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『花冠』
ユキナ・ディールスla1795


 ユキナ・ディールス(la1795)は花畑の中にいた。夢のような。御伽噺に出てくるような。映画の冒頭で、少年少女が追いかけっこなどしているような。そんな一面の、色とりどりの花畑。この花畑にない色の花はない。そう言われても疑わないかもしれない。そんな広大な花畑。
 ユキナはその中に座り込んでいた。目の前では、兎の着ぐるみの姿をしたワンダー・ガーデナー(lz0131)が、大鋏をちょきちょき言わせながら花を吟味している。今すぐユキナを切り刻もうとする動きは見せなかった。
「綺麗なモノは私も好き」
 そんな言葉が口を突いて出る。兎は美しいものが好きだと言った。それを切り刻みたいとも。ユキナは花を指す。
「この花も綺麗。兎は切りとりたい?」
「ぜぇんぶ!」
 ガーデナーはぴょんと立ち上がった。素っ頓狂で、裏返ったような声。まるでユキナに言われて思い出したかのような早急さだ。
「ぜぇーんぶ! 切り刻んでやるんだ!」
 高い声で宣言するが、すぐに脚を投げ出して座り込んだ。ユキナは青い花を一輪摘む。兎の耳に掛けてやった。
「こうすると、兎も綺麗だよ。兎の目と同じ色よ。ピンクによく似合ってる」
「綺麗なおいらって、想像つかないや」
 ガーデナーは首を傾げる。醜悪な着ぐるみであることを差し引けば、その姿はまるで腕白な子供の様だ。美しいものを客体として切り刻んでいた彼にとって、自分が「美しい」とされることはなかったのだろうし、これからもないつもりだったのだろう。
「兎は、私には何色の花が似合うと思う?」
 ユキナが尋ねると、ガーデナーは反対側に首を傾げた。
「うーん」
 また反対側に首を傾げる。
「うーん」
 そして花畑を見た。
「わかんないや」
「この中から、選べない?」
「色がたくさんありすぎるんだよう。ああ、でも、お前が着ている黒は、おいらとても似合うと思うなぁ。美しいね、へへへ」
 あの締まらない笑みを浮かべながらも、ガーデナーはきょろきょろと花畑を見回した。
「あった!」
 紫と青の、色が濃いもの。それを一輪ずつ、手で摘めば良いものを、わざわざ大鋏でちょきんちょきんと切り落とす。それを今度はあのミトンに似た、不器用そうな手でよいしょよいしょと拾い上げた。
「おまえにやるよぉ。だから、おまえには黒に似た色がきっと似合うよ」
「どうして私に黒が似合うと思うの?」
「髪も目も黒いから! おいらに目と同じ青が似合うなら、お前にも目と同じ黒がきっと似合うと思ったよ!」
「そう」
 ユキナは無表情のまま頷いた。夢の中にいて、どこか夢見がちのような、無表情。
「じゃあ、花冠、作って。私も兎に作るわね」
「良いよぉ!」


