『色を増す影(2)』

白鳥・瑞科（8402）

　その背に翼がはえていない事がいっそ不思議に感じるほど、白鳥・瑞科(8402)は華麗に街を疾駆する。
　討伐対象の悪魔の潜む場所まではまだ少し距離があるというのに、すでに禍々しい邪気を瑞科は感じていた。
「あら……どうやら、わたくしが向かっている事にすでに相手様も気付いていらっしゃるようですわね。ふふ、本当に、今回の相手は期待出来そうで何よりですわ」
　艷やかな唇が紡いだ言葉に呼応するかのように、彼女の肌を無遠慮に撫でる邪気が強まる。まるで、瑞科と戦える時が待ち遠しいとでも言わんばかりに。
「待っていてくださいませ、闇を操る悪魔様。わたくしが、直々に裁きをくだしてさしあげますわ」
　笑みを深めた瑞科は、脳裏で今回の任務の内容を今一度なぞった。同時に、任務について話した時の神父の心配そうな表情を思い出し、少しだけ笑ってしまう。
「神父様は心配症ですわね。今回の相手は強大な力を持っているようですけれど……わたくしの敵ではありませんわ」
　確かに、他の者なら命の危険のある任務だ。だが、瑞科は今まで数え切れぬほどこういった任務を引き受け、その都度傷一つ負う事なく完璧に勝利してきたのだから、神父もいい加減無駄な心配などしなくても良いのにと聖女は苦笑する。
　駆ける彼女の頭には、いつものように白いヴェールがつけられており、風にたなびいていた。この修道服は、普段身にまとうものとは違い特別な素材で作られている戦闘用の衣服だ。
　戦場へと向かう時、瑞科は必ずこの服を着るようにしている。私室へと向かい戦闘服へと着替える事は、任務を受領した時の彼女のルーティーンだった。
　普段着の代わりに彼女の肌を包み込むんでいるのは、肌へと密着するようにピッタリと寄り添ってくれるラバースーツだ。
　首から下全身を覆う黒の光沢のあるラバースーツは、薄い素地で出来ており彼女の完成されたプロポーションを決して崩す事はない。その上、耐衝撃性があり、瑞科の傷一つない美しい身体を守ってもくれるのだった。
　もっとも、瑞科は敵の攻撃を受けるどころか、相手に指一本触れさせる事を許した事すらいまだかつて一度もないのだが。
　修道服もまた、彼女の体のラインをなぞるように薄い生地で出来ている。両脇には大きなスリットが入っており、瑞科のすらりと伸びた美しい脚を惜しげもなく晒していた。太腿にニーソックスが食い込んだ美脚は、人どころか敵である悪魔ですらも魅了してしまう事が多い。
　どのような服であってもお洒落に着こなせる瑞科だが、彼女の魅力が一番引き立つのはこの修道服を着ている時かもしれない。そう感じるのは、コルセットがその細い腰を締め上げ、恵まれた胸部をより強調しているおかげもあるのだろうか。特殊な鉄が仕込まれているコルセットは、軽量で薄い見た目からは想像もつかない程頑強であり、万が一瑞科が攻撃を受けたとしてもその細腰を守ってくれるに違いない。
　ヴェールと同じ純白のケープも、聖女である彼女によく似合っている。彼女の穢れなき心を映しているかのようなその純白さは、今まで一度も血で汚れた様子がない事から、瑞科の強さを証明してもくれていた。
　美しいだけではなく強さも持っている瑞科だからこそ、この衣服を完璧に着こなす事が出来ているのだろう。
　爪先まで、彼女は決して油断する事はない。手を包み込んでいるロンググローブと、足に履かれている編上げのロングブーツも忘れてはならない彼女のお気に入りのアイテムだった。膝まであるブーツが奏でる靴音は軽快で聞き心地がよく、目だけではなく耳でも人々を楽しませてくれる。
　全てが彼女のためだけに作られた、瑞科専用の戦闘服。デザイン的にも機能的にも優れているこの衣服に着替えると自然と気合が入り、瑞科の胸は期待に高鳴る。
「今日も悪魔を完璧に叩き潰してさしあげますわ。せいぜい、わたくしをガッカリさせないでくださいませ」
　瑞科がこの後戦う敵は、闇を操る力を持っているのだという。闇。それは太古から存在する人々の畏怖の対象だ。
　人類は闇に対する恐怖を、未だ拭う事が出来ていない。その闇を操る悪魔は、いったいどれほど恐ろしく、どれほど強大な力を持っているのだろうか。
「わたくし以外のかたでしたら、恐らく失敗する可能性の高い任務ですわ。だからこそ、神父様はわたくしに声をかけてくださったのでしょうね……その期待には、応えてさしあげなくてはいけませんわね」
　それでも、瑞科は微笑む。どれだけ濃い闇を前にしようとも、堂々とした彼女の足取りが鈍る事は決してないのであった。

東京怪談ノベル(シングル)

しまだ

東京怪談

2020年08月07日