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『きみと一緒ならどこまでも行ける』
珠興 若葉la3805)&珠興 凪la3804

「そろそろ行こっか」
 家で過ごすひと時。一緒に朝ご飯を作っていたときから落ち着かない雰囲気を漂わせた婚約者の珠興 凪(la3804)がそう言ってソファーから立ち上がるのに皆月 若葉(la3805)は微笑ましさを感じ、零れ落ちそうになる笑みを堪えて、うんと頷き立ち上がる。準備運動というわけでもないが、背筋を伸ばしても体は軋みもせず――肉体的疲労はすっかり抜け落ちたようだった。予め用意してあったバッグを手に、二人肩を並べて家を出る。そうして向かったのは駐車場で、そこにはバイクが停めてあった。大型二輪のそのオートバイの運転席に凪が跨り、後部座席には若葉が腰を下ろした。ヘルメットを着用し、凪がエンジンを掛けるのを見て若葉は彼の腰にそっと手を回す。と不意に凪は振り向くと口を開いた。透き通るバイザーを挟んで黒い瞳がただまっすぐにこちらを見返す。
「勿論安全運転は心掛けるけどもし何かあったらいけないし、しっかり掴まってて」
「うん、解った。絶対に離さないから大丈夫だよ」
 言えば安心したように僅かな緊張が眼差しから消えるのが分かった。微笑みを交わすと凪は正面に向き直り、エンジンを噴かせて走り出す。宣言した通りに凪の腰に掴まれば、空気が淀みそうな程の熱気を顎や首を過ぎ行く風が取り払い、心地が良かった。回した腕から体温が伝わるような錯覚を抱きながらバイクが街路まで出ると頭上を仰ぐ。通りを囲むように聳えるビルの天辺の更に上に澄んだ空が見えた。
 カイロにあるインソムニアを攻略する為、大規模作戦が敢行されたのはつい先日のことだ。これによってアフリカ大陸の領土を奪還する足掛かりが出来たことになる。次は北米にとの動きもあるが、しかしライセンサーの体力も戦う為に必要不可欠な物資も無尽蔵ではなく、水面下で活動を行ないつつも通常業務に戻ったのだ。作戦がひと段落したことを受けて、若葉と凪も息抜きに何かしようと考え、そして色々と話し合った結果、タンデムでのツーリングをすることに決定したのである。目的地とそこに到着するまでの予定も大まかながら立ててあった。――とそんなことを考えている間に景色は徐々に自然に移り変わって、生い茂った木々の鮮やかな緑色に目を奪われた。体感温度が下がるのと同時に背中しか見えない凪を強く感じ、鼓動が大きく高鳴る。
「気持ちいいね」
 内心を誤魔化すように言ったが、バイクの走行音が邪魔でこの声量では凪には届かないだろう。かといって言い直すのもと葛藤していると、
「うん。いつも一人で乗ってるときとはまたちょっと違って、でもすっごく楽しい」
 弾む声は特別張り上げているわけでもないのに風とモーターの音にも掻き消されず若葉の耳まで届いた。青空の下にまっすぐな道が続いていて、二人の乗ったバイクはのんびり前に向かう。と、ふと目に入った光景に若葉は、凪の服の裾を緩く引いた。
「――凪っ、あれ近くで見てみたい!」
 思わず声が大きくなる。その勢いの強さというか、感動にも似た興奮は彼によく伝わったようで腕を回した凪のお腹が小さく揺れ、笑っているのだと判った。
「了解。下に行くと揺れるかもしれないから一応ね」
「凪は心配性だよね」
 息を漏らすように呟いた声は流石に聞こえなかったらしい。舗装された車道から脇道に向かい、そのままゆっくり下っていく。なるほど確かにコンクリートは年季があり罅が入っている為、今の速度で静かに走っているとクッションを通じて振動を感じる。道を折れる前には看板があったのである程度知られている場所の筈だが調べたときは載っていなかったから意外と穴場なのかもしれない。かくいう若葉も鬱蒼と茂る木々の隙間に運良く見えただけだ。
 道路が途切れるとそこにバイクを停めて、二人で談笑しつつ歩いていき、そして寄り道を決めたその景色が目の前一杯に広がった途端、どちらからともなく感嘆の声が零れ落ちた。
「綺麗……本当、凄く綺麗だ」
「ねっ。ここに来れたのは偶然だけど、でも見れて本当によかった!」
 美しいものを見るとつい表情が綻ぶ感じは自分も理解出来ると凪の横顔を見て思った。その瞳は少年のように光り輝いていて、幼少の砌に冒険をして思わぬ発見があった際の喜びを思い出した。凪の顔に目を吸い寄せられそうになるが若葉も真正面に向き直る。水際まで近付き、覗き込めば、底が透き通る透明度の上に揺らぎを描きつつ自分自身の顔がそっくりそのまま映し出された。奥まで目を向けると、水面の周りを縁取るように新緑が冴え冴えとした光を放っている。何よりも目を惹いてくるのは空を映した水鏡だ――もし規模が大きかったなら、見物客が多く訪れて賑わっていたかもしれない。そんなふうに思える程綺麗で二人は暫し言葉をなくした。それでも気持ちが通じ合っているのは分かっているから沈黙は苦ではない。ただ隣の凪の存在を意識していると不意に引き寄せられ、肩を抱き留められた。突然のことに先程までと違う種類の喜びが胸を占領する。
(嫉妬してるのかな)
 と思いながらちらと横目で見るも凪は目の前の湖なのか池なのかという水面を眺めたまま。むしろ若葉のほうが妬けてしまい、身体を寄せて凪の肩に顔を擦りつけた。自分を見てほしい想いが強く、けれど邪魔もしたくないしと視界は遮らないようにする。その複雑な葛藤はすぐに破られた。何故ならば、凪自ら正面に向かい合う形にすると躊躇せず若葉を抱き締めてきたからだ。衣服は濡れていないものの素肌は薄っすらと湿り気を帯びていて、接触したところから熱が広がっていく。清浄な水の気配に加え木漏れ日による天然の覆い布が猛暑をぐっと和らげている中、それに逆行するように熱くなって――けれど若葉は自分からも強く凪の背を抱き返した。抱きつかれる前に見えた彼の表情が愛おしいと、まるで絵に描いたような幸せ一杯の微笑みを刻んでいたから。暫くそうしてその後また水鏡を眺めながら、ツーリング中は出来ない会話に興じたのち、再出発する。思わぬ形で目的の一つも無事達成し気分転換も済んでとすっきりして走る感覚はこの上なく心地良かった。

