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『その感情は恋人の特権』
吉良川 奏la0244)&吉良川 鳴la0075

 駅を出て歩道を歩けば、どこからともなく蝉の鳴き声が響いてくる。ふと吉良川 鳴(la0075)の脳裏には空にもくもくと入道雲が湧き立つ中、現在隣にいる水無瀬 奏(la0244)を背に自転車を二人乗りしている姿が思い浮かんだ。だがすぐにバスの停留所に行って、それに揺られある場所に向かう途中であり、見えるのもまた田舎ののどかな風景には程遠い都会のものだ。本当なら鳴の妹分と奏の兄含む四人で出掛けたときのように遠出をするのも悪くなかったのだが、そこは無類のペンギン好きの奏のこと。優勝賞品につられて行き先が決まったのだった。しかし肝心の何に参加し優勝すればいいのかについては、
「あれ……? 何だったっけ、忘れちゃったよ! でも私なら絶対勝てるから大丈夫!」
 と元気よく適当に返したのでどうにも不安は尽きない。自分たちは幼馴染なので今更なところではあるが奏は意外と大雑把な性格というか、思い込むと突っ走るタイプだ。けれど鳴もあまりよく聞いていなかった為、強くはいえないところである。ミキシング作業中に突然言ってきたのだからその点は許してほしいと経緯を話した際に大層ご立腹だった元カノの顔を思い浮かべながら、心の中で鳴はそう弁解し、考え事をしているせいで、いつの間にか歩くのが遅れて夏の炎天下でも元気一杯な奏に、鳴くん早くと急かされる。それにはいはいと応じ急ぎ足で進んだ。奏の背後に停留所が目に入る。その後、暫くして来たバスに乗り、後は行き先の名を冠した場所で降りればいいだろう。座席に腰掛けて、他愛ない話をしているうちにすぐ目的地に着く。
「はわ、こんなに大きい場所だとは思わなかったよ」
「うん、予想外にデカくて俺もびっくりしてる、よ」
 乗客の最後尾にいた為、後ろではバスが次の停留所へと向かい、前方には二人と同じく都会の熱波から逃れようと集まった人が吸い込まれるように中に入っていっている。鳴と奏が今日来たのは広大な敷地に様々な趣向を凝らしたプールやウォータースライダーなどが楽しめるウォーターパーク。今日そこで行なわれる何らかの催し物で奏はペンギングッズを手に入れると燃えている。
「よーし頑張るよ!」
 彼女の言葉を受け、鳴はいつもの調子で頑張れと言おうとした。だがそうするより先に奏は振り返ってその拍子に彼女の陽の光を浴び、紫がかって見えるポニーテールが美しく翻った。
「だから鳴くんも応援してね」
 笑顔を浮かべつつもその瞳には僅かな不安が顔を覗かせていた。我に返ってから自分が彼女に見惚れていたことに気付く。当然だが場所が違っていても顔が変わることはない筈なのに、眩しいくらいに燦々と輝く陽の下の彼女が一番活き活きして見えてとても可愛いと、そんなふうに思った。もしニヤケ面になっていたら流石に居た堪れないと鳴は奏の目の前まで行って、彼女の頭を撫でてやった。意地悪に掻き乱すのではなく、優しく――それが現在の鳴の精一杯だ。
「応援する、から……まぁ頑張れ」
「うんっ!」
 自分の言動一つで奏の気持ちは簡単に左右される。けれどやはり悲しませるよりも喜ばせるほうが鳴自身も嬉しくなるというもの。満面の笑顔に満足し、腕を下ろして鳴も笑った。そうして二人共に施設に入ると男女別の更衣室に向かうところで唐突にまた奏は不安そうな表情を浮かべ、こちらをじっと見てくる。分かれようと既に足を向けていた鳴は立ち止まり首を傾げた。
「ん? どうした?」
 そうなるべく安心させるように訊けば奏は無言で身体の前にある手をもう片方の手で摩る。それから口を開いた。
「これ、外さなきゃダメだよね?」
 と言い奏が見せたのは、右手の薬指に嵌めている指輪――銀梅花のペアリングだ。自身も指輪としては着けていないが今も黒い紐に通してペンダント代わりに首に掛けている。初夏に元カノに焚き付けられるように告白し恋人同士になった直後に合同結婚式が行なわれて賑わったエオニアのジューンブライド市場に二人で行き、購入したものだ。素材が劣化するかどうかは判らないが、しかしこの手の施設では着用禁止の場合が多いだろうと銀製のアクセサリーを好む鳴はそう記憶している。もしロッカーに入れておいて指輪が盗まれたらといつになく奏の思考は段々と悪い方向へと転がっていく。鳴は少し考えて、
「……それなら、俺が一旦預かっとく、よ。それで、鍵は手首に着けとくから、あるかだけ確認して。そうすれば一応安心、だろ?」
 それでも勿論失くす可能性はゼロではないのだが。もしそうなったら一蓮托生とは流石に言わない。しっかりと目を合わせてそう言えば奏はこくんと頷いた。大事そうに慈しむ目で指輪を抜き取り鳴が差し出した手のひらに、まるで命を預けるかのように慎重に置くと言う。
「うん。それなら絶対大丈夫だね。ありがとう、鳴くん」
 どういたしましてと返して内心、奏の笑顔が戻ったことに安堵した。先程までの暗い雰囲気はどこへやらと見送りか何かをするように大きく手を振って女子更衣室に入っていく奏を見送る。彼女の背が消えたのを確かめ、鳴も男子更衣室へと向かった。思ったよりも責任重大に思えて奏の指輪を大事に大事に持ちつつ。

