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『未来に続いていく今日がある』
クレール・ディンセルフka0586

 突然だが、クレール・ディンセルフ(ka0586)の朝は早い。なにせ彼女は自ら立ち上げたディンセルフ工房狩人店の店主であり、自身も鍛治師として鍛えてきたことから一家言ある魔法武具の売買を行なうと共に邪神戦争終結後に作られた仕組みである、一定の水準を満たしたハンターが弟子として次代を担える素質のある者を発掘育成する狩子制度を商売として広く募集をかけるという独自の手法を取りそれが順調に回っているのだ。それだけでもう二足の草鞋を履くようなものである。だが彼女の活動はそれに留まらず――。
「皆おはよう! ほーら、気持ちのいい朝だよー!! 分かったら、さっさと起きるっ!」
 子供部屋ともう一部屋、様々な国からハンターになる為にリゼリオまで来ている狩子の面々が共同生活している部屋を巡って強引に布団を剥ぎ取る。最初は小さな子と同じ扱いに戸惑った狩子も今では慣れたものである。寝起きの悪い子も何とか起きられそうだと確かめて、クレールは立ち止まる暇も持たずキッチンに戻った。大所帯の朝ご飯は全員分用意するだけでも一苦労だ。当然ながら昼も夜も。しかしその時間帯には一日の中で慣れがきているものである。戴きますと挨拶する頃には全員がしゃっきりした表情をしていて、クレールも満足の笑みを浮かべて手を合わせた。
 自身が店に出ることは少ないが、一つ一つの武具を手に取っての精査は忘れない。武器も防具もその所有者の命を預かる物なのだ、手抜かりがあってはならない。特に文字通りに魔法による効力が上乗せされる魔法武具は繊細な扱いが要求される。安心して売れる品だと確認すると次は狩子制度のほうの仕事を始める。
「今日はそうね、打ち合ってもらおうかな。一番良かったなって思った子にはおやつを一個追加で!」
 打ち合いだと言った時点で彼らのテンションは上がっていたが、報奨品を一つ足しただけでその喜びようは最高潮に達し、さしものクレールも思わず苦笑せずにはいられなかった。手を叩けばそれぞれに狩子としての適性を認め受け入れた際、合うものを探して見つけた武具を装備して、そして工房の更に奥に建ててある訓練所で模擬戦闘を始める。その様子をクレールは壁際に置いてある椅子に腰掛け眺めた。一挙手一投足を絶対に見逃すまいと眼光を鋭く、けれど日常風景に思考は不意の感慨深さに引き込まれる。
 今に至るまで、振り返れば実に長い道のりだった。ハンターとして現役の頃、魔法鍛治師も機械技師も、紋章剣士も――全ての道を絶対に諦めたくはないと無我夢中にひた走った毎日。しかし勿論喜ばしいことなのだが、邪神の討伐という結末を迎え、クレールはふと岐路に立たされたのだ。ハンターもハンターズソサエティに所属する人もそれどころかクリムゾンウェスト、リアルブルーにそれ以外の惑星で生きていた命全てもだろう――全員が望んだ悲願が果たされて、けれど、世界の有り様は変わっていく。例えば、とクレールは視線を正面に据えたまま背後の窓の向こうを思い描いた。リゼリオは邪神戦争以後、クリムゾンウェストで最も大きく様変わりした街だろう。周辺の海は埋め立てられ、そこに高層ビルが建築された。道路には少数ながらも日常的な乗り物として車が走って、世界間の行き来も簡単になるという話も聞いた。無論それはクレールが狩子を育ててきた十年余りで変わったことだが、直に時代の変化が来る予感めいたものを当時のハンター達は強く感じていたのでは、と思う。
(やりたいことが一杯あって、けどどうすれば自分で納得がいく生き方を選べるのか分からなかったっけ)
 やりたいことの全てを諦めたくない。けれど半端になってしまったなら元も子もない話である。それに、新しいハンターの契約基準が見直されるに至り既存のハンターの受け入れ縮小も現実味を帯びて、そうすると己はハンターのままでいるべきか不意に疑問が湧いたのだ。
