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『待ち受けるモノは』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&来生・億人(5850)

 月も隠れた夜の道を1台の車が走っていた。闇に包まれた空間を照らすのは、申し訳程度に設置されている街灯の頼りない光と、今走っている車のヘッドライトだけだ。
「……そりゃあこっちにぶん投げる訳だ」
 車の運転席でハンドルを握る来生・十四郎(0883)が独り言ちた。
「どうした」
 助手席に座る来生・一義(3179)が視線だけを十四郎に向け尋ねる。
「遠い。片道だけで結構かかってるぞ、たく……」
 面倒そうに溜息を吐く十四郎。バックミラーに目をやると、そこには後部座席でスナック菓子の袋を抱えたまま眠りこけている来生・億人(5850)の姿があった。そのことから遠さがよく分かるというものだ。
「あー……廃墟となったホテルだったか。心霊スポットだか何だかの」
「そうだ。『関東最怖の』、と噂の」
 確認するかのような十四郎の言葉に、自身が聞いた枕詞を正確に付け加える一義。
「その上『遠い』、な」
 とさらに付け加えるように言って、十四郎が大きなあくびをした。そも彼らが何故にそのような場所に向かっているかといえば、懇意にしている探偵から多忙で、下請けのような形で話が一義の所に持ち込まれたからだ。
 依頼内容は廃墟に住み着く怨霊退治。怨霊と聞き一義は思う所があった。思うに、他者に害を成し怨霊と化してしまったのであろうと。それゆえに成仏も出来ず苦しみ続ける存在と成り果ててしまったのだと。
 だとすれば、それは哀れではなかろうか。そのように考えた所に、一転俗な話ではあるが下請けとしては破格の報酬であったこともあり、一義としては依頼を引き受けるのはやぶさかでなかった。幽霊である自分は実体化を解けば済む話であるが、人は霞を食べて生きてはいけないのだ。現実と折り合いを付けるべき所は付けねばならぬ。
 そこで十四郎と億人に協力を要請し、今こうして十四郎の車で現地へ向かっているという訳だ。なお億人は最初は渋っていたが、対価としておやつ1ヶ月分を提示した所、どうにか契約成立した次第である。
「多忙なら、移動時間だけでもごっそり持ってかれるやつは、そりゃあ最初にぶん投げるよな」
 最初の話題に戻る十四郎。ここまで聞いて、一義も一つ合点がいった。あの報酬の高さは、引き受けさせる上での手段というやつだったのだと。


 やがて車は現地廃墟となったホテルの前に着いた。眠っていた億人を叩き起こし、車外へ出る三人。
「嫌やなあ……見るからに不気味やんか」
 眠い目を擦りながら、億人が溜息を吐いた。かつては立派な正面玄関であったろう場所は、ドアガラスなど影も形もない。ただ黒い空間への入口として綺麗にぽっかり口を開けているだけである。目を転じれば、窓ガラスのあった所にはガラスの代わりに立派な蜘蛛の巣が張っている始末。
 無言で玄関へと向かう一義。やれやれ、といった様子でペンライトの灯りを点け、その後をついていく十四郎。
「なあ! ……ほんまに入るんか?」
 後ろから二人を呼び、億人が尋ねた。
「当然だ」
 一義が振り返ることなく答える。それを聞いて、億人も仕方なくといった様子で二人に続く……恐る恐る、と。
「……ん?」
 玄関からロビーへ足を踏み入れ、十四郎は違和感を覚えた。その様子に気付いた一義が足を止め振り返る。が、十四郎としては何に違和感を覚えたのかが自分でも分からぬので、何とも答えようがない。
「で兄貴、どこへ向かうんだ?」
 違和感のことは一旦横に置き、十四郎は自分たちが目指す場所を一義へ尋ねた。
「ああ。霊が居ると噂となっているのは、地下のボイラー室で」
 と、一義が言った瞬間辺りに億人の悲鳴が響き渡った。
「ひああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
「どうした!?」
 背筋をピンと伸ばし目を白黒させている億人へと、十四郎が急いで駆け寄った。
「せっ、背中に何や入っ……た!?」
 背中側のシャツの裾を素早くパタパタとさせながら、億人がその場で回るように動く。すると、ぽとんと500円玉大の何かが中から落ちてきた。ペンライトの灯りを向け見てみれば、それは一匹の蜘蛛であった。
「人騒がせな」
「そない言われても……」
 一義の言葉に肩を竦める億人。その時、十四郎がハッとして言った。
「蜘蛛だ!」
「へっ!?」
 今度は十四郎の言葉に驚く億人。だが十四郎はそれを気にかけることなく言葉を続けた。
「……どうして玄関に蜘蛛の巣が張っていないんだ? ほんの片隅にでも、だ」
「何でって……昨日とか誰か入り込んだんちゃう? 心霊スポットなんやろ、ここ?」
 十四郎の疑問に対し、億人がそう答える。が、十四郎はそれを否定する。
「蜘蛛の巣は思っている以上に早く張る、と聞いたことがある。数時間、いやものによっては数十分でも出来るらしい」
「え。ほな、せやったら……」
「それほど時間が経ってない前に、何者かが入り込んでいる」
 億人が皆まで言う前に一義が先んじて言うと、十四郎が大きく頷いた。
「ただの肝試しにきた奴か、あるいは」
「我々以上に『招かれざる客』か」
 十四郎と一義はそう言い合って、何とは無しに周囲に目をやった。視界に入るのは、自分たち三人以外に誰もない。
「逆に『招かれた客』かもしらんけどな」
 他の二人に聞こえないくらいの小声で、億人がぼそりとつぶやいた。
「ともかく。地下だ」
 ふう、と息を吐いてから一義が言った。誰か他に居る居ないはさて置き、まず目指さねばならぬのは地下ボイラー室であるからして。


