグリーンのドレスに身を包んだ様は確かに女主といった装いだが、どちらかといえば素朴で可愛らしい雰囲気を身に纏った女性だった。
 見た目からでは年齢が分かりにくいが、宿帳の年月日からすれば彼女も40前後のはずだ。
「初めまして。わたくしがオリヴィア・フォルスターです」
 ただその声は特徴的で、まるで清流のせせらぎのような涼やかさと染み入るような透明感を伴っていた。
「フランツのお知り合いだとか?」
 ニコニコと微笑むオリヴィアは2人に座るよう手で示し、老紳士――どうやら執事らしい――にお茶を指示する。
「……あ、えぇと。済みません。名乗り遅れました。こちら、バルトアンデスで歪虚討伐の為、軍に協力しておりますゲンセー・クレティエです。私はユリアンと申します」
「まぁ。歪虚討伐……? それは危険なお勤めでいらっしゃいますわね。ということは覚醒者様でいらっしゃるのかしら?」
「えぇ。フランツ様ともその任務の際に知り合いまして。そしてこちらが領地と伺いましたので、休暇の滞在先に選ばせて頂きました」
「まぁまぁ……あの人がこの地を? それでわざわざ足を運んで下さったのですか? 何て光栄なことでしょう」
 嬉しそうに微笑むオリヴィアに、厳靖もユリアンも徐々にその緊張を解いていく。
 紅茶が運ばれて来た際、その運ぶメイドの娘が結婚式の際に女性陣にディアンドルを着せてくれた恰幅の良いメイド長と同じ人物だと気付いた厳靖が思わず目を見張ってしまったのだが、オリヴィアはそれに気付かなかったのか「どうぞ」と笑顔で紅茶を勧めてくるだけだった。
 「有り難うございます」と礼を告げ、ティーソーサーを手に取ったユリアンだったが、口を付ける前に小さく笑んだ。
「ワイン、でしたか。夜会で毒入りだと匂いで気付かれたのだとか。とても驚いたとフランツ様が教えて下さいました」
 その話を聞いたオリヴィアは酷く驚いた顔をして「あらまぁ」と目を瞬かせた。
「あの方がその話しを?」
「はい。とても懐かしく……大切な記憶のようでした」
 そう告げるとオリヴィアは更に目を見開き、笑った。
「貴方方がフランツの知り合いだというのは確かなのですね」
「信用されておりませんでしたか」
 厳靖が柳眉を寄せると、オリヴィアは屈託なく笑った。
「だって、馬も連れずにこの地へ立ち入った覚醒者があの方の知り合いだと言う。かなり設定として無理があると思ったんですもの。それに貴方、所作がちょっと貴族っぽく無いし、従者だという彼は従者らしからぬ言動をなさいますし」
 今度は厳靖とユリアンが驚く番だった。
「あの方の覚醒者嫌いは筋金入りでしょう? その上、この地を勧めるなんて天地がひっくり返っても無さそうなことをおっしゃるものだから。どうしてそのような嘘をお付きになったのか……理由をお伺いしても宜しいですか?」
 流石はフランツの妻といった情報収集力と観察眼と推理力だった。

