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『不意に訪れる不運と幸運』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「えっ、倉庫内の運搬のお手伝いもですか? はい、いいですよっ!」
 普段、ファルス・ティレイラ(3733)は本性の一部である翼を具現化し空を飛んだり、或いは炎系の魔法と同様、数少ない得意とする能力の一つに数えられる空間転移を活かした配達屋として、生計を立てる場合が多い。勿論世間一般的には竜族が街中を自由に闊歩しているわけもなく、人型でも飛べばコスプレで誤魔化すのは非常に難しいものだ。その為空間転移を使用し物を運ぶのが主だ。時間経過がない、また転ぶなどして品を壊してしまう心配もないのが利点。とはいえ乱発は不可能という、唯一最大の欠点もあった。今も空間転移能力を駆使してやってきたが、更に追加で倉庫内の所定の場所に今さっき運んできた荷物を置くことも頼まれてしまった状況だ。長距離移動によって消耗度が激しい中額を伝う汗を拭いながら笑顔で安請け合いしたティレイラだったが、足元に置いた荷物を見下ろし愕然となった。本性に戻り運んできた為気付かなかったが、一つ一つの容器が大きいのだ。ティレイラは試しに一つの樽の前に立つと、姿勢を低くし抱きかかえるようにしてそれを掴んで、思い切り踏ん張りつつどうにか持ち上げようとした。しかし魔力の消耗に体力的な疲労が上乗せされただけだった。肩で息をしては汗を拭く。依頼主はその様子を見て大凡の状況を理解して、広いから大丈夫ですよと暗に竜の姿に戻っての運搬を依頼される。おそらくはこの容器に入っているのも魔法の品と予想されるので従業員全員が知っているだろう。幸いここは外からは見えないのと、天井も確かに高そうな気配があるのでティレイラはまた、
「分かりましたっ!」
 と元気よく返事をした。笑顔で頑張ってくださいと返されれば、疲れていようがやる気が上がるというもの。持ち前の元気を取り戻しティレイラは足元の樽を万が一にも転がさないようにと下がってから竜の姿へと変身した。その後見下ろすと普段運んでいる小物類と同じくらいのサイズ感に見える。これなら大丈夫だと一樽軽々と掴んで倉庫の中に足を踏み入れた。流石のティレイラも慎重を期さずにはいられず、きょろきょろと形容するには非常に厳しい仕草で辺りを見回すと、指示された倉庫の奥まった場所に案外繊細な足取りで進んだ。何に使われているのか興味津々になったが、誘惑を振り払うと棚に並べて引き返す。そうして無理なく持ち運べる範囲で行き来を繰り返した。
「これで最後かな?」
 と独り言を口にしつつ残り数個の容器を両腕で抱えた。ティレイラが歩く度に中にぎっしりと入った液体がちゃぷちゃぷと音を立てる。運び終えたら家でゆっくり休むのもいいが、魔法の師匠でもある彼女に会いたくなった。目利きは骨董品に発揮されるものの筈だが、彼女が用意するお菓子は和洋どちらも頬が蕩ける程美味しく、ティレイラは毎回夢中になっては、困った子ねとでも言うように小さく笑みを零す、そんな彼女を見てますます幸せな気持ちになるのだった。
 そう妄想に耽っていたからだろうか。ティレイラは進行方向に誰か部外者がいるのに少し遅れて気が付いた。何やらこそこそと如何にも泥棒だと自己紹介するような挙動不審っぷりである。先程ティレイラが頑張って運んできた容器を男が二人掛かりで抱えるのを見て、近付きながら恐る恐る声を掛けた。
「あの……どちら様ですか?」
 そう言うと彼らは振り返り、そしてその場で大きく仰け反った。化け物という声を聞いてティレイラは自分が竜の姿だったのに気付く。驚いた拍子に若い男たちが持っていた容器が落下し、その衝撃で栓が開き中身である大量の液体が零れた。それは徐々に床に広がっていって、ティレイラの足元に届く。途端にまるで縫い止められたように片方の足が動かなくなり心臓が跳ねた。
「あっ、あれ!?」
 前に進もうにも二進も三進もいかず、人型に戻れば或いはとも思ったが、石造りの冷たい床に張り付いたほうの足がどうなるのか想像するだに恐ろしい。それでも十中八九泥棒だろう彼らを見過ごすわけにはいかず、片足がどうにかならないようにと祈りつつ、ティレイラは腕を伸ばす。ひぃっと喉奥から絞り出したような悲鳴が聞こえて、逃亡しようとした男の一人が激しく背を打ち付けた。棚は持ち運び易さを重視したのか硝子戸は付いておらず、中の容器が剥き出しになっている。壁にくっついているので全体的に大きく動くようなことはなかったが、男の肘が当たったらしく、真後ろの樽がぐらついたのが分かった。
