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『種火』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809)&不知火 楓la2790

 グロリアスベースのシミュレーションルーム。
 仮想の青竹から姿を戻した耐爆柱へ背を預け、不知火 仙火(la2785)は大きく息をついた。
「なんとか間に合ったな」
 急ぎ体を起こし、彼はブリーフィングルームへ向かう。
 カイロを制圧した敵の大群の守備陣に侵攻路をこじ開ける「前哨戦」、それに参加するライセンサーたちはすでに顔をそろえているはずだ。【守護刀】の小隊長が遅れては格好がつくまい。
 ――言いたいこともやりたいことも全部ぶっ込んだ。だからじっくり見とけよ!


 ついに前哨戦の幕は切って落とされた。先陣を担う【守護刀】は他隊を守るように前へ出で、
「正面は【守護刀】が引き受けた! ほかの隊は各自適当に頼むぜ!」
「適当とは適切を当然に為すこと、でしたね。私の得意です」
 指示を飛ばした仙火の右へつく日暮 さくら(la2809)が、淡く色づく唇の端をかすかに上げる。
 こちらの世界へ来たばかりの頃は青ざめた面に険ばかりを目立たせる少女であったものだが、ずいぶんと大人になった。死地へ斬り込む寸前でありながら、他の者を緊張させぬよう振る舞っている。
「ああ、前は頼む」
 仙火はそれだけを返し、眼前へ意識を集中させた。
 さくらは強い。下手な心配で縛るより、自由にしておくほうが彼女も隊もより生きる。

 と、そんなことを考えてるんだろうね。
 隊を後衛として底支えする不知火 楓(la2790)は、さくらを送り出した仙火の背を見やって思う。
 きみも微妙に成長した。少し前までなら、戦果を競いに駆け出していたところだ。喜ばしいよ。僕がきみの成長に、少しも関われていないのは悔しいけど。
 ……僕はただ、仙火の側にいただけだ。きみをうつむかせる巨大なコンプレックスと無力感をどうしてやることもできないまま、ずっといっしょに。
 それでもいいと、思っていたんだ。仙火が先を見れないなら僕が見ればいい。仙火に足りないものは僕が全部補えばいい。僕だけが仙火の味方であれば、それがいい。
 わざわざ考えてみるまでもなく、楓の思いはただの身勝手だ。しかし、「仙火の味方」を完璧に遂行することで彼女は唯一ではないまでも無二の味方となり、一族の内でも仙火の補佐役としての地位を確立してみせた。
 そのまま時間は進んでいくのだろう。彼女は思っていたのだ――さくらが現われるまでは。
 今、仙火は剣の師である父が遣う清濁の剣を、自分なりの剣として修めつつある。清の剣をさくらに任せ、濁の剣へ特化する先を見出して。
 さくらがいたなら仙火はどこまでも進んでいける。じゃあ、僕は? 仙火がいない先に、進むべき道があるの?

