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『ハッピーエンド』
LUCKla3613

「俺に演技というものを測れる耳目はないが、情勢が不穏だからこそ明るい未来を願う時流については理解できる。……つまりはだ。いい結末だった」
 LUCK(la3613)はスプリングのへたった名画座の椅子から立ち上がり――予備動作も重心移動もなくだ――手を伸べた。
「この世界も不穏ですしね。まあ、マイナス要素がたくさんだからこそハッピーエンドは輝くってもんです」
 口の端を歪めて応えるのは日本的な顔立ちの地味な女で、彼女が地味であることにLUCKは安堵する。
 なにせ女は人類ではないどころか、仇敵ナイトメアなのだから。
 イシュキミリ(lz0104)を名乗るこのエルゴマンサーは、鉱石を依代として顕現する正体不明の存在である。
 無論LUCKとてなにを知っているわけでもないのだが、どうにも奇縁というものを感じていて、頻繁に町をぶらついているイシュキミリともよく会っていた。
「それにしても毎度毎度、よく見つけますよね」
 そう、会っているというのは正しくない。人を摸して街へ出た彼女を、LUCKがかならず発見するだけのことで。
 イシュキミリは彼を避けるべくあれこれ方策を試してきたものだが、しかし。
 隠れようとすれば超反応で察知され。
 逃げ出せば超加速で追いかけられて、
 周囲の人々の気を引かぬよう邪魔しても全回避。
『こんなところで会うとは奇遇だな』
 最後には捕まって観念させられるのだった。

「追跡は獲物の性(さが)を知ることから始まる。そしてそれができれば、あとはいくらか網を張っておくだけで足りるものだ」
「え!? 網ってどこに――」
 詰め寄ってきたイシュキミリをふわりとかわし、LUCKは薄笑みを向けた。
「しかけのタネを明かして逃げられるわけにいかんだろう」
 しれっと言い切る彼に、イシュキミリはげんなりかぶりを振って、
「うちが人類だったら訴えてるとこですよ」
「なら、SALFの法務部を悩ませることにはならんな。俺が追うのはおまえだけだ」
 まっすぐ視線を向けられたイシュキミリはもちろん、周囲の人々も一斉に思ったものだ。
 この男、やばい!
 と、LUCKはようやく周囲からの視線に気がついて、わずかに眉を困らせ告げた。
「騒がしくしてすまない。確かに見た目は怪しいが、俺はライセンサーだ。いや、この女もけして怪しいものでは」
「その言い訳すっごい怪しいんでやめときましょうか。あなたはただでさえ目立つんですから」
 依代の面はさすがに血色まで変えたりはしないが、これ以上ないほど苦々しく歪んでいて、LUCKは思わず自分の顔に触れてみる。
「すまない。俺の見目の問題は次会うまでに技師へ相談、対処しておく。そこでだ、次はいつ街へ来る?」
「ラクさんて基本天然のくせに姑息な手ぇ使ってきますよねぇ」
「天然は性で、姑息は能だ。……俺のどこが天然だ?」
 イシュキミリは応えずに歩き出す。
 これ以上目立てば、通りすがりの適合者あたりに正体を見抜かれるかもしれない。
 そうでなくとも、当然の顔で後をついてくるLUCKの相変わらない整った面――もう少し言うなら貴族的な気品と冷めた鋭さとおっとりを併せ持つ御曹司顔――は、誘蛾灯さながらの力を持っているのだ。そればかりか、そんな男に地味女が追い回されているわけで。
 ……図らずも実現してしまった少女漫画的情景、それをうまく収めて撤収する術をイシュキミリは本気で思案して。
「そういえば眼鏡、顔に馴染んできましたね」
 話題を大きく変えたイシュキミリに、横へ並んだLUCKがうなずいた。
「ああ。眼鏡顔? というのか。そうならないようにと、技師が考えて作成してくれた。バイザーは街にそぐわんし、人目を引くからな」
 なにやら誇らしげに告げられて、イシュキミリはそっとかぶりを振る。この男は本気で目立っていないつもりだ。しかもそれをよくやったと褒めて欲しがっている。
「……ラクさんは姑息なだけじゃなくてド天然で困りますよ」
「いやだから、俺のどこに天然の要素がある?」
 何気ない会話をLUCKへしかけながら、イシュキミリは少しずつ人々から離れ、裏路地へ入った瞬間、脱兎。全速力で駆け出した。
「おまえの横に並べるだけの格が俺に備わっていれば、こんな手間をかけさせることもなかったんだが」
 普通にしゃべれるほど軽々とついてくるLUCKになにを言い返すこともせず、イシュキミリは密やかに絶望する。
 まったくもう。あなたが姑息なだけなら、こんな手間はいらなかったんですけどね。


 いつもの喫茶店のいつもの席へ収まり、ほっと息をついたのは、目立っていたLUCKならぬ目立たなかったイシュキミリである。
「ほんと、酷い目に合いましたよ……」
 彼女と共に深煎りのベロニカで淹れたアイスコーヒーを味わうLUCKは苦い表情を傾げ、ぽつり。
「本当に顔を変えるべきかもしれんな」
「ん、誰かに追われてたりします? ただの経験則ですけど、顔変えて逃げられたことないんでオススメしませんよ」
 イシュキミリの心からの忠告へ真摯に否と返し、LUCKは言葉を継ぐ。
「追われてはいない。逆に俺が追い詰めている。以前、新人ライセンサーが俺を見るなり悲鳴をあげて逃げ出したことがあってな」
 確かにLUCKは雰囲気が固く、取っつきは悪いだろう、ただし自覚できていないにせよ、造形はけして悪くない。それこそ“あいかわらず”にだ。
「ま、その人が逃げた理由はわかりませんけど」
 イシュキミリは一拍置いて人差し指をLUCKの胸の中心へと突きつけた。
「顔とキャラ棄てて“もっといいラクさん”に成り仰せたとしてですよ、一生その新しいラクさん演じきれる自信あります?」
「……そこまで考えていなかった」
 素直に応えたLUCKは続けて、
「だが、そういうことなんだな。俺は自分の体が造りものだからと、軽く考えていた」
 記憶がないためしかとは言えぬが、生身を棄ててなお成り仰せたいものがあったからこそ、LUCKは機械の体を得たはずなのだ。ならば彼はこれ以上変わる必要はないし、変わってはならない。この黒と緑で色づけられたLUCKのまま、演じたい自分を――なりたい自分を見出さなければ。
「いや。考えるまでもなく、俺がなりたい俺なんてものは決まっているんだがな」
「それ、言うと叶わなくなるやつなんで言わないでくださいね」
 あえて冷たく突き放し、イシュキミリは小首を傾げて、
「ラクさんは言葉足りないとこ多々ありますから、新人さんとはちゃんと対話すればいいですよ。当たりの固さは、とりあえず笑ってみるとかいいですよね! 第一印象ってほんと、大事ですから。あ、眼鏡はちゃんと似合ってるんで自信持ってどうぞ。天然は……天然ですからねぇ。あ、でも相手の話にちゃんと受け答えするようにしたら」
「そうか。眼鏡が合っていて安心した」
「え!? 前半とか最後とかじゃなくて、いちばんさらっと流したとこわざわざピックアップします!? それ天然じゃなくて狙ってません!?」
「何度も訊いているが、俺のどこが天然だ?」
 噛み合わない会話が続く中、LUCKは思う。
 どうやらマイナス要素を多々抱える俺だが、だからこそ輝くハッピーエンドとやらを目ざしてやるさ。そこにはきっと……いてくれるんだろうからな。


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2020年07月29日

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