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『焦がれし刃 2』
芳乃・綺花8870

 今度こそは、刀を携えて。
 芳乃綺花(8870)は与えられた次の仕事へと向かっている。
 勿論、今度こそ学業では無く、退魔の方の。

 それでも綺花が纏っているのは学校の制服だったりする。黒のシンプルなセーラー服――“女子高生の戦闘服”ともなれば誰でも大体そんな感じになるのでは無かろうか。ともかくそこに包まれているのは、若さに溢れたはちきれそうな健康的な肢体――いや、健康的と言うだけでは無く、制服の上からでもありありとわかる適度な括れと豊かな膨らみを誇る魅力的な女性らしい肢体である。とは言えまだ何処か熟し切れてはいない印象が俄かにあり、大人と子供の境にあるだろう――それでも形だけは完成されているが故の危うい色香が匂い立ちもする。
 スカート丈が短く詰めてミニにしてあるのもその印象に拍車を掛けるか。いや――その下に穿いているのがランガードとバックラインの入った光沢のある黒のストッキングなどともなれば、寧ろただの確信犯なのかもしれない。そう思われる事を期待している――それだけ自信がある――それすらも武器と考えている。彼女はそんな“女”であるのかも。
 体付きや風体の方がそうである上に、彼女はこれまた当たり前の様に端正な面立ちを持っている。濡れた様な真黒の瞳に、長く垂らされた緑なす黒髪もまた、美の要素に余裕で含まれる。
 綺花が当たり前の様に具えているのは、総じてそんな艶姿。他の学友と基本的には同じ形の制服を纏っていても、飛び抜けて目立ってしまう程である。
 そして“お仕事”に向かうとなると、そこに更に目立つ要素が追加される。

 退魔の力を帯びた、愛用の刀一振り。
 綺花はそれを、易々と振るう。



 仕事の為の現場に着いた時に思ったのは、前情報への深い同意。……確かに厄介な怨念溜まりである。獣らしき何かが執拗に人を襲うと言う話の解決――怨念溜まりから際限無く湧き出し実体化する獣の対処と、怨念溜まり自体の浄化が求められての仕事になるが、これは確かに綺花が呼ばれて然るべき仕事だろう。念入りに怨念溜まりの周囲に結界を張り、それから結界内部の浄化を試みる。
 不浄の浄化は烏枢沙摩明王に。オンシュリマリママリマリシュリソワカ。オンシュリマリママリマリシュリソワカ――印呪を組み真言を重ねるが、そうしている間にも獣が湧き出す。一旦印を解き、そちらへの対処の為に刀の鞘を払う事にした。実体化する以上はこの結界を越えてくる可能性も――と思っての事だったが、そうでもなかった。結界が想定以上に効いていたのか、想定より獣が弱かったのか。どちらにしろ結界に遮られ、獣は飛び出して来なかった。ならばややこしい事は無い。刀身を鞘に戻し、再び烏枢沙摩明王の印呪を組み真言を重ねる。これで不浄は浄へと転じる。
 ひとまずこれで、今宵の仕事は完遂である。

 と。

 場の浄化を確かめて後、張っていた結界を解こうとしたそこで――唐突に常人ならばぞっとする程の殺気が湧いた。綺花の背後、殆ど不意打ちになりそうな領域で憎悪に満ちた雄叫びと共に躍り掛かって来る怨念の塊――いや、こちらは生身だ。生身の男。ただその怨念が凄まじ過ぎて、一瞬、生身である気がしなかった。綺花もまた殆ど反射的に飛び退き、相手の攻撃を紙一重で何とか躱す。制服に包まれたその身の豊かな部分が重量のままに柔らかく揺れ、ミニの裾が風を孕み、胸元のタイとセーラーの大きな襟、そして黒髪が中空に靡く。

