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『「面倒」が予期せず「好都合(一応)」に反転した後の話。』
黒・冥月2778

 ……。

 黒冥月(2778)は暫し沈黙。徐に近場の影から巨岩を取り出し、己の手指に影を纏わせたかと思うと――その“影で覆った拳”を用いて巨岩を粉砕した。……単に全力で殴っての仕業である。
 それだけで居並ぶ降伏組織の構成員は震え上がっているが――まぁそれも“今の行為”の目的と言えば言える。駄目押しの再度の脅し。
 と言うより、この弱小組織――何やら『迅』とか言う名前負けも甚だしい名の組織らしいが――の降伏が早過ぎたりそもそも腕っ節的に骨がなさ過ぎだったのが悪いのだ。つまり“今の行為”は冥月としては“まともに戦えないストレス発散”と言う方が殆ど主目的であったかもしれない。
 この位の憂さ晴らし、別に構いはしないだろう。

 ……「ノインの魂」を逸早く見付け、強奪を狙っていたと思しき――鋭敏さと愚鈍さが同居する「面倒」な弱小組織『迅』。ここは秘密裏にさっさと片付けようと対峙し、殆ど撫でる程度の片手間で制圧まで済む中――“ひょっとすると”と思い付いてしまったのが運の尽きだった。
 つまり奴らの“鋭敏な方”の能力的に、「彼の今の体が霊的に無防備過ぎる」件の解決手段の当てになるかもしれないと思い付いてしまったからこそ、今の状況に至るのだ。

 とまぁそんなこんなで、巨岩粉砕で軽く脅してから当の『迅』に“詳細”を説明。すると「それなら何とかなると思う」と結構あっさり話が纏まった。

 勿論、詳細説明は元々の依頼主の意向も確かめてからの事である。と言うか、説明するに当たり“自分達では与り知らない所でのそれまでの状況”を知った元々の依頼主ことエヴァ・ペルマネント(NPCA017)の方がまぁ、『迅』の連中に他言無用と只事じゃない凄み方をする訳だ。そんな中での『迅』のその反応だから、流石にただの安請け合いではないだろうとも判断出来た。
 結果、速やかに技術や装備を提供させる事も出来、エヴァや零――草間零(NPCA016)、そして少なくともこういった技術面では信頼に足る湖藍灰の手でひとまずの安全確認をさせる所までは滞りなく済んでいる。

 後は肝心のノインが使った場合の有効性や、細かい調整がどうなるかと言った所だが。



 形状はシンプルな金属の腕輪である。この腕輪を装着していると、外部からの霊力に反応して盾と言うか結界と言うか防護膜と言うか、ともかく体表面に沿ってそんな“力場”が瞬時に形成される――と言う事でいいらしい。能力リソース自体も反応時の外部霊力に依存するとかで、物自体が無事ならば半永久的に使える代物だと言う。
 曰く、これは本来『迅』の代表格である男の妹が使っている品だとかで、今はひとまずスピード重視で実験用にとそれその物を持参したらしい。勿論、ノインに本当に提供する為の物は改めて作るとの事だが。

「……着けてみてどうだ」
 ノイン。
「……大丈夫です。と言うか、普通に腕輪でしかない様に思えるのですが……」
「それは。実際に霊力の干渉があって初めて力場が形成される物なので……」
 力場が形成されていない時は、仰る通りにただの腕輪です。
「だ、そうだ。まぁ、その力場形成自体が必要な時に間に合わない……なんて事が起きたりしたら目も当てられんが?」
「力場の形成は干渉して来る霊力自体に応じます。速ければ速く、強ければ強く」
 装着者に危険がある物だったら、そもそも妹さんに使わせる訳も無いです。
「だ、そうだ。少しは抑えろエヴァ。今こいつらを萎縮させても始まらん」
「……もし嘘だったら、失敗したなら。その時は相応の報いを受けさせるだけの事よ」
「――っ」
「それは今は私の役目だな。お前のする事じゃない」

 矛先をこちらへ向けさせる。
 じろり、とそれだけで人を殺しそうなエヴァの視線が、『迅』構成員から冥月へと移動する――それまで突き刺さっていた視線が外れるなり、当の構成員が一気に脱力しへたり込むのも見えた。
 全く、威嚇具合が甚だしい。