「うええん」
 濃い青と紫の花を膝の上に山ほど載せたガーデナーが、鳴き声の様な呻き声を上げる。鮮やかな青を編んでいたユキナは顔を上げ、
「どうしたの、兎」
「おいら、おいらの手じゃ、全然上手く編めないんだよぉ。教えておくれよぉ」
「ん、良いよ」
 やはり、兎の親指だけが独立しているような手では、花を編むのは難しいらしかった。ユキナが手を添え、一緒に編んでやる。
「兎の手でも、こうやって持てば編める……筈」
「わぁい!」
 ガーデナーは、自分の手でもユキナと同じ事ができると気付いた途端、俄に活気づいた。
「えへへ、見てろよぉ」
 それでもユキナよりゆっくりとしたペースで編んでいく。ユキナも急かさなかった。競争のつもりはない。
「兎は自分の好きなトコロって、ある?」
 何気なく尋ねると、ガーデナーの手が止まった。考え込んでいるらしい。
「おいらはねぇ……えへへ、おいらは鋏を持ってるおいらが好きかなぁ」
「そう」
 微妙に問いと噛み合っていない答えなのだが、ガーデナーにとって、この質問への答えはこうなのだろう、と思ってユキナは追求しなかった。ユキナの手元が着実に作業を進めているのを見て、ガーデナーも慌てて再開する。
「待ってくれよぅ。おいらそんなんじゃ追いつかないよぅ」
「ゆっくりで良いよ」
 どうせこの花冠作りだって、おしゃべりのお供なんだから。けれど、ガーデナーはおしゃべりよりも花冠作りに集中してしまったみたい。うんうん唸りながら編んでいる。鋏で切った鋭い切り口が編まれた部分から飛び出している。
「そうだ、おまえは? お前は自分の好きなトコロってないのかよぅ」
 会話の内容なんか、口にした傍から忘れているように見えていたガーデナーが、不意にそんなことを問い返した。ユキナは首を横に振り、
「私は無い。兎は如何思う? 私にも良いトコロは、在る?」
「花を編めるのは、良いところだとおいらは思うな。うわあん! またわかんなくなっちゃったよう!」
「貸して」
 ユキナが言う前から、ぐいぐいと作りかけのものを押しつけてくるガーデナーから受け取る。教えた通りとは少し違う編み方をされていて、ユキナも首を傾げながら編み直してやる。
「これで、どう?」
「わあい!」
 ガーデナーは嬉々として受け取った。ユキナはもう一度、編み方を教える。けれど、結局兎は聞いているのかいないのかまたどこかずれたような編み方をしていく。ユキナはわざわざ口を挟まず、けれどガーデナーが喚くと手を貸して、どうにか二人の花冠は形になった。ユキナの編んだ物は、青い花がふんわりと、ガーデナーが編んだ物は、濃い青と紫の花がところどころ潰れ、斜めに切った茎の断面が方々から飛び出す、茨の様なもの。
 それを、互いの頭に乗せた。ユキナの髪にふんわりと乗せられた、棘だらけの冠は髪の毛に引っかかって頭皮を突き刺すには至らない。少しちくちくしたけれど。
 ガーデナーへは、耳に引っ掛けてやった。輪投げのようだけど、その遊びじみたかぶせ方は、着ぐるみの彼にはよく似合っている。
「似合うよ」
「ほんとう? 似合ってる?」
 ガーデナーは鋏を持ったままくるくると笑った。
「やったぁ! おいら、お花をいっぱいもらったぞ!」
「嬉しい?」
「うれしい!」
 ユキナは、無邪気に喜ぶガーデナーを、頭皮のちくちくとした痛みとともに受け入れている。
 兎が回る。耳に掛けてやった花冠は、フラフープみたいにくるくる回った。ああ、そんなに回っては花びらが散ってしまう。一枚、また一枚と、花びらが落ちた。それでも兎は止まらない。くるくると、いたずらっ子がわざと早く回したオルゴールの人形みたいに回っている。花びらも一緒に散って、くるくるくるくる回っている。ずっと見ていたユキナは目眩を起こして、


 膝を突いた、と思ったら、ベッドの上だった。起き上がる。床には花など咲いていないし、ワンダー・ガーデナーもそこにはいない。
「夢……」
 どうやら、ワンダー・ガーデンですらなく、単にユキナが見ただけの夢だったらしい。
 少しだけ、頭がちくちくするような気がする。けれど、ちょっと揉んだら良くなった。息を吐いて時計を見ると、起きるには少し早いみたい。けれど、寝直す気にもなれず、彼女はそのままベッドから降りる。
 部屋を出て行く直前、ちょっきん、と刃物が擦れ合うような音が聞こえたが、振り返っても誰もいなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
ちょっと仄暗いほのぼのをお届けします。
ガーデナーがユキナさんとちょっと親しくなるならこういう感じかな〜と想像して書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月27日

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