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『かき氷』
桃李la3954


「暑いねぇ」
 桃李(la3954)はかき氷店でそんなことを言いながら扇子で向かいの席に座っている男を扇いだ。ヴァージル(lz0103)は目をつぶって大人しくしている。

 猛暑日の日本、湿度と暑さにやられてぐったりしているヴァージルを見つけた桃李は、近くのかき氷店に彼を連れて行った。ナイトメアが熱中症になるかどうかはわからないが。
「俺、宇治抹茶にしようかな。ヴァージルくんは何が良い?」
「なんでもいい……」
「マンゴーにしようか」
「まかせる……」
 最初に提供された水をがぶ飲みする。桃李は自分も羽織っていた着物を脱ぎながら、
「ヴァージルくんさ、上着、脱いだら? ついでにベストも」
「うわぎ……」
 そこでヴァージルは、自分がたいそう厚着をしていることを思い出した。おまけに、全身真っ黒である。ジャケットとベストを脱ぐ。背中は汗でぐっしょり濡れていた。桃李は持ち物から手ぬぐいを出すと、ヴァージルに放って寄越す。
「風邪引くから、汗は拭きなよ」
「うん……」
 シャツのボタンもいくつか開けて、ヴァージルは遠慮なく汗を拭った。
「着替えとかないのかい?」
「一応持ってる」
「替えておいでよ」
「うん……」
 ヴァージルは大分落ち着いた顔色で頷くと、着替えのシャツを持って手洗いを借りた。すぐに戻って来た彼は、大分さっぱりした顔をしている。どうやら、熱さの他にも濡れたシャツで気持ち悪い思いをしていたらしい。
「すっきりした?」
「ああ。それにしてもサウナみてぇな天気だな」
 ヴァージルは背もたれに背中を預けて天井を見ている。相当体力を消耗しているらしかった。

 氷を削る音がする。固くて脆い物を、薄く刃で削る音。湿った生温かい風が鳴らす風鈴の音。吹き込む風は、冷房と混ざり合って心地良いぬるさになる。冷えた足元に丁度良い。
 他の客の呑気な話し声。ああ、彼らは今桃李の向かいに座っている男がエルゴマンサーだと知ったら何て言うだろうか。信じないかもしれない。

 お待たせしました、とかき氷が運ばれてくる。桃李の宇治抹茶、ヴァージルのマンゴー。緑と黄色が、鮮やかにテーブルを彩った。
「溶けないうちに食べなよ」
「溶けるのか」
「氷だからね」
「フラッペみたいなもんか」
 ヴァージルは姿勢を正すと、粉薬を掬うようなあの長いスプーンを持って氷の山に突き刺した。薄くそぎ落とされた氷を積み重ねたところにスプーンを入れる感覚は、彼の灰色の目を丸くさせる。桃李はそんなヴァージルの反応を眺めながら、自分もかき氷を口に運んだ。ほのかな苦み、抹茶の味わい、粒あんの甘さが口に広がる。砂糖で味はつけられているが、小豆のふんわりとした風味が鼻に抜けた。
「美味しい」
「どれ」
 ヴァージルはシロップが掛かっているところを掬って口に入れる。ぱちぱちと目を瞬かせてから、びっくりしたように目を見開いた。
「美味い。果物の味がする」
「そりゃあね」
「いいな。アメリカでもフラッペを食おう。コーヒーばっかりだったから。冷たいのも良い」
 黄色い山を崩しながら、しゃくしゃくと食べていく。桃李は自分の器を少し前に差し出し、
「一口食べるかい?」
「食べる。俺のもやる」
 二人は一口ずつかき氷を交換した。なるほど、ヴァージルが「果物の味がする」と言ったのは全く以てその通りで、ピューレでも使っているのか、わずかな繊維の舌触りと独特の甘さ、そしてかすかに青い香りがする。
「美味しいね」
「美味い」
 ヴァージルは頷いた。みるみる内に、山吹色の丘は低くなっていった。最初のぐったりはどこへやら。ぱくぱく食べている。
「あんまり急に食べると、頭がキーンってなるよ」
 桃李はゆっくりと食べながら微笑んだ。
「キーンってなんだ、キーンって」
「なってみないとわからないんだよね」
「ふーん」
 なんて適当に返事をしながらしゃくしゃくと削って行く。唐突にその手が止まった。空いた方の手で頭を押さえる。
「キーンってなった?」
「……なった……」
「ふふ」
 桃李は思わず笑った。ヴァージルの食べるスピードはそこからゆっくりになる。溶けてしまった氷を、池に餌を落とした犬みたいな顔をして覗き込んでいた。
「元気になった?」
「え?」
 桃李の言葉に、ヴァージルはきょとんとして顔を上げる。それから、自分がどうしてかき氷なんか食べていたのかを思い出したらしい。
「……なった……」
 人間の世話になることは、かき氷を食べ過ぎて頭が痛くなるのと同じくらい認めたくないことらしかった。そう言うところが彼らしい、と思って桃李はまた笑う。
「俺が食べ終わるまで待っててくれる? 一緒に来たんだから、出て行く時も一緒が良いよ」
「良いだろう」
 ヴァージルは偉そうに腕と脚を組んだ。桃李はにっこり笑って、
「ありがとう」
 礼を述べる。相手は余裕が出てきたらしく、調度品などを興味深そうに見ていた。店員が、聞かれもしないのに、あれは風鈴と言って……などと説明している。ヴァージルはヴァージルですっかりリラックスしており、ほうほう、などと神妙にして説明を聞いている。
「ごちそうさま」
 やがて、桃李もかき氷を食べ終えた。少し時間をおいてから席を立つ。レジで財布を開いたヴァージル、
「ドルしかねぇ……」
「良いよ。今回は俺が奢るよ」
「いつ返すんだよ。ドルで良いのか?」
「ドルでも良いけど」
 山盛りかき氷は結構値が張った。ドルでいくらだと問われて、スマホで計算した桃李が金額を見せると、ヴァージルは目を剥く。
「結構するな……」
 と言いながらドル紙幣を抜き出した。
「釣りはいらねぇ」
 入手経路を考えれば無理もないだろう。彼の金ではない。
「ありがとう」
 桃李もそんなことは気にした様子を見せずに金を受け取った。ヴァージルは上着を着直すことはせず、脇に抱えて立ち去った。
 その後ろ姿を見送ると、桃李も踵を返して帰路に就く。

 少し日は傾いて、橙色みたいな日差しが桃李の頭に光の輪っかを作った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
詳細おまかせ、という事で、本格的に暑くなってきたこともあり先日のビーチに続いて夏っぽいお話を書かせていただきました。
桃李さん抹茶味お好きかな……と思いつつ、和の物は一通り網羅してそう、とか勝手に思って抹茶かき氷とさせていただいております。
ご発注者様も熱中症などなどにはどうぞお気を付けて。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月27日

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