 廃墟となったホテルの地下は、さながら迷路のごとくなっていた。といっても怪しげな術がかけられたとか、そういうことではない。単純に増築に増築を繰り返し、繋がりが複雑になっているだけのことだ。
 ゲームコーナー、ボウリング場、パチンコにスナック、カラオケルーム等と、当時はどこも賑わっていたのだろう。それも今となっては昔の話だ。
 そのような入り組んだ場所であるので、三人もさぞかし迷うことにというようなことは幸いにもなかった。何故ならば、三人は蜘蛛の巣が張っていない場所に何度も出くわし、そこを通っていったからだ。それはつまり、先行している何者かもここを通っていたということなのだが、地下でそのようなことになっているのならば、目指しているのは恐らくボイラー室であろうと考えられる。何しろ、霊が居るのだと噂になっている場所なのだから。
 そして終着点、ボイラー室へと辿り着く。部屋の一番奥で出迎えたのは、薄汚れた衣服に身を包んだ男が一人。しっかりと目に入っているし、足もある。どう見ても生きている男だ。一義と十四郎が部屋の中へ足を踏み入れる。億人は怖さゆえか部屋の入口の陰に隠れ、外から中の様子を見守ることにした。
「ん? こいつ……まさか?」
 男の顔を見た十四郎が口を開き眉をひそめる。
「知ってるのか?」
「ああ。間違いなけりゃ、数週間前だかに凶悪犯罪起こして逃げてる奴だ」
 記憶の中の顔と、目の前の男の顔を脳内で照合させる十四郎。十中八九間違いないだろう。だが、どうも男の様子がおかしい。こちらに対し何か話しかけてくる訳でもなく、目の焦点も合っていない。そもそも、逃亡中に心霊スポットにわざわざ来るだろうか?
「……気を付けろ、何か妙だぞ」
 他の二人に向け警戒を呼びかける十四郎。
「憑かれている、か」
 十四郎の言葉を聞いて、一義がそう判断を下す。恐らくはこれ幸いとここに逃げ込んだら、怨霊に捕まってしまったのだろう。こちらに対し何も話しかけてこないことからして、男自身の意識はないと見るべきか。
(これは困った事態だ)
 普通に怨霊だけが相手ならば、一義も対処しようがある。だが男の存在が事態をややこしくする。今の怨霊は男、すなわち生者の肉体と精神力という『鎧』に包まれている。また、その『鎧』は怨霊の霊力によって強化されているという始末だ。ならばまずすべきことは、『鎧』を怨霊から引き剥がすことだった。
「十四郎」
 一義がそう言って、男に視線をやった。自身は格闘は不得手だが、弟ならば。
「あいつを何とかすりゃいいんだな?」
 察した十四郎はパンッと両手を目の前で組み合わせ、一旦力を入れてから勢いよく振り解く。そしてゆっくりと男の方へ歩み寄っていくと、先に仕掛けてきたのは男の方であった。どうやら隠し持っていたらしいナイフを手に、十四郎に襲いかかってきた。
 男が切り付けてくるのを避け、間合いを取り直す十四郎。これから何とかするにしても、男の持つナイフは邪魔であった。そこでまずナイフを奪うことに決めた。
 十四郎が一気に間合いを詰め男の懐に入り込み、ナイフを持つ手に食らいつく。そのままどうにかナイフを奪い取ろうとするが、何ということか、男は力を入れて壁目がけ勢いよく十四郎を振り解いたのだ。
「グァッ!!」
 壁に叩き付けられ、呻き声とともにその場で崩れ落ちる十四郎。衝撃で気絶してしまったのか、そのままピクリとも動かない。
「十四郎!」
 一義は駆け寄りながら弟の名を呼ぶと、自らの指輪を外した。一義の姿がふっ……と消え、次の瞬間すくっと立ち上がる十四郎。
「……やむを得ない、か」
 が、口から出た声や口調はいつもの十四郎とは何か違う。それもそのはず、今は一義が憑依していたのだから。十四郎が気絶してしまったがゆえの緊急措置だ。
 十四郎に憑依状態の一義は男に向き直る。幸いなことに男が手にしていたナイフは、十四郎を振り解いた拍子にどこかへ失われていた。
 これならば、と踏んだ一義は果敢に攻めていくことにした。一義自身は先述の通り格闘は不得手だが、十四郎の身体がやり方を覚えている。そこから引き出す形で男との戦いにあたっていた。
 男と組み合うと先程の十四郎のように壁なり床なり叩き付けられると考えた一義は、奥の手を使うことにした怨念等の不浄な念や霊的なもの一切を焼き払い浄化する、霊力の【炎】である。随所で【炎】を使うことにより組み合うことを徹底的に避け、少しずつ男へダメージを蓄積させていくことに専念したのだ。
 そして頃合いとみた一義は、男に対し全力のタックルを行なった。それまでにダメージの蓄積していた男はそれに耐えることが出来ず、勢いよく後方の壁へと吹き飛ばされる。男は壁に激しくぶつかり、反動でそのまま床に倒れ込んだ。そんな男の身体から、漆黒の靄のようなものが次々に吹き出してくる。その靄は次第に形作られ髑髏のように見えた。
「これが怨霊の本体か……!」
 一義は怨霊に向け【炎】を行使した。次の瞬間、怨霊は炎に包まれ数秒で炎が消え失せた。
「何っ!?」
 目を疑った一義は、再度怨霊に【炎】を行使する。けれども結果はほぼ同じ、炎が消えるまでの時間が気持ち長くなったか、という程度だった。ダメージを与えていないことはないようだが、それは長時間継続せず、一義の望む結果を出していないのは明らかだった。
(厄介な……!)
 一義は、目の前の怨霊が自身より明らかに強力だと判断した。除霊に何度となく耐えてきたか、周囲の雑多な霊などを取り込んできたのか、強力となった理由を今は考察している場合ではないが、現実として一義の【炎】が通じ難いのは確かだ。
 どうしたものかと頭をフル回転させる一義の背後、入口の方から声がかかった。
「兄さん!」
 それまでその場から動くことなく、一連の戦いの様子を見守っていた億人である。
「……逃げるんやったら手ぇ貸すで。契約の範疇や」
 だがその億人の提案に、一義は頭を振る。
(変に慈悲心出すから厄介なことになるんやで)
 そんなことを思いながら溜息を吐く億人。悪魔の身としては、一義の慈悲心というのは内心面白くなかった。おやつという契約がなければ、同行するのも遠慮したかった。が、その契約こそが来生兄弟にとっての悪運というやつであろうか。この状況を何とか出来そうな手段を、億人は持ち合わせていたのだから。
「おやつ2ヶ月分に増量するんやったら、何とか出来るかもしれへんで」
 億人が一義に契約の上書きを持ちかける。実に悪魔らしい行動である。
「どないする?」
 億人が意思を確認すると、一義はこくりと頷いた。それを見て億人が室内に飛び込んでくる。
「よっしゃ!」
 そう言うと億人は自らの魔力を全開放した。空間が一瞬揺れ、次の瞬間怨霊の背後には虚無が口を開いていたここではない異なる空間へと繋がる穴が。
「あーっ! どこなといてまえ!!」
 億人は一声叫んで自らを奮い立たせると、怨霊を蹴り込むかのごとく穴へと押し込んだ。そして間髪入れず、穴を閉じる。ものの数秒の出来事だった。
「……2ヶ月分、絶対やで」
 一義の方へ振り返りニカッと笑うと、億人はそのまま床へ崩れ落ちた。魔力が一時的に尽きて気絶したのだ。
 室内はしんと静まり返っていた。一人立っている十四郎に憑依したままの一義は、これから待っている警察やら何やらへの説明等、数々の後処理のことを思って小さく溜息を吐くのだった……。