 着替え終わった後、無事に二つの指輪をロッカーに入れたと確認して鳴は待ち合わせたロビーに向かう。一応調べたところ人に接触した際に引っ掛かったり、落ちて誰かが踏む可能性があるのが良くないという話なので、ヘアピン含むアクセサリー類は全て預けた。鳴からすると身に着けているほうが当たり前なので違和感が凄まじい。着替えは女性のほうが大変な筈だが指輪の扱いに気を遣ったせいか奏もすぐに合流した。
 海を彷彿とさせるエメラルドグリーンのビキニには全体的にフリルがあしらわれていて可愛らしい印象だ。涼しげかつ爽やかな色合いと健康的な雰囲気が彼女によくマッチしている。ショート系のパレオも単色ながらリボンで飾られていてまだ未成年だが子供っぽくはないという微妙な歳の頃の奏にぴったりだ。一度目が合うもすぐ逸らされ、ぎこちなく歩み寄ってくると後ろ手にもじもじして、それから上目遣いに見つめられる。今度は訊かれる前に声が出た。
「よく、似合ってる、な」
 そう言えば奏は擽ったそうに笑って、嬉しいよと言う。この笑顔が見れただけでもここに来た甲斐があった、なんて現金なことを考え、そんな自分に照れて頬を掻く。関係が変わるだけで今までも言っていた筈の言葉の意味が変わる。今日という日はまだ始まったばかりだ。