「それより零。準備は――心の準備は出来たか」
「っ……は、はい……」

 返事はするが、その語尾が窄んでいる。
 霊的に無防備過ぎる状況にある今のノインへ、試しに霊力を浴びせる役目。そして一度試した結果、あっさりと体から魂が弾き飛ばされてしまった以上は――また同じ事になるのではと躊躇いを覚えるのもまぁわかる。
 が。
 エヴァには別の事を頼んで既にこなして貰っている。となればこちらは、零にやって貰わなければ彼女自身の後悔にも繋がってしまうと思うのだが。

「あ、あの、お茶、入りました」

 一応教わった通りに淹れて見はしたんですけれど――恐る恐るそんな声がする。冥月のすぐ傍ら、今ノインが着けている腕輪の、本来の持ち主がそこに居た。
 言ってしまえばこの彼女、端的に『迅』への人質である。……曰く『迅』代表格の大事な大事な妹で? 組織のアイドル的立場との事も何だかんだですぐに見出せたので、特に傍に置き給仕をさせている。そもそも今ノインに使わせている腕輪は、彼女を霊的に護る為に作られたお守りなのだとか。

「ああ、貰おう」
 お盆に載せられ差し出された中国茶――黄茶の湯呑みを取る。水色と香りはよし、さて味は――……
「む、美味いな」
「あ、有難う御座います。よかった……!」
「お前はあの腕輪の力に助けられた事があるか?」
「へ? ……あ、はい。何度も。きっとあの方の御役にも立てると思います……!」
「だ、そうだ」
「……はい。仕組みも伺いましたし、大丈夫なのだとは……思うんですけど」
「出来ないならエヴァに頼むぞ」
「……」
「譲った負い目を一生背負いたくないならノインの為に頑張れ」
 駄目押しに耳打ち。されて零はノインを見る――気付いてノインも零を見る。微笑み、頷く――零もまた、頷き返した。

 そして。



 結果から言えば、成功だった。初めに零がノインに恐る恐る霊力を浴びせた時も、少しずつ強めた時も。始めた途端にノインの魂が体から弾き飛ばされるなんて事は無く、霊圧に応じて形成される力場自体も圧の強弱を問わないし、装着者に負担も無さそうだ。
 と、基本的には問題は無かったが、懸念点は激しい戦闘になった時の力場形成反応が少し遅れ気味になりそうか、と言う辺り。と言ってもまぁ、相当の状況にならない限りは気にならない程度ではある。ただ、霊鬼兵が絡む以上は“相当の状況”を予期しておいた方が盤石だ、と言うだけの事だ。どうやら単純に『迅』の連中が戦闘経験に乏しく、そこまでの反応速度が必要と考えられていなかっただけと見受けられる。……実際、懸念点の改善と改良を命令したら、然程難しい事でも無さそうな様子だったのだ。

 ……と言うか、この結果と対応力を見る限りはこの腕輪一つでも相当に強力な武器に出来ると思うんだが――こいつらにはどうやらそう使う頭が無いらしい。
 やはり秀でた所と抜けた所が余りに極端で、何処かちぐはぐである。

 何にしろ、後は改良を加えた腕輪を新たにノイン用に作らせればそれで済みそうだ。
 これで一段落と見ていいだろう。



 漸くだなと思いつつ、冥月は草間興信所の――と言うか興信所が入る雑居ビルの屋上へと足を向ける。用事は別に無い。ただ何となくここからの景色が見たくなっただけだ。
 そしてその埒も無い欲求通りにしていると、不意に隣に人影が差す。

 現れたのは、草間興信所の主――草間武彦(NPCA001)だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 黒冥月様にはいつも御世話になっております。
 今回も続きの発注有難う御座いました。そして結局お渡しを早めるどころかこちらの納期ぎりぎりまで引っ張ってしまってやきもきさせてしまったかと……大変お待たせ致しました。

 内容ですが、省略の筈の場面が長過ぎてしまったかとか、ノイン・エヴァ・零周辺の描写が薄かったかなとか、妹ネタが盛り込まれてた所から流れて肝心の装備自体もついそっちを絡めてしまっていたり、あとお任せ頂いた組織名が何でこうなったのか自分でも謎だったりもしているのですが……如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年08月03日

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