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『燕返し』
LUCKla3613

 戦場の右翼、その片隅で、黒き装甲まとう戦士LUCK(la3613)は1体のマンティスと向き合っていた。
 とはいえただのマンティスではない。阿修羅像さながら三面を備え、前肢もまた三対備えた、いわば三位一体型である。
 外殻の硬さはない。単純なパワーもだ。その代わりに、隙がない。繋がった三つの脳をどのように使っているものかは知れぬが、反応速度に特化した調整を自らへ施しているらしく、この1体に1チームが丸ごと殲滅させられ、回復陣地へ送られていた。
 生半な動きでは虚を突けまいが……あの迅さを抑えられるのはこの場に俺だけだ。
 胸中にてうそぶいたLUCKは、手にした竜尾刀「ディモルダクス」を解き、多節刃へと変じさせる。
 通常の刃 ならば直線を描くばかりであるところ、この刃ならばどのような軌道であれ描きだし、敵を斬り抜くことが可能だ。それだけに扱いの難しさも相当なものとなるが、この刃こそ、LUCKにとって無二の相棒。繰るに困るようなことはありえない。

 LUCKの右足がまっすぐ一歩を踏み出し。
 それが地へ着く寸前、マンティスの鎌が足首を払いに飛んできた。
 出足を引き戻したLUCKは、前方を横薙いでいく鎌に合わせてダッキング、マンティスの懐まで転がり込んだ。
 と思いきや。マンティスはLUCKの前転を置き去り後方まで退いた。恐怖したのではなく、隠し武器による奇襲へ備えてだ。
「ふっ」
 息吹に乗せ、多節刃を地へ滑らせるが、蛇のごとくに這った刃は跳びつく寸前、マンティスに踏み止められた。
 この反応速度もさることながら、それよりも深刻な問題はマンティスの慎重さだ。あれは確実に、自らの命を惜しんでいる。
 LUCKは苦笑しかけた口元を強く引き絞った。実際のところ、あの個体には俺が次の俺を試すに足る価値がある。
 ……ただ踏み出すだけでは先のように掬われるだろう。タイミングをずらしたところで、向こうの鎌は6枚あるのだ。こちらに奥の手がないことを知った以上。次は残る鎌で縫い止めにくるだろう。
 LUCKは先日試合った戦友の様を思い起こし、自分であればどうするものかを考える。
 俺にはあいつのような苛烈さは演じられん。待つのではなく、自分からしかける中で相手の攻め返しを誘い、その影に隠していた一撃を叩きつけるようなやりかたはな。
 だが、ここまで考え続け、試し続ける中で、俺は俺なりの苛烈に開眼はした。

 LUCKの右の爪先が鋭く地を突いた。
 当然、正面を向いたマンティスの面はこれを見て取り、すぐに鎌を振り込んでくる。自身が担当しているらしい一対をもってだ。
 しかし鎌が届くよりも迅く、LUCKは爪先を軸に時計回りに半回転、後ろから回した左の爪先をマンティスの右方へ投げ、爪先で地を躙る。
 それに反応するのは当然、右側についたマンティスの面である。一対の鎌をもって獲物を捕らえんとするが。
 UCKはマンティスの背に自らの背を重ねて上を転がり、左の面が振り下ろした鎌をあわや転がり落ちて避けて着地、そのまま駆け、跳び、転がり、マンティスの鎌の間合の内に在り続けた。
「ついてこれているか?」
 ……ときに立ち止まり、不遜な薄笑みを投げて。
 マンティスに感情があるものかを知る術はない。しかし、確かに三位一体のマンティスは今まで以上の執拗さと手数でLUCKを攻め立て、追い立ててくる。
 対してLUCKは直刃で突き押し、多節刃で引き斬り、さらには自らの高い防御力で強引に間合を押し引きし……常道を外しに外したアクロバティック且つトリッキーな戦術でマンティスを翻弄してみせた。
 しかし、だからこそマンティスは守りを固め、逆にLUCKの攻め疲れを待つ構えである。
 ここまでしのがれるのは俺がうまくできていないせいだがな。おまえが受け続けてくれたおかげで少し見えた。
「……俺のやるべきことがな」

