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『被害者の存在は定義次第』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 ファルス・ティレイラ(3733)はささっと手鏡で自分の顔を映し、よしとうなずいて、
「えっと、みなさんごきげんよう。新人投稿者のファルス・ティレイラです。今、例のお土産屋さんに到着しましたので、さっそく突撃入店してみたいと思いますー」
 いちばんかわいらしい声を作り、スマホへ語りかける。
 ちなみにここは山道の途中にある廃墟。元は民芸品屋だったのだが、近くの温泉宿の廃業を受け、後を追う形で閉店した。しかも店主一家は店のどこかにある隠し部屋でこっそり自殺したのだと噂が流れていて。故に多くの目立ちたがり屋や動画投稿者が殺到した――地元警察に封鎖されるまでの間。


『正体不明の呪いが居座っていることはまちがいないわね。幸い、不法侵入者さんたちに呪害(呪いによる悪影響全般)はないそうだけれど、警察では対処が難しい案件だから』
 ティレイラと同じ竜族の先達であり、魔法の師匠であり、かけがえない“お姉様”であるシリューナ・リュクテイア(3785)は笑みを傾げて言ったものだ。
『それで依頼が来た……ってことですか?』
 シリューナとは逆側に首を傾げるティレイラ。
 呪いとなれば、確かに警察で対処できる案件ではあるまい。
 が、だからといって、客の大半がおまじないを求める女子――そこにフリークスを超えた好事家が微量混じるわけだが――な魔法薬屋に、わざわざ依頼を持ち込むものだろうか?
『お姉様、魔法使いとしての名前は隠してますよね? なのにどうして警察から?』
 シリューナはあっさり平らかに、
『まあ、渡世の義理というものよ』
 好事家友だちですね! お姉様のお友だちさんが警察にいるんですね! 一瞬で理解してしまったティレイラはがっくり膝をつく。
 それをまた楽しげに見やりつつ、シリューナは言葉を継いだ。
『だからティレ、現地調査と、できれば原因への対処をお願いね。現地の警官にあなたの存在が知られると少しまずいことになるから、有名になりたい動画投稿者って設定で』
『それってお友だちさん、手柄横取りしようとしてますよね!? しかもそれでお姉様もなんだか得するわけですね!?』
 高い声をあげたティレイラに、シリューナは最高の微笑を向けた。
『綺麗なだけじゃ、世間を流れゆけはしないものよ?』


 私、お姉様よりずーっと綺麗に生きてるんですけど。
 八の字に困った眉の角度を指先でなおしつつ、ティレイラは店内の芥が積もった床を踏んで進む。途中で立ち止まり、自分を撮りっぱなしているスマホへ向けて、
「はい、店内に入ってきました。なんだかものすごく埃っぽいです……でも古い感じじゃなくて、ほんとに埃っぽいだけで」
 ちなみに今も警察官が周囲を固めてはいるのだが、呪害にかからぬよう数十メートル距離を取っているため、よほどの音を立てなければ気づかれる心配はない。
 それでも音を立てないよう用心し、塵が飛び散る空気をかき分けて奥へ、奥へ、奥へ。
「民芸品は……温泉関係だけじゃないですね。どこかの民族系? これ、売り物なんでしょうか?」
 疑問を口にしつつ、調べていくが、今のところ見かけ以外に怪しいものへは行き当たらない。
 ただ、先のコメント通り、潰れて間もないはずなのにどうにも埃が多い。建物自体も古くはないし……侵入者が持ち込んだものなのだろうか? そんなことを考えながら進んでいたティレイラの足がぴたりと止まる。
「ちょっと編なにおいがします。甘ったるい、木のにおい? これってもしかして、新しく作られた隠し部屋?」
 死体があるとは思っていない。あるとすれば、そう。呪いそのものか関係するものかだ。
「よし、行きますよー!」
 呪いが木にまつわるものなら、火魔法の遣い手であるティレイラが断然有利。ここで片を付けてやる。
 角、翼、尾、竜族3点セットを顕現させたティレイラは意識を集中し、空気を自らの魔力で洗う。これによって余計なものを魔力の熱で飛ばし、呪い成分だけを抽出して測り、濃い方向へ向かえば、程なく隠された発生源へ行き当たるわけだ。
「隠れててもムダですからね! 紫炎竜(って呼ばれる予定の)ファルス・ティレイラが、此の地を侵す呪いを祓ってみせます!」
 ティレイラの凜々しい宣告が無人の店内に響き、そして。
 壁から無数のそれが染み出し来る。

