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『家族というものの意味を』
黒帳 子夜la3066)&白野 飛鳥la3468

 報せを聞いた瞬間、血の気の引く感覚がした。それを黒帳 子夜(la3066)が体験するのは、一体何度目だろう。少なくともこの世界に来てからは解る。今回が二度目だ。何れも同じ人物が相手で、前の世界では彼の母に幾度となく同じ思いをさせられてきた。だが彼女と彼では二つばかり感覚が違っている。一つは彼女が戦友で、傍にいた為。そしてもう一つは彼が――義理の甥である、白野 飛鳥(la3468)が元一般人だったからだ。彼は子夜からすると絶対に守るべき存在だ。だというのにまさか飛鳥もこの世界に来て、戦う力を得たなど思いも寄らぬことで。人間は戦えば当然のように傷付き、生死を意識するのを免れない――ずぶずぶ嵌まる思考を子夜はかぶりを振って追い払う。命に別状はないのに悲観的になってどうすると己を叱咤した。溜め息をつくと知らず知らず己が痩身を抱く腕を下ろす。兎にも角にもまずは見舞いをしなければと思い、彼が入院している病院に電話をかけて連絡、面会時間の確認をとって、やっと安堵の息をつくと片方だけが生来のものである目を閉じた。早く顔を見て安心したい。
「こればかりは、理屈じゃ割り切れないもんだ」
 そう苦く呟く。別々に転移してきて今は一人暮らしが当たり前の筈なのに何故かひどく心細い。寒々しさから隻眼を背け、子夜は黙々と一人一先ずの日常へと舞い戻った。

 そうして後日、子夜は飛鳥がいる病院を訪れ、受付で部屋番号を訊くと、そこに向かった。流石はナイトメアへの対抗策を一手に担う、SALF御用達の病院である。EXISやアサルトコアと同じく最新技術を駆使していると思われる建物内は綺麗で子夜はあまりいい気持ちにならなかった。戦うにしては然程身体が強くない為に、健康な常人よりは世話になったことが多く、しかし子夜は人嫌いでもあるので、苦手意識が拭えないのだった。しかし今回は見舞客の立場で患者の身内という観点で見れば、他に安心出来る施設もそうそうないだろう。と考える間に飛鳥が入院する病室へと辿り着き、子夜は軽くノックをして「はい」という返事を聞いてから扉を引いた。意外と元気な甥の顔を見て気が緩むよりも先に思わぬ人影と目が合った為、子夜は入ってすぐのところで反射的に立ち止まった。強張りそうになった顔をにこと笑みの形に変えれば、ベッドの脇の椅子に腰掛けている少女が頭を下げる。その目は子夜が持つ花束に惹かれて輝いた。
「あ……えっと、忙しいのにわざわざお見舞いに来ていただきすみません。花束もありがとうございます」
 ベッドの側まで歩み寄ると、視線を外してぎこちなく言いつつ彼は眼鏡の位置を直す。その気まずげな表情と記憶の中にある子供の頃の飛鳥の姿が重なった。そうなれば彼が何を思っているかはお見通しで、場違いな微笑ましさを抱きながら、子夜は花束を抱えたまま少女に会釈を返す。一瞬だけ目を伏せて、男女の違いはあるが飛鳥と同じ入院着を着ているのを見ると、この子もライセンサーなのだろう。
「お嬢さん、こんにちは。貴女は飛鳥さんのご友人ですか?」
 椅子の側にしゃがんで、目線を合わせて尋ねれば彼女はこくりと頷いた。途中飛鳥の補足も交えて、話を聞けば同日にあった別口の任務で少女もまた重体になって入院したらしい。ただ病院に収容された中では、比較的軽傷であった者同士なので、回復後に休憩所で顔を合わせたのを切欠に、互いの病室を行き来する仲になったとそういうことのようだ。一人きりで寂しかったと話す少女を見つめ、柔らかく微笑む。立ち上がり飛鳥を見ると、
「飛鳥さんらしいですね」
 そう誇らしげに言った。
「いえ、そんなこと……」
 と彼は謙遜するも否定が過ぎて身振り手振りが激しくなり、それがどうやら傷に障ったようだ。腹周辺を押さえて呻く飛鳥に子夜は咄嗟に手を差し伸べ、所詮医者ではない自分に何が出来るでもないが、そっと背中を摩った。グロリアスベースは現在目下攻略中のエジプトにあるインソムニア・ハムシンに比較的近い海上に留まっている為、冷房のない外へと一歩出ようものなら、忽ちに汗が止まらなくなる程暑い。一応外出するのも考慮してか薄い生地の入院着越しに温もりを感じた。幼少期ならばまだしも高校生が大学生になる四、五年の間にそう成長するとも思えないが記憶より大きく見え、けれどどこか心細くも感じた。それは飛鳥が頼りないという意味ではなく――今回の負傷にしても原因は訊いたし、理屈として納得もしているが、さりとて心配は尽きない。数度摩ったところで離し、子夜は花束を抱え直した。
「本当はバスケット入りの物にしたかったのですが、丁度切らしていたようで。そちらの花瓶をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。なんだかとても爽やかな色合いですね。見ているだけで癒されそうですし」
「ふふ、それなら選んだ甲斐があったというものですね」
 白と黄色、橙とビタミンカラーを基調にしたこの花束は子夜が手ずから選んだものである。ピンクなどものんびりとした優しい印象の飛鳥にはよく似合うが、彼の性格上少なからず気落ちしているだろうと、励ます意図もあった。格子模様の花瓶を取ると、
「お嬢さんもどうぞごゆっくりなさいませ」
 と一言声を掛けてから個室に備え付けの洗面所へ向かった。彼女はにこにこと楽しそうにこちらを見ていた。余程仲がいいのだろうか。自分は知らない彼の話を聞いてみたい気持ちが半分、二人でゆっくり話をしたい気持ちが半分だ。しかし二人では飛鳥には不服だろう伯母としての思いが零れてしまいそうで如何ともし難かった。溜め息を飲み込むと眉を寄せ表情を戒める。飛鳥はもう子供ではないのだと子夜は繰り返し言い聞かせた。

