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『しっかり固まり、さあ大変。』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 ファルス・ティレイラ(3733)は、巨大な容器を前にして、悩んでいた。
 なんでも屋を営む以上、依頼が入れば何でもこなす。特に多いのが、飛翔能力と空間転移能力を生かした配達だ。
 今回の依頼もよくある配達であり、配達先が師であるシリューナ・リュクテイア(3785)なのもよくあることだ。魔法薬屋を営むシリューナのもとに配達されるのが魔法薬であることも珍しくない。
 ただし、今ティレイラの目の前にある、巨大が容器が配達物であることは、珍しい。
「人型じゃ無理っぽいな」
 ううん、と腕を組みながら、ティレイラは呟く。何が入っているか分からない容器だ。慎重に運ぶ方がいい。
「そうと決まったら」
 ティレイラは呟き、人型から竜型に自らを変化させる。可愛らしい女性の姿から、紫色の翼をもつ竜へと。
 竜の姿になると、先程まで巨大だと思っていた容器もそうではなくなる。
「さっさと運んじゃおう」
 ティレイラがそう言って容器を取ろうとした瞬間「そいつをよこせ!」と声が飛んできた。
 見れば、覆面姿の男が三人、ナイフや銃を構えて立っている。男たちはティレイラを見て「ひっ」と声を上げる。
「竜だと?」
「いや、ここはそう言う店だ。いてもおかしくない」
「逆に捕まえれば、高価で売れる」
 なるほど、とティレイラは納得する。ここがどういう場所か分かっているからこそ、竜という存在であるティレイラがいても受け入れている。しかも、捕まえようとするなんて。
「いい度胸をしているじゃない」
 ティレイラは、ふん、と鼻で笑う。配達物を盗もうとするのも、竜姿の自分を捕まえようとするのも、何もかも馬鹿らしい。
 男たちは武器を構えたまま、じりじりとティレイラの方へ詰め寄る。ティレイラは狙いとなっているらしい容器を背に、警戒態勢をとる。相手は三人、いや、もしかしたらこの場にいないだけで、後からくるかもしれない。自分と対峙している間に容器を取られないよう、そちらにも意識をやらなければならない。
 とはいえ、相手は人間。竜であるティレイラの敵ではない。
 男の一人が地を蹴る。それをきっかけに、ほかの二人も地を蹴った。三人はまっすぐに、ティレイラの方へと向かっている。視線の先も、ティレイラ。
(容器は後にして、私を先に仕留めるつもりか)
 なるほど、とティレイラは頷いてから構える。確かに、効率を考えるとその方がいいだろう。
 何しろ、相手は自分も捕らえるつもりなのだ。
「くらえ!」
 男の一人がナイフを振りかぶる。ティレイラは重心を低くし、ぶん、と尻尾で男の横腹を殴る。男は「ぐっ」と声を上げ、尻尾によって壁へと叩きつけられた。
「くそ!」
 後に続いていた二人が両脇からティレイラを狙う。一人は銃を構え、もう一人は拳を握り締めている。体術だろうか。
(どちらにしても、関係ない!)
 ティレイラは咆哮し、ばさ、と羽を動かす。その風圧で男たちの視界を奪う。
 ばんっ、と男の握っていた銃が撃たれる。が、それは視界を奪われたために、誤って発砲されたものだ。
 しかし、その音はもう一人を突き動かすのに十分だった。
 突然の風圧によって奪われた視界の中聞こえた銃声に、体術を使うらしい男は攻撃を仕掛けてきた。
(馬鹿ね)
 ティレイラは鼻で笑い、攻撃を仕掛けてきた男を前足で振り払う。ばしん、と大きな音を立て、最初に向かってきた男の隣へと転がっていく。
「ああ、くそ!」
 ようやく戻ってきた視界に、銃を持っていた男が吐き捨てる。どう見ても形勢は悪い。倒れている二人を抱え、逃げ出すのも難しい。ならば、男がとる行動は、一つしかない。
「うおおおおお!」
 男は銃を構える。
 万が一に賭け、ティレイラへと攻撃を仕掛けるしかない。そして、あわよくば倒し、倒せずとも傷でも負わすことができるならば、仲間を抱えて逃げることもできるかもしれない。
 男がトリガーに手をかける。
「撃つなら、撃ってみなさいよ!」
 ティレイラは吠える。ばさばさ、と翼を羽ばたかせながら。
 たったそれだけで、男の視界は容易に奪え、銃の照準を合わせられなくなる。だが、ただ当てるだけならば、それほど難しい作業ではない。
 的であるティレイラは、巨大なのだから。

――パンッ!!