 さて翌日。
「くっ……」
 痛む身体を引きずって編集部に出社した十四郎は、自身の机に突っ伏していた。昨夜、意識が戻った時には一義に憑依されたまま無理矢理動かされ、気絶した億人を背負って車に戻る最中のことだった。それから後処理が何だかんだとあり、一義の憑依が解けたのは明け方頃だったろうか。で、休む暇もほぼなく出社したのだから、必要以上に身体が痛むのは当然のことだった。
 が、何も悪いことばかりではない。出社すると編集長より警察から凶悪犯逮捕への礼があったことを聞かされ、褒め言葉とともに今回の特ダネを記事にするよう指示を受けたのである。
「よっ……と」
 机から身体を起こす十四郎。そして記事をどのように構成するかを考え始める。普段記事のネタを探す身としては、今回のようなケースは予想外のボーナスである。
(これならまた手伝ってもいいか)
 そんなことも思いながら、十四郎は記事の構成を考え続ける。身体の痛みなど、どこかへ忘れてきたかのように。


【おしまい】





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ライターの高原恵です。発注どうもありがとうございました!
 そして、お気遣いありがとうございます。おかげさまで健康に過ごしております。
 まだまだ先の見えぬ世の中ではありますが、個人個人が出来ることをやって乗り越えていかねばと思っています。
 今回のお話を楽しんでいただければ幸いです。ではでは。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年07月31日

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