 LUCKは前蹴りを打ち、マンティスのブロックを足場に5メートル跳び退いて、呼気を吹いた。
 ふっ。
 前へ行く息を追い抜き、置き去る。
 それほど鋭い“一歩”へも、マンティスは完全に反応していた。正面担当を中心に三面が各々の鎌を据え、たとえLUCKがどのような立体機動で襲い来ようと、斬り落とす構えを崩さない。
 かまわず跳んだLUCKが、斜め上から直刃を斬り下ろしたが、マンティスは構えを崩さず大きく横へずれ、鎌の1枚を振り込んできた。
 俺が竜尾刀を多節刃へ切り替えんことまでは見切れなかったか。
 思う間、横殴りに飛んできた2枚めの鎌をスウェーイングでやり過ごし、LUCKは後ろへ傾げられた上体を横から前へと振り戻した。それは右面が縦に振り下ろした3枚めの鎌をかわすと同時、4枚めの鎌の行き先を惑わすフェイントとしても機能する。
 三位一体はしょせん“形”だ。視界に死角がなかろうと、ひとつの頭が振れる鎌は2枚。向こう側にある頭はどうにもできん。
 中空を虚しく掻く左面の鎌。
 そしてLUCKは実証し、確信を得た。このマンティスは脳機能の一部のみを共有しているだけで、結局のところ1体に見えるだけの3体なのだと。
 故に彼は重ねるのだ。手を。
 その手を繰るための、足を。
 強く踏み込むLUCKの爪先。
 体勢を立てなおしきれていないマンティスはとにかく少しでも間合を空けようと下がったが――LUCKは爪先を軸に踵を前へ振り出し、離れた間合をわずかに詰める。
 鎌の連撃で彼を押し戻しにかかったマンティスだが、すぐに自らの過ちを思い知らされることとなった。LUCKが回した踵をそのまま地へ着かずに前へ跳び、鎌の射程の内側にまで潜り込んだことでだ。
「ここまで来れば、反応速度を気にする必要もない」
 LUCKのフェイントは攻めるそのときに為すばかりのものでなく。戦いが始まったそのときから重ね、重ね、重ね、攻めを必中にまで導く“流れ”を為していた。
 マンティスは自らがいつしか巻かれたことに気づかぬままここへ至り、ようようと現状に気づかされた。
 しかしだ。まだ負けたわけではない。個体能力はこちらが上。LUCKの攻めをしのぎきり、逆に屠ればいい。
 体を据え、三対の鎌を構えて防御姿勢を取るマンティス。直刃による斬り下ろしを2枚の鎌で弾き、アクチュエーターの高速稼働で為された斬り上げを4枚がかりで止めた次の瞬間、直刃が解けて天へと伸び上がった。
「虚を整え最後の実を為す。これが俺の燕返しだ」
 もう身を守る鎌はなく、据えた体はどこに動くこともかなわない。
 マンティスは三つの脳を直結して納めた頭部を、三視点が入り交じるが故に対応が大きく遅れる真上から突き抜かれ、崩れ落ちた。

「試作型と思しきマンティスを仕末した。俺はこのまま中央へ向かうが、奴に怪我を負わされた連中にそのことだけは伝えてやってくれ」
 戦場の後方で指揮を執る指揮官へ告げ、LUCKは再び駆け出した。
 三度の攻めの二度をフェイントとし、実なる一度を敵へくらわせる燕返し。“流れ”やステップワーク、ディフェンスとの噛み合わせを詰めるには、敵と対して試していくよりない。
 息災に生きることは彼のライフワークだが、こうしていつも自ら遠ざかってしまうのは因果としか言い様がない。
 果たしてLUCKはぽつり、独り言ちた。
「それでもやり抜くだけだ」


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2020年08月06日

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