 サイドステップを踏み止めたさくらは逆、すなわち今辿ってきた軌道を戻って跳び、オートマチック「ヨルムンガルド」を抜き撃った。
 弾がナイトメアの爪先を削ってその足下を穿つ。無論、彼女の技量をもってすれば眉間を撃ち抜くこともできたのだが、敵の数を闇雲に減らしては、それ以外のものまで減ってしまう。たとえばそう、自分の姿を隠す壁が。
 足を止めたナイトメアの脇を、他の敵に見られるよりも迅くすり抜け、奥へ踏み込んだ彼女は、刃を上へ向けて腰の位置に構えた守護刀「寥」を斬り上げる。
 鋭い奇襲に為す術もなく沈んだナイトメアの前方、今置き去られてきた個体には仙火の守護刀が突き込まれていた。
「真っ向勝負で押し負けんじゃねえぞ!」
【守護刀】ばかりでなく、共に正面からぶつかることを選んだ他隊の前衛にも檄を飛ばし、仙火はその高い防御力で戦線を支えて押し上げる。
 あえて傷に構わず進むことで、仲間を勢いづける。荒くて強い、仙火らしい指揮ですね。……でも、それもまた後衛の楓があってこそ。と、さくらは仙火から楓へ目線を移した。
 前線の後方に位置取る楓は、他の後衛へ指示を送って支援攻撃を必要箇所へ集中。その中で自らの立ち回りをもって陣の補正と修正を行いつつ、さらには仙火のダメージコントロールまでこなしている。この前線を裏で回しているのは、まちがいなく彼女だ。
 高い能力を要求されながら報われない役どころを、これ以上ない真摯さで務めあげられる心の強さ……仙火は自分がどれほど希な才に支えられているものか、まるでわかっていないでしょうね。
 そして。苛立つ。
 報われないことを誰より知っていながら、楓がなお仙火に尽くす理由は?
 問うた瞬間、じぐりと胸が疼く。疼くことでまた新たな疑問が胸を疼かせる。どうして私は苛立って、疼くのですか!
 守護刀で敵の攻めを斜め下から掬い上げて流し、大きく空いた脇へ銃弾を捻り込んで、すり抜けた。今はとにかく戦いに集中しなければ。
 考えずに済む理由を思いつけたことに喜ぶ自分へ苛立ちながら、さくらは水面蹴りに合わせた刃で敵の足を刈る。

 ひりついてんな。
 戦闘の中で頬をなぜ、舌を打つ仙火。
 空気が痛い。まるで酸を含んででもいるかのように。一応言っておけば、前と後ろのことにはまるで気づいていない。感じ取ったのは、嫌な予感というやつだ。
「嫌な感じがする! 全員、気構えだけはしとけよ!」
 頼りなく仲間へ警戒を促し、敵の次波を受け止めるべく守護刀を構えなおした、そのとき。
 ライセンサーが協働して構築した前線は、正面ならぬ左方から崩壊する。
 さくらが敵の個体を目くらましの壁として使ったように、ナイトメアどももまた味方を壁としてその裏へ密かに集結、前線の一角を突き崩したのである。
『状況は把握した。敵の増援は攻撃に加わらず、仲間の残骸の下へ潜り込んで待っていたんだ。……生かせる数の差を甘く見ていた僕たちの虚を、見事に突かれたよ』
 雪崩れ込むナイトメアを抑える楓からの報告を受け、仙火は斬りかかってきた敵を柄頭で押し離して袈裟斬り、眉根を押し下げた。
 ああ、まったく完璧にやられたぜ。でもよ、ここで終わらなきゃ、結果発表の中身は変えられるよな。
「前衛はこのまま正面に集中、敵を押し止める! 悪いが後衛、左翼のフォロー頼む!」

「ハードルを少し下げておこうか」
 仙火からの通信を聞き終えた楓は、大上段から斬りかかってきたナイトメアに対してバックステップ、シャドウグレイブのすね斬りでその足を刈り跳ばす。
「負けないんじゃなく、勝ちに行くよ。ただし被害の程は問わずってことで。――不知火 楓、推して参る」
 薙刀に云う“面抜き脛”を決めた楓は他の後衛を導き、踏み出した。いざとなれば自分が最初の被害となることを決めて。

 なに考えてんだよ楓!
 仙火は通信機に叫びかけたセリフを無理矢理に噛み殺し、飲み下した。煮え湯どころか煮え油を飲まされた気分だ。
「仙火、呆けている場合ではありませんよ!」
 敵の猛攻をくぐってきたさくらが動きを鈍らせた仙火の背に背を合わせ、尖った声音を突き立てた。
「――わかってる!」
 ここでうろたえてどうすんだよ! 俺は大事な誰かを二度と傷つけさせねえって、それだけ考えてこいつを練り上げたんだろうが!
「楓、30秒で陣形作って穴塞げ!」
 敵ではなく、楓の背へと仙火は発動させたスキルを送る。ゼルクナイトの高レベルスキルである幻想之騎士をベースとし、故郷たる世界で彼が切り札の一枚としてきた忍の業(わざ)を再現した“幻影・影分身”――すなわち「もうひとりの仙火」を。
『ありがとう。さすがに30秒は難しいけど、せっかくの護衛を無駄にしないようがんばるよ』
 通信機から流れる楓の声音は平らかだったから、仙火は考えもしなかった。影分身に添われた楓が今、どのような表情と心とで語ったものか。
 故に彼は、後ろ髪を引かれることもなく眼前の敵へと集中した。さくらが斬気を研ぎ清ます間、その手数をもって敵の目と命を奪い、彼女と他のライセンサーを護り抜く。
 これまでは戦いを濁らせる虚の手数だけに拘ってたけどよ、不要を削ぎ落として必要だけを残す。そこから「虚にして実」が完璧にできりゃ、実の一条に拘るのも不要になる!