 ◆◇◆

『戴きます』
 と二人で手を合わせたのは道中立ち寄った食堂でのことだった。緑のエリアは過ぎて、灰色のガードレールの奥側に目が冴えるような青と白い波が作り出すコントラストが美しい海沿いの道に気付けば切り替わった後だ。この辺りの店はいずれも海鮮系のメニューが売りらしく、元から途中で食事を摂るつもりだったのでどこか目についた店があればと、かなり派手な幟が立っていたここに決めたのである。恰幅のいい女性店主が目の前に運んできたのは海鮮丼を中心とした定食だった。数種類の具とご飯を掬ってぱくりと食べたら味の大洪水が巻き起こり、だが決して喧嘩はせず物の見事に調和していた。感動のあまりに凪は隣の婚約者を見る。と若葉も驚きに元から大きめの瞳を見開き、口内にものが入った状態なので喋れないまでも何が言いたいかはよく伝わった。口元を押さえつつ笑えば、若葉も我慢しきれないといったふうに同じようにし、
(僕たち何だか似た者同士かも?)
 なんて思った。若葉は人当たりがよく誰とでもすぐ打ち解けられる性格の持ち主なのだが、自分はといえばそうでもなく、若葉の前向きさや明るさに引っ張られるようにその影響を受け変わったような気がする。勿論夫婦と比べれば付き合いは遥か短いのに思考や言動等に既視感を感じるようになったのは相性の良さ故か、あるいはそれだけ濃密な時間を過ごしてきたからか――何にしろ構わない、と凪は思う。肩を寄せて美味しい美味しいと言いながら食事を楽しみ、ふと思い立って凪は徐にカメラを取り出し、若葉へと向けた。器用に具材を残しバランスよく食べている様子をぱちり。こうやって思い出が増えるのが嬉しく、後で見返すという楽しみも増える。すぐ隣なのだから当然気付かない筈なくて、困ったように眉を下げて、けれど満更じゃないと笑う若葉を見返し抱き締めたい衝動を何とかして堪えた。最近は人前でもそうしたくなるのが困りどころと幸せな悩みごとに唇をむずむず動かしつつ、凪はとりあえず机の下の彼の手を握り、握り返されたのに胸も一杯になる。いつしか空は茜色に染まって、また夜の空気が次第に濃くなってきた。今以上に運転には気を付けなければと思うも然程気負うことなく、この先の景色に期待を膨らませるのだった。