「残念でした」
 銃声と共に、どん、と男は壁に突き飛ばされる。ティレイラが素早く動き、男の背後に回ったのだ。
 こうして、三人の男の山が、壁際に作られた。
「じゃあ、本来の仕事をしようかな」
 ティレイラは上機嫌で呟き、配達する容器のところへと進む。よいしょ、と声をかけながら持ち上げ、運ぼうとしたその瞬間だった。

――パンッ!!

「え」
 先程と同じ銃声が響く。音のした方を見ると、壁にたたきつけられていた男が銃を構え、にや、と笑っていた。最初に投げ飛ばしていた男だ。気絶したふりをして、機を窺っていたのだろう。
「何をするのよ!」
 ティレイラは容器を抱えたまま、男の方へと進む。容器から液体が、びちゃびちゃ、と飛び散るが、構ってはいられない。とにかく今は、発砲してくる男を黙らせる方が先だ。
「当たったら、危ないでしょうが!」
 バシン、という強い音とともに、ティレイラの尻尾で男は気絶させられる。ティレイラはようやく沈黙した男たちに、はあ、と大きなため息をついた。
「もう、びっくりしちゃった」
 呟いたのち、はっと気づいて手にしていた容器を見る。気絶していたと思っていた男が発砲してきた辺りから、びちゃびちゃという容器の中身が出てくるような音が響いていたのを、思い出したのだ。
 なんとか、半分くらいは残っている。
「思ったより、零しちゃったなぁ」
 ティレイラは自分が先程までいた場所を、振り返る。移動経路が分かるくらい、白い液体がびちゃりびちゃりと零れ落ちてしまっている。
「やだ、私にもかかってる」
 腰辺りが白いのに気づき、ティレイラは大きくため息をついた。
 ところが、はあ、と大きく息を吸おうとしたところ、腹が動きにくいことに気づいた。
 まるで、腰辺りが固まってしまったかのように。
「え、嘘!」
 驚きのあまり、びく、と体が震える。そのついでのように、手にしていた容器が頭上へと舞い上がる。
 舞い上がり、容器の口が下へとなる。当たり前だが、中に入っていた液体が、上から降り注ぐ。
 ティレイラの頭上から全身に向けて、びしゃり、と。
「きゃっ!」
 ティレイラは声を上げる。全身、真っ白だ。
「やだ……えっ……」
(たすけて)