 さくらは質を変えつつある仙火の濁りに我を奮い立たせた。
 ついこの間までは腑抜け男と侮っていたはずなのに、今は高みへ駆け上ったあなたの下へ私が残されている。それはとても悔しくて、でも、うれしくもあるのです。……そう思ってしまうのは、いったいなぜなのでしょうね。
 さくらはナイトメアの攻めをくぐり、鞘に納めていた守護刀を抜き打った。辿るべき剣閃はすでに見えている。
 果たして清ませた旋空連牙・終の一閃が、敵陣の要となっていた個体を両断し。
 さくらはそのまま前へ向かう。敵陣が崩れるより早く奥へ食い込み、再編を防いで味方を呼び込むため。
 見上げるだけでは終わりませんよ。私もすぐにその高みへ参ります。
 躍る心を歩へ映し、さくらは一層激しく敵を攻め立てていく。言わずもがな、それは新たな成長のきざはしを手探るさくらの試行であった。

 楓は前線で競うように共闘する仙火とさくらの背を見やり、影なる剣を構えて自分を護る仙火の影の背を見やった。
 仙火とさくらは互いに互いを預け合っていて、だから並び立って戦っている。僕は、その背中を見ているだけ。
 ――きみの背中を守るつもりで、かばわれて。二度とさせたくなかったはずのことを、僕はまた繰り返すんだ。情けないね。僕は本当に、どうしようもなく。
 据えていたはずの心はたったひとつの自覚で揺らされて剥がされ、表情にまで迫り上がる。きっと今、僕は酷い顔をしているんだろう。
「きみも仙火――なのかな。消える前にお礼だけ言わせて」
 顔を隠し、楓は影の背へ声音を投げた。この期に及んでなお想いを包み隠そうなど滑稽に過ぎる。わかっていながら、なおそうせずにはいられなくて。
「守ってくれてありがとう。おかげでなんとか生き延びられそうだ。あとは」
 楓の言葉が途切れた。影が左手で彼女の腕を引き、音とならぬ声で告げたからだ。
 俺は二度とおまえを傷つけさせない。
「え?」
 呆けている間に30秒は過ぎ、それでもなぜか影は消えることなく彼女を守る。傷つけさせない。二度と、傷つけさせない。

