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『全ては“好き”から始まった』
Uisca=S=Amhranka0754)&瀬織 怜皇ka0684

「ねえ、今年は別々に用意するのはどう?」
 良案を思いついたというように身を乗り出して言えば、夫である瀬織 怜皇(ka0684)はその蒼色の瞳を瞬かせ、眼差しの中にありありと主張する期待を感じ取ったのか、ふっと表情を緩めた。小さく微笑み手を伸ばす。きちんと乾かした筈だがまだ湿っている気がする金色の髪を撫でつける感触は愛妻にするものというより、幼子に自分が持つ愛情を直向きに伝えようとするような、そんな優しいものだ。それが何年の何月何日に変わったのかまでは憶えていないが凡その時期なら分かる。恋人から夫婦を過ぎ、そして父母になって、暫く経った後だ。当時少しの寂しさを感じたのをふと思い出して、頭の中にちらついた若気の至りのフレーズを追い払うと、ぐっと拳を握ってみせる。そんな妻の変化に気付かない怜皇はのんびり言った。
「うん、いいね。――最近はあの子も興味のあることが増えたから損はしないだろうし……」
「ふふ。折角だから、勝負にするのはどうかな」
「勝負って、何を賭けるの?」
 現役のハンターだった頃は歪虚全てを斃すのではなく、友好的な者とは手に手を取れる筈だと信じて戦っていた。今でも無用な争いは避けるべきという考えを持つも、こういう穏当で誰一人傷付かないようなものならば大歓迎だ。逆に互いやあの子への理解を深めるという意味では、一定の効果がある、なんて緑龍の巫女らの育成にも携わっている立場なので尤もらしい理由付けはしたものの、つまるところは純粋に自分たちらしい家族の在り方を確かめたいだけ。片や王国の救済相談機関であるアルテミスに所属する傍ら龍園にも協力を仰ぎ、クリムゾンウェスト中を行く守護者の一人、片や故郷のリアルブルーに行っては赤と青二つの世界と、ひいては宇宙そのものの謎を探求する天文学者。それぞれの望んだ生き方で決して不満はないものの傍にいる時間が少ないということは気にしてしまうし、可能な限り取りたいと願っている。そうすると自ずと賭ける対象は決まり――。
「そうだね、私はレオの――」
 言いかけるもその言葉は中途半端に止まった。何故なら最愛の一人娘が起きてきたらしく、リビングの扉を開きかけたからである。二人同時にソファーから立ち上がって、邪魔をしてしまいどことなく申し訳なさそうな、眠気の為か昼間よりもずっと大人しい、彼女の前に膝をついて目線の高さを合わせ、ごしごしと瞼を擦る手をそっと外した。
「もし眠れないなら、パパが絵本でも読もうか」
「ママも子守唄を歌うよ」
 きみが心穏やかに寝息を立てて眠れるまでずっと。そんな想いを込めて口にした言葉は行動が違うものの怜皇のものと似通っていて二人で顔を見合わせると、思わず笑ってしまった。娘も意味は分からないだろうに、つられて笑うのだからいとおしい。小さな身体をあやすように抱き締めれば、怜皇は母娘の肩に手を置き、ぎゅっと二人のことを包み込んだ。やがて立ち上がると親子で連れ立って寝室へ向かう。早く眠れるよう祈りつつ。