 ◆◇◆

「あの人が俺の伯母なんです」
 と一言言うと少女は得心し、例のトバリ伯母さんねとやけに大人っぽい口調で言った。水を流す音が薄ら響く洗面所にいる筈の伯母に飛鳥は罪悪感を覚える。陰口を言ったわけではないのだが、本人のいないところで話をするのがどこか後ろめたく感じるのだった。
 何の前触れもなく背中を叩かれ、ついびくりと肩が跳ねるのと、花瓶を手に子夜が戻ってくるのはほぼ同時。叩くといっても怪我をした所とは離れていた為、先程と比べれば全く痛くなかった。それでも物凄い勢いで仰け反る飛鳥を伯母は訝しげな目で見返す。二人の間に停滞するそこはかとなく気まずい空気を少女は無邪気な声をあげて視界ごと遮り、掻き消した。立ち上がって子夜の正面に立った少女は花瓶に活けられた花に夢中らしい。伯母も微笑ましそうに少し屈んで花がよく見えるようにしていた。かと思えば、唐突に少女は振り返って、声には出さないが口を動かし、言葉を紡ぐ。飛鳥には頑張ってとそう言ったように感じた。向き直って子夜と二言三言話すとまた今度ねと手を振る。初めて会ったときの気落ちっぷりと痛い痛い言っていたのがまるで嘘のように元気よく病室を出ていった。扉の閉まる音がして我に返った子夜と目が合う。微妙に困ったか呆れたかしたように苦笑し、彼女はサイドテーブルの上に花瓶を置くと、羽織を下敷きにしないように後ろに流してから椅子に座った。落ちた沈黙の隙間を秒針が刻む音が埋める。言うべき言葉は分かっていた。
「トバリ伯母さん……心配を掛けてしまってすみません。俺も一緒に戦った人達も最善を尽くしましたが、俺にはまだ力が足りなかったようです」
 苦い思いを噛み締めつつ頭を下げる。己の未熟さを認めるのは辛かった。特に世界は違えども自分と似たような立場で戦ってきた先輩の子夜の前でそうするのは。自然と顔を伏せ、だが想像をしていたような心の痛みはなかった。それは決して自責の念が軽いものという意味ではなくて、ふ、と小さく息が抜けるような笑みを子夜が零したのが分かった為だ。実際に確かめれば想像通りの顔がある。
「致し方ありません。戦い続けていればきっと誰しもが直面することですから。それに、飛鳥さんにはセイントの力があるでしょう? 敵陣の補給路を断つのは戦いの鉄則――私が相手方だったとしても、そうします」
 きっぱりと彼女は断言する。常にシールドを削られ続ける前衛のほうが危険度は余程高いと思っていた。実際幼態から成態ならば然程知恵がついておらず真正面から攻撃を仕掛けてくる場合が多い。が、コアを背にしたいわば背水の陣だったのだ。回復役を叩くのが最善手だとゲームを通じて理解はしていた。それを身をもって経験するのはこれが三回目だ。一回目は伯母と再会する前の昨年六月、ニュージーランドで行なわれたインソムニア攻略作戦の一つ、飛鳥はインソムニア・コアを破壊し人々を救出する為にエルゴマンサー級のナイトメアと対峙した結果重体の傷を負い、二回目は約一年後の今年六月、これも敵はエルゴマンサーだった。防衛線を死守する戦いは失敗という形で幕引きを迎えて、その代償の半分を自身が負うことになった。そして今回が三回目。一回目と二回目の間は約一年と期間が空いているのでライセンサーとして極端に未熟という結論には至らないのかもしれないが。しかし二ヶ月連続ともなれば気にせざるを得ないし、何より――。
 ――先月は何も言わなかったトバリ伯母さんも流石に今回は心配させてしまったと思うんです。それが凄く申し訳なくて。合わせる顔がないですよ……。