「速度上げるね」
 その声が聞こえたかどうか分からないが、凪がギアを上げアクセルを回すと、腰を掴んでいた若葉がぎゅっとくっついてきた。今日は任せてほしいと頼んだので自分がずっと運転しているが若葉自身もバイクの運転経験は充分なので、左右どちらかに曲がるときは少し早めに重心を移動し滑らかに弯曲出来るようにしてくれるなど、運転中の負担を軽減する配慮が有難かった。そのお陰で見栄でも何でもなく思ったよりも疲れず、風を切りつつ走る感覚を楽しめたのだ。すっかり夜に沈み左右の街灯が二人の乗るバイクの行先を照らす中で、橋の輪郭を照らすようにカラフルな照明がシールドの表面を撫でて過ぎた。
 再び都会の景色が映り出してからどれ程の時間が経ったのだろうか。事前に調べておいた駐車場へ信号で停車した際に若葉に見てもらいつつ向かい、無事に停めると会場まで歩いていった。自分たちと同じように道路は見物客たちで人だかりが出来ている。若葉とはぐれないように、それに誰も見ていないからと自分で自分に言い訳をして、凪は彼と手を繋いだ。若葉もすぐに気付き、こちらを見返す。
「折角だし、繋いだままにしちゃおっか♪」
 悪戯っぽく大人の笑みを浮かべて若葉は言う。そうしながらさりげなくただ繋いでいた手を指と指を交差させるように所謂恋人繋ぎで改めて握り直した。
「……若葉には敵わないなぁ」
「そう? 俺も凪には驚かされっぱなしだけど」
「驚かせるよりもっと違う意味で、どきっとさせたいな」
「うん? 何か言った?」
 歩きつつ首を傾げて訊いてくる若葉の髪がさらりと揺れた。可愛いなとか独り占めしたいなとかそんな感想がちらり凪の頭によぎって、ただ首を振ってその思考も今は片隅に追いやると人波に負けじと進む。
 やがて辿り着いたのは今の時期野外フェスティバルにも利用されるステージ。敷地面積自体が大きいからか、人数と比べ圧迫感は全くなく、人の多さ故の熱気は感じるが不快という程でもない。気温が夜も更けて随分下がったというのもあるのだろう。ざわざわ雑踏の声が聞こえる時間も直に過ぎて、何とか聞き取れる声量でのアナウンスの後間もなく、ぽんっと軽く弾けた音にざわめきが勢いをなくして、一気に静まり返った。代わりに故意に暗く落とされただろう照明を飛び越えて、ひゅるひゅると打ち上がる一本の波線が遥か頭上で弾けて派手に花を開く。それは一つまた一つと数を増やし、やがて大雨にも似た音を立てながら大輪の花がいくつも咲き誇っていった。まだ陽が出ている頃に見た水鏡の湖や穏やかな海の見ているだけで涼しく感じるような青の美しさや、或いは夕陽が照らす世界の色といった今まで見た綺麗な光景とは違って人工的だが、それはそれで素晴らしく、艶やかで豪勢な花火を今、若葉と一緒に眺められる現実に幸福感を噛み締めた。聞こえる拍が自分のものか若葉のものかも判らない。
(好きだな)
 と唐突に思う。今こうして一緒にいられる時間が幸せであることに間違いないが、例えば朝ベッドの中で睦み合うような、恋人らしい時間かと訊かれればそれ程でもないと答える。せいぜい繋いだ手くらいのものだ。だがそうした日常を共有している事実が好きの感情を増幅させていく。花火を眺め、時々若葉の横顔も見てと殆ど言葉を交わすことなく、それでも幸せな一刻を目一杯楽しんだ。ふと気付けば花火大会は終了を迎え人々はまるで水が捌けるように帰路を辿る。人混みが落ち着いたところで、二人も来た道を引き返していった。
「いい息抜きになった?」
「うん。明日からもまた頑張れそう!」
 学生とライセンサーという二足の草鞋もそれなりに大変だ。けれど若葉と一緒なら乗り越えられない障害はないと思えるのである。だから気負わず自分の速度で歩く。そんな二人の胸元ではペンダントの婚約指輪が照明を浴び輝いていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ご飯を食べるときの表現ががばがばだったりだとか、
もっと道中の描写も細かめに書きたかったんですが
字数が足りずにぐぬぬとなりながら書き進めました。
自分にしては景色などにも少し力を入れたつもりなので、
暑さを和らげるようなものになっていれば嬉しいですね。
多分日常的にも若葉くんと凪くんは四季を楽しむすべを
知っていて、例えば夏バテしづらい食事を作ったりとか
暑い暑い言いながら二人くっついてラブラブしたりとか、
そんな感じに過ごしていて、この日も特別ではあるけど
そんな日常の延長線上にあるのかなと勝手に妄想しています。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年08月12日

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