 それはキクイムシだった。本来であれば名の通りに木を喰らう害虫なのだが、この虫どもは店の建材に使われていたのだろう木でできていて。
 果たして木の羽を拡げ、ギチギチ体をきしらせながら跳びかかってくる虫ども。
「あんまり音出さないでくださいね! お外の警官さんたちに聞こえるとだめなんですから!」
 ティレイラも結構な大声で言いつつ爪先を薙いだ。火魔法で熱せられた爪は木の虫どもを一瞬で焼き払い、存在そのものを消去する。炎弾などでは店ごと燃やす危険があるが、これならば敵だけを退治ることが可能だし、ティレイラの高くない魔法制御能力を補い、高い運動能力を生かすことができる。
「はっ!」
 火魔法で鎧った爪先をもってサマーソルトキック、一気に虫を焼いたティレイラは、宙で竜の姿を取り戻した。真の姿でもって、一気に勝負をつけますよ! そう決めて着床した、その瞬間――
「え?」
 床が、巨大なキクイムシに変じていた。壁から出てきた小者どもを見て予想できなかったのはティレイラのミスだが、それにしてもこのサイズは「ありえないですよね!?」。
 当然、ティレイラの抗議にキクイムシが応えることはなかった。彼女の足を抱き込んで引きずり込み、木ではなく彼女の肉へと牙を突き立てる。
「あ――っ」
 血管の内へ潜り込んだ細く鋭い牙の“ずぶり”とした感触。ティレイラはすくみ上がりかけた自分へ渾身の力を注ぎ込んだ。これは体のコントロールを失わないためであり、それ以上に、馬力などでは計りきれない竜の筋肉を絞りあげることで牙を食い止め、逆に敵の動きを奪うためだ。
「あーもうっ! 注射針入ってるときに力入れるの、すっっっっっっごく! 痛いんだからねーっ!」
 牙を押し進めることも引き抜くこともできず、巨大キクイムシはその場に釘付けられる。
 ティレイラは喉へ集めた魔力を糧として滾る炎を吐きつけんと竜顎を開き、そして。
「!?」
 たった今まで燃えさかっていたはずの炎が、嫌な音をたてながら消え失せた。この音はよく知っている。焚き火に水をかけたときのあの濁音だ。
 でも。ティレイラの炎は魔法炎であり、普通の水で消せるものではない。仮に魔力を含めた水を使ったとて、炎の温度は最低でも一万度。生半な魔力と量では蒸発するばかりである。
 しかしティレイラはもう、自分の炎を消した水の正体に気づいていた。いや、正しくは気づかされていた。
 ティレイラの血管に刺さったままになっているムシの牙は、血を吸い上げるのではなく、彼女の血流へ毒を送り込んでいたことに。彼女を殺す毒ではなく、彼女の細胞膜を硬化させる呪毒をだ。
 壁によって仕切られた細胞は主の内で繋がりを失い、ティレイラそのものを硬化させていく。肉は円を描いて重なり合う白き身へ。表皮を覆い尽くしていた鱗は互いに癒着して固まり、内の白身をしっかりと包む鎧へ。
 血が押し固まった細胞壁をこすって内に巡る音を聞きながら、ティレイラは悔やむ。
 敵に噛みつかせたままでいたの、完全に私のミスだ。やっぱりお姉様みたいに華麗な斬り返しはできないかぁ……

