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『恐れを知らぬもの』
芳乃・綺花8870

 黒のミニ丈のセーラー服が、今日も夜の隙間を縫っていた。
 ひらり、とプリーツが風に乗り舞い上がる。
 その奥に見えるのは彼女の脚を包む黒のストッキングだ。バックライン入りの、艶のあるものに見える。

「……追いつきましたか」

 彼女――芳乃・綺花(8870)は、静かにそう言いながら前を見据えた。
 どうやら今日の任務の標的を追いかけていたらしい。
 
 人の世を乱す人ならぬ存在。
 妖魔や魑魅魍魎――。そんな類ものを排除するために、綺花は日々を過ごしている。
 昼間の姿は清楚な女子高生だが、その制服を脱ぎ捨て戦闘服である現在のセーラー服を身にまとった時、彼女は所属する民間組織「弥代」で一番の、『退魔士』となるのだ。

 今回の敵は動きの速い存在であった。
 上からは総称として『影』と呼ばれ、綺花自身もそう認識している。
 ヒトの形をしているが、その実は中身のない傀儡。
 生身の魂を奪い、自分の糧として存在しているらしい。
 すでに幾人かの犠牲者が出ているので、疾風のような動きはそこからきているのだろう。

「さて、お相手願えますか?」

 右手に収まる愛刀を握り直して、綺花はそう言った。
 すると彼女の視線の先で、言葉ない『影が』ゆら、と動く。
 横にぶれるようにして移動するその姿を、綺花は見逃すことは無かった。

「……ニンゲン、ウマソウ……」

 『影』がそんな言葉を発した。
 響きが定まらないのは、元々の性質なのかそれとも魂を吸収する上で身につけたものなのか。
 そう思いつつも、綺花には些細な事であった。
 人語を解しようが、知恵があろうが、倒す存在には何も変わらない。
 ゆえに、何の感情も相手には湧かないのだ。

「そこですっ!」

「!」

 ガキン、と金属がぶつかり合うかのような音が響いた。
 綺花の刀と、『影』の繰り出した武器のようなものが、ぶつかったのだ。
 その武器らしきものは、『影』そのものの腕が変容して刀のような形になっていた。
 おそらくは、綺花の愛刀を目にして真似たのだろう。

「……なるほど、少しは考えられるようですね。ですが力押しだけでは、私には勝てませんよ」

「ア……?」

 綺花は静かにそう言いながら、愛刀の向きを変えた。その上に乗る形となっていた相手の腕刀は、その素早い動きを読めずに、宙に浮かされる。

 一瞬だけ、『影』の体制が崩れた。
 ――その隙を、綺花が見逃すはずもなく。

「ふぅっ……!」

 ザシュ、という音と共に、右手に確かな手ごたえを感じた。
 『影』の脇を捉えた綺花が、そこに目がけて愛刀を横一文字に斬ったのだ。
 人の部位で言えば、腹のあたりを斬った。そうして『影』も、その部分を抑えるようにして身をかがめ、地面に膝をつく。

「ウウ、イタイ……」

「痛みを感じるのですか。だったら尚更……己のしてきた罪の自覚をされたほうがいいですよ?」

 ――どうです?

 綺花はそう言いながら、口の端に笑みを浮かべていた。
 その様子は少々、サディスティックにも見て取れる。
 隙だらけの相手に敢えての時間を与えているのも、わざとのようだ。

「アァ……」

 『影』は唸り声をあげた。
 斬られた部分が痛むのか。それとも綺花に傷をつけられたこと自体が悔しいのか。両方であるのかはわからない。

「アァァアアアアアァァ……っ!!」

 唸りはやがて、叫びになっていった。
 綺花はその様子を黙ったままで眺めていた。
 そしてその数秒後、ぴくりと僅かに頬を揺らして、目を細める。

「……空気を……いいえ、これは……周囲に飛び散る弱き者たちの意識を、集めている?」

 『影』は暫く叫び声を上げ続けた後、膝を折ったままで体を外にくねらせた。
 そうして、綺花の指摘通りに空気中に霧散している塵のような意識と気配を、己の体へと吸収し始めたのだ。
 おそらくは、斬られた部分の回復をしようとしているのだろう。

 ――だが、それを黙ったままで待っている綺花ではない。

「残念ですが、時間切れです」

 そう言いながら、彼女は一歩を進んだ。
 そうして、愛刀を頭上に掲げて、天まで仰いだ後、一気に振り下ろす。

「……グ、ア……?」

 一瞬の動きだった。
 『影』はそれを理解できずに、伺うような言葉を空気に乗せた後、形を崩していった。

「お粗末でしたね」

 ざら、と灰が崩れ落ちるかのようにして『影』はその場で『塵』となっていく。
 先ほどまで自分が集めようとしていたモノとなり、その敵は消えていくのだ。

「出会うのが『私』という退魔士ではなく、他の者だったら……もしかすると、もう少しは生を謳歌出来たかもしれませんね」

 ――いずれは、消えて頂きますけど。

 そんな後付けをして、綺花は愛刀を払い、鞘へと納めた。
 凛としたその姿は、とても学生とは思えない出で立ちだ。

 この世に人が存在する限り、同じようにして魔も存在するのかもしれない。
 そうだとすれば、退魔という行為は矛盾してしまうのかもしれない。
 だがそれでも、綺花は戦う事は止めず、前へ進み続けるのだろう。
 その過程で、強き敵が現れるかもしれない。彼女の身体能力を上回り、あざ笑い、痛めつけ、無残な姿を世にさらすこともあるかもしれない。

 そんな、あり得ない未来を想像するも、綺花には負ける気持ちは一切ない。
 どんなにつらい状況下に陥ろうとも、彼女は立ち上がることを続けるだろう。

 ――それが、芳乃綺花としての使命である限りは。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。この度はありがとうございました。
綺花さんの戦う姿は、いつでも美しくあるのだろうなと思いつつ。
少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月11日

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