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『腐りゆく世界で一人笑う』
桃李la3954

 ライセンサーは軍人に非ず。なので任務中制服を着用する義務はないし、そもそもとして作戦への参加も任意である。勿論住居の貸与など、ライセンサーの特権を大々的に活用しているのであれば全く以て任務に参加しないということは難しいだろう。しかし世の中には英雄視されるその存在を有り難がって広報活動に採用したいという企業も後を絶たずにいて、一応やろうと思えば、平和的に毎日を過ごすことも可能の筈。それも勿論、一つの択だと思うが、退屈さを厭う桃李(la3954)の瑠璃色の瞳にはつまらないと映る行為でもあるのだ。そんな桃李の元には、一体いつ頃だったか――本部の掲示板には張り出されない種類の任務が直接舞い込むようになっていったのである。例えばもし失敗すれば死を免れない危険なもの、只管に砂漠を黙々と歩くが如く酷く退屈なもの、そして最後に日数的拘束が激しいもの――基本的には全て桃李の好むところではないのだが、退屈な人生を色付ける為には多少なりと危険とも上手く付き合っていく必要があると感じていた。だから、殆どを受けて色好い反応に向こうもまた後日別の任務を持ち掛ける――そんな一連の流れが常態化しつつある。だがしかし、と桃李は担当者から手渡された資料に目を通しながら思わず眉根を寄せた。
 曰く、近頃目に余っているとあるレヴェルの幹部を一斉に検挙する為に、その証拠集めの一環としてライセンサー達によるスパイ活動を行ないたいということらしい。俗にいうところの潜入調査だ。やるのがライセンサー達に限られているのは万が一事が露見して荒事になったとき、問題なく対応出来るだろうとの理由である。またある程度重要な情報を入手出来たなら即座に撤退し、なるべくなら穏便に運びたいのだとか。あくまでも情報収集がメインである為、話術に長けた者を選りすぐったら、まず桃李に白羽の矢が立った次第だと聞かされ苦笑を隠すのに苦労する羽目になる。至極真っ当かつ、善良な一般人を捕まえて一体何を期待しているものやらと疑問を呈さずにはいられない。しかし手段は問わないと言われて、ならこの着物を羽織ったままでも構わないのかなどと考え出すと、少なくとも退屈せずには済むだろうと思う。
「……そんなに上手く事が運ぶとは思えないけど……まぁ、やれるだけはやってみるよ」
 いつも通りに長い黒髪に隠されて見え難い瞳の代わりに、弧を描く唇が飄々とした印象を見る人間に与える笑みを浮かべてみせた。大凡のことは頭の中に入ったので紙を逆向きに机上を滑らせ返す。具体的な手筈は追って説明するということなので自身より明らかに年上である目の前の男性に対してじゃあねと気さくとも無礼とも取れる態度で挨拶すると部屋を出た。