 ◆◇◆

「水着美女コンテスト……?」
 シンプルな名称にだろうか、パンフレットで概要を確認した鳴が顰めっ面になる。彼の横から覗き込むようにして見て奏も思い出した。すぐペンギンの文字に視線を引き寄せられた為、一度は認識したものの簡単に忘れてしまったのが実情だ。まだ少し難しい顔をしている鳴は置いておいて、開始は先だが一先ずエントリーを済ませる。参加の証を髪ゴムのように手首に巻き付ければ、ロッカーの鍵を同じような感じで着けている鳴とお揃いみたいで擽ったい。
「何か、妙に上機嫌、だな?」
「えへへっ。内緒!」
 それよりも開始まで普通にプールを楽しもうと鳴の腕を引っ張っていく。流れるプールで他の人とぶつからないようにだけ気を付けて浮き輪を被りゆらゆらと泳ぎながら笑い合い、鳴を誘ったら煽られた為飛び込み台の高さを競ったりもして――長いのが売りというウォータースライダーには二人で一緒に乗った。少し横幅が広いので恋人同士なら手を繋ぐのも普通らしいと、スタッフの女性はそう話していた。しかしそんなにあからさまにいちゃついたりはしていなかった筈だが、何故判ったのか疑問に思いつつも――バランスを取るのが難しいかと思いきや案外そうでもなく、ただ水の冷たさと一気に下る感覚が気持ちよかった。その中で強く繋いだ手の温かみが記憶に残っている。呼び名を元に戻してから昔みたいな感覚で、いやそれ以上に距離が縮まったと思う。そして、確かに抱いているのに宙に浮いていた想いに明確な名がつき、関係が変わって――毎回ではないにしても、真横を歩けば手を繋ぐし、人目がないのなら時折キスもする。ふとした瞬間幸せを実感した。
 気付けばそれなりに満喫し、フードコートで軽食まで味わったところでようやくコンテストの開始時刻になった。思ったよりは閑散とした雰囲気にあの賞品でも欲しくないのかと奏は心底不思議に思う。ビキニの紐の部分に登録番号の書かれたクリップを挟み、壇上に向かおうとした矢先に不意に呼び止められた。
「まぁ、頑張ってな」
 先程までとても楽しそうに笑っていたのにまた神妙な顔つきになり、鳴はそう言った。眉を顰めた、その何ともいえない表情は嫌がっているようにも思えるし言葉通り応援しているようにも思える。ぐっと親指を立てて笑ってみせると鳴に背を向けて歩き出す。賞品の確保は勿論のこと、
(鳴くんにいいところ見せたいな)
 とも思う。何だかんだで彼が一番アイドルを目指して邁進する姿を見ている筈なのだ。このコンテストならば成果を発揮出来るに違いない。
 いつもはショーか何か行なわれているのだろう舞台は広く、客席は年若い男性を中心とした多くの見物客で賑わっている。コンテストの開始を司会者が告げると一斉に盛り上がり始め奏も客席に向かって大きく手を振ってみせた。歓声が一際大きく響いてくる。視線は当然のように鳴の姿を探し、直に彼に気が付いた。何故なら奏だけを一心に見つめていたから――奏の頬は瞬く間に赤く色付いた。自己紹介する番が回ってきたと気付いたのは司会者に二、三度指摘された後だ。慌てて笑みを浮かべると、
「七番、水無瀬奏です! 私はペンギンが大好きなので参加しました。精一杯アピールするので、どうぞよろしくお願いしますね!」
 母のようなアイドルを目指していることや歌が好きでリズムゲームを得意とすることなど、もっと話せばよかったと、既に言い切った後になって思ったがそこは挽回出来るだろう。実際にこの手のコンテストによくありがちな趣味特技を披露する一連の流れの順番が回ってきて、色々と考えるもこの場で出来ることといえば多分これしかないと思い至る。
「では私は歌とダンスをしますね。あ、音楽は大丈夫です! アカペラでもいけますから!」
 そもそもとして曲名を覚えていないのだ。目を閉じて一度深呼吸をしてから目と唇を開く。翡翠色の瞳が自分を見ている――それはいちいち確認せずとも感じ取れた。そうして口ずさんだのはアップテンポのメロディだ。名前は知らない、けれど知っている曲。それはこの前鳴が歌っていたからに他ならない。最近はよく彼のミキシングしたものを聴くだけではなく、二人の声を合わせて作るのを真横で見ているのが多かった。それは男声と女声の差を確かめるものだが――理由はどうあれ幸せなので問題ない。振り付けは即興。しかしいい出来だと思う。
 そうして一曲披露し終わる頃には拍手喝采が奏を出迎えた。全身が湿る程度の汗を掻きながら、それでも奏の息は上がっていない。笑顔で応じるもすぐ鳴のことが気になった。彼は他の人に混じって拍手をしながらもやはり素直に喜んでいるとは思えない顔つきである。違和感の訳が判明したのはその後も滞りもなくコンテストが進行していき、観客が投票した結果、無事奏が一位に輝き、非売品のペンギングッズを山盛りに手に入れたときのことだ。
「観客の皆さんもありがとうですよ!」
 笑みを浮かべそう締め括り――壇上を降りたその瞬間、奏は賞品を抱えている為か肩を引き寄せられた。相手は当然のことながら鳴だ。そのままいい時間を理由に外に連れ出されていった。彼はそれっきり何も言わない。奏は不安に駆られて訊く。
「ねぇ、鳴くん……怒ってるの?」
 その言葉に彼は立ち止まり振り返る。暫し逡巡してから鳴はこう返した。
「怒ってなんかない、よ。……なんかお前をじろじろ見てるような奴らが、ウザかっただけ、だから」
「……それって嫉妬してるって思っていいの?」
「ほら、帰るぞ」
 否定しないのが答えだと奏は知っていたから、不安も何もかも忘れて笑顔になり、グッズの箱を抱きかかえて鳴にぴたりと寄り添い歩いた。帰る頃には、二人の右手と胸元には再び銀梅花のペアリングが輝いている。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
関係の変化を比較する意味も込めてまた夏祭りのあれこれに
するかどうかちょっと悩みましたがギャラリーの奏ちゃんの
水着のイラストが凄く可愛かったのでレジャー施設での話に
しました。といってもそれらしい出来事を満喫するシーンは
ダイジェストになりましたが歌って踊る奏ちゃんと
注目を集めているのを見てもやっとする鳴くんが書きたくて。
微妙な形ではありますが、ペアリングの話題にも触れられて、
個人的には上手く流れを作れたかとほっとしている次第です。
遂に正式なお付き合いをとのことなので初々しくも
可愛い二人を意識して書いていました。
今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月30日

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