「――だめっ!!」
 咄嗟に叫んで、どうせこの姿は見られているのだからと開き直って、ティレイラは棚周辺の空間を制御、今すぐに倒れそうな容器を空間に固定すればいいと魔力を解き放った。しかし目先の出来事に囚われた為にここまで運ぶ最中に魔力の大半を消費していたことが頭からすっぽ抜けていたのだ。折角運んできた容器を無駄にはしたくないと願う意志が無意識にセーブをかける筈の魔力の底にまで及び、火山が噴火するように吐き出した結果、かえって大きく棚を揺さぶる。激しく鳴動し――そこに並ぶ容器も揺れて均衡を崩し転がり落ちていった。ティレイラもまた体勢を崩し、元からべったりとついていた片腕が肘まで床に張り付く。
「えっ!?」
 意図とは裏腹の結果にティレイラは理解が追いつかず驚きの声をあげる。自身の頭よりも高い位置の容器が傾き、しかも何故か栓は空いていた。上を仰ぐティレイラの眼前で液体が扇状に広がり、視界が白一色に染まる。開いたままの口、見開いた瞳、立派な角とエラ――あっという間に感覚が失せて、ティレイラはようやく自分が置かれている状況を知り、そして恐慌状態に陥った。頭と腕はもう一ミリも動かせなかったのだが両翼や下半身はそれなりに動いた。必死にもがくと尻尾が棚に当たって踏み留まっていた容器も続々と落ちてはティレイラの肉体に降り注ぐ。やがて、呆然と腰を抜かす侵入者の元に従業員が駆け付け――そのときにはティレイラは完全に固まってしまっていたのだった。

 ◆◇◆

 唐突に助けてくださいと半泣きで助けを求める声が届いて、シリューナ・リュクテイア(3785)は思わず首を傾げた。それは魔法系の素材や道具を卸している店で馴染みではあったが、こちらから商品を売ることはなく、心当たりが全くない。酷く混乱した様子の相手を彼女は宥め透かすと、何とかして経緯を聞き取った。成る程それでは助けてと懇願する筈だ。頭が痛くなるも、迂闊な動きがあったとはいえ本人なりに頑張ったことは想像に難くはない。向こう側もティレイラを責める言動は一切なく、逆にこちらの事情に巻き込んだとその結果を受けて恐縮しきりである。シリューナは電話では伝わらないと承知の上で微笑んで、
「気にしなくても平気よ。私も今から行くからどの倉庫か場所を教えてもらえる?」
 と訊けば、気の毒に思うその気持ちが伝わったようで、相手は明らかに安心したように息をついた。場所を確認するとシリューナは急ぎ空間転移の魔法を唱えて、瞬く間に倉庫に到着した。突然現れた外部の人間にその場にいた男性は反射的に驚きはしたものの事情は予め伝わっていたのだろう、名前を確認して、すぐにティレイラがいる筈の場所に案内してくれる。
 そうして歩くと巨大な存在が作り出す影にシリューナの全身が覆われる。見れば、少し低いくらいの目線の高さにティレイラである筈の物が姿を現した。訝しげに男性に声を掛けられ、そこでようやく、シリューナはぼうっとして見ていると気付き我に返った。というか自分が足を止めたことすら覚えがない。男性は弟子の変わり果てた姿に呆然としているのだと解釈し気遣いの声をあげたが、大きな間違いである。
「何でもないわ。後は私に任せて、仕事に戻ってくれて構わないわよ。時間は……そう、ね。一時間……いえ、三時間もすれば、元に戻せると思うわ。その間は迷惑を掛けるけれど、宜しくお願いね」
 シリューナがそう言えば彼は何の疑問も持たず了承し、会釈をしてこの場を立ち去っていった。足音が聞こえている間はじっと立ち尽くしていたが、人の気配が辺りからなくなったと確認すると改めて、彼女の姿を凝視した。シリューナも購入しては使う、その液体は通称・魔法の接着液と呼ばれる魔道具で、文字通り瞬間接着剤のような役割を果たす。但し瞬間接着剤とは違う点があり、使用する際に使う者が魔力を込めればまるで鍵のような扱いが出来る。果たして今回の件はどうだろうか。聞く限り完全に事故だが、それならただ液状に広がるだけだった筈だ。だが反応し、ティレイラはこの姿になった。捕縛された男たちは悪戯をする目的でこの倉庫に侵入し彼女と鉢合わせたわけだが、しかし、大量の瞬間接着剤があると聞いてきただけで魔法について碌に知らなかったらしい。彼らが魔力を扱える筈がないので、となれば原因はティレイラ自身の魔力に他ならなかった。本人が解除出来ないから、扱いに長けている従業員たちも今回はシリューナに何とかしてもらおうと連絡してきたということらしい。ただ解放よりも先に――。思い付いた唇が緩やかに曲線を描いた。
