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『心躍る日々』
瀧澤 理生la4301

 瀧澤 理生(la4301)は新米ライセンサーであった。
 見た目はやたら綺麗な顔立ちの、紫色の瞳が強い印象を与える少年だ。
 四人家族だが適性があったのは彼だけで、そう言った理由から早めの独り立ちの決意をしたのが、初夏の頃だ。
 良い機会だからと梅雨の明けきらない時期ではあったが、今まで共に過ごしてきた愛すべき家族と離れて一人暮らしを開始した。
 とは言っても、丸きりの一人きりではない。
 理生には『ハンペン』という名の家族がいる。

「ニャーン」
「……あ、ごめん、ハンペン。もうご飯の時間だな」

 一人暮らしの記念にと、父に買ってもらったばかりのタブレットで調べものをしていると、真っ白い猫が彼の足へと頭を擦り付けてきた。
 ついうっかり、調べものに熱中してしまったようだ。
 気づけばもう、夕方である。
 白猫は理生の声に反応して、ゴロゴロと喉を鳴らしながら足元に絡みついてきた。

「あ、危ないってハンペン。ご飯すぐに用意してやるから、少し離れて……」
「ニャァ〜ン」

 理生が歩みを進める度に、その隙間を縫うようにして白猫が足を進めてくる。
 まるで脛こすりのようだなと思いつつ、彼は戸棚へと足を向けた。
 食器棚の一部分だけ、『ハンペン用』として使っている箇所がある。そこに猫缶や猫用おやつなどが仕舞ってあり、扉を開けると白猫がシンクに飛び乗り背伸びをして覗き込んでくる。猫もここに自分の好物があるという事を、知っているのだ。

「ほら、閉めるぞ」

 猫が戸棚の中のおやつに興味を示しだしたので、それを手で防ぎつつ、猫缶を取り出して素早く扉を閉める。
 最近のペット用のおやつは麻薬なのではないかと思われるほどの商品があり、なかなかに気が抜けない。
 ちなみに猫の名前が『ハンペン』なのは、見た目が真っ白であるからだった。命名してから発見したのが、ハンペンがじゃれてお腹を見せる時、その部分がやかりハンペンのように見えたので、やはり間違いでは無かったと心で思ったほどであった。
 いつもの皿に猫缶の中身を空けて、決めた位置に置くと、白猫は待ってましたと言わんばかりにその場にかけて、食事を開始した。
 そんな姿を見てると、理生自身の腹もぐうう、と鳴る。

「……うん、作るか」

 ぽつりと独り言を漏らしつつ、腹を一撫でしてから冷蔵庫へと向かった。
 彼は十六歳という年齢ながらも料理の腕は高く、味にもうるさかった。
 これは母親の影響なのだが、しっかりと基礎から教え込まれたので、応用などの幅も広く、作り置きなどは主婦顔負けなほどであった。

 彼の両親は二人とも、料理上手であった。
 だが、元は母親のほうが何を作っても謎料理となってしまったらしく、そこだけは苦労していたらしいが、それは理生が生まれるずっと前の話だ。
 たまに会う母方の叔父には、『あの頃の姉さんの料理は本当に言葉に言い表せないほどだったよ……』と聞かされていた。
 食べた者を軒並みダウンさせたと言う母の手料理は、いったいどんなものだったのだろう。今では、全く想像が出来ない。
 父が根気強く付き合い、母に料理の極意を伝えたからこその今であるのだが、料理が苦手だったころの母はどんな感じだったのかと、逆に見て見たかったなとも思ってしまう。

「あ、ジャガイモに芽が出始めてる……玉子もあるし、スパニッシュオムレツでも作るか」

 野菜庫、冷凍庫と確認をしてから、夕ご飯のメニューを考える。
 今日はオムレツを作るようだ。
 具がたくさん入ったスペイン風のオムレツは、別名では『トルティージャ』としても知られている。
 フライパンでお好み焼きのように丸い形のまま両面を焼き、ケーキのように切り分けて食べる料理だ。

 理生は素早く食材等を用意し、慣れた手つきでジャガイモや玉ねぎなどを切っていった。
 『将来は料理人』などと周囲からも言われたことがあったが、彼自身は『今』を生きる事で精一杯だ。
 それは悲観ではなく、躍動感からくるものだった。
 新しい生活、新しい部屋、真っ白な猫との暮らしと、ライセンサーという立場。
 その全てが理生の刺激となり、毎日が楽しくて仕方がないのだ。

 そんな彼にも、夢がある。
 『ヒーロー』になることだ。

 理生にとってのヒーローは、父親であった。
 子供の目線から見ても格好良く、知識も高く、運動神経も良い。若い頃は喧嘩ばかりしていたと聞いてはいたが、体幹はその時点で身に着けていたらしい。
 花に対する情熱も高く、家族の誰よりも花に関しては詳しかった。
 強くて優しくて、頼りになる父親を、理生は誇りに思っている。
 
 いつか、父のような人になりたい。
 近くて遠い――だがいつかたどり着きたいと思っている、目標でもある。

「……ニャーン」
「こら、ハンペン。お前はさっき食べただろ。それにこれは玉ねぎ入ってるからだダメだ」

 一人きりの食卓に、少しだけ凝った料理が並んだ。
 サラダを添えたスパニッシュにオムレツに、さっぱり味の大根とひき肉のスープと、丸パンが二つ。
 多めに作ったので明日の朝食に回せそうだと考えながら、膝に乗ってきた白猫を宥めつつ、夕食を採り始める。

「いただきます」

 何でもない日常でも、理生にとっては全てが大切だ。
 それを心で噛みしめつつ、彼は料理の前で手を合わせてから、フォークを手にしたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。
この度はありがとうございます。
お名前を拝見した時に、あれ? と思いました。
書かせて頂けて本当に嬉しかったです。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いと存じます。

またの機会がありましたら、よろしくお願い致します。
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涼月青 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月27日

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