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『Perfection』
ソフィア・A・エインズワースla4302)&リンド=M=ザクトシュヴァインla4247

「こんにちはー! こんにちはこんにちはこんにちは!」
 黒き戦士率いる小隊、その面々が集まったブリーフィングルームのど真ん中に、少女は明るい挨拶を振りまきつつかろやかな足取りで入り込み、
「隊長のかかりつけ技師から紹介されてきましたっ! 今日から回復担当させてもらいまーす!」
 印籠よろしくびしーっと古式ゆかしい紹介状を突き出した。
 隊員の輪の奥からそれを見ていたリンド=M=ザクトシュヴァイン(la4247)は、まず思ったものだ。

 うわ、かなり深刻に苦手なタイプだヲ。

 基本、のぞき見るのは好きだが面と向かうのは苦手なリンドだ。ああして踏み込んでくるタイプ――しかも女子は最悪の相手と言えよう。だから! なんとしてもやりすごさねば! このコミュ障力のすべてを尽くして!
 というわけで。2メートルを超える長身を目立たないよう縮こめて息を殺し、我が身を鎧うマスクと機械装甲を生かしてアフリカ産の置物です的な風情を醸しだし――
「こんにちはっ!」
 唐突に眼前まで踏み込まれたあげくの挨拶に、びくぅっ!
「おっ、おはっ、こんば、こんにち」
「リラックス!」
 あたふたキョドるリンドは「ヲっ!」、再びびくっと跳ね上がり、さらに3秒キョドったあげく忘れていた呼吸を思いだした。
「息は、できるヲ」
「よかったねー」
 いっしょに安堵の息をついて、遅ればせながら今の状況を再認識。
「……なんでこんなことになってるヲ?」
「隠れたそうだったから掘り出しにきた!」
 ああ、そういうことかヲ。
 リンドは少女の陽気なプレッシャーで丸まりかけた背をぐいっと伸ばし、顎を上げて少女を見下ろした。これによって押し出すものは威圧。今、彼の腹筋と向き合わされている小柄な少女は、相当に気圧されているはずだ。
 こうした図々しいタイプの天敵は、不機嫌を隠さない威圧的なタイプである。過去、情報屋として種々様々な相手と対してきた経験則を生かしての擬態は、まさに完璧である――はずだったのだが。
「隊の中でいちばん大きくて、隊長と同じで緑が入った黒装甲プラス鬼マスク! リンド君で合ってるよね?」
「あ、あー、まあ、ザクトシュヴァインで合ってるヲ。よろしくヲ」
 あえて姓で返して距離感を演出し、挨拶という大義名分をさらっと済ませて押し黙る。完璧だ。完璧な「取りつく島もない」感じ。ほら、ノリ悪いとか言いながら、早くどっかいけヲ。
 しかしだ。少女はどこかへ行くどころかわずかなズレもなく、まっすぐと彼の恐ろしげなマスクを見上げて言った。
「あたし、ソフィアっていうの! フィーって呼んで!」
 これこそがソフィア・A・エインズワース(la4302)の出逢いであり、ひとつの運命との邂逅であったことを、リンドは後に噛み締めることなるのだが、今はただ、ひと言を返すばかりである。
「気色悪ぅ」
 繰り言となるが、リンドは情報屋だ。扱う多種多様なデータの内には当然、“人間”もカテゴリとして存在する。わかりやすく一部を抜粋するなら、人の性格傾向やそれに基づく行動確率などが当てはまるわけだが、彼は数万人分をインプットし、データとして蓄積している。それこそ完璧にだ。自分がそのインプットを生かして演技をこなす――アウトプットすることは、残念ながら話にならないのだとしても。
 ともあれ、そんな彼がソフィアという少女に対して感じた、それこそ心からの感想というものがアレだったということだ。口に出してしまった瞬間、『あ、ガバったヲ』とは思ったのだが。
「ちょっとー!? 初めて会った女の子にひっどいなーもうっ! きみモテないでしょって訊くまでもないよね! ぜーったいっ! モテないっ!!」
 かわいらしくぷんすかするソフィア。ああ、怒って当然だ気色悪い。むしろ手加減してくれてありがとう気色悪い。
 リンドは気色悪さに突き動かされるまま、必死で後じさる。この女、ぜんぜん“そう”じゃないくせに、なんでこんな完璧に“必要分”だけアウトプットできるヲ!?
 と。ソフィアは表情をそのままに声調だけを落とし、リンドへ問うた。
「なに? なんでそんな顔してるの?」
 普通に聞けばそれだけの言葉。しかしリンドだけは含まれた真実におののいている。この女、マスクの中の感情まで読むヲ!?
 彼は自分が引きずり込まれたことに気づく。敵対的ではない、だからこそ酷く厄介な情報戦へ。
 勝利条件は未だ不明だが、ともあれ彼は反撃の一手を繰り出した。
「今のエインズワースさん、エインズワースさんじゃないヲ?」
 あえてはっきり述べずに濁したのは、周囲の全員に気づかせず、彼女へだけ伝えるためだ。
 ソフィアはキャラクターを演じている。本当の彼女がどんなものなのかを語れようはずはなかったが、これだけは確かだ。そしてさらに気色悪いのは、彼女がリンドの感じた気色悪さの原因を察知していながら、それをしてなお演じ続けてみせていること。
 人間には――それこそ僕にさえ――感情ってもんがあるんだヲ。感情は意識して殺すことだってできるけど、その下にある無意識まではコントロールできないヲ。でもエインズワースさんは……コントロールが不可能なはずの自我の深いとこまで、完璧にコントロールしてる。そんなの人間業じゃなくて神業だヲ。
「あっれー、おっかしーなー。あたし、フツーにしてたんだけどな?」
 表情も声調もそのままに、ソフィアが小首を傾げてみせた。ああ、完璧って、こういうものなんだヲ。……吐き気がするヲ。
「完璧にフツーだヲ」
 普通っていうのは、まるで完璧じゃないからこそ普通なんだヲ。それがわからないエインズワースさんはフツーで、普通じゃないヲ。
 リンドは隊長へ決定した作戦概要を伝えてくれるよう頼み、部屋を出る。小隊員はリンドの人となりをそれなり以上に理解しているから、距離感をうまく読んでくれる。呼び止められることはなかった。

