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『そして、冥契は今果たされる』
黒の夢ka0187

 気が付いた時には、世界は一面の白に染め上げられていた。そもそも今この光景を本当に視覚で捉えているのかすらも怪しい。何故ならば自分が立っているのか座っているのかそんな感覚も疑わしいからだ。己の輪郭――境界線は酷く曖昧で、意識をしなければ涙のようにほろほろ零れてしまう。それこそ自然の摂理、生き物の在るべき姿。つまり、自分という存在は既に終末に辿り着いて今、本当の終わりを迎えようとしている真っ只中なのだ。そうと、漠然とながら絶対的なものとして理解する。必死に堰き止めても、己を己たらしめる何かは少しずつ零れ出た。それでも抗わずにはいられないと喪った何かが占有していた分出来ていた空白が強く訴える。それはとてもくるしくて、暗く澱んでいて、いつか飲み込まれてしまいそうなくらい圧倒的で――そして、何よりもいとおしかった。憶えているのは自らが抱いた感情だけだったが、然し立ち向かう理由には充分と断言出来た。なのに現実は無常で、抵抗も虚しく次第に自我は溶けていく。
(ああ、もうだめかもしれないや……――)
 思いつつ白い世界に手を伸ばす。感覚がとてもあやふやなので正確にはそうしたつもりだ。消える。消えていく。ほろりと涙が一雫零れた、ような気がした。と、不意に問答無用で体が――魂が引き寄せられる。世界はその途端、瞬く間に黒一色に染めあげられた。見回しても広がるのは純粋な常闇の世界だ。なのに、心の目とも呼ぶべきものはその中に輪郭を浮かび上がらせる。同じ金色の、鮮やかな瞳を少し高い位置に認め、世界は変わっていく。自身が近年名乗っていた名は黒の夢(ka0187)。そして今目の前にいる相手の名は――。口を開くより先に言葉が耳を侵し、脳を揺さぶった。
「気紛れで攫いに来た」
 とても簡潔で無駄のない言葉だ。それは地を這うように低いけれど、彼はいつも高みから彼女を見下ろしていた。言葉の意味が像を結ぶ間も許さず黒の夢は、餌を前にした犬のように彼の胸へと一直線に飛び込む。人の平均など楽に上を行く長身と走る度に痛みを訴える豊満な乳房も何のその、夢中で抱きついた黒の夢を平然とした表情で彼は受けた。
「ダーリン! 我輩ダーリンに会いたかったのな!」
 そう言いながら頬を愛しのガルドブルム(kz0202)のそれに目一杯爪先立ちをし、擦り付ける。相変わらず辺り一面黒一色だが地面に足がついている感覚も、触れている彼の肌の感触もはっきり分かる。ガルドブルムは抱き返してくれないものの、拒絶することもなかった。本当は今すぐにも口付けを交わし、彼が彼たる証を――黒の夢を蝕み恋焦がすその身のマテリアルを胎の中に取り込んでしまいたい。けれど、そんな女としての欲望を無垢なる喜びが上回る。身体中で彼の存在を確かめてはたと気付き、触れ合わせていた頬を離した。双丘はぐっと押し付けたまま、吹き掛ければ吐息を感じられるだろう至近距離で黒の夢は深く首を傾げる。
「でも、ダーリンとはさっきまで一緒だった気がするのな」
 今言ったさっきとはここに来る前――つまり死ぬ前の話だ。そうだ、確かに自身は死んだのだと黒の夢は冷静に現状を受け止めた。勿論ガルドブルムと再会した為安心出来たのも大きいが、もとより死など恐れておらずむしろ黒の夢自身、死という名の救済を希求していた節がある――今目の前にいる雄へのあいを持て余して、呪いだけが残る無力な我が身を厭い眠り続けていた。そうと記憶している。それにガルドブルムの最期も。あの日の自惚れかもしれない確信が甘く切なく心臓を苛んで、彼が消えたその後も首以外から消えてなくなっていた紋様の代わりに内包し続けたその残滓を抱え込んだ。自分がいつどうやって死んだのかまでは思い出せないが、少なくとも死別したことは間違いない。なのに、そうと感じるのは彼のマテリアルの影響か、或いは――。と、不意に唾棄するような息が黒の夢の唇を撫でた。笑うと表するには凶悪な鋭い歯が覗いているその顔を首の角度を戻しながらじいっと見返す。
「……ハ、流石に来るのが遅いと思っていたが呆けたか?」