 妻であるUisca=S=Amhran(ka0754)の提案は似ているけれど違う世界、一見同じ空を見上げる怜皇の思考を掻き回し、気付けば期日まで差し迫っていた。邪神戦争が終結し年月が経った今、覚醒者の世界間の往来は楽に出来るようになったが、ターミナルポイントを経由するのもあって時間が掛かるので、家族三人で住む家はクリムゾンウェストにある。その為転移をした際は帰れないことも珍しくはなかった。娘が今以上に小さかったときは妻が遠方に出向く際には怜皇が世話をしていた。当時はきっと自分のほうがUiscaよりも娘に詳しいとの自信があっただろうと思う。だが現在はなるべく二人のうちどちらかが傍にいられるように心掛けつつも精力的な活動を行なっていて、その上色々な言葉を覚えて、目を離すのが怖いくらい動き回っては多くに興味を示す年頃だ。これを買ったら喜ぶと思うものはあるが、勝負の相手が他ならぬUiscaでは分が悪いと言わざるを得ない。おませな一面がある愛娘は妻と仲良しで、女同士通じ合うものがあるらしいから狡いな、なんて思ってしまう。
 よく見知った天文台へ向かう途中で、怜皇は思い立って駅直結のデパートに寄った。もし仮にこれと思えるものがあったとしても購入出来なければ何の意味もない。
 まず覗いたのはまるで御誂え向きに夏休みということで、虫籠が並んだ特設コーナーだ。外見こそ相手によっては未だに十代にも間違えられることがある怜皇だが、その実年齢はといえばUiscaよりもかなり年上という年の差夫婦である。自分が子供の頃はまだ辛うじて、田舎に行けば自然に繁殖した昆虫の捕獲が出来ていた。こちらの世界で暮らしていたときはああ残念だな、としか思えなかった出来事もUiscaと出会い、遍く命を等しく考える彼女を見て、他人事に感じなくなったと懐かしく思い返す。
(思えばずっと俺はイスカに支えられている、のかもしれないね)
 救国の英雄として前に進み、己の為すべきものの為に走り続ける彼女にかつて引け目を覚えたこともあった。どうにか迷いを振り切り彼女の前に戻ってきた後は自分の人生を歩むことと最愛のUiscaの隣に居続けることは両立出来ると理解し背中を向けずにいられるけど。とても単純にこうも思う。一緒の時間が減り寂しいと。
「うーん……どうしようかな」
 いくらお転婆な子といってもかつては少年だった自分の感覚で選んでもいいものか、使える時間を目一杯使って、結局結論は出てこなくて、そこでようやく怜皇は気付いた。自分がこれまでずっと回り道をしてきたこと、答えは至極単純なことに。
「深く考え過ぎ、ってイスカには怒られそうだ」
 笑いつつ呟く。正確には怒るのではなく少し悲しそうに唇を尖らせて、まっすぐに目と目を合わせて言いそうだと思った。電車の出発時刻が差し迫る中、怜皇は迷いなく虫籠を手に取るとレジで精算し、小走りにホームに向かう。表情は晴れやかで足取りもまた軽いものになっていた。

 一方のUiscaは今頃彼はリアルブルーに到着し移動している最中かと考えながら彼女自身も仕事で港町ガンナ・エントラータを訪れていた。仕事を家庭に持ち込むのもその逆も良しとはしないが、一人娘がいて夫婦共々多忙な身であることを鑑み、毎年この時期は周囲が長く家を離れるような仕事は可能な限り入れないように配慮をしてくれるのである。最初こそフライングシスティーナ号で合同結婚式を許されただけの影響力の大きさを齎す自身の言動に左右されていた部分は大きかっただろう。しかし、各地でアルテミスの支部が設立されて活動実態を持つに至ると、Uiscaが所属している組織ではなく、“決して、絶望しない”との口癖を持つかつての緑髪の少女そのもののような、理念を抱いた組織として見てもらえるようになり――結果としてUiscaでなければならない仕事は減った。勿論会えないからといって、それで萎れてしまう程愛という感情は決して脆くない。けれど、
(側にいないと伝わらないものもあるから)
 だから純粋に嬉しくもある。ただ自身の急な思いつきから始まった勝負のような何かは怜皇の頭を随分と悩ませてしまったようだ。真面目な表情はいつもと同じようでいても仕事のときの難しい様子とは少しだけ、きっとUiscaにしか分からない違いがあるのだ。結局賭けの対象について明言しないままなのもあるか。言えばきっと彼も肩の力を抜くに違いないのに。であるならば勝ってさくっと種明かししてしまおうとかえってやる気が漲って、アルテミスの一員として気分を切り替え仕事に臨んだ後、次の顔合わせまでの時間を利用し市場へと赴く。第六商会と、近頃はまた新たな若手商会の名を見る機会も増えてきて、国内で随一の品揃えに一瞬目的も忘れ無邪気に目を輝かせてしまった。
(だって物凄く気になるんだもの)
 転移してきた夫にせがんで聞いたのがUiscaとリアルブルーの出会いだった。彼の話から膨らませた世界をハンターになって出会った仲間たちを介して広げていって、そしてあちらの世界の平穏が取り戻された後で見た景色は感動という言葉ですら言い表せないものだったのを今でもよく覚えている。
「敢えてリアルブルー由来のもの、というのも面白いかな……?」
 歪虚の脅威度がまだ少し低めで、科学文明が発達したのが怜皇の生まれ故郷の特徴だ。それは歴史的資料が多く形として残されているのもそうだし、娯楽が非常に充実しているというのもある。愛娘も元々は夫婦の時間に使う為、置いてあった将棋や囲碁など怜皇も知ってはいるがやったことはない、と話した盤上遊戯に興味を示して、子供向けの簡易版で一緒に遊んだり、Uiscaも怜皇もかなり熱中した。ああでもとUiscaは目を伏せて、寂しさを仕舞い込み、その手の商品を取り扱っている店を一通り見た後で娘が好きそうだと思ったものを抱えて購入をしに行く。そんなUiscaの頭の中からは、勝負のことは抜け落ちていて代わりに家族で過ごす幸せな時間を強く深く、思い描いた。