――ぴきんっ。

 あっという間に、真っ白い竜の置物が、そこに完成した。

□ □ □

 いつまでも配達物が来ないため、シリューナは配達元を尋ねることにした。聞けば、ティレイラが配達することになっているという。
「ティレったら、何を遊んでいるのかしら」
 シリューナは呟きながら、配達元に聞いた倉庫の扉に手をかける。
「あら」
 ぎい、と鍵もなく扉が開く。
「ティレったら、まだ中にいるのかしら。それとも、鍵をかけ忘れて出ちゃったのかしら」
 いずれにしてもお仕置きね、とシリューナは笑う。
(最近手に入れた、大理石にしちゃう薬がいいかしら。それとも、ちょっと前に手に入れた、全身ゴムになっちゃう呪い? いえいえ、いっそ石にしちゃうのもいいわね)
 くすくすと、シリューナは想像しながら笑う。これまでもいろいろなオブジェにして楽しんできたが、まだまだ飽きることはない。試したいものもいっぱいある。
 人姿でも、竜姿でも、人姿に竜の尻尾や翼をはやした姿でも。
 どの形態のティレイラでも、シリューナの欲望を満たしてくれることだろう。
 シリューナはお仕置きに心を巡らせ、扉を開く。ざっと中を見回すと、壁の方に気絶した男が三人連なっており、辺り一面に真っ白な液体がこぼれまくっている。
 何より目を引いたのは、中央に鎮座する、真っ白な竜だ。
「あら」
 シリューナは思わず、感嘆の声をもらす。
 見事な、白い竜だ。口が軽く開いている当たり、驚いた声を上げたのだろう。前足が片方、扉の方へ伸ばされている当たり、助けを呼ぼうとしたのだろうか。
「かぶっちゃったのね、あの薬を」
 シリューナは、ふふ、と笑いながら竜に近づく。
 シリューナが頼んでいたのは、瞬間接着液だ。対象物を、一瞬でガチガチに固めてしまう、魔法薬。
「あらあら」
 シリューナは、そっと竜のマズルに触れる。触感は、瞬間接着剤が固まったようなカチカチしつつも滑らかさを携えている。普段ならば熱を持ち、鱗のせいでざらりとなる場所も、今は冷えてつるつるだ。
「口を開けたままじゃない」
 つう、と指で鼻から口へと滑らせていく。開けたままの口から牙の方へ行き、鋭利な先端を辿る。上顎から下顎に滴ったまま固まったらしい、上下がくっついたままの場所もある。
「まるで、口枷ね」
 ふふ、と笑いながら、上下のくっつきを触る。壊さないように、そっと。
 次に、首元に触れる。鋭利だが柔らかく薄い背びれは、固まってしまったため、ナイフのように固い。手を切らないように、側面をつつつ、と滑らせていく。
 首回りは太いパイプのように、どっしりとしていた。つるっとしているが、少し前までそこが柔らかく動いていたことが分かるような、躍動感がそこにある。
「いいわ、ティレ。素敵よ」
 首に手を回し、シリューナはティレイラを褒める。固くつるっとした食感が、頬を撫でる。
「こっちも、素敵」
 シリューナは首から離れ、翼に触れる。接着液によって、一瞬でくっついてしまったせいなのだろう、翼が体に変な状態で張り付いてしまっている。
 本来ならば、両脇に広がっていく筈の翼が、苦しそうにくっついてしまっているのだ。
 「ほんとうに、一瞬だったのね」
 ふふふ、とシリューナは満足そうに笑う。接着液の威力と、それを示したティレイラに。
 そうして、更に視線を尻尾の方へと這わせていく。尻尾の先は、体にくっついていた。
 まるで、子犬が自らの尻尾を追いかけているかのようだ。
「まあ!」
 シリューナは丸くなった尻尾をうっとりと眺め、つつつ、と手を這わせる。くるり、と丸くなる感触は、滑らかで気持ち良い。
「変な形になってしまったわね、ティレ。だけど、それがとても素敵よ」
 シリューナは、ほう、と息を吐く。
 いつもしているお仕置きの石像と、待ったく違う。
 触感も、見た目も、迫力も。
 ティレイラの表情は、恐怖でも後悔でもない。あっという間に固まったことへの驚きだ。
 その時おこった状態をそのまま保存されたオブジェと化したティレイラは、どこをどう観察しても飽きることはない。ゆっくりと一つ一つ確認していくものの、次にまた見た時にはまた違う面白さを発見できる。
「なんて新鮮で、素晴らしくて、面白いのかしら」
 シリューナは頬を紅潮させながら呟く。
「もう一度、頭から確認しようかしら。ああ、でも、尻尾の方から見ていくのもいいわね。マズルの周りを細かく見るのもいいし、ちょっと離れたところから全体を確認するというのも」
 うきうきとしながらシリューナは言う。
 その時「ううん」と壁の方から男の声がした。気絶していた、三人の男だ。
 シリューナは肩をすくめたのち、三人の男たちに近づいた。
「あなたたちのおかげで、いいものが見れたわ。だけど、無粋な真似は結構よ」
 男たちが何か言う前に、シリューナは男たちのいる壁を外と繋げる。
「さようなら」
 静かに告げ、男たちを外に追い出してから、今一度空間を遮断する。
「可愛いティレを堪能するのを、邪魔してほしくないわ」
 ふふ、とシリューナは再びティレイラに向き直る。
 先程と変わらず、一瞬で接着液の餌食となってしまったティレイラの姿がそこにある。
「そのうち戻してあげるわ。そうね、もうちょっとだけ、堪能してから」
 開いたままの口にそっと触れ、シリューナはそう言って笑った。
 素敵なオブジェの鑑賞会は、当分の間終わりそうもないのであった。

<飽くなき鑑賞は続けられ・了>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お久しぶりです、こんにちは。霜月玲守です。
この度はパーティノベルを発注いただきまして、ありがとうございました。
少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
東京怪談ノベル(パーティ) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月19日

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