 ふぅーん。あれが、リンド君かー。
 新隊員を気づかい、障らない程度に声をかけてくれる先輩たちへ笑みを貸しながら、ソフィアはリンドの微妙な猫背を思い出していた。
 生まれ持った容姿を当てはめられる「最高に映えるキャラクター」を考え、並外れた好奇心とウザ絡み上等の精神を掲げて他者のパーソナルスペースを踏み荒らす、しかしなんとも憎めない元気で天真爛漫な少女像を選び取った。
 まあ、放っておいてもそうなっていた可能性は高いのだが、とりあえずはこの少女像、しぐさから思考、有り様に至るまで、すべてが演技ということだ。
 かくて彼女は完璧に、ソフィア・A・エインズワースという役どころを演じてきたわけなのだが。
 ――さすがに読まれるとは思ってなかったかな。だって普通思いつかないでしょ。あたしのフツーが完璧過ぎるから普通じゃないとか。でも、まだまだ浅いよリンド君。
 リンドはソフィアを「フツーの演者」として認識したが、それは正解の半分を言い当てたに過ぎない。
 彼女は演者であり、だからこそ他者の演技を読む。――演技と言うと大仰に聞こえるが、ようするにごまかしたり合わせたりといった、誰もが日常的に実行している建前と本心の差のことだ。
 そして、技師の紹介を受けてこの小隊へ入ることを決めた後、彼女が真っ先にしたことは隊員の情報収集だった。初対面から「障り過ぎない程度に障る」には、相手の性格傾向を掴んでおく必要があるからだ。
 と、自身の能力へそれだけの周到さを併せ、ポジションを確立してきた彼女。本当のことを暴かれるのは、できうる限り避けたいものではあった。
 あたしにはやらなくちゃいけないことがあるから。そうじゃなきゃ、異世界にまで漕ぎ出してきたりしない。今度は――今度こそ――
 そうなればやはり、ソフィアの演技を見抜いたリンドをどう抑えるかという話になる。彼の性格上、軽々しく話しはすまいが……彼はどうやら小隊長に深い恩義を感じているようだ。なにかあったのかと訊かれればさらっと答えてしまう可能性はあった。
 そりゃ訊くよね。世話焼き大会の大陸代表みたいな人だもんね。そういうとこ、人じゃなくなっても変わんないからなー。
 げんなり半分、愛しさ半分で苦笑を漏らし、ソフィアはブリーフィング終了と同時に部屋を跳び出した。憂いのない明日を迎えるため、リンドに釘だけは刺しておかなければならなかったし、もうひとつ。
 リンド君、ちょっとおもしろいコみたいだしね?