「ち、また避けやがったかァ――」

 心底悔しそうな、それでいて嬲る愉しみも増えたとでも言いたげな複雑にして狂的な声音。男は表現するのも憚られる様な下品な口振りで綺花を呼び、ブッ殺してやると息巻いている。罵詈雑言の言葉だけでは無く、法力による不可視の圧も同時に飛んで来る。ナウマクサマンダボダナンベイシラマンダヤソワカ。毘沙門天の怨敵降伏――その祈りのままに繰り出される霊験が連続して綺花を襲う。
 受ける綺花は咄嗟に真言で応じる。オンマリシエイソワカ。オンアミリティウンパッタ。難を除ける摩利支天と外敵を除去する軍荼利明王――先日の学校帰りと同様に。

 そう、この相手は――学校帰りのあの時に私を襲って来た、あいつである。
 同時に、以前綺花自身が一応倒した筈の相手でもあり。
 つまり今、この相手がこうしている理由は至極簡単。

 綺花への復讐。それだけである。

 ……以前のこいつは明王天部の力を借りる様な真似はしなかった――出来るだけの能力は無かったのだが、今は祈る通りの天部から力を引き出し借りる事が出来ている。恐らくは――私の技を参考にして、だろう。どんな修行をしたのか、はたまた何か一足飛びに力を借りられる術でも手に入れたのか。綺花が考えている間にも、毘沙門天と摩利支天に軍荼利明王の霊験同士が激突し、衝撃が空気に響く。
 摩利支天に軍荼利明王が――綺花の側が、やや弱い。何故かと言えば今し方の仕事の方で張った結界が解除し切れていないからだと自覚がある。少しばかり負荷が掛かっている。にしても、だからと言って――以前のこの相手に、綺花を押せる程の法力など無かった筈なのに。
 ずしん、ずしん、と法力による重量級の攻撃が続けられる。綺花の側は防戦一方。その様を見てか、気を良くして狂った様な高笑い――まるで勝利を確信したその様子。その激しく燃え上がる復讐心を満たせる機会がやっと来た、とでも思っているのかもしれない。





 ……それはすべて錯覚なのに。





 暫く防戦一方で居た綺花。その筈だったのに――ふと、小さな爆発めいた何かが綺花の手元で炸裂した。狂った様な高笑いが俄かに止まる。何かの炸裂が起きたそこ、力強く振るったばかりと見える退魔の刀を構えている綺花の姿があった。その身の豊かな部分が俄かに弾んでいる事からしても、まず間違いない。
 そして刀を振るって何をしたかと言えば――恐らくは“自らを襲う霊験自体”を刀でただ真っ向から斬り裂いた。まるでそう見える状況としか思えなかった。

「っ――ンなのありかてめぇっ!?」
「……然程難しい事じゃありませんけれど。流石にそろそろあなたの笑い声が耳障りになって来ましたので」
 どの程度能力の上昇があるのかも粗方見切れましたし、そろそろ心を籠めて反撃させて頂きますね?

 にこり、と。
 綺花が微笑んだ瞬間、立場が逆転した。
 男から撃ち重ねられる法力は真正面から一つ一つ斬り潰す。オンマリシエイソワカ。オンアミリティウンパッタ。元々退魔の力を持つ刀の斬れ味を、真言の力で更に強化する。刀で斬る対象は物理的に触れられる物に限らない。その清冽な刃で怨念や法力その物を斬り祓う。魔を斬り伏せるのは刀の役割。一閃、ニ閃、三閃。踏み込んでは斬り祓い、斬り祓っては次を踏み込み。チャームポイントでもある健康的な下半身の土台――黒いストッキングに包まれたお尻や太腿がミニのスカートの下からちらちらと覗く。きびきび動く薄付きの筋肉も凛々しく、柔らかく撓む豊かな肉も見る者を魅惑する。
 ただ、一度完膚なきまでに負かしたこの相手にも効くかどうかは謎だろうが。却って挑発と受け取られるかもしれない――望む所である。寧ろ逆恨みで復讐に来たこの相手の目を愉しませてしまう事が無いなら、その方がいい。

 綺花はもう避けも躱しもしない。ただ当たり前の様に男の攻撃を斬り祓い近付き、その前に立つ。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月20日

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