▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今日を始める』
ソフィア・A・エインズワースla4302)&LUCKla3613)&アルマla3522

 月というものは、どこから見上げても月であるらしい。
「でも、ちがう世界に来ても月は月って、ちょっとつまんないかもねー」
 少女は波をざぶざぶ蹴り退けて砂浜へ上がり、やれやれと息をついた。そして噛み締める。
 あたしは来た!
 今までずっと大事にされてきて、守られて、結局なんにもしないまま許され続けてきた。そのことはほんとに感謝してるよ。
 でも!
 あたしは返すんだ。もらったものの途轍もない大きさは知ってるけど、絶対――
 意志は踏み出すより先に固めてきたが、だからこそ拍子抜けしている。月が月であり、夜が夜であり、海が海であるという、故郷となにひとつ変わらない異世界の現実に。
「ま、苦労は少ないほうがいいんだけど」
 うんと背伸びした後、意識だけをゆっくり後方――強い殺気を放つ何者かへ振り向けた。
 視線を向けなかったのは、後方のそれが囮であり、本命の襲撃者が隠れている可能性を考慮してのものだったわけだが、どうやら心配はいらなかったようだ。
 少女は、自分の意識ごと視線と体勢をも振り向けたように見せていた。その隙を生かせない襲撃者など取るに足らないし、生かさない相手ならもう抗う手立てなしということで、早々にあきらめるよりない。
 そんなわけで少女は、殺気に気づかない体で肩をすくめ、心置きなく後方の殺気の主へ意識を集中させた。
 故郷から連れてきた愛用のロッドを握り込み、それを“呷る”。端からは、水筒から飲み物を飲んだようにしか見えまい。
 だからこそ殺気の主は好機と見、跳び出したのだ。
「っと!」
 飲むふりの中で掲げていたロッドで振り込まれた鎌を叩いた少女は、圧倒的な重量差で弾き飛ばされたが――それよりも。
 あのカマキリ君、あたしのロッドがぜんぜん効いてない!!
 ギチギチ外殻のきしり音を響かせ、こちらへ踏み出す巨大なカマキリ。ただしその体躯は装甲で覆われており、生物なのか人工物なのかの判別はつかない。
 ううん、ロボットとかじゃない。だって、あたしのこと本気で殺そうとしてるんだから。
 油断なく身構えた少女はロッドを前へ出してカマキリを遮りつつ、
「あたしソフィアっていいます。もしかしたら不幸な行き違いでこうなってて、実は言葉なんか通じたりしないかなって、一応確認?」
 返答は、鎌のひと振り。
 咄嗟にくぐり抜けた少女――ソフィア・A・エインズワース(la4302)は、全速力で前へと駆けだした。
 今度は視線ばかりか意識すら振り向けはしない。
 ロッドを振り下ろしたときに違和感を感じていた。ロッドを弾かれたとき、違和感は確信せざるを得なかった。
 最悪! 故郷とここが同じだとか、そんなわけないのに!