 病室に一人でいて鬱々と滅入っていく思考を、多めに見積もっても中学生だろう少女に見透かされ、家族が来れず寂しいと話すのを慰めた一応は大人として持つ余裕に似た何かもメッキのように剥がされてしまった。反省はしているが一ヶ月かそこらで目に見えて成長出来る程現実は甘くはなく、では作戦の見直しをと考えても結果が分かった上での反省点であり二度と同じ過ちは繰り返したくないが、少し状況が変わるだけで、最善手もまた変わる。戦う為の力を正しく使いこの世界で知り合った人々の助けになりたいと願う気持ちに変わりはないが、ならばまずは無事再会を果たした伯母を悲しませることはするな、という話である。零した本音に少女はあっけらかんと返した。
「ですがやはり心配はしてしまいますねぇ。親からすると子供が何歳でも子供であるように、私にとっての飛鳥さんは、あの子の可愛い忘れ形見ですから。もう既に私の手を離れて立派な殿方になられたというのに――エゴだと分かっていても、どうしても」
 今にも泣き出しそうな声に聞こえて、ハッとして子夜の顔を見たが、一つしかない彼女の黒い瞳は柔らかく細められていてそこに涙はなかった。知らず掛け布団の下で握り締めていた拳が緩む。飛鳥は半ば唖然として子夜を見つめ続けていた。きっと、気付いているだろうに気付かないふりで彼女はサイドテーブルの上にあるバスケットから林檎を手に取る。今回の作戦には参加していなかった知人の見舞いの品だ。取るのに難儀して諦めていたのだが子夜は無言で仕舞ってあった果物ナイフを取り出し、皮を剥き始める。もしかして自分で食べるのだろうかと思ったが、別にそうでなく鶏のモミジと自ら言う手で器用に膝に届く長い皮を作ると、食べやすいサイズに切り分け、皿に乗せて、差し出してきた。
「ありがとうございます……美味しいです」
 丁度お腹が空き始めたのを誤魔化すように食べて、久々の甘みに頬を緩めながらお礼を言った。折角なので子夜にも勧めたが彼女は固辞し、代わりに冷蔵庫のお茶を断りを入れた後飲んでホッと力を抜いた。いつだって心配するのが家族の仕事なんだから――少女が言った台詞を思い起こす。
「これからも心配させるのかもしれません。ですが、悲しませることはないようにもっと精進します。だから、安心して心配してくださいね」
 力が足りないからきっとこれからも何度も倒れる。けれどまた起き上がって話をするから――願いに似た誓いを口にすれば子夜は右目を瞬いて、次の瞬間には微笑を浮かべた。それは、飛鳥が努力をしてもどうにもならなかったときに浮かべる笑みだ。苦労を労い、未来に期待する、そんな――。
「はい。では次はうさぎさんを作りましょうか」
「もう、子供扱いしないでください……!」
 わざと怒ったふうに言えば子夜は喉を震わせ笑う。その笑顔は写真に残る母にも、その息子である自分にもよく似ているように思えた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
モブの少女がでしゃばり過ぎたかなとか子夜さんと
飛鳥さんの距離感、考え方などに解釈違いがないか
心配になりつつ自分なりに考えて書いたつもりです。
二人の関係でとても好きな部分が親代わりで確かに
家族なんだけど亡くなった飛鳥さんの両親のことを
凄く尊重しているところで親子とは違うけれど大事、
というのを意識してました。その関係に加えて今は
ライセンサーとしての先輩後輩、前の世界での
キャリアも含めるともっと差は大きい印象がある為、
それが今度どうなっていくのか未知数で楽しみです!
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年07月27日

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