 かくてキクイムシの腹の上で仕上げられたものは、竜を象った木像だった。ただし切り出した木材による、いわば死んだ像ではない。根も葉もないまま生きている生木である。
 キクイムシはしばし竜像をながめやり、腹底を酷い空腹感に突き上げられて我を取り戻した。
 ムシはそれほど空腹だったのだ。最近、ろくな食事をしていない。こちらの手が届く場所まで踏み込んでくるものは逃げ足が速く、どうにも追いつかなくて。だから、これほど食い応えのありそうな獲物を捕らえられたのは僥倖のひと言である。
 皮をめくって甘やかな身と幸いを噛み締めるとしようか。
 と、ティレイラへと振り向いたキクイムシがかすかに跳ね、動きを止めた。
「今回は相手の正体がわからないまま行かせてしまったから、せめて影ながらフォローしないとと思って来たのだけれど」
 やけに説明的なセリフをどこかうきうき紡ぎ出す、しかし基本は艶やかに冷めた声音。
「念には念を入れておくものね。あわやのタイミングで間に合うことができたのだもの。――もちろん外の警官は気にしなくていいわ。彼らは気づかないし、気づけない」
 薄笑みの形に挙げられた口の端を面ごと傾げ、シリューナは指先で術式を編み上げる。たった今、キクイムシがティレイラへ注入した呪毒を再現し、そこへシリューナ独自のアレンジをいくつも織り込み、解呪不能にまで進化させた呪術を。
 退く間も与えられぬまま術式に侵されたキクイムシは、自らがただの木塊と化していく中、これから辿るのだろう漫然たる死に恐怖し、鳴き声をあげた。

「まあ、こんなものかしらね」
 実際目にしていない呪を再現、発展させて元々の遣い手を呪うという離れ業をあっさりこなしてみせたことなど、シリューナにとってはどうでもいいことだ。彼女の最優先事項は確定しているのだから。
「ティレの様子を確かめないと。魔法使いが術にかかった場合、自分と相手の魔力が絡んで術式を変化させることもあるから、慎重にね」
 もっともらしい説明ゼリフを竜像へ聞かせておいて、表情ばかりは常の通り平らかなシリューナはいそいそ、竜像の触診へかかった。
「樹皮がコルク形成層を為していない。樹化して間もないから?」
 指先でなぞってみた竜像は、磨きあげられたかのごとくになめらかだ。分厚い皮を作らせてはキクイムシが喰らいにくいからだろうが、指につくこの蝋は、ティレイラの脂肪が変じたもの?
 生の有り様が変わればすべてが変わる。当然のことだけれど感慨深いわね。
 シリューナは竜像から指を外して掌をあてがい、磨き込むようにそのラインをなぜた。こうするほうが造形をより感じられるわけではない。なめらかさをより広い面積で堪能したいだけの話だ。
 鱗が癒着して、そこに蝋が染み入って……まるで触れと誘っているようね? そうね、こんなことになっているのも全部、私を誘う――
「ティレのせい」
 思わず口にしてしまって、シリューナはかぶりを振った。
 集中しなさい私。この目蓋から角にかけての曲線美、見開かれた眼だけで多くを表現する表現力、今にも語り出しそうな顎の角度。首筋から尾先までいっぱいに使って描き出されたループの角度と拡げられた翼、このふたつがひとつの黄金比を為しているのは偶然だというの? ええ、他の好事家ならありえないと言うでしょうね。でも私はティレが起こした希なる偶然を受け容れる。だってティレは、限りなく純度の高い天然素材だから。
 造形美という一点に絞ってみても、「絶体絶命」を表わした竜像の出来映えはすばらしいとしか言い様がなかった。このような形で固まれるのは、才能に恵まれすぎたティレイラならではなのだが、器の内に込められた彼女の魂がなにより無垢で綺麗だからこそ、蝋まといし木肌は一層艶めき、器の美が一層輝くのだ。
 こればかりは好事家だからということなく、私だからこそ言い切れること。
 シリューナはうなずき、今一度竜像の表情を確かめた。
 日本には「仏作って魂入れず」などということわざが存在するものだが、ティレイラを見ていると実感する。シリューナだからこその実感を、噛み締める。
 そして指先を竜像の開いた口内へ差し入れ、牙の一本一本をなぞりながら、
「もう少しで解呪の術式が思いつけそうだけれど、その前に。私の盛り上がりを鎮めないとどうにもできないわね。ええ、どうしようもないのよ」
 どうしようもなくティレイラを愛でたい。愛でて満たされなければどうにもできない。言い訳という名の本音を当の被害者へ言い聞かせ、シリューナは自らの出力を全開へと引き上げた。
「後でティレが撮った動画は確認するわよ? 魔法使いとしてふさわしい振る舞いができていたか確かめないと」
 かわいい妹分で弟子なティレイラをいじり倒す楽しみは尽きないが、ともあれ今は、目の前の美に集中しよう。


東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年08月04日

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