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『もう一つの久遠ヶ原で』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809


 不知火 仙火(la2785)は二つの久遠ヶ原学園を知っている。
 一つは、放浪者たる彼の故郷である世界にあったもの。もう一つはこの世界にあるもの。こちらの世界にあるものは、小学校から大学まで設置されたライセンサー育成校である。
 仙火の故郷にあった方の久遠ヶ原学園もまた、その世界でのライセンサーに相当するもの(撃退士と呼ばれていた)を育成する教育機関であった。
 一般的な教育課程と撃退士育成の授業が設けられており、「撃退士の任務による欠席は出席扱いとする」制度があった。当然と言えば当然である。撃退士育成校を謳っておきながら、実地訓練たる任務を欠席扱いにしていては、優秀な撃退士が育つはずもない。
 しかし、この制度にはある弊害を生み出していた。
 通常の授業がないがしろにされがちだったのである。
 居眠り、サボタージュは当たり前、本人の代わりに出席する授業代行屋を営む生徒もいたほど。ないがしろというか、ボイコットの域に近いと、人によっては言うかもしれない。
 そのため、生徒のアルバイトの一つに「サボタージュ学生の捕獲」があった。
 仙火はそのバイトを請け負っていた。家業を継ぐため、真面目に勉学に励んでいた彼は、サボりを取り締まる側だったのである。

 そして、こちらの世界に転移。故郷と同じ名前の、同じ役割の学園の存在を知り編入。現在、大学法学部に在籍。

 同じバイトに精を出していた。


 今回はこの学生を捕獲して欲しい、と教務部から依頼を受ける。札付きのサボり魔で、今まで色んな捕獲バイトがその学生を捕まえようとして失敗しているらしい。
「ってことは相当なワルだな」
 白い頭をかきながら呟く。この時間なら校内にいるらしい。授業のある時間に、学校にはいるけれど教室にはいない。そういうのがサボタージュの醍醐味らしい。
(気持ちはわからんでもないが、学校通ってる意味あんまないよな)
 苦笑する。学生のたまり場の様なラウンジに座って、ターゲットを見張っていた。スマートフォンを触るふりをしながら、何気なく監視している。
 勿論、他にも学生はいた。友人同士で話す者、そして、試験勉強をする者。そう、今は試験前。
 異世界に転移したからと言って、仙火の真面目さが失われた訳ではない。バイトもライセンサー業もしているが、彼も試験勉強はきちんとしている。メリハリをつけられるのでずっと勉強漬けじゃないと言うだけだ。また、レポートの課題を出す授業もある。全ての履修講義に試験があるわけではない。
(そう言えば、さくらはどうしてるかな)
 今年、大学部に進学した日暮 さくら(la2809)のことを思い出す。ライセンサーとしては非常に優秀で実力派。「刀も銃も私の刃」と胸を張って遠近両方の立ち回りをこなす彼女も、大学生としては新米だ。履修登録などには仙火や幼馴染も相談に乗ったものだ。シラバスや時間割とにらめっこする彼女に助言した。

 なんてことを思い出していると、ターゲットが動いた。すぐには立ち上がらない。相手がラウンジの出口に差し掛かったところで、仙火もまるで待ち合わせの時間が近づいているかのように立ち上がった。

 忍の母を持ち、自身もサムライでありながら忍の動きも体得している仙火は、派手な容姿ながらも隠密が下手ではなかった。資料によれば、ターゲットはこれから始まるアメリカ近代史の講義を履修している。しかし、その教室に向かう様子は見せなかった。案の定サボタージュらしい。チャイムが鳴っても、まるで聞こえていないかのようだ。
(全然ためらいを見せねぇな……)
 思わず苦笑してしまう。相手は軽い足取りでどんどん教室から離れて行った。屋外に出て、人気のない場所立ち止まると、スマートフォンを取り出してどこかに電話している。話の内容からして、どうやら日雇いのアルバイトの様だ。仙火も町中やインターネットでよく見る。「授業の合間時間を使ってお小遣い稼ぎ!」という触れ込みのバイト仲介業者の広告を。
(本来授業だろ、合間時間じゃないだろ……)
 呆れながら木陰で見守っていると、別の気配を感じてそちらを見た。一人の一年生がこちらに向かってくる。何故一年生と判別できたのか。それは……。