 先日小隊長に連れてこられた喫茶店へ逃げ込んだリンドは、ようやくひと息ついてアイスチャイを味わっている。
 ここへ来た理由は、たとえソフィアに見つかっても、“フツー”は少女ひとりで入れる店じゃないこと。そして、この店のチャイは数十をブレンドしたミックススパイスが使われていて、それを情報として感じられるのが楽しいからだ。
「情報屋の性(さが)ってやつだヲ」
 独り言ちて、ていねいに冷やされたチャイをすする。今日はいつものブレンドにミントが微量加えられているようで、それを読み解けた自分が誇らしい。
「隊長のシュミってこんなんだっけ?」
 いきなりリンドの向かいへどんと座した少女は、勢いよく店主のほうへと身を乗り出した。
「アイスミルクティーお願いしまーす! 茶葉って指定できますか!? ――じゃあウバで!」
 瞬く間に注文を終えたソフィアへ、リンドは恐る恐る右手を挙げて、
「……質問だヲ」
「はい、リンド君!」
「なんでここにいるヲ?」
「え? リンド君探してたらここにいたから?」
 あー、またガバったヲ。リンドは気持ちも顔も沈み込ませ、自分の失敗を噛み締める。女子ひとりで入れない雰囲気の店だとて、知り合いが中にいれば気軽に入ってこれて当然じゃないか。
 って、知り合いじゃないヲ!
「よくわかんないけど、知り合いじゃないのにーって思ってるでしょ。なにが知り合いじゃないわけ?」
 また言い当てられて、ぐっ。リンドは押し詰まる。前後のニュアンスも読んでいるだろうに、そこだけ切り抜いてきたのはリンド自身の口で言わせる、あるいは言わせずに終えるためだ。
 上等だヲ。ちゃんと言ってやるヲ。
「……知り合いじゃないのに、勝手に同席されたくないヲ。エインズワースさんみたいにきしょ」
 ゴギン! 薄い金属が詰まった金属と衝突する低い濁音が響き――脳天をロッドで殴られたリンドは、首を90度に曲げて疑問符を飛ばす。
 いったい、なにが起こったヲ?
「あたしの演技とか置いといて、2回も言われる前に阻止するでしょ」
 それで気づいた。気色悪いと言い切らせないため、ソフィアは緊急処置としてリンドを殴ったのだ。それなり以上のダメージを与えつつ、下へ置かれたグラスの無事を守れるだけの気づかいまでして。ソフィアはここでもまた、完璧に振る舞ってみせたということだ。
「いやいや、だからって殴ることないヲ」
 もっともなリンドの抗議にむぅと膨れ、ソフィアはびしりと指先を突きつけた。
「だってしゃべったらまた気色悪いって言うでしょー!」
 自分で言ってしまった言葉でダメージを受け、「自爆ぅーっ!!」と頭を抱えたソフィアを見て、リンドは思う。
 ガバった。これは本当に、ガバった。
 能力の程がどうあれ、女子は女子だ。そしてどれほど完璧にコントロールしているのだとしても、ソフィアにもまた感情がある。それをまったく考えつかずに化物扱いした自分は……最低だ。
「このことについては、深く謝罪して再発の防止に努める所存だヲ。誠にごめんなさいヲ」
 誠心誠意の謝意を示し、深く頭を垂れたリンドだったが。
「え? そこまでマジに言われるとちょっと引くんだけど」
 女子は理不尽。それはリンドの脳内データバンクに新しく作られたソフィア・A・エインズワースという名のフォルダ、その内へ放り込まれた最新情報のタイトルである。
「ま、とにかくほんとのあたしとやらを知ってるのはリンド君だけだし、演技と情報ってそもそも相性いいし。今日からバディでよろしくね!」
 えー、どうしてこんなことになるヲ……優美にアイスミルクティーを楽しむソフィアを呆然と眺めやりながら、オン(ネット)へもオフ(現世)へも逃げることのできない自分へ遺憾の意を表するよりなかった。


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2020年08月17日

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