 彼女がロッドに込めたはずの“魔法”は、発動どころか起動すらもしなかった。それはつまり、魔法を具現化させる燃料が、この世界には存在していないということ。
 見た目のまんまな化物君だとして、疲れるとかあるのかな? でも、あれだけ重たくて足細かったら、砂には埋まるでしょ。
 ソフィアの思惑通り、カマキリは自重が徒となって砂に肢をとられ、スピードを減じている。こうなればもう、この脚力でぶっちぎるしかない。
 ……結果から言えば、逃げ切れなかった。カマキリの体力は無尽蔵だったし、逆にソフィアの体力は有限で。
 急ぐ必要のなくなったカマキリはゆっくりと、尻餅をついたソフィアへ歩み寄る。


「わふわふわふふーん♪」
 楽しげに唱えつつ、もっちもっちと砂浜を行くアルマ(la3522)。
 その腰にはなぜか多節刃に解いた竜尾刀「ディモルダクス」が結わえつけられていて、伸びた先の柄は、これまたなぜかLUCK(la3613)が握っていたりする。
「おさんぽはじつにゆかいですねラクニィ!」
 LUCKは応えず、ため息寸前で留めた息を吐いた。
 中枢神経系を除くすべてが異世界産の機械に置き換えられた彼は、その異世界の技術に通じた技師であるアルマのメンテナンスを定期的に受ける必要がある。異世界とこの世界とでは、機械技術体系が大きく異なっているからだ。
 ならば中枢神経系を引き抜いた上でチューニングを施し、こちらの世界産の義体へ移植すればいいのだろうが……LUCKはこの体に奇妙なほど深い愛着を抱いていた。だから、不便にも不都合にも目をつぶる。そう、たとえ代金の一部として、「かわいいかわいいおとうとみたいにかわいがるです! なかよくおさんぽとかして!」と無理強いされても。
 それにしても、かわいさを売りにできる歳でもないだろうが。
 初めて会ったときは確かに青年だったはずのアルマだが、今やすっかり“もちわんこ”である。あまりに不可解且つ理不尽な有様に、おまえの身長と大人気(おとなげ)はどこに消え失せたんだと問い詰めてもみたのだが、6回めであきらめた。
 これはこういうものなんだ。そう思っておけ。
 LUCKが自分に言い聞かせた、そのとき。
「ラクニィ、おてをつなぐです! よるのうみはあぶないです! つれてかれちゃうですよ!?」
 単純に手を繋ぎたいだけなのだろうが、ともあれ。にゅんと突き上げられたアルマの手を押し退けたLUCKは竜尾刀の柄を示し、
「だからこうして繋いでいるだろう。長さに余裕があるからおまえは好きににおいを嗅げるし、はぐれる心配もない」
 アルマはぱちぱち大きな両目をしばたたき、
「においは――たしかにかげますしまいごにもならないです! くっ、ぼくのかんぱいですけど! ぼくはラクニィとおてをつなぎたいです!」
 わーわー攻め寄せるアルマを巧みに回避しつつ、LUCKは顔を顰めて、
「いいかげん、その珍妙な呼びかたをやめろ」
「ふふふ、このおさんぽひものながさのおかげで、ラクニィはぼくをつかまえられないです! さくしさくにおぼれるです!」
「この竜尾刀はおまえを散歩させるリードじゃないし、多節刃だけの得物でもない」
「あっ、いまかたなにもどしたら、ぼくのおさんぽひもが!」
 端から見ている分にはそこそこ以上に仲よさげなわけだが、ともあれ。
 もちもちもだもだもみ合う中で、アルマが唐突に動きを止めた。夜闇に鼻先を掲げ、なにかを嗅ぐ。
「ラクニィ。わふ、まちがいないです、リジェクション・フィールドのにおいがするです!」
 LUCKもまた速やかに意識を切り替えた。わんこの飼い主モードから戦士モードへ。
「先導を」
「わふっ!」


 カマキリの鎌が、ざん! 砂を抉る。
 危ういところで横へ転がったソフィアは、服の中に入り込んだ砂が冷や汗で湿る嫌な感触に眉をひそめた。
 彼女のキャラクターを考えれば、盛大に「キモーっ!!」と叫ぶべきなのだろう。人目があったなら迷わずそうしていた。しかし。
 足の運び的に、次は右の鎌。
 冷めた思考を閃かせる彼女に、わずかな油断も隙もありはしない。
 ――当然だ。それこそが彼女の本来の性(さが)なのだから。いや、ソフィアは見た目通りにかわいらしく、感情の起伏激しい天真爛漫な少女だ。ただしそれを、意図的に押し出している。天真爛漫では為し得ない計算をもって。
『キャラ作るとかよくある話でしょ? 見抜かせなきゃそれがほんとの“あたし”なんだし』
 まだ幼女であったころ、双子の片割れに宣言した日のことを彼女はよく憶えている。それは両親が死んだ日だったから。
 いや、ちがう。
 堕落した両親を“兄”が誅殺した日だったからだ。
 宣言したそのときから彼女は始めたのだ。なにも知らずに守られているだけの元気な妹を辞めて、“兄”に知られないよう必死で戦技と魔法とを修めることに努めて。
 その中で「ついで」に学んだはずの技術に開眼したのは才能の方向性ゆえのことだったのだろうが……一端に遣えるレベルにまで成長した彼女は、満を持して漕ぎ出してきたのだ。それなのに、修めてきたものがなにひとつ役に立たなくて。
 しょうがないでしょ! 異世界の理(ことわり)なんて予習しようがないんだから!