(さくら)

 日暮さくらその人だったから。


 日暮さくらは空き教室で時間割とにらめっこしていた。母に瓜二つの、端正な顔立ち。その眉間に皺が寄っている。
(授業を取り過ぎてしまったかもしれません)
 どちらかと言うと、試験を行なう授業に多く当たってしまったと言うべきか。他の同級生が、レポートが多いからあまり試験勉強をしなくて良いのだと言っていたのを思い出す。後に、彼女はその同級生がレポートをため込んで泣いている場面に遭遇するのだがそれは別の話。
(ですが、履修した以上はきちんと単位を取りたいものです)
 真面目なさくらに、単位を捨てるという発想はなかった。試験があるなら、全てで及第点を取るしかあるまい。もっとも、及第点で済ませるつもりもない。
 立ち上がる。図書館で調べながら勉強するつもりだった。

 次の時間に、さくらが履修している講義はない。その後もう一コマ講義があって、それでこの日は帰宅。帰ったら語学の勉強をすることにしている。語学なら家でも出来る。

 チャイムが鳴った。移動時間を見誤ったらしい学生が、教科書を抱えて廊下を走っている。その人とすれ違うと、すっかり人気がなくなってしまった。図書館へ向かうために外へ出ると、夏の外気が熱気を孕んで纏わり付いてくる。長時間いたくはないが、クーラーで冷えた肌には少し心地良くもあった。その先では、一人の学生が脇に寄ってスマートフォンを耳に当てている。
 その人を視認した瞬間、何者かに腕を引かれた。思わず持っていた教科書でぶん殴りそうになったが、
(しーっ!)
(仙火!?)
 不知火仙火だった。その鋭い反射神経ゆえにすぐさま教科書を振り上げたさくらだが、彼を認識した瞬間に手を止めることが出来た。もしこれがさくらでなかったら、仙火はぶん殴られていたに違いない。さくらが目を丸くしていると、彼は自分が隠れていた木の陰にさくらを引き込む。
(こんなところで何を?)
 仙火がただの酔狂でこんなことをするとも思えなかった。小声で尋ねると、彼はかくかくしかじかと事情を説明してくれた。サボタージュ学生捕獲のバイト中で、今そこで電話している学生がその対象者であり、監視中であること。了解したさくらは口をつぐんで大人しく気配を殺した。
 電話はまだ終わっていなかった。どうやら、漏れ聞こえる言葉から、勤務地を確認しているらしいことがわかる。その様子を監視する仙火の真剣な眼差しに、さくらも思わず息を詰めてしまった。

 身じろぎして、仙火に軽く触れる。そこで、彼女は二人の距離がとても近いことに驚いた。耳を飾る房の、縒った糸の螺旋がよく見える。仙火の耳殻はこんな形だったのですね、と妙なところが目に付いてしまう。彼はさくらに見られていることに気付いていないようだった。
 そのことに、さくらは次第に不思議な気持ちになっていく。

 並行世界の剣客である父と、その息子の仙火。幼い頃から打倒を誓い、世界さえ越えて会おうとした宿縁の相手。両親が勝てなかった相手。自分が必ずリベンジすると誓った。その剣客に子供がいるなら、その子にも勝つ、と。そのために修行を積んできた。
 当初、その親子を……仙火とその父を倒して、意気揚々と元の世界へ凱旋する予定だった。両親にリベンジの達成を報告するつもりだった。さくらにとって、出会う前の仙火は「倒すべき相手」、極端に言ってしまえば「敵」でしかなかった。
 けれど、今はこんなに近くにいるほどに気を許している。関係は「敵」から「好敵手」へ変化した。削り合うのではなく、高め合う関係に。同じ家に住み、同じ小隊で、同じ学校で学んでいる。
 あまりにも距離が近くなっていることに今更ながら驚いた。けれど、悪い気持ちはしない。今のさくらにとって、この青年は、いるなら負けたくないと思っていた「天使の息子」ではなく、縁を結んだ「不知火仙火」なのだから。

