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『Babyrousa 4 <宣戦布告・後編>』
白鳥・瑞科8402

 

 気丈にも神の加護があると信じて疑わぬのか修道女は男を強く睨みつけた。それが男の征服欲を煽るのだと気づかずに。駄々をこねるように首を振って抵抗を試みる生意気な態度も、存分に男の加虐心を焚きつけていたが女にはわかりようもない。
 女に馬乗りになりその口元を左手で押さえながら男は空いた手で強く女の頬を平手打ちにした。パーンという乾いた音が辺りに響く。
 女は驚いたように男を見返し、怯み、目尻に涙を浮かべた。男が手を離すとぎゅっと噛みしめられた唇の端から血が滲み、頬は赤くなるどころか内出血を起こす程腫れ上がっていた。ただの1発で。
 恐怖に顔を歪める女の瞳に、男の酷薄な笑みが映る。
「たす…けて……」
 先ほどまでの意気の強さはどこへやら震える声で哀願するように女は言った。男はヴェールを外し優しく女の髪を梳いた。こぼれ落ちた涙を親指でそっと拭ってやる。そして優しく動いたその指はハイカラーの縁をなぞって、次の瞬間乱暴にケープの留め金を引きちぎった。
 女の声にならない悲鳴を意に介さずその豊満な胸を掴む。
 そうして男は女を貪った。
 