「少しくらいは楽しんでもバチは当たらないわよね」
 検分し作業に掛かる時間を大体算段した後に、多めに見積もり直した三時間から差し引き、どの程度このイレギュラーに起きた幸運を楽しめるか考えた。そこでシリューナのスイッチは師匠や取引相手として見せるものから個人的な――趣味に耽る姿勢に入る。すると人前では自制が掛かった感想がするりと零れ出た。
「あらあら……これはこれは素晴らしいオブジェみたい」
 例えば美術館に飾られていたとしても何の違和感もないような。悪戯する前の子供のように期待と背徳感が綯い交ぜになった先程の声音と違い、楽しげな声で言いながら、シリューナはティレイラに手を伸ばす。全身がカチカチに凝固し、また本来なら全身が紫色であるのだが、斑ら一つない白に染めあげられていた。但し大量に液体を被ったのが災いして、恐らく固まる端から更に上に掛かったのだろう、水を浴びている最中のように浴びた液体が皮膚の表面に浮かんでいる。その全身を覆う魔力は彼女を淡く、エメラルドグリーンに光らせ、見る向きを変えると輝く不思議な光沢をその表面に浮かび上がらせていた。
「まずはマズルから……」
 と言って早速触れれば、まさに瞬間接着剤が固まったときと同じでツルツルと滑らかな感触だった。鼻の僅かな凹凸も寸分の違いなどなく残されている。鼻の先を手のひらで包むようにしていたシリューナはそのまま表面をなぞりつつ手首を捻り口元を撫でた。何か言おうとしたか、もしくは叫びでもしたか――大きく開かれた口には小さめの歯が規則的に並んでいるが、一部接着液が垂れて、一際長い牙は完全に繋がってしまっている。もし手作業で取り除けと言われたなら、相当骨が折れそうだ。
 次に頭を抱き込むようにして首の様子を確かめる。もしももっと位置が高ければ背中を預けるのに丁度いいなだらかな下降曲線を描いていて姿勢を低くしているのは上から降り注ぐ液体に咄嗟に反応してのことだろうか。シリューナの身体の脇には左腕があり、何かを止めようとしているように中空に浮いていた。鋭い爪も接着液に塗れていて、先端に触れても単に突起物に触れた程度の痛みしかない。
 翼も両方とも変に身体に張り付いてしまっていると分かる。もしも痛みを感じるなら相当な苦痛を伴っていただろう。右の翼などは本来なら天辺の部分が足元の水溜まり状になっている床面に綺麗に繋がっている始末である。左の翼も背中に殆どくっついたような形で、尻尾の先も後ろ足の付け根に一部が接触してと、どこを見ても大凡人工物では有り得ない造形をしていて、それがまた見る目を楽しませてくれた。
 シリューナがいつもしているお仕置き製の石像と違い、あちこち観察していてもまるで飽きず、見る見るうちにも時間は過ぎ去っていった。これ程面白いオブジェは狙って出来るものではない。虜になっているシリューナの瞳はうっとりと細められた。
「ああ……なんて素敵なのかしら」
 ティレイラを元に戻し帰るまでの間、目一杯楽しもうとシリューナは何度も手を伸ばしては触れる。至福のひと時は瞬く間に過ぎていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回は本性のティレイラさんを鑑賞し楽しんでいる
シリューナさんを書こうと意識しながら筆を進めました。
彼女が固まった経緯をシリューナさんが知らないことを
活かして想像を膨らませるシーンなども書いてましたが
文字数の都合で泣く泣くカットする羽目になり無念です。
ティレイラさんが接着されるまでの過程も何かこう色々
コミカルな感じにしたかったんですがどうにも力及ばず、
毎回のように怖がらせてしまうティレイラさんに脳内で
美味しい食べ物を奢っている今日この頃だったりもして。
今回も本当にありがとうございました!
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東京怪談
2020年07月29日

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