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『水上を漂うドラゴンライダー』
ファルス・ティレイラ3733

 夏。照りつける太陽の光が水面に反射する。
 いつもはあまりの暑さに「アイスとか食べたい〜!」と嘆くところだが、今日のファルス・ティレイラ(3733)にとっては暑さは今眼前に広がっている娯楽を楽しむためのスパイスに過ぎない。
「やったぁ! 本当に貸し切りだ〜!」
 はしゃぎながら、ティレイラはプールへと飛び込む。瀬名・雫(NPCA003)の「ティレイラちゃん、飛び込んじゃ危ないよっ!」という声が、遠くに聞こえた。
 水の中へと潜ったティレイラは、大きな水飛沫と共に再び水上へと浮上する。はしゃぐティレイラの声に合わせ、長く伸びた尻尾が水面を叩いた。
 彼女の姿は、いつの間にか本来の姿……竜のそれへと変わっていた。
 なんといったって、今日のプールは貸し切りだ。広いプールは、今日はティレイラと雫だけのもの。
 こんな風に竜の姿のティレイラがプールを占領したって、誰にも文句を言われる事はない。
「冷たくて最高〜!」
 大きな口で彼女は笑声をあげ、その翼は水の冷たさを堪能する。
 はしゃぐティレイラは、猛々しい竜の姿といえど年相応の少女らしい無邪気さだった。
「隙ありだよっ! ティレイラちゃん!」
「わわっ! もー、急に水かけてこないでよ〜! えーい、反撃反撃!」
 雫に水をかけられたティレイラは、お返しとばかりに尻尾を器用に使い雫に向かって水飛沫を飛ばす。
 プールには、少女と竜の笑い声が溢れていた。終わりがこなければ良いと思う程に、楽しく心地の良い時間が流れていく。

 ◆

 最初に違和感に気付いた時、雫はちょうどタオルを取りに行ってしまっていたため、プールにはティレイラの姿しかなかった。
 もし、雫がこの時この場にいたら、結果は変わっていたのだろうか。
「……ん?」
 竜の肌を突然なぞった嫌な気配に、ティレイラは目を瞬かせる。誰かにじっと、見つめられているような、そんな違和感をティレイラは感じた。
「ま、まさか覗きとか……?」
 もし、そうだったとしたら、絶対に許せない。自分が何とかしなければ……と思いながら、ティレイラは未だじっとこちらを見ている何者かを探す。
 視線の主は、すぐに見つかった。そこに居たのは、小さな影だった。
 プールの隅には、何かの動物を模した愛らしい形のビニールで出来たフロートが置かれている。
「なーんだ、ただの空気ビニールのフロートかぁ。にしても、何だろうこのフロート? 誰かの忘れ物?」
 可愛いデザインのフロートに、ついつい興味をひかれてしまう。
 元来好奇心は旺盛な方なのだ。無意識の内に、ティレイラはフロートへと近づいていった。
 まるで誘われるように、そっとそのフロートを手に取る。
 その瞬間――。
「わっ! や、やっちゃった〜!」
 パンッと音をたてて、フロートは破裂してしまった。ティレイラは驚いて高鳴る心臓をそのままに、自身の前肢を見る。この長い爪で、引っ掻いてしまったのかもしれない。
「これ、このプールの備品かな? う〜、弁償しなきゃ駄目だよね?」
 しょんぼりと肩を落としながら、フロートの残骸を見下ろすティレイラ。
 何とか直せないものか、なんて到底無理な事を考えて現実逃避しかけた彼女の目の前に、次の瞬間信じられない光景が映った。
 フロートだったものが、膜のように広がったのだ。近くにいたティレイラの身体に、まるで餌を捕らえるタコのようにはりつく。
 そしてそのまま、彼女の巨体をものともせず、ビニールはティレイラの身体を這い上がり全身を包み込み始めた。
「わわっ、何これ!? ちょっと、やめてよ!」
 慌てて引き剥がそうとするティレイラだが、どうにも上手くいかない。先程フロートを破裂させた功績を持つ爪も、どうしてか今は通用しないようだった。
 やがて、彼女の全身をフロートはすっかり置い尽くしてしまう。そして、フロートは最後の仕上げだとばかりに、魔力を発した。
(嘘……!? これって、呪術!? た、助けて……!)
 もはや声すら出す事が叶わないティレイラは、心の中で叫ぶ。
 もちろん誰にも届かないその声に返事はなく、代わりとばかりに『ぽんっ』という軽い音が辺りへと響いた。

「ティレイラちゃん? さっき変な音がしたけど……あれ? いない?」
 破裂音を聞いてティレイラの居るはずのプールへと戻ってきた雫は、彼女の姿が見当たらない事に不思議そうな首を傾げる。
 周囲を見回した雫の目に入ってきたのは、プールの上でゆらゆらと揺れている一つのビニールフロートだった。
 尻尾の先までパンパンに空気の入った、ドラゴンの形をしたフロートだ。そのデザインは、先程までこのプールで遊んでいたはずの竜の友人の姿を彷彿させる。
「……ティレイラちゃん?」
 雫は、思わず彼女の名を呼んだ。それに返事を返す代わりに、プールの上を漂うフロートはぷかぷかと揺れるのだった。

 ◆

「おまたせ、ティレイラちゃん! とりあえず、師匠さんに連絡しておいたよ!」
 異常事態だという事に気付き、ティレイラの師匠へと連絡を入れに行っていた雫がプールへと戻ってくる。
 そこには、相変わらずティレイラの姿はない。
「やっぱり、このフロートがティレイラちゃんなんだよね?」
 雫は、ドラゴンの形の可愛らしいフロートを見つめる。
 青みがかった空気ビニールは、何を考えているのか分からないぽかんと口を開けた間の抜けた表情のまま虚空を見つめていた。
 まさか、少し目を離した隙にティレイラがこんな姿になってしまうだなんて。
「……すごい」
 しかし、次の瞬間雫の口からこぼれ落ちた言葉は、驚嘆に満ちていた。大きく目を見開き、彼女は興奮した様子で声をあげる。
「すごい! すごいよっ、ティレイラちゃん! こんな風になっちゃうなんて、いったい何があったのかな? どうやってなったの? うーん、直接インタビュー出来ないなんて残念っ!」
 不思議なものやミステリーをこよなく愛する雫にとって、今のティレイラは珠玉の不思議なのであった。
 思わず、雫は抱きつくようにティレイラへと触れた。いつもよりもなだらかで丸みをおびた身体を撫でると、ビニールの感触が伝わってくる。
 竜族としての誇りであろう、角や翼も愛らしくデフォルメされてしまっており、かつての威厳は見る影もなかった。
 質感は、本当の浮き輪とそう変わらない。けれど不思議な事に、少しだけ、人肌のようにほのかな温かさをフロートからは感じた。
 この温かさが、このフロートがかつてティレイラであった事を示す唯一の証だ。
 しかし、その事実がますます雫の好奇心をくすぐる。
 雫は変わり果てた友人を撫でたり、その上に乗ったりして、普通のビニール浮き輪を触っても味わえない不思議な感触をしばし楽しむのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
夏にぴったりなプールではしゃぐティレイラさんと、そんな彼女が巻き込まれるトラブルのお話。このような感じとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、いつでもお声がけくださいね……!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月19日

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