 という、宿縁を辿ってきた今までのことを考えていると、仙火が身を乗り出した。ターゲットが電話を終えたのだ。
(仙火)
 さくらは囁いた。
(協力します)
 それを聞いて、仙火は顔を綻ばせた。さくらの参戦に喜んでいる顔だ。
(お前が協力してくれるなら心強い)
 簡単に打ち合わせてから、仙火が木陰から出た。ターゲットに声を掛ける。
「お前、今の時間はアメリカ近代史の講義じゃないのか?」
 それを聞くと、相手はびくっと肩を震わせてこちらを振り返った。脱兎の如く走り出す。仙火もそれを追い掛けた。
 バイク通学であることは事前に聞いている。なおかつ、バイト先に駐車場のことを聞いていた。今日も足はバイクなのだろう。案の定、学園の駐車場に向かっている。
 相手がそこへ飛び込もうとしたその時、そこにもう一人の学生が立ち塞がった。
「そんなに急いでどこへ行くのですか? 授業をすっぽかしてまで?」
 先回りしていたさくらだ。金色の瞳が放つ気迫にたじろいで後ずさったその両肩に、仙火の手がぽんと置かれた。
「捕獲完了。さ、教務部に行こうぜ。言い訳はそこでしろよ。教務と教授が聞いてくれるって言ってたからな」


 捕獲した学生を教務部に引き渡すと、その場で報酬を受け取れた。仙火はそれを持ってカフェテラスに好物の苺スイーツを食べに向かう。勿論、さくらも一緒だ。協力してくれたお礼として仙火のおごり。苺ババロアと緑茶を頂きながら、仙火はほっと一息ついた。
「試験勉強はどうだ?」
 何気なく尋ねると、さくらは眉間に皺を寄せる。
「高校の時のようにいかなくて困っています。でも、勉強はちゃんとしていますよ。ライセンサーの任務で出られなかった授業のレジュメはちゃんと受け取っていますし、同じ講義に出ている子から、要点も教えてもらいました」
 胸を張った。
「あんまり根詰めるなよ。息抜きも大事だ」
 ババロアに乗っていた苺をさりげなく脇に避けながら仙火は微笑む。
「それもそうです。肝に銘じます」
 さくらは大真面目に頷いた。
「ですが、今日はまだ何もしていないので」
「ああ、なんか、邪魔しちまったみたいで悪かったな」
「いえ、とんでもありません。仙火はサボり魔捕獲と言う任務の途中だったのですから。私の方こそ、邪魔をしそうになってすみませんでした」
「手伝ってくれたじゃねぇか。なんなら、これから試験勉強もするか。俺も判例をコピーしただけでまだ何もしてねぇんだ」
「そうなのですね。仙火が一緒にいてくれるなら心強いです」
 こっくりと頷く。それから、はたと何かを思い出したように、
「そう言えば、仙火。この前は万年筆をありがとうございました。活用させてもらっています」
 誕生日プレゼント兼進学祝い兼バレンタインのお返しとしてもらった万年筆。キャップ部分に肥後象嵌で金色の桜柄があしらわれている品の良いものだ。
「そりゃ良かった」
 仙火は嬉しそうに笑う。
「万年筆は使うのが一番の手入れと聞きましたので」
 そこで、はたと思い至る。結構値が張っただろう。もしかして、このバイトで貯めたお金を使ってくれたのだろうか。
(そう言えば、仙火の誕生日はもうすぐでしたね)
 大きめの器に入っていたババロアが、仙火のスプーンが動いている内にどんどんなくなっていく。それを眺めながら、さくらは思い出していた。
(私も、仙火に何か贈りたいですが、先立つものが必要ですね……バイトしてお金を貯めましょうか。このバイトでしたら、久遠ヶ原からで安心ですし、ライセンサーとしての技術も活きそうですし)
 足の速さや反射神経を活かせるかもしれない。
「仙火、相談があるのですが……」
「改まって、どうした?」
「今日のバイト、受けるにはどうしたら良いでしょうか?」

 サボタージュ捕獲バイトとして恐れられる学生に、「日暮さくら」の名が挙がるのもそう遠くはないだろう。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
学園の構造だとか許可される通学などについてはかなり捏造しております。Eの久遠ヶ原にはそう言うバイトがあったのですね、と興味深く。
お二人の学生さんとしての日常を想像するのが楽しかったです。
宿縁については、そう言うことだったのか! と腑に落ちると同時に、これまで積み重ねてきたお二人の関係に驚嘆するばかりです。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年08月12日

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