「仙火、あのスキルは」
 消えぬ影の奮迅を見たさくらが仙火へ問うた。あのスキルはいったい、どのような強化をしたのですか?
「俺をいちばん映しやすい形にしただけだ! そうじゃなきゃ空っぽになっちまうからな。でも、だからってなんで消えねえんだよっていうか、なに言ってんだよ!」
 さくらも仙火も共に忍の母を持つ故、読唇術を修めている。だから見えてしまうのだ。仙火を映した影が、楓を守って「二度と傷つけさせない」と言い続ける様が。
 確かに俺はそう思ってる。そうじゃなきゃ、影に自分を分けたりしねえ。だけどよ、だからって――
「とにかく楓は影に任せる。前衛、このまま攻め抜くぜ!」
 内心で歯がみしつつも、仙火はすぐに切り替えた。もうすぐ正面は敵群を突き破る。そうなれば左翼へ向かった後衛たちと、なにより楓を助け出せる。
 為すべきことを見失うな、隊長なんだからな、俺は。
 果たして踏み出していこうとした仙火だが。
「あなたの意志が強く込められているからこそ、あの影は楓を守る。でもそれは、影の意志ではないはずです」
 その足を引き止めたさくらの声音は強く、彼は振り切っていくことができずに渋々と振り向いた。
「だからなんだよ。今の内に挟撃の形作っとかなきゃ、ほかの誰かが傷を負うだろうが」
 これもまた仙火の本心であるが、しかし。
「すでに他の隊が動いてくれていますよ。そもそもの話、隊長だからとあなたに大人げや賢しさを演じさせたい者など、少なくとも【守護刀】にはおりません」
 きっぱり言い切って、さくらは仙火を後方へ押し出した。
「隊のまとめはしばし私が請け負います。あなたの意志を、あなた自身の口で楓に告げなさい!」
 言い置き、最後のあがきとばかりに猛攻をかけるナイトメア群と対するさくら。
 私は仙火という対の剣を得て、当然のように互いを片脇に置く日々を当然のものだと思ってきました。いえ、それがあまりに心地よくて、当然と思い込みたがっていたのです。
 でも、そんな狡さを、私は私に赦さない。それに……聞いてしまいましたから。
 仙火の母にして不知火家当主はさくらへ告げた。楓は戦う覚悟をしたと。だから、さくらにその気がないなら戦場に立つなと。いくらこの手の話に疎いさくらであれ、そこまで言われれば理解せざるをえない。
 でも、正直。私はそれを聞いてなお、どうするべきかを決めることすらできずにいるのです。それでも――逃げたくない、あなたの心から。
 ですから一度お返しします。思いがけず私の片脇へ収まってしまった仙火を、あなたへ。そうでなければ私たちは、始めることもできないでしょうから。

「楓!」
 駆け込んできた仙火が、そこそこあからさまに行く手を遮ろうとした影を押し退けて楓の前に立った。
「戦況は――って、聞くまでもねえか」
 冴えない仙火の言葉に、あまりの急展開に呆けた楓もまた冴えない声音を返し、
「……あ、ああ、うん。概ね順調」
 仙火は押し退けにくる影に蹴りをくれて牽制し、次の瞬間。左右から襲い来たナイトメアを、影と分担して切り捨てた。次いで同時に楓を見て。
「さくらに蹴り出されたのもあるんだけどよ」
 まっすぐ突き込まれた仙火の視線が楓を竦ませる。さくらが仙火を? どうして――それより仙火は僕になにを?
 うろたえる彼女を視線で射抜いたまま、仙火は強く、
「俺はおまえを誰にも、二度と傷つけさせねえ」
 言い切った。
「おまえを護りたくて影に俺を映した。まさか消えずに残るとは思ってなかったけどな。でもなんか腹立つんだよなあ、俺じゃねえ奴が楓にくっついてんの!」
 だから俺が護りに来た! そう締めくくった仙火は、守護刀を振るって敵を斬り飛ばしていく。照れもあってか挙動はぞんざいだが、冴えばかりは損なわれていない。
 かばわれた楓は目をしばたたき、ふと息をつく。
 そうか。仙火は僕を大切に思ってくれているんだね。心が子どものまますぎて、色気がまったくないのは問題だけどね。
「本気はちゃんとわかった。さくらにもそう伝えておいて」
 あえて多くを語らぬまま、楓は仙火を前線へと押し返した。さくらの思惑で送り込まれた仙火を、今はその傍らへ還すべく。
 気づかいは無用だよ。互いになにを気負うことなく、尋常の勝負をしよう。もっともさくらにその気があればね。
「仙火。僕はきみが思うよりずっと脆くて弱い。失いたくないならきみ自身で護りに来て」
 一応、呪いだけは忘れずかけておいて。


 戦いはSALFの勝利で終わり、仙火の影はようようとかき消えた。
 しかし、影は消えてもそれが露わした種火までは消えず……今はその火がどこへ向かうものかを語る野暮はすまい。知れるときは遠からず訪れるのだから。


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2020年08月06日

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