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『前哨』
白鳥・瑞科8402

 地元商店街を軒並み潰した後さらりと撤退し、姿ばかりは綺麗なまま廃墟と化したショッピングモールの正面口。
 白鳥・瑞科(8402)は笑みを傾げ、内に押し詰まった闇を透かし見る。
「任務ですの?」
 分厚いガラス戸を突き破って襲いかかりきたものをサイドステップでやり過ごしつつ、スマホに問えば、通話相手であり、彼女が所属する“教会”の司祭は苦々しく応えた。
 彼の地より送り込まれた尖兵が集いつつある。猟犬だ。群れを成し、主の命を果たそうというのだろう。この地へ駆け出される前に殲滅せねば。
「モールに集う犬とおっしゃいましたわね」
 瑞科はその豊麗なるボディラインを露わす修道衣の裾を蹴上げ、反転して跳びついてきたそれへ横蹴りを突き込んだ。
 ぎゃぎっ!! 濁った悲鳴を噴いたそれをあらためて見やり、うなずく。
 膝まで覆う編み上げブーツ、その踵に据え付けられたピンヒールは高位の司祭たちの祝福が打ち込まれた聖杭である。それに眉間を穿たれ、死したものは……
「わたくし、すでに任地へついていたようですわ」
 ……醜悪に歪められてこそいたが、確かに犬を摸した魔物。
 この世界へ侵攻せんとする異界の貴族の中に、犬を遣うものがいたはず。いずれ挨拶をと思ってきたものだが、ついにそのきっかけを得られることとなりそうだ。
「せめてわたくしがここに在ること、知っていただきましょう」

 瑞科は犬が空けた穴をくぐり、モールの内へ入った。
 床を突くヒールが高い音を響かせ、闇の内に跳ねるざわつきがそれをかき消していく。
 最低でも20。彼女は肌に障る魔の殺気からざっと弾き出した。瑞科をして数の特定がしきれないのは、相手が訓練された猟犬だからだ。彼奴らは気配を殺すことに慣れている。反応したものどもにせよ、こちらに数を読み違えさせる意図を持っていた可能性が高かった。
 しかし、瑞科は特に警戒することもなく、悠然と。
「準備が済むまで待ちますわ。整い次第、始めてくださいまし」
 まさに傲然としか言い様のない有り様(ありよう)ではあったが――闇はさわさわ波を打ち、速やかに彼女を取り囲んだ。一匹や二匹では及ばぬと正面口での奇襲で学んでいたこともあろうが、この迷いのなさはさすが猟犬だ。
 瑞科は闇のざわめきを肌で感じながら呼吸を整える。状況が転じる瞬間を見逃さぬために。