 二度めの鎌を逆側へ転がりよけ、ソフィアが奥歯を噛み締めたそのとき。
「かわいくみえますけどほんとはうらおもてありまくりなこをはなすです!」
 効果音を入れるなら「ばぁん」といったところか。きりっとしていながらどうにも締まらない幼児めいた声音で夜闇を裂き、そこに現われたものは――
「丸っ!?」
 腰に多節刃を繋がれたまま堂々と立つ、二頭身半の不思議物体。どこぞの精霊かとも思ったが、この世界に精霊の加護がないことは我が身をもって思い知っている。しかもあれだ。内容的に大正解な悪口的説明は、それこそ身内というか、ソフィアの真実をもれなく知っている双子の片割れでなければできない代物で。
 ソフィアが混乱している内に、“丸”は腰紐かと思いきや多節刃から我が身を解き、もちもちたかたかカマキリへ駆け込んだ。
「フィー、ぼくのうしろにかくれるです!」
 見た目ののんきさとは裏腹、かろやかなステッピングでカマキリの鎌を避け、横合いへ回り込んだ“丸”は、ハットの内から抜き出した符を叩きつけ――爆ぜさせた。
 魔法!? ううん、術式がぜんぜん見えないから、もしかしたら魔法じゃないのかも。でも、同じような術がこの世界にもある! だったらあたしにも遣えるかも!
 と。
 意気込むソフィアの手へ、不意に投げ渡されたものがあった。いきなりだったし、それはかなり重かったから、彼女は落下を食い止めるため、反射的に両手で握り締めた。その途端……ばらりと垂れ下がる多節刃。
 これ、竜尾刀!? なんであたしたちの世界の武器がこんなとこに!?
「使えるか試してみろ」
 竜尾刀の持ち主なのだろう黒装甲の戦士はそれだけを告げ、ソフィアの横を抜けていった。無手ながらその迅さと鋭さをもってカマキリを翻弄する。
 それだけで、知れた。
 あの戦士が“兄”だ。精霊の加護に縛められた体を棄て、無垢なる機械体となって故郷から漕ぎ出していった、彼女が贖うべき唯一無二の存在。
 一瞬の会合ながら“兄”がソフィアを憶えていないことはまちがいなかった。衝撃を受けなかったと言えば嘘になるが、兄の旅立ちに深く関わった片割れから説明はされていたので納得はしている。
 それより兄貴が“丸”になってるほうがびっくりだってば!
