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『竜石の鍾乳洞』
ファルス・ティレイラ3733

「へぇ、すごい詳しく書かれてる……! よっぽど綺麗な鍾乳石なんだろうなぁ」
 雑誌を捲っていた少女の手が、不意に止まる。そこには、鍾乳石について専門に研究している者が書いたらしい鍾乳石についての記録がまとめられていた。
 文章から想像を膨らませ、彼女は目を輝かせる。そして雑誌の最後の方に書かれていた、次に探索に行く予定の鍾乳洞の名前を見てハッとした。
 通称、人食い鍾乳洞。少女、ファルス・ティレイラ(3733)が、その鍾乳洞に関する噂を小耳に挟んだのはつい先日の事だった。
 山奥にあるその鍾乳洞は、迷い込んだ者を食らってしまうらしい。
 だからこそ、その鍾乳洞には誰も見た事がない美しいお宝が眠っているのではないか? とティレイラは思う。好奇心旺盛な彼女は、噂を聞いて以来その鍾乳洞の事が少し気になっていたのだった。
 思い立ったが吉日、早速ティレイラはその鍾乳洞へと向かう事にする。
「人を食べるっていう噂は怖いけど、私ならきっと大丈夫だよね。だって――」
 会計を済ませ店を出た後、ティレイラは背に翼を展開し空を飛び始めた。
 朗らかでどこかのんきな笑顔を浮かべた彼女は、何も根拠もなくそう思っているわけではない。
 空を飛ぶ彼女の身体は、いつの間にか本来の姿――竜のそれへと変わっていた。
「私みたいに大きな竜は、鍾乳洞でも飲み込みきれないでしょ〜!」
 立派な角と尻尾、そして自由に空を飛ぶ事を可能とする翼。威厳あふれる巨大な体躯を誇るように、上機嫌な様子でティレイラは呟く。
 彼女は、竜族なのだ。人食い鍾乳洞でも、さすがに竜を食べる事は出来まい。
 それに、嫌な予感を察知する事には長けている。もしもの時は、翼を広げて逃げてしまえば良い。
「鍾乳洞の奥にはどんなお宝があるんだろう? 雑誌に載っていた鍾乳石よりも、凄い鍾乳石があるのかもしれないよねっ! 楽しみだなぁ!」
 ……ティレイラの期待が、最悪な形でぶち壊されてしまうのは、この少し後だ。
 人食い鍾乳洞は彼女の予想を裏切り、竜すらも食べてしまえる程に厄介な代物だったのである。

 ◆

 どこか遠くから、水音が響く。その者が鍾乳洞へと足を踏み入れたのは、全てが終わった後だった。
 人を食うという恐ろしい噂が嘘のように、鍾乳洞の中は不気味なほどに穏やかな空気に満ちていた。
 やがて、辿り着いた少し開けた場所で、その人物は背を震わせ悲鳴をあげた。それは、感動の震えであり、歓喜の悲鳴だ。
 そこでその者を出迎えたのは、変わり果てた姿のティレイラだった。正確には、ティレイラだったはずのもの、だ。
 今のティレイラは、声をあげる事も自分の意思で満足に動く事も出来ない。封印の魔法のこもった水を全身に浴び、全身が鍾乳石と化してしまったからだ。
 その姿の美しさにひと目で心を奪われた研究家は、慌ててティレイラへと駆け寄る。そして、急いだ様子で荷物の中からメモを取り出した。
 少しでも多くの情報を、この感動を、美しさを、記さなければ気が済まなかった。
 頭部には、逆さに氷柱が垂れているかのように立派な角がはえている。そこから続く顔は、マズルの先端や顎下までもむろん鍾乳石になっており、口はその事実に絶望し慟哭しているかのように大きく開かれていた。
 普段の赤みを失い無機質な色に染まってしまった口内まで覗き込まれ、そこから伸びる鋭く長い牙の質感を記録されてしまう。
 もがくように伸ばされた腕や、その腕の先にある牙に負けず劣らず長く鋭い爪についても、研究家は丁寧に記していく。躍動感のあるポーズは臨場感に溢れており、今にも動き出してもおかしくないように思えた。
 ティレイラにとって自慢に違いない竜の翼や尻尾も無遠慮に触られ、その先まで余す事なく感触を確かめられ、文字にされていってしまう。
 竜のような特徴について一通り書き記した後、今度は鍾乳石としての評価をペンは綴り始めた。
 その色、透明度、質感、温度、長さ……全てを事細かにチェックされ、その合間に抵抗すら叶わないティレイラの身体は何度か軽く叩かれもしてしまう。鍾乳洞内へと響いた音は、中が空洞ではない事を研究家へと律儀に教えた。
 まるで、本当の竜をそのまま鍾乳石へと変えてしまったかのようだ、と研究家は興奮した様子で殴り書く。
 まさにその通りなのだが、鍾乳石に詳しいからこそ研究家がその事実に気付く事はないであろう。こんなにも巨大で、いくつもの氷柱を垂らした鍾乳石は、本来なら膨大な年月を経て作られるはずだからだ。
 ティレイラから垂れている鍾乳石の氷柱は、部位によっては地面に届くほど成長しており、その一本一本を詳細に記録に残しておきたいと思う程に立派だった。
 これほどの鍾乳石は、それを専門に研究している者であってもそうそうお目にかかれるものではないに違いなかった。

 ◆

『特集、竜石の眠る鍾乳洞!

 鍾乳洞の奥に眠っていた、巨大な鍾乳石についての記録。
 全体的に竜のような形の鍾乳石からは、数多の氷柱石が垂れ下がっていた。
 頭部に似た箇所には、角のような形の鍾乳石が生えている。
 観光地の鍾乳石としては、大きさ、形、質感、どれをとっても最高の造形物といえる。
 全長は――。角のような箇所の長さは――』

 数日後、世間は件の鍾乳洞の噂でもちきりだった。
 しかし、人食い鍾乳洞という通称はもう使われてはいない。
 それ以上に人々の興味を引く噂が、とある雑誌に載せられた鍾乳石について詳細にまとめられた記事の影響で各地に広まっているからだ。
 寂れていたはずの鍾乳洞は、今では立派な観光地として人気を博しており連日人々の笑顔で溢れている。
 人食い鍾乳洞は、もう人を喰らう事はない。
 その代わり、捕らえたこの獲物を逃す気もないのか、ティレイラにかけられた身体を鍾乳石にするという呪いが解ける気配はなかった。
 だから、今もなお、竜は鍾乳洞の一部としてそこへと佇んでいる。
 観光客で賑わう鍾乳洞の奥。自由を奪われ涙すら流せないティレイラの身体へと、人々の好奇の視線は無慈悲に突き刺さるのであった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもご依頼ありがとうございます。ライターのしまだです。
変わり果てた姿を記録されてしまうティレイラさん、今回はこのような感じのお話になりましたがいかがでしたでしょうか。
ティレイラさん自身の出番をこちらの裁量で少し増やしてしまいましたが、もしお気に召さない場合はお申し付けください。他にも何か問題等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました! またお気が向いた際は、いつでもお声がけくださいね……!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月28日

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