 果たして闇が破れた。

 八方より犬魔が襲い来る。角度に加えて互いに攻めのタイミングをずらしているのは、一匹でも瑞科へ食らいつければいいという数的優位を生かした捨て身戦術によるものだ。
 追いかけっこにしては鬼が多すぎますわね。
 胸の内で唱えたときには、瑞科もまた踏み出している。斜め前へ振り出した右の踵で床を躙り、左に佩いた剣を抜き打つ勢いに乗って体を時計回りに巡らせた。
 ぎっ! 上顎と下顎の狭間を寝かせた刃で薙がれた1匹が床へ落ち、続く1匹が切っ先に串刺され、声もなく死した。
 瑞科は回転の中で刃を引き抜こうとするが。
 続く犬魔どもは標的を瑞科から剣へ移し、数匹がかりで剣身へ食らいつき、激しくがぶる。
 見切りの速さもなかなかですわ。本当によく訓練されていますこと。
 瑞科は体勢を崩される前に剣を手放し、その間に駆け寄っていた1匹の目へ聖杭を突き立て、脳まで刺し貫いた。
 その最中に抜き放ったものは、腿のホルダーに納められていたナイフである。
 かくて犬魔どもが、間合を大きく減じた瑞科へ押し迫る。前面、側面、背面、すべてが囮となり、本命となる包囲陣は、まさに瑞科の先をすべて塞ぐかに思われたが。
「刃が鋼ばかりとは限りませんわよ?」
 ナイフを伝って伸び出したものは紫電。その実体なき刃はたとえ犬魔の顎に噛みつかれようと奪われることなく、逆にその口腔を頭部ごと焼き尽くす。
 雷刃によって数体を損なった犬魔どもはバックステップで間合を空けた。いや、損なわせたのは、その他のものどもを逃がすための贄だったのだ。
 闇に潜んだ犬魔どもが顎を開き、瑞科へ炎弾を吐きつける。と同時、一群があらためて瑞科へ向かって駆け出し、炎弾をかわす瑞科の逃げ場を塞ぎにかかった。実に練れた連携だ。
 死を恐れぬ遣い魔だからこその戦術ですわね。
 瑞科は炎弾と追っ手をあしらう中、唐突に雷刃を跳ね上げた。
 ぎゃいっ!! 断末魔を残して彼女の背後へ堕ちたものは、同胞の攻めに紛れて壁を駆け上がり、降り落ちてきた犬魔。
「悪くない戦術でしたわよ」
 続けて2匹の奇襲を雷刃で墜とした瑞科は薄笑み、なお攻めを止めぬ犬魔どもへ告げた。
「ご歓待くださったお礼に、わたくしも技と業(わざ)とを尽くさせていただきますわ」
 言い終えた瑞科は犬魔の攻めをいなしつつ、足下へ重力弾を打ち込んだ。それは爆ぜることなく彼女の足場となり、1メートル分、浮き上がらせた。瑞科はそこへまた重力弾を重ね、重ね、重ね、犬魔どもには達しようのない高みにまで至る。
「わたくしを包囲する利を棄てられなかったことが、あなたがたを殺す」
 雷刃を足場である最上段の重力弾へ突き込めば、それは水風船さながらに爆ぜた。ただしその爆圧は下にわだかまる弾の重力に引かれて下へ向かう。かくて圧を加えられた弾が次々に爆ぜ、圧を吸い込みながら下へと向かい――最後の弾が爆ぜた途端、凄まじい重力波を生じさせて周囲の床を、犬魔どもごと押し潰した。
 大きく陥没した床は挽き潰れた血肉にまみれ、命を保つ犬魔は存在しない。
 唯一の例外はその後方にあったが故死を免れた、他の犬魔よりも巨大な体を有する1匹である。
「あなたが群れを統率するものですの?」
 ふわりと降り落ちる瑞科。
 対して巨犬魔は彼女が届くより先に撃ち墜とさんと炎弾を吐くが、それは容易く雷刃に斬り払われ、ついには。
「早々に逃げ帰るべきでしたわね。わたくしという守護者がこの世界に在ること、主へ告げるため」
 聖杭に頭頂部を突き抜かれて床へ縫い止められたあげく、中身を躙り潰され、絶命した。


 犬魔の一群を屠った瑞科は、すぐに立ち去らずに索敵を続ける。殺すためではなく、生かして還すために。
「もう少し加減をしておくべきでしたわね」
 肩をすくめて言ってみせるのは、自身の力に絶対の自信があればこそ。
 と、その背にぞくり。強い悪寒が駆け上がった。犬魔のものなどではありえない、遙かに高位の存在が放った殺意に、瑞科の研ぎ上げた本能が反応したのだ。
「……見ていてくださいましたの? それならばお顔も見せてくださればよろしいのに」
 こちらはいつなりと始められる。左に佩いた剣の柄を掴み、犬魔の主へ意思を示せば、返り来たものは攻めならぬイメージだった。
 地を埋め尽くす犬魔が殺到し、瑞科へ食らいつく。斬ろうが焼こうが噴き飛ばそうが、尽きることなく押し寄せる爪牙が彼女を飲み下し、肉を引き裂き、骨を噛み砕き、血を飲み干して――四肢のすべてを損なわされた瑞科は蠢くことすら赦されぬまま、喉を噛み裂かれるときを待ち焦がれるよりなくて。
 ぞくりと震え、我を取り戻した瑞科は冷めた頬に笑みを刻み、言葉を返した。
「その通りの末路を辿らせてくださるおつもりなら、いつなりと逢いに来てくださいまし」
 来たる絶望を斬り抜けられるものか、試させてもらう。
 瑞科は遠ざかりゆく魔の気配へ思いを送り、闇の内にため息を漏らした。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月05日

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