 夜の帳が落ち、昼の忙しさが嘘のような静寂が二人きりの部屋に満ちる。今年は父母一緒にではなくそれぞれが個人的に選んだ物を贈るという、今までと一風変わった娘の誕生日を過ごし、あのときとは違って、すうすう寝息を立てるまでを見守った。
「喜んでくれてよかった」
「当たり前だよ。だって、レオも私もあの子の喜ぶ顔を想像して選んだんだよ」
 そう返す彼女はまるでデパート内にいた際の怜皇の心中を見てきたようで全部筒抜けの事実が嬉しいような照れ臭いような複雑な気持ちになる。勿論贈り物の中身は関係ないとまではいえないが結局のところ誰がどんな想いを込めて贈るのかが一番だ。子供は意外とものを見ているからとか、リアクションが素直だからとか頭の中の勝手なイメージに捉われ、目の前の愛娘自身を見ていなかったらしい。
「うん。大はしゃぎする顔が見られて、俺も本当に嬉しかったよ。世話を通じて色々なことを学んでくれるといい、な」
 流石に向こうにしか生息していない種は手続き等が大変かつ特別な理由もない為、果たしてルーツはどこにあるのか世界二つに共通して存在する昆虫を選んで餌などの生育セットもつけ贈った。ちなみにUiscaは発想力が肝のカードゲームを買ってきたようである。隣に座るUiscaがこくこくと頷きながら器用に飲み物を啜り、ほっと一息つくのを見計らい再び口を開く。
「でも結局、どっちの誕生日プレゼントが良かったのかは分からないままだったね」
 喜んでいるところに敢えて水を差すのもどうかと思って、飛び跳ねる娘を微笑ましく見守っただけだった。一応は勝負なのですっきりしないのも微妙かと思ったのだが当のUiscaは平然としたものである。
「私のお願いは叶っているから全然気にはならないかな。……ねえレオ、どうしてか解る?」
 首を傾げ、出会った当時から全く変わらない少女の顔で、Uiscaは訊く。怜皇は一度視線を外して、暫しの間考えた。正確には問われてすぐ思い浮かんだことがあったがもしも間違っていたら恥ずかしいと、即答するのを避けてしまった。しかしそれ以外にUiscaらしい答えは見つからず仕舞い。照れとそれ以上の喜びを感じつつ怜皇は告げた。
「今イスカと俺が一緒にいられる……から」
 何とか踏み留まって疑問形にしなかった。様々な出来事を乗り越え辿り着いたこの上なく満ち足りた毎日。だがUiscaの故郷で過ごした静かな日々は遠く、愛娘につけた名前を思えば、何としても守らねばと親の自覚を強めた。変化は悪いことではない。けれど娘が眠り仕事も何も考えなくてもいい夜はただ愛し合った過去の二人に戻り、色々なことがしたい――肩を寄り掛からせるUiscaに何もしない甲斐性のない男になるつもりはなかった。カップを置いた彼女と向き合うと口付けを贈る。最初は触れるだけで、次第に熱量を帯びていくそれは二人の想いが昔と何も変わらないことの証明だった。年齢を重ねる度増える責任の重さも二人が一緒ならば分かち合いどこまでも行ける。それは、願いではなく確信だ。
 離れた二人の唇から零れ出たのはある二文字。今までもこれからも抱く大切な感情だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
これが最後かもしれないというノベルをお預けいただき、
一体どういう話にするかと悩んだんですが子供がいると
どうしても子供が最優先で、夫婦としての時間が取れず
やきもきしているお二人の姿が思い浮かんだのでならば
これでと、お子さんの誕生日に因んだ内容になりました。
下調べして未来の状況や周囲の人についても自分なりに
考えて書いたつもりですが、間違っていたらすみません。
未来のことをめでたしめでたしで済ませるのではなくて
いつか最期を迎える日までずっと続いていくんだと、
そんなふうに思えるような内容になっていたら幸いです。
今回は本当にありがとうございました!
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2020年08月17日

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