 しかし。
 彼女はすべてを胸の奥へ押し詰めたまま、なにも知らない体を装った顔を引き締めた。
「――フォローお願いします!」
 技も魔法も実戦レベルで遣えるソフィア。しかし彼女のもっともたる能力は演技力であり、それを応用した対人術であることを知る者は少ない。なぜなら遣われる側がそれに気づくことはないからだ。


「はじめましてなのに愛刀まで貸してくださって、ありがとうございました! あたし、ソフィア・A・エインズワースっていいます!」
 カマキリを屠った後、ソフィアは一礼と共に竜尾刀を戦士へと返した。神懸かった自己制御による演技は、完璧な「初対面」を演出してみせる。
「俺は記憶を喪っていて、名も憶えてはいないのだが……この世界ではLUCKと名乗っている。余計な世話かとも思ったが、これと知り合いのようだし、なによりおまえは戦いたいと願っていたように見えたのでな」
 確かにソフィアはこの世界で戦うことを望んでいた。しかしそれは、他ならぬ“兄”、いやLUCKを今度こそ守りたいと願えばこそで……半分しか当てられないところがまた兄らしくて、ソフィアは思わず苦笑してしまう。
「この武器、特別な力があるんですよね? あたしのロッドはぜんぜん効かなくて」
 魔法のことは伏せて言えばLUCKはうなずき、
「あのマンティス……ナイトメアと称される世界の侵略者を滅することのできる唯一の武器、EXISという。これを扱えたということはつまり、おまえには戦う資格がある」
 このさりげないやさしさ。記憶がなくとも兄は兄なのだと実感する。よし。竜尾刀の出自は後に訊くとして、今はまず、兄のことを――
「わふうううううう!! ごぶじでなによりですまいしすたああああああ!!」
 ぴょーいと飛びついてきた“丸”を反射的にチョップで打ち落とすソフィア。手応えがやわらかい! まるで、もち!
「空気読んでくれる!? 今兄貴にかまってる暇ないんだってば!」
「あ、やっぱりわかっちゃってましたです? そうですぼくです、アルマですー!!」
「だーからっ! ちょっとおすわり!」
 もちもちもだもだ絡み合うふたりの様を見やり、LUCKはひとつうなずいて、
「知り合い以上に見知った仲のようだが、ふたりは同じ世界から来たのか?」
 一瞬目を合わせたソフィアとアルマは、次の瞬間目をLUCKへ向けなおし、同時にうなずいた。
「わふぅ! フィーはぼくのふたごのいもーとなのです! とんでもなくきぐーです!」
「うん! こんなところで会えるなんてびっくりだよねー」
 ソフィアはアルマをもっちり抱き上げ、ぎゅうと抱きしめた。
「んー! もちもちっちゃかわいい!」
 本物なんだったら、ここでもちもちしてるのかだけ教えてくれる?
 大きな声の裏に問いを紛れ込ませ、腕に力を込めるソフィア。
「ちょ、くるし――ぎぶですぎぶ」
 ぺしぺしソフィアの腕をタップしつつ、アルマもまたこっそり返した。
 フィーとおんなじもくてきだとおもうですぎぶ。
 そんなやりとりが交わされているとも知らず、LUCKは微笑ましい目でふたりを見、言葉を紡ぎ出した。
「男女の双子はやはり見目が似ないものだな。……とにかく、もち犬の縁者となれば放ってもおけん。身の振りは後回しにして、まずは住居をなんとかするか」
 思わぬ天然ぶりを発揮しつつスマホを取り出し、LUCKはSALFの人事課へ連絡を取る。

 その背後、ソフィアはあらためてアルマと向き合い、潜めた声音を投げた。
「あたしはあたしたちのために親殺しの罪を全部被ってくれた……あの人を、今度こそ守る。そのために向こうの兄貴に力を借りてここへ来た」
 兄の名も呼称も用いなかったのは、ソフィアの宣言だ。兄であった過去を忘れ、LUCKとして生きている彼のすべてを受け容れると。
「ぼくはフィーをおいこして、ちょっとだけはやくこっちにきたです。ラクニィのぎたいにふつごうでるの、わかってましたし、それに……こんどこそさいわいをつかめるように、おてつだいしたくて」
 アルマがすべてを晒していないことは読んでいる。しかし、正体不明の“もち犬”をやっている彼が、ソフィアと同じほど強い気持ちでそれを選んだことは――そうありながら「ラクニィ」などと呼んでしまうほど、深く愛していることはわかるから。
「じゃ、あたしも今から参加する」
「はいです」
 ぽんと拳を合わせ、ふたりは前を――LUCKの背をまっすぐに見る。
 なにもできなかったあの日を贖うため、ふたりそろって今日を始めるのだ。


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年08月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.