 ふと廊下を通る途中で、桃李は立ち止まった。一瞬既視感を抱き、潜入直後にある女性に尾けられたことを思い出す。振り返れば、複数の人影が映った。険しい表情を見て、事は深刻だと一瞬で察せられる。しかし自身の窮状に桃李は普段と同じ微笑を湛えて、耳の房飾りを触る。ふと零れた溜め息の何が気に障ったのか集団は武器を構える始末だ。おそらくEXISではないので、適合者はいないらしいと分かる。リーダー格と思しき男性がお前もスパイだなと断定口調で言い警戒しつつ近付いてきた。桃李とは別に潜入していたライセンサーが露見したか、あるいは敵対幹部の、という意味なのか――どちらにしても聞く耳を持たない以上全て関係のないことである。
「困ったな。黙って見逃してくれるというわけにはいかないもんね?」
 両手を上げて白旗を上げる素振りを見せるも、勿論彼らが武器を収めるなどという展開にはならなかった。しかし予定調和と思えば確かにそうで――瑠璃の中に光る金が照明の下できらり煌めく。片手だけ下ろすと桃李はクイクイと中指で挑発の仕草を取る。それを皮切りに次々と連中は群がってきた。誘蛾灯に誘われる蛾のように。
 遮二無二突っ込んできた一人目を素手で受け流し、続く二人目には足払いを掛ければ簡単にひっくり返る。彼の持っている武器は一体何だったか――倒れた拍子に刺さりでもしたらしく絶叫が響き渡った。それで連中は一気に恐慌状態に陥って訳も分からず突進してくる者もいれば呆然とその辺りに突っ立った格好のままの者もいる。これでも一応は対ライセンサー用の戦闘訓練を受けている筈だが。とはいえ多勢に無勢なのは間違いなく、手を蹴りつけて武器を落とす程度では他の者を相手にする間にもう一度戻ってくる。それどころか敵は増える一方で受けた任務の内容に配慮して穏便になどとは到底いっていられない状況だ。
「やるなら、思いっきりやらないとね」
 桃李はそう言うと着物で隠れた背に仕込んでおいた暗器――小刀を鞘から抜き放ち場を駆け抜けた。その顔に浮かぶのは余裕に満ちた笑み。夜空に光る明けの明星のような眼差しを際立たせるように白い肌に独りでに黒が広がり出す。その禍々しさに彼らの桃李を見る目が先程までとは違った怯えを抱き、揺れた。その様子を見て自分には見えずとも愉快に思い、くつくつと笑い声を零す。当然だが急所は外し、けれど、二度と歯向かう気分になれないよう完膚無きまで叩き潰した。男性の手を刺し貫いたり、手首を捻って柄の部分で鳩尾を殴り付けて女性を昏倒させたりと――廊下とはいえ大人数が利用するので、中々に広い舞台で桃李は舞い踊る。
 戦意を喪失していない者は後一人だけだ。桃李は落ち着いた呼吸で彼女を見返す。彼女はまだ一度も戦っていないのに激しく息が上がっていた。潜入して間もない頃に桃李をスパイだと疑う上司の命令の下、施設内での行動を監視する目的で尾けてきた女性である。嘘は何一つついていない聞こえのいい言葉で篭絡すると逆に情報を得る為に利用させてもらった――情があれば元より潜入捜査など引き受けない。比較的冷静に襲ってくる彼女の剣を桃李は静かに捌いて、得物の差をIMD適正による理不尽なまでの暴力で覆した。押し返されて怯んだ肩に小刀が食い込む。素早く後ろに回り込んで、首筋を手刀で叩けば彼女は床に沈んだ。痕跡は残さないようにしていたのでこのまま黙って立ち去ればいいだけだ。ただリーダー格の男はリストにあったので何か情報はないか、念の為に懐を探った。しかし得られたものはなく急ぎこの場から離れようと歩き始める。
 裏切り者、と嗚咽混じりに呟く声に桃李は振り返った。見れば地面に伏せたまま、顔だけを上げて譫言のように騙された、酷いと繰り返す姿は狂気じみてもいる。それを桃李は感情の窺えない眼で見下ろし、耳の房飾りを撫でた。タッセルの奥で触れた硬い感触は、超小型記憶媒体のものである。そこに桃李がこの数ヶ月の間に集めた情報が保存されていた。このまま誰にも捕まらず逃げるだけでとりあえずは任務の完遂となる。――結局は内側からぐずぐずと自壊していくようなこの状況で一体それに、どれだけの意味があるのかは分からないが。遠くにこちらへと迫り来る足音を聞きつつ桃李は手向けでも何でもない無意味な言葉を一つ唇から零した。
「いつの世も騙されるほうが悪いのさ」
 いつも通り笑いながら、まるで呪うように祝うように一握りの感情を乗せて――。あとはもう彼女に興味を失くし踵を返して走る。着物を翻し駆け抜ける背中にそれ以上言葉がぶつけられることはなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
尺的に駆け足気味になってしまって申し訳ないのですが、
潜入捜査中の桃李さんの生活などを想像しつつ書くのが
とても楽しかったです。台詞的に割と失敗するフラグが
立っているのかなと思ったのと、どうせだったらEXISを
持ち出してしまうくらい派手な戦闘を書きたかったので
誰のせいかは分からない内容で立ち回ってもらいました。
少なくとも結果的にこの組織は潰れただろうと思います。
戦力も外見も果たしてどっちが敵なのか分からない、
そんな立ち位置というか雰囲気というか……がもし、
上手く描けていたら嬉しい限りですね。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年07月31日

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