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『『代わり』は暫く頼むわよ。』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 とある高級ホテルの大浴場を彩っている彫像や装飾――の修復。
 シリューナ・リュクテイア(3785)が任された今回の依頼は、そんなちょっとばかり大規模になる物だった。

 別世界からこの東京に訪れた紫色の翼を持つ竜族にして、魔法薬屋を営んでいるシリューナ。彼女にしてみればそんな“本業”とは少し逸れるとも言える依頼ではあるが――“趣味”の方にはこれでもかとばかりに合致する。ならば充分にシリューナの領域である上に、“同好の士”である友人知人もまた多く、困り事や頼み事が出来れば話が転がって来る事は何だかんだのお互い様、で結構ある。
 つまり、シリューナの元に入る依頼は趣味と実益を兼ねているのがいつもの事。
 ……彼女はいつも、そんな感じで日々を謳歌して生きている。

 取り敢えず現場の高級ホテルに赴き、大浴場にて実物を確認。造形としての綻びや変色が幾分ある事と、籠められている癒しの魔法がやや弱まっている……と言うか、たまに誤作動を起こす感じにもなってしまっているのが判明した。
 大浴場の飾りと言う事で、大浴場自体――壁や床、湯船に直に彫刻されている部分も多い。持ち出せるタイプの装飾品や彫像品は持ち帰っても出来るから後回しにしていいとして、まずは大浴場自体の装飾、の方を手掛けてみる事にした。



 こういう繊細な作業の場合、時間はあっと言う間に過ぎる。現場から持ち出せない物の修復に本日分のひとまずの切りが付いた頃にはかなりの時間が経っており、依頼主の方から「まだやってて大丈夫なのか」と心配の声が掛けられる程だった。
 趣味の率が高い仕事なので、大丈夫と言う意味では大丈夫である。が――仕事と取るなら確かに幾分やり過ぎたかもしれない。長丁場になりそうであればある程、きちんとめりはりは付けた方がいい。

 で、持ち出せるタイプの装飾品や彫像品については、元々言っていた通りに自宅倉庫兼作業場にまで――大きく重量もある品なので空間転移の魔法を駆使して持ち帰る事にする。最後に自分を同じ場所にまで運び、そちらの修復作業も少し進める。大変だけれども、苦にはならない。これらの品々が完全になった時の事を考えると寧ろ楽しみである。……仕事が完成した暁には、このホテルのお風呂にもゆっくり浸からせて貰おう。そんな事も考えつつ、持ち帰って来た方の本日分もひとまず切り上げた。
 この位のペースで進めるならば、依頼主希望の納期までにはまぁ、間に合うだろう。シリューナは一人頷いて、持ち帰って来たそれらに保護布を掛ける。少し考えてから「作業中。触らない事」と書いた紙を貼り付けておく事にした。

 一応、念の為。



 今日も今日とてファルス・ティレイラ(3733)は同郷の同族にして魔法の師匠でもあるお姉さま――姉の様に慕っているシリューナの店にお手伝いに出向いている。店番からお掃除、お使いに、何かもっと仕事に深く絡む事で手伝える事があるならそれも。休憩時間にはお茶会や、弟子として魔法を見て貰う事だってよくある。
 とまぁ何だかんだで、ティレイラがシリューナの元に来るのは日常の一環なのである。

 で、その延長で今ティレイラがしているのは――倉庫のお掃除。シリューナの仕事の道具から、色々な魔法が籠められている上に綺麗だったりする趣味の美術品までが多々所蔵されているそこは、ティレイラにとってとてもとても興味深い場所でもあり、同時に理性と慎重さが試される場所でもある。
 普通にお掃除をする分には、何も問題は無い。魔法が掛かっている品であっても、注意点さえ気を付けるならティレイラであっても取り扱えるだけの実力はある――取り扱い方が不明な物、触らない様にと言われている物には“触らない”、と言う事さえ守れれば何も問題は起きない筈なのだ。

 が。

 ティレイラの場合、それでも何故か問題がまま起きる。強過ぎる好奇心に負けて触れてはいけない物にこっそり触れてしまう場合や、好奇心には頑張って勝てたとしても何かのうっかりで失敗しややこしい事になってしまったりだとか、そういう不測の自体が結構ある。
 なら出入り禁止にでもすればいいだろうとでも思うかもしれないが、こういう場できちんと用事がこなせる様になる事は修行の一環でもある訳で――シリューナとしては何度失敗しようと、根気強く愛弟子の成長を待っている事になる訳だ。
 ……まぁ逆を言うなら、失敗した結果の可愛い姿を見る事や、失敗の“お仕置き”をするのも愉しいと言う面もあったりするが。つまりどちらに転んでも、シリューナにとってはあまり損は無いのである。出入り禁止にする理由など欠片も無い。