「お見それしました」
 先に頭を下げたのは厳靖だった。
「信じてもらえるかどうかは別として、俺達は未来の帝国から来ました。貴女に会うために」
「彼は厳靖。俺はユリアン・クレティエと言います。2人とも覚醒者で、フランツ伯の命で様々な事件解決に携わってきました。伺った話は本当です。本当に、懐かしそうに、大切そうに話していらっしゃいました」
「……そうですか。未来……という点をどう解釈した物か悩みますが、あの話しをそのように話せるようになっていたのなら……良かった。あの事件はあの方にとっては人生の汚点みたいな物だから」
「それは……どういう……?」
「それは、秘密です。あの方に恨まれたくは無いもの」
 人差し指を唇に当てて微笑むオリヴィアはまるで少女のようだ。
「それで? どうして私に逢いに?」
 「コイツが」と厳靖はユリアンの頭を掴んで下げさせた。
「結婚するか否かで悩んでいるので是非アドバイスを頂きたいと思いまして」
「ちょ、厳靖さん!?」
 驚きと困惑で慌てるユリアンと「だってそうだろう?」と笑う厳靖。2人を見てオリヴィアは涼やかな声で笑った。
「それは、家同士なの?」
「……いえ、違います」
「じゃあ何を悩んでいるの?」
「俺は……誰かと道を征く勇気が、持てなくて」
 それはフランツにも告げた理由。
 オリヴィアは小首を傾げる。
「その方は、貴方と四六時中一緒にいたい方なの?」
「……いえ、違います」
「じゃあ、別に別々に進めば良いんじゃ無いかしら?」
 オリヴィアの言葉に今度はユリアンが小首を傾げた。
「わたくしにはこの地を守るという義務があります。でも女の身では政の道具にされる可能性が高いため、フランツに婿入りして頂きました。一方であの方はたとえこんな田舎貴族でも代々中枢の重役に就いていたフォルスター家の名が欲しかった。条件が一致したため結婚いたしました」
「……お見合いだったと伺っています」
「お見合い……とは随分可愛らしい表現ですね。目指す物も守りたい物も違いましたがお互い納得済みの結婚となりました。そしてお互い、自分の目指す物のために戦っています」
「寂しくは、ないのですか?」
 帝都にいるフランツと領地に留まったオリヴィア。覚醒者でもない2人は転移門も使えず、自由に逢うことは適わない。
 ユリアンの素朴な質問にオリヴィアは微笑んで告げる。
「わたくしはあの方の妻となった事を誇りと思いこそすれ、逢えないことを寂しいなどと思った事はありません。あの方は自他共に厳しく、また聡明な方。この地に縛り付けるよりも活き活きと生きられる場所にいて欲しいのです」
「でも、カサンドラ様は怒った」
 カサンドラの名前を聞いてオリヴィアは口元に手を当てる。
「まぁ、キャスの事までご存知なの? 懐かしい話し。でも、もう誤解も解けましたし」
 そう言って笑うと紅茶を一口含んだ。
「結論として。どちらか一方が我慢を強いられるような結婚は不幸しかないけれど、自分らしく生きられて、相手もその方らしく生きていけるのであれば悩む事って無いんじゃないかしら?」
「自分らしく……」
 彼女らしく……というのは何となくイメージがつく。だが、自分らしく、とは一体何だろうか。自分の事が1番分からなくてだから悩んでいるというのに。
「流石、じーさんの嫁さんだなぁ。良かったな、アドバイス貰えて」
「厳靖さん!」
「あ」
 うっかりフランツのことをいつも通り爺さん呼びしてしまった厳靖は“やっちまった”という顔をしてオリヴィアを見る。
「“未来から来た”のですものね。そう。あの方は“じいさん”と呼ばれるまで長生き出来るのですね」
「……あぁ。王国歴1019年の今も健在だぜ」
 厳靖が告げれば、オリヴィアは少し寂しそうに微笑んだ。
「……そうですか……わたくしも出来る限りあの方と生きられれば良いのだけれど」
 オリヴィアの呟きにユリアンが柳眉を寄せる。
「何処か、お身体の具合が悪いのですか?」
「いいえ。健康ですよ。でも、貴方たちがこうして尋ねてきたということは、わたくしは“そこ”にはいないんでしょう?」
 オリヴィアの聡明さに厳靖とユリアンは絶句すると、オリヴィアは不敵に微笑んでみせる。
「ふふふ。良いことを聞きました。生きる目標が出来ましたわ。有り難うございます」

 ユリアンと厳靖はオリヴィアに見送られ屋敷を後にした。
 見上げれば天高き晩秋の空。
 間もなく帝国一早いといわれる冬が訪れるだろう。
「幸せですか?」
 というユリアンの問いに、オリヴィアは迷わず、真っ直ぐにユリアンを見て「幸せよ」と微笑んだ。
 クルクルとよく変わる表情だが、基本的に微笑んでいる印象しかない、そんな強かな女性だった。
「女は……強いな」
 厳靖がポツリと零せば、ユリアンは無言のまま頷き、屋敷を振り返る。
「逢えて良かったな。じゃ、ぶらついてリミットを待つか」
「そうだね……有り難う、厳靖さん」
 逢えて良かった。
 ユリアンは心の中でオリヴィアへ礼を告げた。
 “今”と変わらないマインハーゲンの町を歩きながら、2人は“これから先”を守る為に帰っていったのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/ユリアン・クレティエ】
【ka4574/劉 厳靖】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、有り難うございます。葉槻です。

 遅くなってすみません。
 一度は逢わせてみたかった勝ち気微笑み美人のオリヴィアをここぞとばかりに登場させてみました。
 フランツにしてこの妻あり……という実は似た者夫婦だったりしたのです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。
 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年07月27日

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