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 青年は特段驚いた風もなく目の前に舞い降りた修道女を魅入るように見つめていた。かけられた言葉が自分に向いたものと判じたのか、或いは嫣然と佇む白鳥瑞科(PC8402)に男として反応したのか、或いはその両方か。
 瑞科の放つ色香には怨霊さえも抗う事は難しいらしい。
 そのまま静かに立っていてくれるなら、この胸に掻き抱き痛みもなく苦しみもなく還してあげられる。
 瑞科はそっと聖母の如き手を青年に向けて伸ばした。
 哀しくも青年は瑞科から離れるように退いた。
 怨霊であるが故に聖なる者への忌避か、はたまた心半ばにして絶える事への恐怖か。
 間髪入れず放たれた黒針に瑞科は壁を蹴る。彼女のいた場所に黒い焦げ跡が点々と連なった。気づけばいくつもの鬼火が青年の周囲を浮遊している。
 彼女の細い足のどこにそんな膂力が秘められているのか、音もなく壁を走り青年の後ろへ回り込むようにして、瑞科は腰まである深いスリットの下へと手を伸ばした。
 彼女のヴェールが翻るのと青年が無造作に右手を振るのはどちらが早かったろう。彼女を掠めるように鬼火を纏った黒針が壁を穿つ。
 瑞科の放ったナイフは彼を守るように周回していた鬼火の合間をかいくぐり、掲げられた彼の腕に突き刺さった。血はどす黒く、滲む程度に。声一つあげず、顔色一つ変える事なく青年は後方に降り立った瑞科を振り返った。
 隙なく鬼火が彼女を襲う。彼のターンだ。
 ケープにもヴェールにも広がるスカートの裾さえにも触れさせない絶妙さとスピードを伴ってかわしながら、瑞科は間合いを詰めていく。いや、本当に詰めようとしているのか。その洗練された動きは美しく危なげない。ただ、一定の距離を保ちながらどこか楽しそうにステップを踏んでいるだけのようにも見えるのだ。もちろん、重力弾を撃ち込み鬼火の数を確実に減らしながらではあったが。それさえもダンスの一部のように。無駄のない苛烈さを併せ持ちながら扇情的ですらあった。
 相対する彼が感情のない人形でなかったら、スリットから覗く美脚に、或いはケープからはみ出す巨乳に目を奪われたのだろうか。否、彼を操る怨霊さえも刹那の間、魅了されていた事だろう。
 彼女の修道着などでは隠しきれない官能的なその肢体に。
 だから。
 腕に刺さっていたナイフを引き抜き青年はそれを瑞科に投げ返した。痛みというものがあるのかは相変わらずわからないが、気付けぐらいにはなったのだろう。
 だが傷は瞬く間に塞がっていく。既に人ではない何か。
 とはいえ、肉体があるなら効き目はあるだろう、既に準備は出来ている。壁を蹴るずっと前から。
 彼女の2本の指がナイフを受け取っていた。そうして瑞科は花が風に揺れるように立ち上がる。心地良い色香を漂わせながら、甘い蜜で蝶や蜂を引き寄せるように。
 彼女の面に花が開いた。赤い薔薇だ。ワインレッドのような深い赤ではない。動脈血が溢れ出たかの如き真紅の薔薇だ。
 彼女の胸が大きく上下する。息は荒くなっているがそれは疲労からくるものではない。この程度の動きで息を乱すような事もない。ただ。
 彼女は昂揚していたのだ。使命に。そして戦闘に。だから、つい、興じてしまったのだ。けれどそれももうすぐ終わる。
 瑞科は再びナイフを投げた。
 陽が沈みいつしか辺りは暗がりになっていた。だが不思議なことに街頭すら届かぬこの場所で艶やかに笑むその姿はくっきりと浮かび上がって見えた。
 彼女は優しく手を開く。その掌に閃光が走った。電撃の光と青年は認識出来ただろうか。
 青年に逃げ場はなかった。ナイフに繋がったワイヤーが彼を一所に閉じこめていたからだ。そしてワイヤーは電気を流す。
 そこへ天から一本のナイフが落ちてきた。
 先ほど瑞科が投げたものだ。
 それは一瞬だった。
 いくつもの閃光が散らす火花はまるで花火のように美しく儚くて。
 彼女の微笑みが少し残念そうに陰ったのは任務完了を思ってか。
 青年の肉体から怨霊が弾き出される。
 瑞科はここで初めて腰に佩いた剣を抜いた。ベルトのポケットから小瓶を取り出し地面を蹴る。
 聖水の力を借りて実体を持たぬ怨霊を一刀両断し、瑞科は小さく息を吐いた。
「ごきげんよう」
 それはおはようでありこんにちはであり、今はさようならであったか。怨霊の影は霧消し、残された青年の体は傾ぎゆっくりと地面に倒れ伏した。
「そして、おやすみなさい」
 剣を鞘に納め瑞科は1つ身震いし達成感と多幸感に身を委ねた。
 胸元で指を絡め合わせて神とこの身に感謝と祈りを。
 それも束の間。
 任務を終えて帰路に立つ瑞科の心は既に次の任務に向いていた。まだ命を受けているわけではない。どんな任務が待っているのか、想像するだけで胸が弾むのだ。戦闘で息を切らすような事はないのに、高ぶりが彼女の鼓動を早めてしまう。
 だが。
 頭から冷や水をかけけられたような錯覚に瑞科は反射的に足を止めた。
 咄嗟に振り返った先には気になるような気配は何もない。
 気のせい、か。
 それとも。
 傍らの電気屋のテレビから女のキャスターの神妙な面もちで語られるニュースを聞いたせいだろうか。
 今日の夕方、都内の教会のシスターが酷い暴行を受けたというニュースだった。
 瑞科の脳裏に昼間の男の懺悔が過ぎった。神に嫁ぎし女。それはシスターの事だったのか。
 とはいえ、あの男は『殺す』と語ったのだ。ニュースの内容ではシスターは死んではいない。では全くの無関係の話なのか。
 いや、陵辱を受けた。心が壊れるほどの。それはただ死んでいないだけで、生きることが出来なくなったのならそれは殺されたも同意なのではないのか。
 これは偶然なのか。
 そもそもあれは本当に白昼夢などではなかったのか。
 慢心は足下を掬う。
『……最強と無敗はニアイコールだと思い知るがいい』
 かつて戦った男の呪詛がまとわりついて瑞科は不快に眉を潜めた。
「返り討ちにしてあげます」
 彼女の呟きを熱気と湿度をはらんだ熱帯夜の風がさらっていった。


 ――獅子搏兎たらん事を。





 END


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

東京怪談ノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月17日

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