 二人の狩子は汗みずくになりつつ戦っている。片方の少女はクレールと同じで先手取りと意表を突くのがメイン。もう片方の少年は護りに特化した堅実さが売り――それはいつかクレールが自らの知識と技術を総動員して作った魔導機械――ディンセルフコートを上手く御し切れなかった頃、久しぶりに実家に帰省し、協力を得てした修行を思い起こさせた。精緻なマテリアルコントロール術を身につける為に昼間に目一杯覚醒し、夜間純粋に弟と剣と剣とをぶつけ合った日々。あの頃非覚醒者である弟の自分が知らないうちに身につけた力には舌を巻いたし互いを確かに高め合っている、そんな実感に猛特訓の最中というのに少年のようなワクワクとした気持ちも抱いていた。父も母も陰になり日向になり見守ってくれてと、あのとき程、家族の有り難みを感じたことはないのかもしれない。クレールは幼少時病弱で、家の外に出ることさえままならなかったのもあるのだが。
(……まあうーんと元気になった結果、結局跡取りにはならなかったけど。そこはまだちょっと申し訳ないなって思ってるかな)
 勿論弟が継ぐことに異論はなかったしクレールの夢も応援をしてくれたわけだが。時たま、狩子を預かっていない期間が出来たときに帰省すると弟には昔みたいな顔をして額を小突かれる。
 訓練用に刃を錆びさせた剣を使って斬り付ける振りで蹴りを入れる――そんな口にすれば容易でも実戦で繰り出すには難しい技を少女がやってのけたところまではよかったが、肝心の蹴りが浅くて痛手にはならなかった。思わずあちゃーと声が出そうになるのをクレールは寸前で飲み込んだ。贔屓はよくないと言い聞かせているものの人間なので多くの人と接すれば相性の一つや二つや三つはある。しかしそれは歳を取り経験を経て、成長と同時に凝り固まる思考を解いてくれるものであり――そう思う数が増えたのは老けた証拠か。やだやだと内心駄々を捏ねながら、クレールは少年の評価を改め感心した。
 ――仕事を確実にこなせるハンターこそ私は最高だと思う。勿論そんな簡単な話じゃないけど、少なくとも自分と同じ失敗は犯してほしくないから……あなたが良きハンターになれるようにベストを尽くす。だから絶対に私を信じてついてきて!!
 近年は最早決まり文句のようになりつつある、クレールが狩子を迎えるときに言う言葉だ。己はどちらかといえば小隊仲間や仕事で一緒になった人たちと肩を並べて成長してきた人間と思っている。確かにそれはとても得難い経験であり、現在のクレールを形作った財産にもなっている。若いときは苦労を買ってでもせよという諺が小隊に多く出身者がいたリアルブルーの日本にはあるらしい。けれど誰かの生き死にに影響するような酷く痛くて悲しい苦労はしなくてもいいとそう思うのだ。だからクレールは人を護る仕事に就きたい彼らのことも護りたい。やったと勝ち鬨をあげたのは少年のほうだ。しかし二人同時に倒れ伏したのでクレールは彼らを引き摺って部屋の隅に運び、全力で汗まみれの床にモップ掛けした。そうして場を整えて残り二人の訓練に入る。後で長所と短所を伝える為要点を纏めつつクレールは手を叩いた。
「さあさあ、やるつもりで思い切りいってね!」
 やるに別のニュアンスを込めて真剣な表情になる。親としても妻としても師匠としても大忙しの充実したクレール・ディンセルフの一日は今日も瞬く間に過ぎていくのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最初は初期の頃の狩子さんが久しぶりに訪ねてきて、
という内容で書き進めていたんですが、そういえば
全然日常生活の話じゃないなと途中で気付いたので
慌てて一から書き直したといううっかりとした裏が
ありました。ただそのお陰でクリムゾンウェストの
未来について理解が深まった為かすらすらと書けて
非常に楽しかったです。以前書かせていただいたお話に
一部ですが触れることも出来ましたし。
覚醒はまだの状態で現実の厳しさ大変さを教え込むのも
中々大変そうなイメージがありますね。
今回も本当にありがとうございました!
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2020年07月28日

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