「うな? ……じゃあ、ずーっと待っててくれたのな?」
 彼の言葉を丸呑みに、いや鵜呑みにすればつまりはそういうことになる。魔物と呼ばれることもあった黒の夢はヒトの理から転がり落ちながらでも肉体がエルフである事実に変わりはなかった。ガルドブルムの負のマテリアルにあてられ歪虚に変わるでもなく黒の夢は黒の夢のままであった――筈だ。だから歪虚たる彼の価値観は分からない。けれど遅いと思うだけの時間待っていて、攫いに来たと言葉にしたのは事実。
「あァ? ……まァ、そういうことにしといてやる」
 自然と頬が緩んでいる自覚はあった。それを見てか否かは分からないが、ガルドブルムが後頭部に手を添え灰色の髪をがしがしと乱暴に掻き乱しつつそっぽを向くものだから、思わずへへ、と笑い声が出る。
「うな。それでダーリン、この後どうするのなー? ご飯にする? お風呂にする? それとも我輩を食べるのな?」
 きらきらと期待に満ちた眼差しで問いつつ黒の夢は微笑む。両腕はガルドブルムの腕に添えて、まるで幼気な子供が親に縋るような手つきで然し己が捕食者と主張するように下唇を舐めた。彼に出会う前に数多の男を誑かし時には狂わせた妖艶さをまとう。だがその直向きなあいを振り撒くのは、今はガルドブルムただ独りだ。常人には重過ぎる気持ちを彼は受け止める。敵同士、強者と強者の激突に本能を掻き立てられながらただ雄と雌になった瞬間がある。今もまさにそうだろうか。金色の視線を向ける黒竜は口を開いた。喉から零れた言葉に黒の夢は思わず目を見開く。
「ニエンテ」
 その瞬間受けた衝撃は齧り付くような接吻に呼吸ごと飲み込まれた。ガルドブルムの竜形態と比べれば遥かに細いが、けれど人間としては筋肉質な手が黒の夢の頭と腰を掴み、双方の胸を押し付けて反発するのに逆らうよう、体と体を密着し合う。口腔内を蹂躙する乱暴な舌を受け、頭蓋まで痺れる甘美な悦楽を感じつつ目を開き、彼のその瞳が爬虫類のように、変化している様子を見た。彼がそうなったのはつまりはそういうことで――黒の夢の瞳に歓喜の涙が滲む。自らもまた、激し過ぎて業火のように相手を苦しめるばかりだったあいを注ぐ。彼の目が満足げに細められた。主導権を奪い合う激しい口付けはどちらからともなく離れて幕引きを迎えると息を乱しつつ、一人の雌と一匹の雄は獰猛に微笑んだ。正も負も無意味な相手の一欠片が己の胎の中で確と息衝いているのが解る。今冥契が果たされたのだと悟って魔女は只の女になった。ガルドブルムもまた、歪虚としての在るべき姿である竜の雄に変わる。その首には形見だった筈の贈り物が燃え尽きることなく、無骨で雄々しい彼の威容の中異彩を放っていた。
『黒の夢……いや、今は――……』
 その巨大な手で彼女の体を易々と抱き上げて黒竜はそう言い口を閉ざす。視界の隅で薄絹のヴェールと穢れなき純白がガルドブルムに抱きついた動きに合わせて揺れた――が、全て意識の外だった。今まで常闇だと思っていた世界に赤や青の輝きが宿っている。
「二度と離さないでね、ダーリン」
 言って鋭い牙が生えた竜の口にキスを落とす。彼が鼻を鳴らすのに満足して、かつて魔女と呼ばれた女は心から幸せそうに微笑んだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
呟きとか自コミュニティーの言葉を拝見したりして
自分的に黒の夢さんの思考や感情を想像しつつ書きましたが、
終始一貫してこういう感じだったというようなものはなくて、
時に相反する想いを抱えながらガルドブルムさんの目の前に
立っていたのかなと個人的にはそんなふうに思いました。
IFということで別に死因なども勝手に書いてしまうのも
ありかと思いつつ、結局はふんわりと濁した感じにしてます。
そもそも、真名=本名ではなかったら申し訳ない限りですが。
敵同士で現世で結ばれなかった二人が
死後こうやって繋がりを得られるというのも素敵ですね。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2020年08月14日

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