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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン3 第4話「病める時」』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)は鉢特摩を放ちながら、視界にいつもより多く入るヴァージル(lz0103)の腕が気になって仕方なかった。
 先日、潜入捜査で偽装夫婦を演じた二人、偽装夫婦であるので結構人前で(主にヴァージルが)べたべたしていたのだが……どうやら仕事が済んだ後もヴァージルの方はその距離感が今ひとつ抜けきっていないらしい。親しい人──相方と言う物ではなく、例えばもっと情で結ばれたような、友達とか恋人とかそう言う間柄(家族という間柄もあるのだけれど、典には全然思いつかない概念だった)──のように振る舞うことがある。典の前髪についたゴミを取るついでに耳掛けてやったりだとか、歩道を歩くときに後ろから自転車が来たのを知らせるついでに肩を抱き寄せるだとか。そう言う彼の振る舞いに、典は落ち着かないでいる。

 そして、その注意散漫が戦闘中にも出た。この日は、庭園にナイトメアが出現したと言う事で討伐に来ている。平屋の屋内施設に一体入り込んでしまったと言う事で、典とヴァージルが追った。建物から引きずり出そうとして、池を背にした縁側に誘い出す。
 そして、典にしては非常に珍しいことだが、防御の為に傘を開こうとする動きがワンテンポ遅れた。
「あぶねっ!」
 ヴァージルがアリーガードで割り込むが、こちらも慌てていたのが裏目に出たのだろう。二人は足を滑らせる。縁側から転がり落ちて、そのまま池にホールインワン。水しぶきが上がる。音に他のライセンサーが大丈夫か、と問うのがインカムから聞こえた。
 その後、同行ライセンサーの助力もあって討伐は完了したが、典は風邪を引いた。鯉に餌をくれとばかりにめちゃくちゃたかられたヴァージルはしばらく魚が嫌いになった。鯉の口先があんなに伸びるなんて知らなかった。
『ちゅうわけで……休ませてもらうわ……』
「ああ。お大事に」
 同じ目に遭ったのにピンピンしているヴァージルは、電話を切ると、依頼検索画面を閉じて本部を出た。


 ヴァージルに連絡を入れると、典はベッドに潜り込んだ。少し眠ることにしよう。
 うとうとして、脳裏に流れるとりとめのないビジョンをやり過ごしていると、チャイムが鳴った。誰だろう。荷物も頼んでいないし、来客の予定もない。
(もう……誰や人が寝込んでるときに……)
 普段の典ならそう言うことはないのだが、身体の不調というものは判断力にも影響するものである。相手も確かめずにドアを開け、
「よう。大丈夫か?」
 私服にマスク姿のヴァージルだったのを見て、そっとドアを閉じようとした。次の瞬間ねじ込まれるスニーカーの足。兄さん瞬発力たっか。
「閉めんな」
 聞けば、先日の潜入捜査であまりにも生活力がないのが気になって様子を見に来たらしい。
「もっと散らかってるかと思った」
「散らかすようなもんないからな……」
 パソコンと、仕事と生活に最低限必要なものしか置いていない。殺風景な部屋にヴァージルは意外そうな顔をする。
 彼は洗面所を借りてから、買ってきた物をあれこれ並べ始めた。ゼリー、スポーツドリンク、風邪薬その他諸々。
「あんまり熱引かないようなら病院行くぞ」
「うん……」
 典をベッドに押し込むと、買ってきたゼリーを食べさせた。スプーンですくって一口ずつ口に入れる。
「ゆっくり食え」
「ん……」
 ひんやりしたゼリーの舌触りが心地良い。
 どうにかゼリー一個完食すると、ヴァージルは風邪薬を一回分取り出して典を起こした。そこまでしなくて良いと言ったのに、聞かず口に入れて、水のコップを傾ける。
「じゃあ、俺片付けして帰るから」
「うん……」
 典は目を閉じた。ヴァージルが何かしている音を聞いて。熱と、風邪薬の副作用で生じるあの引きずり込むみたいな眠気。その中で、典は口から言葉を溢す。
「にいさん……」
「うん?」
「俺な、雪山で……ここにおる、生きたいって叫んどるみたいに……泣いてたんやって」
 か細い声で言う。まるで、言葉を話せるだけで、今遺棄された赤ん坊であるかのように。ヴァージルは目を瞬かせて続きを待った。典はふっと息を吐くと、
「……せやけど、見つからんと……死んどっても……」
 言葉は、灰皿に放置した煙草が燃え尽きるみたいにして消えた。


 典が寝入ったのを見届けてから、ヴァージルはずれた布団をかけ直す。
「未来のことはわからないからな」
 その時は生きたかったのだろう。三十年に満たない人生──もしかしたらもっと短い期間で──生きる事に執着できなくなるようなことが起きるとしても。
「未来のことはわからないからな」
 この先、気に入らない死に方をしないためだけに、無謀を厭わない人生を歩むとしても、その中で何があるかわからないから。
 典が人生観を翻しても、結局何もなかったと溜息を最後に人生を終えたとしても、その人生の始めに生きたいと叫んだとしても、
「どれも責めないよ」
 あなたは今までと今を生きているのだから。
 未来のことはわからない。
 だから、今は生きていてくれればそれで良いとヴァージルは思う。
「おやすみ」


 数時間後、典が目を覚ますと、ヴァージルはいなかった。拍子抜けすると同時に安堵もする。薬が効いているのか、熱は下がっていた。寝間着が汗で濡れて気持ち悪い。
 着替えるか。そう思ったその時。
 玄関の鍵が動いた。典はそれで一気にだるさが吹き飛ぶ。一体誰が? ああ、もしかして、この前惣菜屋でこちらを嫌な目つきで見ていたあいつ──。どこで合い鍵を……。
「ああ、起きてたのか?」
 ヴァージルだった。典は目を瞬かせる。そうだ。ヴァージルがいなくて鍵が閉まっていたということは、鍵を外からヴァージルが閉めた言う事だ。借りて行ったのだろう。典は一気に脱力した。
「兄さん……」
「熱どうだ?」
「ん、薬効いて下がったみたいやね。なんやそれ」
 彼が持っているコンビニの袋を指して尋ねる。
「レトルトの粥。甘いもんばっかじゃ飽きると思ってな。あとスポドリも買っといた。冷蔵庫入れとくぞ」
「ああ……おおきに」
 ヴァージルの目は少し優しい。ほんまお人好しや。眠る前に口走ったことを覚えていない典は、その人の良さがくすぐったいような呆れるような。
「じゃ、俺今度こそ帰るから。なんか手がいるなら呼んでくれ。またSALFで会うよな?」
「? ああ、そうやな。生活費稼がなあかんからな」
 なんでそんなことを尋ねるのだろう、と思いつつも典は頷く。
「お大事に」
 ヴァージルは別れを告げて出て行った。ドアが閉まり……鍵も閉まった。典はそれを見てハッとする。玄関ドアに飛びついて解錠すると、ドアを開け、
「兄さん、鍵返してや」
「すまん」
 我が家の様に平然と鍵を閉めたヴァージルが気まずそうに鍵を返した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
そう言えば典さんの家族観については「家族いなかったし、いたらと言う希望もない」と解釈しているので、ヴァージルが「家族みたい」って喩える時に典さんは喩える言葉がないという感じで書いています。関係性においてヴァージルは「弟」とか「従弟」みたいな概念を候補に出せるけど、典さんにはそれがない、みたいな。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月31日

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