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『色を増す影(1)』
白鳥・瑞科8402

 日常を非日常へと変える音が世界を劈く。轟音に人々の悲鳴が重なるのを聴き、悪魔は笑みを深めた。
 周囲に大きな影を作る程の巨体を持つその悪魔は、逃げ惑う人々を悪趣味な笑みを浮かべたまま見下ろしている。その醜く歪んだ欲望を悪魔は形へと変えどす黒い色をした魔法弾を作ると、人々へと向かい容赦なくそれを放った。
 けれど、その弾はまるで何かに弾かれたかのように途中で霧散する。同時に、辺りに凛とした女性の声が響き渡った。
「ずいぶん荒っぽいご挨拶ですわね」
 悲鳴をあげ逃げ出している人々の中に、ただ一人だけ、悪魔に背を向ける事もなく落ち着いた様子で佇んでいる女性の姿があった。
 悪魔の身体により出来た影のせいで辺りは薄暗いというのに、その闇の中でも分かる程に整った容姿を持っている、美しい女性だ。
 彼女の晴れ渡った空のように澄んだ青色の瞳は、怯む事なく悪魔の事を真っ直ぐに見つめていた。風が、彼女の長く伸びた茶色の髪と、身にまとっている修道服のスカートを悪戯に撫でる。
 突然悪魔が現れ攻撃してきたというのに、動じる事もなく毅然と見つめ返してくるその様子から、悪魔も先程の攻撃を防いだのは彼女なのだと察した。
 彼女のせいで、獲物を逃してしまった。だというのに、悪魔の心は歓喜に震え、その裂けた口は一層不気味な笑みを象る。
 食らう魂は、強ければ強いほど食べごたえがあるというものだ。美しい彼女は、きっと永い時を過ごし数え切れぬほどの獲物を食らってきた悪魔といえど、味わった事がない至極の味がするに違いなかった。
 悪魔の纏っている殺気が強まる。確実にこの獲物を食らうため、悪魔は彼女に向かい全力の一撃を叩き込もうとした。
 放たれた、一撃。
 禍々しい魔法弾は、女性に向かって迷う事なく進んで行き――。
「邪魔ですわ」
 ――そして、彼女の操る何かによって、あっさりと弾き飛ばされた。
 驚愕した様子の悪魔を見て、彼女はくすりと笑う。どこか相手を小馬鹿にしているかのような挑発的な笑みを浮かべたまま、彼女の艷やかな唇は言葉を紡いだ。
「残念ですけれど、あなた様みたいな雑魚に付き合ってさしあげるほど、わたくしは暇ではありませんの。さっさと終わりにさせていただきますわ」
 この悪魔は、決して弱い悪魔ではない。本来なら、この世界を脅かす災厄にもなり得る力を持っていた。
 けれど、そんな強大な悪すらも軽く叩き潰す事の出来る存在が……この世界にはいる。
 数え切れぬほどの獲物を食らってきた悪魔以上に、数多もの悪魔を無傷で倒し続けてきた戦闘シスター、白鳥・瑞科(8402)。
 悪魔が今対峙しているのは、太古から魑魅魍魎と戦ってきている秘密組織「教会」において、屈指の強さを誇る女性だったのだ。
 グローブに包まれた瑞科の手の動きに合わせ、まるで彼女に服従する忠実な下僕のように電撃が空を駆けた。
 瑞科の操る電撃は鮮やかな軌跡を描き、悪魔の身体を正確に貫いたのであった。

 ◆

 瑞科の背後で、悲鳴があがる。しかし、それは先程辺りに響いていた恐怖による悲痛な悲鳴ではなく、瑞科の活躍を間近で見て思わず溢れた歓喜の悲鳴のようだった。
 振り返った瑞科は、呆れたように肩をすくめる。そこに居たのは、「教会」に所属している彼女の後輩のシスター達だった。
 本来なら、あの悪魔を討伐する任務を引き受けていたのはこの後輩達だったのだが、相手の迫力に気圧されてしまい思うように動けなくなっていたらしい。それを通りがかった瑞科が偶然目撃し、市民に被害が出る前に思わず助太刀に入ったのが先程の戦闘の顛末であった。
「あの程度の相手に怯むだなんて、よくこの組織に入れましたわね? 「教会」の戦闘シスターとして、もう少し恥ずかしくない振る舞いをなさってくださいませ」
 後輩達を見下しているかのような口ぶりからは、瑞科の傲慢さが垣間見えていた。だが、実際に彼女はその自信に見合う圧倒的な実力と知性を持っているのだ。
 そして何より、同性であるシスター達であっても思わず見とれてしまうほど、瑞科は端正な顔立ちをしていた。
 強く美しい瑞科は、シスター達にとっては目標であり憧れの存在でもある。故に、瑞科に直接声をかけてもらう事は、その内容がたとえ苦言であったとしてもシスター達は嬉しく感じてしまうのだった。
 素直に頷いた後輩達を見て、瑞科はにっこりと穏やかな笑みを浮かべる。女神ですら嫉妬してしまうのではないかと危惧してしまうほどに、その笑みもやはり美しかった。
「それでは、わたくしはこの辺りで失礼いたしますわ。先程の悪魔についてのご報告は、あなた様がたにお任せしますわね」
 悪魔との戦闘を終えたばかりだというのに、瑞科は休む事すらなく自分が引き受けている任務へと向かう予定だった。
 それを知った後輩達が今度は自分達が手伝う旨を申し出るが、彼女は首をゆっくりと左右に振る。
「必要ございませんわよ。わたくしが、悪魔ごときに負けるはずありませんもの」
 瑞科が引き受けた任務は、優秀な者揃いの「教会」の戦闘シスターであっても命を落とす可能性の高い危険な任務だ。瑞科ほどの実力者でなければ、任務を成功に導くどころか、その悪魔と対峙する事も難しいだろう。
 だから、瑞科はたった一人で、その危険な任務に臨む。
 だが、瑞科がその事を不安に感じる事はない。むしろ、それほどの相手と戦える機会を貰えた事を、神父に感謝したいくらいだった。
「今回の相手は、少し期待出来そうなんですのよ。楽しみですわ」
 自信に満ちた面持ちで戦場へと向かう瑞科の頼もしい背中を、後輩達は羨望の眼差しで見送るのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月07日

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