▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『焦がれし刃 1』
芳乃・綺花8870

 現代よりも少し先。有り得るかもしれない近い近い未来の話。

 例えば、魑魅魍魎の跳梁跋扈が、現代よりもずっと酷くなっていて。
 例えば、その驚異も脅威も市井の誰もが知っている無視出来ない物になっていたり、するかもしれない。

 それらは“日常の裏側に潜むナニカ”では無くて。
 最早、“極々有り触れた日常”の只中に。
 退魔士なんて物が、職業の一つとして当たり前の様に選択される様な時も、来たりするかもしれない。

 これは、そんな時代になってからの話。

 元々は密かに公安組織が担っていたそれら魑魅魍魎への対処。けれどそれでは間に合わず――いや、間に合う間に合わないでは無く、最早あまりにそれらの事々が“表”側になり過ぎて――それらに対処する事自体が民間からも当たり前の様に商業的な旨味になると見出される程になった、と言うのが正しかったかもしれない。
 ともかく、そんな流れで――今はなし崩し的に民間で退魔を担う組織が活況を見せている。

 芳乃綺花(8870)が所属する「弥代」も数多あるそんな民間退魔組織の一つである。名前からして、所属する者の技術からして大元を辿ればそれなりに由緒もあるのかも知れないが――実働部隊に当たる綺花としてはあまり気にした事が無い。綺花にとっては――単純に割のいいバイト。そんな所である。
 彼女にとって一番重要なのは、退魔する事それ自体。
 天下無敵の女子高生である以上学業も遊びも大事だが、彼女の場合はそれらと並んで当たり前の様に「弥代」での退魔士活動がある。活動開始すぐさま頭角を現し始めた新進気鋭の実力派。この若さながらもう退魔士全体の中でもかなりの実力がある方なのではないか――業界での綺花の評価はそろそろ揺るがない程の成果を上げ続けて今に至る。
 ので、退魔士活動の方が生活の中心になりつつあるのだが――……

 ……――それでも彼女は、女子高生である事を忘れてはいけない。

 あくまで本業は学業だ。
 つまり、毎日の登下校も授業もあるし、退魔の刀を握って大立ち回り――だけをしていればいい訳でも無い。
 常にその身に刀を帯びている訳では無いのだ。

 刀が無い事自体に少しばかり頼りなさを覚えるのは流石に職業病かともちょっと思うが、学校帰りとなればそれも仕方の無い話。……流石に普段から持ち歩く訳には行かない。学友と談笑しつつ帰途を歩く中、幾ら不穏な気配を感じたとしても出来る事は限られてしまうのがいつもの事。
 ひとまずは――巻き込んでしまわない様に、人気のまだある場所で上手く学友と別れ、相手の視界に入るのが「私」だけになる様にする。オンマリシエイソワカ。オンアミリティウンパッタ。難を除ける摩利支天と外敵を除去する軍荼利明王に祈りつつ、歩みを止めないままそれとなく様子を窺う。凄まじい恨みの念――いや、復讐の念か。この質の念には覚えがある。つまり、相手の心当たりはある。
 あるが。
 覚えのある“それ”より、各段に強力になっている気がしてならない念でもある。恐らくは、先日倒した――いや、先日のあの時は結局倒し切れていなかった――最終的に倒したと思っていたらいつの間にか姿が見えなくなっていた訳だから、逃がしてしまった、倒し損ねた敵と言った方が正しいだろうが――何にしろそいつである事にはまず間違いが無い。
 ただ、それにしてはこの短期間で何があればここまでなるのだろうとも思う。
 余程の復讐心を力に昇華したのか。
 そういう場合に頼りになる神仏も――いや、悪鬼羅刹の類もまた、多く居る。
 念の位置が近くなる。足音が早くなる。近付いて来る。間を詰められる。綺花の足も追われる様に早くなる――もうどちらも意識していないなどとは決して言えない。追う者追われる者の構図がはっきりとその場に出来ている。
 待てと罵詈雑言を叩かれる。ビッチとか何とか、随分と下品な口振りで。法力と爪とで躍り掛かられる。私は摩利支天の加護で何とか避け切る。溜息の間も無い。速い。刀を持たない今の内にと思っているのがありありとわかる。一気に追い詰めようと畳み込んで来る。今度は命からがらなのは私の方? 大丈夫。オンマリシエイソワカ。オンアミリティウンパッタ。

 私がこんな所でこんな相手にやられてしまう訳が無い。



「……なんて事があったんですけどね」
「ってちょっと待って、本当に大丈夫だったの!?」
「大丈夫ですよ。よくある事ですから」
「よくある事なの!?」
「あー……いえ、よくあっては拙い事でしたね。標的を逃がしてあまつさえ御礼参りされる程に復調させてしまうなんて不覚も不覚です」

 いや、そこじゃなくて刀持ってない学校帰りに御礼参りで襲われるって普通にヤバいよね!?

 退魔組織「弥代」の事務所。芳乃綺花は学校帰りにあった出来事をひとまずマネージャーに報告しておく事にする。自分としては大した事では無いのだが、内容が内容なので報告せざるを得ない。……危険な出来事だからではなく、業務から派生したと思しき出来事だから、である。
 報告するなりおろおろと心配するマネージャーの姿に、綺花は苦笑。それから――本当に大丈夫ですよ? と悪戯っぽくも艶やかに笑って見せる。
 が、そんな姿にそれでも心配だよ、とマネージャー。曰く、綺花ちゃんは凄く強いけど学生さんなんだし、すっごく可愛い女の子でもあるんだから、との事。
 そう言われてしまうと、綺花にしてみればうーん、とも思う。

「私はそんなに信用がありませんか?」
「ってそういう事じゃなくてさ」
 君はうちの会社でも最強クラスの退魔士だって信用は確実にあるし、僕なんかより君の方が戦力的には比較も出来ない位ずぅっと強い。
 でも心配って思うのはそれとは別の話だよ。

「有難う御座います。でも。私を心配するのなら、是非とも私より強くなってからにして頂きたいんですけれどね?」
 にっこり。
「うう、それは難しいなぁ」
「でしたら、現場の事は私を信用して黙って任せて下さればいいんです。代わりに細かい事務仕事はお任せしますから」
「わかったよ。……次の“お仕事”も行けるね?」
「はい。勿論」

 そんな遣り取りもまぁ、いつもの事。バックアップをしてくれる位置にいるマネージャーが綺花を心配するのは、当たり前と言えば当たり前なのだろう。だがそれでも、綺花にしてみれば心配などされる必要も無い。いちいち持って来られるそんな話題に大人とは困った物なんだなと思いもするが、それでも別に不満がある訳でも無い。
 マネージャーさんの大人ならではなその困った面をやんわりあしらうのは簡単だし、“お仕事”の窓口としては凄く信用出来る人だと綺花の方でもわかっているから。

 今回言い渡された“お仕事”は、ある場所で獣らしき何かが執拗に人を襲うと言う話の解決。それだけを聞けば魑魅魍魎の仕業とも限らない――と思われるだろうが、「弥代」の感知班・調査班の仕事で、獣の形に実体化する怨念溜まりが原因であると見極められている。そこまで聞いてもわざわざ綺花に回される程の事ではと思われそうな所だが――その原因だろう怨念溜まりの濃さが尋常で無く、際限無く湧き出し実体化する獣の凶暴さは既に何人もの犠牲を出しているとなれば、それなりの手練れが必要とされるのもわからないでも無い。

 刀で物理に、神仏の力を借りた法力でそれ以外にも確りと対処出来る綺花の出番である。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.