 それでも、ティレイラ本人としては失敗しない様に、きちんと目的通りの事が出来る様にと気合いを入れてこの倉庫に赴く訳である。ここには興味深くて綺麗な品々が多くある事、自分が好奇心に負け易い自覚はティレイラにはあり過ぎる程にある。だから、たかが掃除と言うだけであっても、その気合いを入れる事だけは怠らない。
 自分の両頬を挟む様にしてパンと叩き、自分に一喝。

「よしっ、今日もお掃除頑張るぞっ」

 ……まぁ、気合い充分でも失敗する時はするのだが。



 埃を払い、棚を拭く。あっちには触れちゃダメな物があって、こっちの箱は開けちゃダメで……気にはなるけど我慢我慢。今日は絶対失敗しない。綺麗にするだけ。ちゃんと出来たなら御褒美に鑑賞させて貰えたり何か美味しい物食べさせて貰えるかもだし。頑張らないと。うん。
 そんな感じで自制を重ね、ティレイラはお掃除を続ける――が。
 ふと、ちょっと覚えの無い大物がある事に気が付いた。
 保護の為だろう布が掛けられているので中身は見えないが、多分彫像か何か。これは前にお掃除に来た時には確実に無かった物で、それも保護布越しの大まかな見た目でしか判断出来ないが、何だか、凄そうだなーとはその時点で充分に察しが付く。

 直に見たい。

 そんな好奇心がむくむくと湧き上がる。
 そして――それまで自制に自制を重ねていた分、この不意を打つ様な興味深い謎の彫像への好奇心は、一気に限界点を越えていた、らしい。
 つまり殆ど自覚が無いままに、ティレイラは保護布に手を掛け、そっと外してしまっていて――……

 ……――その下から現れた繊細かつ美麗な彫刻が施された像に、一気に目を奪われていた。

「はわー……すごい。きれい……」

 思わず声も出、手も伸びてしまう。指先で直接そっと触れ――たかと思うと、何か、一気にそのまま吸われる様な変な感覚がした。

「ふぇっ!?」

 びっくりして思わず手を引っ込め、同時に飛び退く。
 と、その衝撃で――自分の後ろにあった別の彫像にぶつかり、そちらがぐらつく。あっ、まずいと思い咄嗟に支えるが、そうしたら動きが止まったそこで彫像がまた別の所蔵品に引っ掛かり、そちらも棚から落ち掛ける。わわわわ、とそちらも支えようとするが、今度は間に合わず落っこちて、かと思ったらその落ちた衝撃で足許に球体の水晶か何かが転がって来――ティレイラはそれに躓きそうになる。
 うわわわわ、とそれを避けようとして、最後にはティレイラは――保護布が被されていた当の彫像に向かって派手に突っ込む形で倒れ込んでしまっていた。そして起こる、どんがらがっしゃん、と言う不吉な異音。

「っく、うにゃあああ……痛たたた」

 ティレイラは何とか体を起こす。それから――はっとしてきょろきょろ辺りを見回した。今の状況。所蔵品を巻き込んですっ転んだ自分。被害があっては大変である――と思ったが、完全に後の祭。
 そう、ぱっと見ただけでも丁度保護布が掛けられていた当の彫像の細部が、あちこち派手に欠けてしまっていた。倒れてしまっている以上、他にも何かあるかもしれない――全体像を確り知らない以上、確認し切れない。
 さーっと血の気が引く。
 ついでに、転ぶと思った瞬間、咄嗟に握り締めてしまっていた保護布に、よくよく見れば「作業中。触らない事」と書かれた紙が貼ってあった。

 やってしまった……! とティレイラの脳裏に浮かぶ。
 そして。

「……ティレ? 大丈夫? 凄い音がしたけど……?」

 何を取り繕う余地も無く、シリューナが倉庫に姿を現した。



 結果。
 ティレイラの粗相で余計な壊れ方をしてしまった彫像品――とその周辺に置かれていた装飾品にも被害はあった――は、どう急いで修復したとしても、当初の予定より大幅に遅れてしまうだろう事が想定出来た。
 となると、依頼人希望の納期には間に合わない。

「ごっ、ごめんなさいお姉さま……っ」
「まぁ、やってしまった事は仕方が無いけれど。お仕置き代わりに責任は取って貰うわよ?」
 ティレ。
「はっ、はい、勿論、私に出来る事なら何でもしますっ」
「そうねぇ……。じゃあ、ちょっと一緒に来なさいな」
「……って、何処にですか?」
「ホテルよ」
「へ?」



「あのぅ……お姉さま、ここってお風呂場……ですよね」
「そうよ。じゃあ……そっちの湯船の縁、その台座の上に行って貰えるかしら」
「? こっちですか?」
「そう、そこ。で――竜姿になって貰える?」
「へ?」
「竜姿になって欲しいのよ」
「ここでですか?」
 高級ホテルの大浴場で竜姿って、いいんでしょうか……?
「気にしなくて大丈夫よ。ここは充分広いでしょう?」
「そ、それはまぁ、そうですが……?」

 と、訳がわからないながらも、ティレイラは言われた通りに本性である紫色の翼と尻尾に角を生やした竜姿の巨体に戻る。

『えぇと、竜姿にはなりましたけど……?』

「じゃあ、そこで座って、湯船を囲む様な感じで、左側に体を傾ける様にして、そう、寝椅子に寝そべってた所から起き出すみたいな……丁度そっちの台に凭れる様な、でも凭れ切らない様な感じに」
『? こうですか』
「そうそう。ああ、あと尻尾の先は湯船の中に垂らす感じがいいかしら。翼は……自然体のままでいいわね。で、この水瓶を両前肢で確り持って」
『? はい』
「中身を湯船の中に注ぐつもりで水瓶の口を湯船に向けてね。……ああ、台の上に肘を突く感じの方がいいかしら」
『……こうですか』
「そうそう。いいわ」
『……。……あのぅ……お姉さま?』

 ティレイラはシリューナの細かい指示通りにポーズを取るが、どうも何が何だかわからない。自分は粗相の責任を取りに来たのでは無かったのだろうか、なのにやっている事と言えば竜姿になってポーズを取っているだけである。持っている水瓶は湯船に向けて。……何をしている事になるんだろう。これ。
 思いつつ、何となく湯船を見る。

 と。

 そうするのを見計らった様にして、竜姿なティレイラの巨体がぴしりぱきりと固まり始める――いや、始める、と言うより、当人が反応する余地無く一気に固まった。
 後に残るのは、まるで初めからこの大浴場に存在していたかの様な、場と一体化している竜の彫像。



 可愛いティレが物問いたげに湯船を見たその瞬間、“ここ”だと思った。

 なのでその時点ですかさずシリューナは封印の呪術を展開、一時的に魔法の効能を付与し、竜姿のティレイラを美しい彫像に仕上げて見せる。
 ティレへのお仕置き代わりの責任の取らせ方。それ即ち――暫くの間、一時的な身代わりになって貰うわね、と言う事である。だから「こういう場に沿う様に」と言うのを前提に、いい見栄えになる様にポーズを取らせて呪術を掛けたのだ。
 ある意味ではいつも通りとも言える「お仕置き」。けれど今の場合は――「趣味」からは一歩下がって場所に沿う様にと造形を考えた為、シリューナとしても幾らかは冷静に見る事が出来ている。……つまり偶然に任せたティレらしいティレならではの美では無く、シリューナがコントロールした上での美になるから、理性を飛ばして没頭してしまう……程の蠱惑的な出来にまではなっていない。
 とは言え勿論可愛い事は可愛いので幾らでも見ていられるし、愛でてもいられる。事実その身にそっと指先で触れて撫で、感触を確かめたりもしている。

「……これで暫くは凌げるかしら」

 これだけの見応えがある竜の彫像があれば、充分に代わりにはなる筈。勿論、依頼主にこちらの不手際を謝罪の上報告しておく必要はあるけれど、まずこれなら、否やは無い。

 じゃあ、そういう事だから。
 ……『代わり』は暫く頼むわよ。ティレ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 紫の翼を持つ竜族な御二人にはいつもお世話になっております。
 今回も発注有難う御座いました。そして大変お待たせしました。

 ピンナップから起こしての内容でしたが、前置きが長過ぎて愛でる部分が少なかったかな、とまず気になっております。お任せ頂いた部分が多めだったとは言え、シリューナ様側の感覚とか他細部もイメージから逸れてないと良いのですが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、残り期間も少なくなってしまいましたが、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は……って今回も次を先程お預かり致しました。まずはそちらをお待ち頂ければ。

 深海残月 拝
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東京怪談
2020年08月11日

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